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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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128 《地に平和をもたらしめよ》 (1)


 舞台裏では、大道具などの撤収作業が始まった。


 主要登場人物たちは、一応すぐに着替え室に向かって良いことになっていたのだが、ハイタッチをかわしつつ、それとなく手伝い始めている。

 

 瑞季も、早く着替えに行って自分のテーブルに戻ればいいのにと頭では思っているのだ。くっついたりあいまいに別れたりを繰り返し、腐れ縁だねとお互いに認め合う彼が、テーブルで待っているはず。


 まぁでも、練習会も付き合ってくれていたから、少し知り合いも出来ていたみたいだし、ダンスタイムにはちゃんと色々な人とダンスしあっていたし、まぁ、いいかな(笑)。

 自分のキャラが最近良くわかってきて、そのせいでぐらついている。


 やっぱり、私はサービス精神がなさすぎるのかもしれない(世間一般と比べて)。それを気にするあまりに、反動でお節介をしすぎる時もある。途中で気づいて心の中でオタオタしているものの、外に出さないようにしているから、可愛げのないヤツだと思われている気がする。

 夏美は子供の頃からの知り合いだし、おおらかであまり文句を言わないから、お世話する時も自然にできるけれど。考えすぎて疲れたり、失敗をこわがらないでいいから、助かっている。


 今回は、どっちが正解?

 ああ、めんどくさい。

 

 とにかく。私は。

 自分より出番の多かった、遥と夏美をフォローしてあげたいから、気遣いの乏しいマイペースを貫いておこうかな。

 遥は、撤収作業の指示をもらいにくる人がいるので、舞台裏からなかなか移動できないみたいだし。


「遥、お疲れ様。

 遥の脚本、演出が良くて、本当に楽しかった~♪」

と、声をかける。


 遥がほっとしたような様子で振り返る。

「褒めてくれてありがとう。そして、いろいろとご協力もありがとうね!

 みんなで楽しく出来て終わったし、まだ興奮気味で。

 きっと反省点も多いけれど、そんなの後回しにしちゃう♪」

と、遥もたぶん、自分に言っている気がした。



 夏美は、と見渡すと。

 遥がアイコンタクトで舞台裏の一角をそれとなく示してくれる。

 2人して小さく笑った。

 微笑ましいけれど、ちょっと夏美は困っているみたい?というのが、2人の共通認識だ。



 主役2人はさっきまで行儀よく皆と挨拶しあっていたのだが、今はラインハルトが夏美にハグをしているところだった。

 いつも周囲に気遣いばかりしているラインハルトにしては珍しい行動に思える。

 それでもたぶん、それは海外では普通のことみたいで、笑顔でスルーしている人が多い。というわけで、なんとなくそんな雰囲気でいる。


 見ないふりをしているつもりで、聴力は最大限使ってしまえていて、すごく気になっている感じ(笑)。

 それは、遥と自分だけではなく、周囲も意外と、たぶん全員が(笑)。


 夏美は嬉しそうにはしているけれど、ドギマギして頬を赤らめて周囲を気にしているようだった。

 着替えの世話役を申し出てくれていた真凛が呼びに来るのを待っている風情である。


 仕方ないので、瑞季が遥に少し声を大きめにして話しかける。

「劇は終わったけど、この後もかくし芸大会があるから、まだまだ大変ねぇ!」


 ラインハルトと夏美の方へ、どうやら声を届けたい作戦のようだ(笑)。

 遥も、その作戦にのった。

 舞台を越えて客席に声が響いていかないと良いけれど(笑)。


「そうなのよ、劇の感動と余韻に浸りたいけど~!」


「わかる~!、浸っていたいけど、次の用意があるのよね~!」



 夏美は、2人の気遣いに感謝しつつ、言った。

「あの、ライさん? 私はそろそろ、着替えに行かないと」


「うん、そうだね」

と言うものの、ハグを解きたくない本心が透けてみえる。

 いや、みんななるべく見ないようにはしているので完璧に見えてはいないけれど、そういう気配は感じ取れる(笑)。

 そんな感じで、頭なでなでくらいで止まってくれていると、こちらも照れないでいられるんだけど(笑)。

 もはや、床にゴミは落ちていないのに、なんとなく探しまわる(笑)。



 夏美は、自分の首を示して

「あ、そうだ。これ、大切な物ですから。

 やっぱりライさんが持っていてくれる?」 

と、お願いをした。


「ああ、そうだったね」

と、ラインハルトはハグの腕を緩めて、夏美の首元のネックレスを見下ろした。


 それは、少し大きめのバロック真珠らしき珠があしらわれているものだった。

 良く見かけるアイボリーホワイト色の真珠に見えるけれど、自らの光を辺りに放つような存在感がある。


「少し重たかったかな?」

 夏美がええ、と応じると、ラインハルトがそうっと夏美のネックレスを外した。


「とても良く似合っているけれど。疲れたら困るし。

 …ちょっとずつ慣れていった方が良いよね。

 また僕が預かっておいて、後で渡すよ」


「ええ、お願いします。

 この後はええと、あの薄桃色の珊瑚のセットでいいのよね?」


「ああ、予定ではそう決めていたね。

 だけど少しあれは小ぶりなものだよね…。カジュアルダウンし過ぎないかなぁ。

 何かもっと華やかなヤツ…他にも持ってきてはいるはずだけれど」


「いいえ、私はあれがとても好きよ。

 小さなバラの花と蕾が揺れて。とても可愛らしいから優しい気持ちになれるの」


「そう言ってくれると、作った甲斐があったな♪」


「ええ、本当に素敵なものをありがとう。

 では、真凛が来てくれてるから、急いで着替えてくるわね。

 後でまたお会いしましょう?」


 するりと真凛の方に踏み出している夏美に

「うん、そうだった。

 ご飯を食べなければいけないしね。

 ああ、そうだ。

 僕は、ピアノの弾き語りの出番があるから、そっちへ行かなければ」

と、ラインハルトは言う。


 遠慮していたらしい真凛が側によってきて、

「そうですよ、支社長も早くお支度をしてくださいませ」

と声をかけてくる。


「うん、そうだ。

 かくし芸大会の他、挨拶をして回りたいんだった」

と、ようやくラインハルトは急ぎ足で消えて行った。


 やり取りを全部聞いてしまっていた遥と瑞季の方へ、真凛が笑ってウィンクをした。そして、同じようにほぼ駆け足で夏美と真凛は着替えに行ってしまった。


「「後でね~♪」」

と遥と瑞季は笑って手を振る。


 主役2人が退場して、ようやく周囲が本音を言える気がする(笑)。

 ツッコもうかどうしようかと思っていたけど、退場のスピードは意外と速かった。といった雰囲気。

 皆、笑っているような視線を交わす。そして、一様に本音を出し始めあう(笑)。


「いやぁ、からかうことも出来ないくらいのべたぼれだな♪」


「今が一番幸せな時よね♪」


「はぁ、暑い暑い(笑)」


「そうね、もう少しエアコンの設定温度を下げていただきましょうよ(笑)」



 そこへ、先ほどまでの国王陛下、フィリップが声をかけてきた。さすがに王冠とマントは外しているものの、衣裳は着たままだった。

「ご苦労様です。

 こちらは、もうほとんどゴミは残っていないかな?(笑)」

と、手にはゴミ袋を持っている。


「まぁ、国王陛下にまでお片付けしていただきまして(笑)」

と、瑞季と遥が小さくお辞儀をして受け取った。


 フィリップも笑って鷹揚にうなづいてくれる。

「いえいえ、素晴らしい劇に参加させていただけて楽しかったです。

 ラインハルトの、本物のお父上には及びませんが、私はずうっと子供の頃から彼を見知っておりますからね。彼の幸せそうな姿を間近に見ることが出来て感無量です。

 しかし、あいつめ(笑)。他にもやることがたくさんあるというのに。

 やはり、衣裳やアクセサリーなどまで口出ししていたんですな(笑)」


「ええ、そういうこともお好きなようで、私はとても助かりました。

 家族や友人も褒めてくれていましたし。

 今日の夏美のアクセサリーは、ほぼライさんオリジナルみたいですよ?」

と遥が言う。


「私たちにまで、こんな素敵な衣裳を作ってもらえましたので、満足でした。

 こんな豪華なものを着ていく機会はあまりないと思うんですけれど。大切にします」

と瑞季が言う。


「ええ、皆さん、とても良く似合っていましたね。

 夏美さんのウィンナーワルツの最後のドレスも、素晴らしかったな~♪

 ラインハルトだけでなく、皆を惹きつけるような魅力的なものでしたね」


「私は、夏美の衣裳のひらひらが少し長いように思っていたんですけれど。回転するたびにライさんに絡みかけますし…」

と、遥は言う。


 夏美のパールホワイトの衣裳の飾りは羽があしらわれ、細く長くふわふわ、ひらひらしていたのだった。長いだけでなく、夏美の豪華なドレス部分が一体化して踊っているラインハルトの脚を包んでしまっていて、転ばないか心配だったのだ。

 夏美本人は、小さな蛇さんみたいよねと無邪気に笑っていたのだが。


 ああ、とフィリップは快活に笑った。

「本番の式の時は、もっと豪華な感じで大変かもしれませんが、あの2人ならうまくさばいて歩くだけじゃなくて、飛んだり跳ねたりできそうですから(笑)」


「あ、そうですね。確か今度のクリスマスシーズンに、お国でお祝いをする予定なんですものね」

と、瑞季も笑った。


「ええ、ユール、いえ、ええと、日本では冬至に当たりますね。

 その時期が本番のパーティになります。

 今回、来られなかったのはその準備もありましたようで。

 …本当にラインハルトは素晴らしい伴侶に恵まれて良かった。

 夏美さんは素直で元気な方ですから、皆が感激することでしょう。

 ずいぶんと前から待ち望んでおりましたからね、それは楽しみにしております」


「しばらく忙しくなりそうですね」

と2人が言う。


 フィリップは嬉しそうにうなづく。

 そして、慌てて付け加えた。

「いや、君たちの大切な友人でもあるから、あまり私たちが嬉しがり過ぎてはいけませんね。

 またすぐに日本に戻れるかと思いますから、ご安心ください。

 今後ともよろしくと、皆を代表して申し上げます」


「「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」」


 向こうで、妻のメレイアが手招きをしているのに気づき、

「あ、では、また後ほど」

と、最後に遥と瑞季にハイタッチをして、フィリップは去っていった。



「いよいよ、夏美がお嫁さんになるのね。

 フィリップさんは今、気遣ってくれたけど。

 ちょっと胸がきゅんとしちゃった。

 なんかさみしいって、変かしら」

と瑞季が言う。


「ううん、私も今、すごい実感しちゃった。

 忙しさに紛れていたけれど。

 夏美がライさんに取られちゃう、みたいに思える(笑)。

 海外のお客様達が嬉しそうにしているので、余計にね(笑)。

 でもね、ライさんとふたりで、しばらく日本で暮らすって言っていたから、新婚旅行を兼ねた里帰りをしたら、きっとすぐに戻ってくるわよ。

 夏美も、寒がりのはずだもん。冬のヨーロッパってすごく寒いイメージがあるでしょう?」

と遥が言う。


「そうね、でも、あのふたりだと寒さに気づかないくらい熱々が続いていそう(笑)」


「ええ、それは本当ね、間違いないわ。特にライさん」


「最後は本当に、夏美とライさん2人の世界だったもんね(笑)」


「あ~、暑い暑い(笑)。私たちもさっさと着替えましょう♪」


「ごちそうを食べそびれるわけにはいかないわね♪」

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