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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
132/148

130 《地に平和をもたらしめよ》 (3)

 

 次に、拍手で迎えられたのがラインハルトだった。

 グランドピアノに座る前に、少し照れたような感じでお辞儀をした。


 夏美とは違い、ラインハルトの方は、まだなんだか王子様役から抜け切れていないような感じがする。というか、いつもそうね、軽口をたたこうとも、育ちの良さみたいなものは隠しきれていなくって、少し浮世離れしているのだ。

 つねに周囲に気を遣い、礼儀正しくいなければならない立場らしいけど。

 大らかな夏美といるとリラックスできるみたいで、本当に良かったと会社の人も言っていた。


(拍手)


「あ~、えーと」

 一呼吸おいたので、みな、少し笑う。

「あ、失礼、マイクチェックでした(笑)」

(拍手)

 

 どうやら、ピアノの弾き語りをする前に、お礼を言おうと思ったようだ。

「本日は、僕と夏美のために、そして祖父ヴィルヘルムのために。

 皆様には、貴重なお時間をいただいて各地からお集りいただいてありがとうございました。

 皆様のために一曲捧げますと申し上げたいところですが、ええと。

 ラブバラードを愛する人に捧げます♪」


(「正直でよろしい!」というヤジ。笑い声、拍手)


 優しいピアノの和音のフレーズから始まる。

 クィーンの『Teo Toriatte 手をとりあって(Let Us Cling Together)』である。

 この曲は、瑞季は良く知っていた。

 親世代の多くがクィーンを好きな世代と言ってもいいくらい。物心ついた頃からなんとなく耳にする機会が多かったのである。


 この曲は日本人のファンのために特別に作られた経緯があって、サビ部分は日本語の歌詞がある(ローマ字表記)。

 クィーンファンである遥とロックバンドも伴奏に加わっていて、盛り立てる。


 ラインハルトの求めに応じて、サビ部分で会場も唱和する。

 先ほどのディズニーメドレーと同じく、大合唱、大拍手で和やかに曲が終わった。

 

(ラインハルトが椅子から腰を上げかけたが、ナレーションが入る)



斎藤:あ、ラインハルト様。え~、ちょっとそのまま、そこで座ってご覧ください。


 (ラインハルトが、?という表情で、座り直す)


斎藤:あ、ピアノ伴奏はしなくても大丈夫ですので、そこでゆったりとお待ちください。

   では、続きまして、これも素敵なラブソングですね。

   皆様、どうぞお聞きください。



(生バンドが伴奏をするようだ。イントロが始まる)


 So many nights…と歌も始まった。


 伴奏をしているバンド側のスピーカーから声が聞こえてくるので、ラインハルト、そして会場の客はそちらを一斉に見た。

 だが、なぜか歌い手は全然見えない。

 そういえば、電光掲示板にもまだ、曲タイトルが表示されていない。

 遥のバンドメンバーもベースやドラムなどで協力しているのは確認できたが、先ほどまでそこにいた遥は見えない。

 

(??)


 みんながあちこちを見て、歌い手を探している間に。

 舞台袖から遥にエスコートされてマイクを持って歌っている夏美が登場し、中央に向かう。

 (ささやかな拍手)

 スピーカーの音が正常に、会場全域に聞こえるように切り替わる。

 電光掲示板に『You Light Up My Life』と表示された。


 ラインハルトは少し驚いたようだが、とても嬉しそうな顔をして聞いている。

 夏美はそれほど歌が得意ではないけれど、とても素直に丁寧に歌うのだ。シンプルな英語の歌詞は、とても心に響いてくる。

 そうね、きっと夏美は。

 いつからか、出会うのを待っていたのだろう。

 この人を。

 始めは、他人でも。


 どちらかが先に恋をして。

 ううん、もしかしたら幸運なことに、

 どちらもほぼ同時に恋をして。


 この人に心を開いて、打ち明けたりできるのだろうかと思い。

 この人の心の中に、自分を招き入れてくれるかと望み。


 まれに手を伸ばすことも不安になったり、手を取りたくなったりして、

 この人は、運命の人だろうかと神様に聞きたくなったり。


 でも、たぶん正解より、欲しいのはただ一つ。

 目の前の愛する人。



 途中で、ラインハルトがピアノの椅子から立った。

 アイコンタクトで側に行ってもいい?と伝えたようで、夏美も中央にあるマイクを指していた。


 結局、『You Light Up My Life』の最後のサビ部分を2人が見つめ合って歌った。


 それがメッセージだったのだろう。

 傍から見ていると、あっという間にラブラブになったように思うけれど。


 でも、やはり伝えあうのも、理解し合うのもそう簡単じゃない。

 そう、思う。

 でも、きっと答えにたどり着いたのよね。


 ~あなたが私の人生に輝きをもたらしてくれる~と。


(拍手)


斎藤:え~と、ラインハルト様へのサプライズプレゼントでした。

   いかがですか、ご感想を一言お聞きしてみましょうか。


(『そんなん、聞かんでもわかっているけどな』とヤジ、そして笑い声)


 ラインハルトが笑って言う。

「え~、ありがとうございます。夏美と皆さん。

 知らされてなかったので、驚きました(笑)』


「おや、それだけか?」

「おかしいな?(笑)」 

「そんなはずは(笑)」

と、ヤジが掛け合いになっている。


 ラインハルトが夏美の方を見て言った。

「嬉しいよ。こんなに嬉しいサプライズは、なかなかないよ」

 夏美も笑顔でうなづく。

「ここでハグしたいくらいだけど、後の出番がつかえると困るから(笑)」


(笑い声、拍手)


斎藤:舞台進行へのお気遣い、助かります(笑)。

   実は、この後、僕の出番もありますので♪

   どうぞご一緒にご退場ください。


(拍手)



 その後、斎藤が器用にジャグリングをしたり、グループで正統派のコーラスで『歓喜の歌』を歌ったりなどが行われた。


 結局、大接戦を制したらしく、和装をして踊った米国人女性が最優秀賞を獲得したのだった。

 ヴィルヘルムから日本風な金一封を受け取ると、

「これ、この袋が可愛いでしょ?

 とても欲しかったの♪」

と掲げてみせ、盛大な拍手が送られた。


 他の出場者にも優秀賞という名目での参加賞がもれなく配られたが、さらに斎藤からアナウンスがあった。


「本当は、ここでパーティがお開きになるはずでしたが。

 遅れに遅れていました、特別参加チームの映像がようやく出来上がったそうです。

 ですので、滑り込みセーフということで、スクリーンの方に映してご覧にいれたいのですが、皆様よろしいでしょうか?

 ええと、審査委員長のヴィルヘルム様?」


「おお、そうか。良いじゃないですか。

 確か、一生懸命に練習していたはずだったから。

 間に合わせてくれて、嬉しいです。

 それはもう、ぜひ参加賞をあげなくてはなりませんし。

 いかがでしょうか、皆さん」

と、ヴィルヘルムが笑顔で呼びかけた。


 会場中も拍手喝采する。

 特に、今回来られなかった留守番組のメンバーが制作していたことを知っている者たちは、ここまでいっこうに上映されないので、やきもきしていたに違いない。


 斎藤がナレーションをする。

「では、本日のフィナーレです。どうぞ映像作品をお楽しみくださいませ。

 タイトルは、『紅白歌合戦 アナザーヴァージョン』だそうです」



 わざとなのか、本当にそうなってしまったのかよくわからないが、古い映像フィルムのようにぶつんぶつんとひずみがある、白黒のカウントダウン映像からスタートする。


 そこから、観客の視点が、とあるバラ園のようなところから窓にふらふらと入っていく演出。

 これはもう、見ている自分たちが蝶か何かで、それでどこかのホールに迷い込んでいくという感じである。

 ホールのガラス窓を拭いていた男性が大写しになり、ウェルカムといったようにウィンクしてみせる。

 どうやら見知った顔だったようで、拍手と笑い声が起こった。


 その男性が誰かに呼ばれて振り返り、駆けていく先に昔なつかしいロックバンドっぽいセットとメンバーが待機していた。

 窓を拭いていた男性が雑巾をバケツに放り込み、それが見事にインすると同時に、音楽がスタートした。


 軽快なリズムの、『My Sharona』(The Knack)である。

 ロックバンドのメンバーに扮している人間も、映像なので数グループに切り替わる趣向だった。

 また、演奏をしているそばでは、モップやらなにやらを使いながら、入れ替わり、踊りながら、大勢の男性陣が床や階段の手すりなどを掃除している。

 つまり、実際にある玄関ホールをきれいにしているというパフォーマンスのようである。


 終盤に、セピア色の古い写真のようなものが映る。

 幼い頃のラインハルトとハインリヒ兄弟だったらしい。それで、皆がまた一斉に拍手をした。

 その写真が、いきなりアニメ映像になり、床フロアにペンキ状のものをぶちまけて塗り塗りしている様子であった。

 最後のサビが終わるまで、子供たちのいたずら?大掃除?も続いていたというような映像になっていて、くすりと笑えるものだった。

 再現度は大したことがないが、海外でも人気の、日本の色塗りゲームに似せて作ったみたいなアニメがご愛敬、である。


 最後、また実写版になった。それでも、床が明るい紫色のペンキが流された感じのままであった。


 今度はそれをいきなり、ダーッと突き抜けるように登場した女性数人がモップで拭いていく。

 ここから、女性陣の出し物なのだろう。

 イントロが始まり、中央に元気よく登場したのが年配の女性。


「あ!」

と思わず、ラインハルトも大勢のお客も声を出して驚いた。


「ば、婆やだ♪、え?歌うの?

 …相変わらず元気だなぁ(笑)」


「そうですね、再会が楽しみですね(震え声)」

と、姫野が答える。


「うん…とりあえず僕達全員が良い子だったかどうか(汗)再点検してから帰国しなくっちゃいけないな」



 パイを伸ばす麺棒をマイクのように振りながら登場したが、カメラが引くと、総勢20名以上のメイド服を着た女性陣が全員踊りながら歌っているのが映った。


 電光掲示板に表示されたタイトルは、往年のミュージカル映画《Fame》の主題歌『Fame』(Irene Cara)である。


 瑞季や若い世代はあまり知らなかったが、元気が出そうな曲である。

 第一、センターの高齢女性が本当にめっちゃ元気なのだ。


 『私、永遠に生き続けるわ♪』というサビ部分で、麺棒を突き上げながら踊っている婆やことフローベル夫人。


「あれ?」 

 Fame!というサビ部分のシャウトをしながら、群舞を踊っているメイドの一人が、知り合いの黒田加奈子に似ているように瑞季には見えた。でも、一瞬のことで確信は持てなかった。


 たしか今回のパーティーにも招待状は出したけれど、『留学先で、とても忙しいから日本に帰れない』という返事が来たとか聞いたはずだったのに。

 まさか、ね。


 それから、カメラは遠ざかる。

 ふらふらと、今度は窓から出ていくのだ。


 迷い込んだ蝶が出口を見つけたかのように。そのひらひらした軌跡が、タイトルの上をリボンのようになぞっていく。

 それは、いよいよ、英語の筆記体となり、夏美とラインハルトの名前、それからおめでとうという言葉を紡いだ。

 そして、画面上にふわふわとハートマークがたくさん飛んで、、、という画面で終わった。



 そして、長かったパーティも、盛大な拍手のうちに終わった。

 それでも、ホテル全館貸し切り状態なので、朝のモーニングサービスまでオールナイトで楽しんで良いそうなのだ。

 まだまだ、体力が有り余っている人が多いようで、あちこちで嬉しそうな声、挨拶の声が響き渡っている。

 

 まるで、不夜城のようだ。

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