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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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131 《地に平和をもたらしめよ》 (4)

 パーティは終わった。

 あちこちで響いていた声も徐々に聞こえなくなっていった。

 それとともに夏美の気持ちも沈んできてしまったみたいだ。お祭りの帰り道に似ている。

 友達とバイバイしてからトボトボ帰る、あの感じ。家のドアを開ける時には、親を心配させないように『楽しかった~♪』と言わなくてはね、のあの感じ。


 非日常な場所に合わせよう、ライさんのようにお客様に頑張ってサービス精神を発揮しようとして高く保っていたテンションが消え、熱が冷めてきてしまったせいなのかもしれない。


 そこまで嬉しくなくても、

『ありがとうございます~!』

と満面の笑みで応じてしまう自分が嫌すぎて、反動でいつも一人反省会を始めてしまう癖がある。


 いかにも空気を読む典型的日本人の自分があまり好きではないと感じているから。最終的に、自己嫌悪してしまう。

 今日の反省点は、なんだろう?

 たぶん愛想の良い”お嫁さんになる予定の夏美”を求められているよね?と勝手に先回りして声のトーンも高めに出してしまう自分。

 ああ、そうだ。だけど。一人反省会は、自分をさらにダウンさせていくだけじゃないか…、



 今日からは、やめてみよう!

 明るく行こう!

 頑張ろう、私!



 無理無理に笑顔を作って夏美が着替え室に入った時には、誰もいなかった。


「ええと、ひとみさん?…」

と、本日のパーティ後半戦に自分に付いてくれている小間使いさんの名前を恐る恐る呼んでみる。

 着替え室に先に行って待っていてくれる予定だったはずなんだけど。


 確か、後半戦はひとみさんと美恵子さんで合ってる、よね?

 ええと、それで美恵子さんがフロントに行ってひとみさんが更衣室って、たしか…。

 もしかして、私が間違えているんだっけ?

 たくさんの人と受け答えするから、うっかり記憶違いしていたかも?

とドキドキする。


 あああ、思い出さなくっちゃ。


 最近、ずっとこんな感じで頑張っているのだけれど、上手くこなせている気がしない。

 そう、新生活の準備が着々と進んでいる。

 いや、予定は着々と進んでいる。

 ライさんとスタッフさんたちは頼もしいくらい進んでいる。自分がそれについていくのが必死なだけだ。


 すぐには馴染めないだろうから、助走期間という方針はとても助かっている。で、ちょっとずつしきたりを覚えてね、ということですでに新居となるラインハルトの館に行くことが増えてきていた。


 もうすでに全員で何十人いるかわからない館のスタッフの方に紹介された。その時に全員をすぐに覚えなくて良いと言われて、ホッとしたのもつかのま、さらっとライさんに言われたのが、

()()()、夏美のために働いてくれる小間使いさんの名前と顔を24人分だけ覚えればいいからね♪』

だった。


 小間使いさんに交代制勤務でサポートしていただくためには、最低でも24人必要らしいのが、普通の庶民の女性の自分にはあまり理解できないことだった。確か休憩やら休暇やらのシフトを考慮してのことと言われた気がする(興味はあって質問したかったけど、たぶん説明されても忘れる気がして深くは聞かなかった)。


 ”ちょっとずつ”の準備という基準が、明らかにラインハルトの感じるのと自分が感じるのと感覚的に違うようだ。それが最近の小さなストレスでもある。


 もういっそアニメか何かのように、~~レッドとか、~~イエローとか色分けしておいてくれればなぁ、と冗談のような妄想が浮かんだりしていたが、とても言える勇気はない。


 ちょっとした自分の冗談を聞いてライさんが笑い飛ばしてくれるだけならいいけれど、本気にされたら取り返しがつかないように思う。

「いや、いいねぇ♪、それ」と言いかねないところが、ライさんにはある(気がする)。

 古式ゆかしい素敵なメイド服が、中途半端な魔法少女的な物になったりしたら…その24人全員が喜ぶなんてことは、たぶんありえないだろう。そう、まだお一人おひとりの人となりはわからないし、それどころかまだ顔と名前が一致していないわけで…。


 とりあえず、会うたびにそっとお名前を教えてもらうことにしている。

 最近は、制服のネッカチーフに刺繍されているイニシャルを見てアタリをつけるので正解率がアップした。勤務が3時間以上経過すると休憩交替?されてしまうようなので、その度に脳内クイズ大会的な緊張を味わっている感じ(社会人になって、小テストみたいなものから解放されたけど、久々に脳が鍛えられている気がする♪)。



「ひとみさん、トイレかなぁ?」

と、少し心配になって呟いた。


 たいてい、2人のうちの1人は夏美のそばにいるようにとライさんが厳命しているのを見たことがあったので、ひとみさんが叱られたらどうしよう、と心配なのだ。

 しかも、ひとみさんはひとみちゃんとつい呼びたくなるくらい若い、新人さんらしい人だった。美恵子さんとライさん2人に怒られたら絶対に凹んでしまうだろう。


 誰だって、緊急事態はある!


 いざとなったら、一人二役♪

と思ったけど、さすがにそれは無理(笑)。


 メイクだけでも直して置こうかと、鏡前の椅子に座る。


 ああ、疲れた。本気で疲れたよう~。

 いくら足にバネがあるね、とか褒めてもらおうが。

 ダンスが上手いとおだてられて調子に乗ろうが、疲れるのは疲れるんだから。



「夏美ちゃんは、年には勝てませ~ん♪

 ただの寂しがりのおばちゃんでっす~」

と言ってみた。


 さっきまでは、あんなに賑やかだったのに。

 誰も笑わない。自分だって笑えない。


 私、そうか、寂しいんだ。

 自分は今、確かにそう言った。


 私、こんなに寂しがりやだったんだ。

 ライさんと2人だけで宇宙をめぐっていけそうに思ったのは、ただの強がりか誤解だったのかもしれない…。



 そう、ついさっきのことだ。瞳と鼻の奥がツーンとしたのが頭から離れていないのだ。

 自分の家族がパーティ終了後に、にこにこと手を振って3人一緒にタクシーに乗り込んでいった。

 ただ、それだけのことだった。

 でも、…。

 あのタクシーに自分は、自分だけは乗らないんだ、これからも…。たぶん。


 今の、泣きそうな私を見たら心配をかけてしまうだろう…。

 わがままは言わないのよ、夏美。

 今が一番幸せな時ね、って皆さんに言っていただいたじゃない。

 それに、真凛とライさんと一緒に、中山町の館に今夜は帰るのだ。

 運転手さんだって、マルセルさんだって、姫野さんだって。みんなが、館もしくは隣の社員寮にいるっていうのに。これからもいつもいてくれるっていうのに。


 どこが寂しいというのよ。たった今だけ一人でいるだけなんじゃない。


 私、アホみたい。

 にじんだ涙で上手く眺められなかったけれど、鏡を見た夏美は、驚いて椅子から飛び上がりそうになった。

 鏡が、変だ。

 いや、…そこまで変じゃないわよね、たぶんこの鏡に映っているのが私、なんだから。

 あ、そうだった、じっと見てはいけないかも。

 鏡の中の自分が、自分を皮肉っぽく眺めて笑ったように思えた、だけ。


 いいえ、私、今鏡なんて見ていないもん!


 そっと、指先で珊瑚のネックレスを触る。


 ライさんが、お守りだよってプレゼントしてくれた、きれいな桃色の珊瑚。

 耳のそばでイヤリングは揺れているけれど、私は揺れたり、倒れたりしない。


 大丈夫、私は大丈夫。

 3日前の最終リハーサルの日とは違うわ。


 変な葛藤をしなくて済んだ。

 すぐにノックの音がして、明るい顔の真凛が入ってきたからだ。

 大げさだけど、澱んでいた空気ががらっと変わった気がする。


「お疲れ様、夏美!

 あれ、ひとみさんは?

 先に着替え室に行ってるって言っていたよね?」


 やっぱり、合っていた♪

 答え合わせがあっていたので、気を良くして夏美は微笑んだ。


「そう、そうよね、ひとみさんは先にいるはずって、私も思いながら来たのに。

 どうしたのかしら」


 真凛は奥まで進んでいき、数個ある、小さな着替え用個室のドアを順番にノックして確かめ始めた。


「ひ、ひとみさん?

 どうしたの、大丈夫なの?」

という真凛の声に、夏美は慌てて立ち上がった。


 狭い個室の中で、ひとみさんが目をつむって奥の壁にもたれるように座っていた。真凛が揺すぶると、少し目を開けて安心したように呟いた。


「す、すみません。急に…」


「だ、大丈夫なの?」


「寒気もして、、、金縛りみたいで、声も出なくって…すみません、私…」

と答えるひとみさんは、顔が青ざめているままだ。


「目が回りそうな感じ?」

と、夏美が聞くと、微かにうなづいた。

「夏美様…、申し訳ございません。夏美様がいらしたのは感じたのですが、」


「そんなのはいいんですよ。無理に目を開けないで?

 私も先日、立ち眩みがひどかったし」


 真凛が、すぐに反応する。

「そうでしたよね、今日は大丈夫ですか?」


「ええ、」

とだけ、夏美は返事をする。今、鏡が変に見えたなんて言っている場合じゃないし。振り返ってそっと見ても、鏡はいつもの通りの、ただの鏡にしか見えないから嘘じゃない。


「なんか身体も、とても冷えているわ。さするわよ、いいわね?」

と、ひとみさんの二の腕や肩を真凛が速い速度でさすっていく。


 夏美は慌てて、自分の荷物にあった大判のストールを後ろから真凛に渡した。


「す、すみません、夏美様」


「大丈夫です、私は今全然、平気なの。

 ごめんなさいね、ひとみさん。パッとみて、部屋の中には自分だけだと思いこんでいたので。

 早めに声をかけてあげられれば良かったわね」


 そうなのよ、…私は相変わらず自己中なんだわ。

 ひとみさんがいないって一瞬、心配したはずなのに。

 自分が着替えるかどうか、鏡がどうかとか。

 自分の寂しさとかばかり気にしていたのよ、さっき。


 ひとみさんの気配とかに全く気づかなかった。

 真凛のように、確かめることすらしなかったんだから。


 そうよ!

 自分を送り出す家族だって、私の幸せだと思って寂しさを我慢してくれているみたいなのに。

 遥だって、瑞季だって。

 何か言いたいことがあるみたいなのに。

 何かそれを懸命に飲み込んでいるみたいだったのに。


 たぶん、私のために。

 寂しいとか言わないようにしていたり。気を遣ってくれていたりするのに。


 私は、でも今は。

 そういうことに、ようやく一個一個気づいたとしても。

 それで反省ばかりして、くよくよするべきじゃなくて。

 そう、ちょっとずつ欠点を直していく方に力を使わなくてはね。


 たくさんの人にお世話になるばかりじゃなくて。みんなにお仕事をしやすいなって思ってもらえるくらいには。


 ひとみさんは、美恵子さんたちが来る頃には顔色が良くなった。

 それでも、ちょうど館に帰るタイミングで他の人と交替することになっていたらしく、ホテルの医務室に連れていってもらうことになった。



 小間使いさんチームが出ていくと、真凛がそっと言った。

「本当に、夏美の方は大丈夫でした?

 私もすぐ、3日前の夏美を思い出しちゃったわよ、まるでデジャブみたいにね。

 ドキッとしちゃったわ」


「ええ、私も。

 似たようなことになったら、嫌だなって…。

 でも、あの時よりも全然、私は大丈夫だったわ。

 変に鏡をガン見しないで、冷静に椅子に座っていることができたし。

 ネックレスをいじって、気を紛らわしたりしてたし」


「そう、それは良かったですね。

 ネックレスが守ってくれたのかもしれません。

 珊瑚の効力だって、ラインハルト様は言うわね、ご高説をまた聞いてさしあげてくださいね、夏美」


「?」


「あれ、何も説明されていませんか?」


 うなづく夏美に、真凛はにこにこして

「私は詳しいことは良く知らないんですけれども。

 珊瑚はね、パワーストーン的には、{感覚を鈍らせる}効果があるって言われているそうですよ。

 以前、ラインハルト様からそうお聞きした記憶があるんです」


「まあ、{感覚を鈍らせる}効果って、なんか嬉しくない表現ね(笑)」


「ええ、表現的にはネガティブな感じですが、ほらアレルギー反応っていうのは、どちらかというとセンサーとか感覚が働きすぎているってことらしいじゃないですか。

{良い意味で感覚を鈍らせる}効果があるってことじゃないかなと思ったんですよ」


「それなら、ありがたいわね。

 私、いただく時にちゃんと説明を全部聞いていなかったかもしれない(笑)。

 ライさんに悪いことしちゃったわね」


「いえいえ。

 ラインハルト様もいけないんですよ。

 もう、夏美様にありとあらゆるアクセサリーをどんどんお渡しされてましたもんね」


「ええ、私も、とても嬉しいのです。プレゼントは本当にありがたいんですもの。

 でも、…急にたくさん渡されてしまって、ちょっと戸惑ってもいるの。

 とても、宝石の意味内容までは、、、、」


「夏美、気にしないでくださいね。

 今は、みんなが嬉しがって夏美に話しかけて、説明をしようとしていますが。

 逆にぜんぶ覚えないくらいで、ちょうど良いかもしれませんから。

 ラインハルト様は、何度でも聞いて欲しい、何度でも説明したいタイプだそうですから(笑)。

 他のみんなもですよ(笑)、夏美が完璧すぎるとやることがなくて、逆に困っちゃいますから」


「ありがとう、真凛」



 そこへ、ラインハルトが上機嫌で迎えに来た。


「さ、そろそろ撤収するよ!

 ほとんどの人がホテルの部屋に引き上げたり、タクシーに乗っていったよ。

 猛者は、まだ飲んでいるみたいだけど(笑)、あの人達には付き合いきれないから。

 僕達も帰ろうよ♪」


「ええ、お願いします」

と、答えて部屋の外に出てみると、夏美の見知らぬ(いや、見おぼえていないだけかもしれない)年配の男性がラインハルトのそばにいた。


「あら、木藤さん!

 やはりパーティにいらしてくれていたんですね」

と、真凛が嬉しそうに言った。


 木藤と呼ばれた男性は、少し顔を赤らめてパーティや真凛たちの素晴らしさをもごもごと口にした。


「今、一緒に車で館に帰ることを承知させたんだ♪」

と、ラインハルトがにこにこするのをよそに、その年配の男性は気恥ずかしそうに、夏美に丁寧なお辞儀をした。


「たいへん恐縮ですとご辞退申し上げておりますのに…。

 初めまして、木藤と申します。

 昔からラインハルト様にお仕え申しておりまして、先ごろ引退させていただきましたのですが。

 その、わたくしは…ええと、昔からN県の神社のそばにおりました者で、」


 ラインハルトがうんうん、とうなづいた。

「さ、ここで長話はしなくて大丈夫だよ。

 一緒に帰るんだから、ちょうど良いじゃないか。

 リムジンの中でのんびり話そうよ」


「ええ、それはお邪魔するようで…申し訳ないことですが、」


 遠慮気味に言ってはいるが、少し嬉しそうでもあるように見えたので、夏美もラインハルトと真凛と共に、ぜひ車に一緒に乗るように勧めた。


「ありがとうございます」

と、木藤は心から言ってようやくホッとしたように、夏美の顔を嬉しそうに眺めた。


「おお、…。

 確かに、、、先ほど真琴様のことは、陰ながら拝見申しましたが、、、。

 夏美様は、確かに姫様がたの…、」

と声をつまらせそうにしながら言った。


 ?

 姫さま?


 夏美がいぶかる間もなく、少し先を行っていたラインハルトが戻ってきて、老人の背中を優しく押してエスコートし始めた。


「はいはい、木藤。

 昔話はしてもいいけど、車の中でね、

 夏美だって僕だって、かなり疲れて今ポンコツ状態なんだから♪」


「はっ。そうでございました。

 私がぐずぐずしていたらいけませんね、」


「そうそう、お前の部屋もまだちゃんと館に残してあるんだから。準備万端!

 パーティが終わったら静かすぎて寂しいじゃないか。早く帰ろう♪

 早く帰って明日に備えないとね♪」


「はい、かしこまりました」


「そうですよ、みんなで帰れば寂しさ半減♪

 ささ、木藤さん、ご自分で歩けるでしょうけれど」

と、真凛も歌うように言い、木藤の腕を取った。ラインハルトは、真凛に一度うなづき、夏美をエスコートする側にまわった。


 木藤は、相好を崩してうなづいた。

「本当に、素敵なパーティでございました。

 長生きした甲斐がありましたよ、おかげさまでございます。

 こうして、ラインハルト様のお嫁様の、夏美様にお目にかかることが出来まして。

 もう思い残すことはございません。ありがとうございます」


「うん、僕も会わせてあげたくて楽しみにしていたからね。

 …すごく嬉しいよ」

というラインハルトの声が、静まり返ったホテルの廊下で優しく響いた。

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