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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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124 《祈りを絶やすことなく》 (8)

〇 この編(117~)は、劇中劇の扱いです(小説の中の人物がパーティで劇をするという趣向です)


〇 後書き部分に、配役表があります。


 『剣』が妖しく光っている。

 それは異様な光景だった。



 アレク王子とグリュン姫の踊りは、今や戦いと言うよりも、一組のペアとしての一体感が増してきた。

 お互いの変化にも、そして『剣』の異変にも、主役の2人こそがまだ気づいていないように見える。

 『剣』は遺跡の石の上方にあり、真下にいると気づきにくいのだろう。逆に、遠くから眺めている観客は、『剣』の妖しい光り方にはらはらさせられている。


 観客たちは、『剣』をそっと指して目くばせし合うが、騒いで舞台上の2人に教える者はいない。

 大人だからみな、演出だと了解し、また、そう思いたいのだ。

 もし、既に退出させていた子供達がまだ客席にいたのならば。

 大きな声で素直に叫んだろうが。


 「ねぇ、気づいている?

  あの『剣』、絶対におかしいよ?」と。


 そんな感じで少しざわついていたら、退出しやすいのに…。

 リハーサル時より、とてつもなく不気味に光らせることに成功している照明さんは、ホント頑張っているわね…。

と、遥は思いながら舞台裏に通じる扉へと向かう。プロデューサー役としては、あまりサボってもいられない。



 『剣』がふいにぐらついた。

 と思った途端に、ひゅんと抜け、空中に飛び出した。

 仕掛けだろうが、実に上手く出来ている。無粋にワイヤーが見えるということもない。

 


 「まるで魔法みたいね?」

と、客席でそういうささやきが起こった瞬間、『剣』は踊っている2人をめがけて飛んでいく。


 「え?」

 グリュン姫が、息を呑む。

 背を向けていたせいですぐに見えなかったのだろう、アレク王子の反応が一瞬遅れた。が、グリュン姫を支えるようにして、ターンした。



「危ない、グリュン姫ッ!」

「きゃっ…」

「…くっ…」 


 

 アレク王子は、身を挺してグリュン姫をかばったようだ。

 よけようとした反動で2人が倒れて転がる。

 いや、その前に『剣』が…。

 そう、王子の脇腹を『剣』がとらえたかのように見えた。

 一瞬だったが、アレク王子の身体が『剣』の衝撃で揺れたのを、観客が目の当たりにして、息を呑んだところだった。


 『剣』は、今度はふわっと飛行して、石に元通りに突き立ってしまった。 

 何事もなかったかのように、『剣』の光が消える。


 劇とはいえ、リアルにアレク王子が倒れたように見え、観客席は、静まり返った。

 

 たまたま立って移動していた高齢の日本人男性は、驚いてしゃがみこみそうになったようだ。

 だが、近くのテーブルに座っていた男性がすぐに気づいてくれて、とっさに自分の席に座らせて温かく声をかけているのが見えた。遥は、そっと側に寄る。


「大丈夫ですか?」

「申し訳ありません、横目で劇を見ながら歩いていたもんで…。

 驚いてしまった拍子によろけてしまいました。

 最近、足も弱りまして…」

 助けた方の男性はしゃがんで椅子と老人を支えるようにしていたが、遥に微笑んだ。

 ああ、と遥もうなづく。

 先日会ったばかりだが、すぐに親しくなったラインハルトの会社の人だ。

 シンガポールから来て、ほぼぶっつけ本番でも国王役を引き受けることを快諾した、朗らかで頼もしいを形作ったような紳士である。

 

「あ、どうぞしばらくそのまま私の席でいてください。もう少ししたら会場も明るくなりますよ、きっと。

 私、ちょうど退出するところで」

「はぁ、…ありがとうございます。…なかなか勇ましい劇ですね…ええ」

「演出で驚かせようってところでしょうな(笑)」

「はぁ…そうですね、、(笑)」

 ぎこちなく笑う老人がどうやら大丈夫そうなので、遥と紳士は舞台裏の通路へと引っ込む。




 スポットライトの下、アレク王子とグリュン姫がむくりと起き上がった。


「アレク王子、大丈夫でしたか?

 いったい、どうして『剣』が…?

 あの…?」


 アレク王子はグリュン姫を支えるようにしていたが…。

 膝をついたまま動けず、声を絞り出した。

「ああ、…大丈夫。君、は…?

 無事みたいだ、ね。

 良かった」


 脇腹を押えているアレク王子。隠そうとしても血の染みが広がっていくのが見える。

 慌てて王子を必死で支えようとするグリュン姫。

 悲鳴を上げかけたが、気丈にも大きな声を上げた。


「ファイル、戻ってきて!

 誰か!

 誰でもいいわ、お願い!

 王子様が、お怪我を!」

 

 

 ファイルが、途中で合流したのだろう、ナハトと共に駆けつける。

 ナハトが悲痛な声を上げる。

「殿下ッ、なんと!お怪我をなさって。

 どうぞ、お気を確かに!」


「…大丈夫。かすり傷だ、あれはかすめただけだ」


 ナハトがけげんな顔で聞き返す。

「あれって?

 あれって、なんでしょうか?(王子とグリュン姫の指差す方を見つめる)

 『剣』ですか?

 まさかあの抜かれたことのない『剣』に刺されたと、おっしゃているのですか?」

と、警戒心を持って周辺に目をくばる。


 ファイルは冷静にしゃがみ込み、アレク王子の怪我の応急手当を始めていた。

「さようで…ございますか。原因究明は大事ですが、、。

 まずはお手当が先です」

 ナハトが立ち上がる。

「そうだな。

 そちらは任せる。

 だが、どこかに曲者がいないか、何か不審な点は無いか…私が確認する!

 警備兵も呼んでこよう、」

と、駆け出していく。


「ああ、頼む。

 グリュン姫、あなたにお怪我は?」


 グリュン姫は、わなわなと震えているまま、力なく首を振る。

「私は、私は…大丈夫です。一つも怪我をしていません。

 王子様が、アレク殿下が私をかばって、、、、。

 私、私がいけないんです!

 私が、」

 とっさにファイルが口を開きかけるが、王子がファイルの腕をトンと叩いて目くばせをした。どうやら、グリュン姫を制止させるように合図したようだ。

 さらに

「しっ…、グリュン姫。

 何も言わないでいい。今は。

 とにかく、君は…」

と、アレク王子が言い募るのを今度は、ファイルがとどめた。

「殿下、まずはご自身のお身体を。

 私どものことは、ご心配し過ぎないでください」


「他に人の気配もない。魔物もいない。…とりあえず、確認した」

とナハトが戻ってくる。

「応急の止血はした。が、一刻も早く医者殿に見せなければ。

 術師のそなたに頼むぞ」


「ああ、任せてくれ!

 一人だけなら抱えて飛べる。

 お前たちは、グリュン姫殿も…そうだな。

 調査のため、何も触らずに待っていてくれ。

 私の部下がこの後、ここに来るはず。

 彼らと共に戻ってきてくれ」


「ああ、わかった。

 よろしく頼む」



 ナハトの身体がアレク王子を抱えて宙に浮く。

(ワイヤーに吊られているのだろうが、美しい飛翔で客席から大いに拍手が起きる。)



 ファイルは2人を見送ってから、グリュン姫に近づく。


 グリュン姫が顔を覆ったまま、うつむいている。

「まさか、『剣』が本当に抜けた…のでしょうか?」

と、ファイルが尋ねる。


 放心状態のグリュン姫が気落ちした声で言う。

「はい、一瞬だけですが、抜けたみたいです。

 すごい速さでした。

 …それと。

 まるで、罪人を見つけたようにまっすぐに

 私を目がけて飛んできました」


「まさか…そんなはずは、」


「いいえ、私にはわかります。

 はっきり見ました。王子様の背中越しに。

 『剣』の切っ先が私を目指していました」


「おふたりで避けて、でもかすった、のですね?」


「いえ…」、

とグリュン姫が、言葉を一度切る。

 確認するかのように、『剣』を見て、正面を見て言葉を絞り出す。

 

「いいえ、私は…。 

 私は、動けなかったのです。

 ふだんなら、避けられたかと思います、思いますが…。

 本当に驚いたのです。

 ええ。

 私こそが正当の者だと思いこんでいたので『剣』の切っ先が私を捉えようとしているのに、驚きすぎたのと。

 そして。

 それが…、神のご意思ならば、と一瞬躊躇もしてしまい…

 私の身体を(さや)にする、神様がそうお望みならば、と…」


 涙をこらえるように、グリュン姫は言った。

 どことなく、悔しげにも見える。


「わかりませんが、そうではないと思いたいです。

 姫様、意地を張るのもたいがいにしませんと…」

と言いかけたが、ファイルはやめた。

 祖国を追われ、王女としての身分を隠し、身をやつして耐えてこられたのは、プライドの高さによるところも大きいのだろう。


「王子様は、たぶん本当に、お強い方なのですね」

と、しょんぼりグリュン姫が言った。


「ええ、そうですね。…姫様相手に本気を出されましたかね?」


「いえ、飛んでもないことです。

 本気どころか、私には、あの方の力量も推し量れませんでした…。

 逆に、、。

 私の力を少しずつ確かめながら、その少し上の力だけで私をやり込めすぎないように、、、

 あの時も、私など放っておけばいいのに、…」

 涙の珠がひとしずく、こぼれた。



「殿下が姫様をおかばいになったと、そういうことですね?」

 グリュン姫がうなづく。


「はい、…どうしましょう。

 あの方だけならば、お怪我などなさらなかった…。

 私が望んだのです。

 私が『剣』を望むのは間違っていたのでしょうか?

 祖国を、父上を敬愛し、かつてのように国土を取り戻したいと言うのは、悪いことなのでしょうか?

 神に断罪されるのが、私なのだとしたら。

 私が王子様にお怪我をさせぬように、かばえば良かったのに!

 このソルト王国の大切なお方なのに…。

 王子様は、『剣』が話したことの意味を考えてみよう、とまで言っていたのに」


ファイルが驚く。

「『剣』が話を…したというのですか?

 それを…殿下は、私やナハトではなく、グリュン姫様にご相談していたのですか?」


「ええ…。あ、そうではありません。

 本当は、ファイルに相談したいと私におっしゃっていたのです。

 今夜、王子様は貴方にその話をしたいと、、その予定を立てていたみたいです」


「そうでしたか…。(少し微笑む)

 おお、お迎えが来たようです。

 この話もしばらくは…」


 きっと口を引き結んだような、屈強で真面目そうな兵士が数人駆け寄ってきた。

 そして、少しつっけんどんに中央にいる者が口を開いた。隊長と見える。

 なにか嫌なことを事務的にやろうという態度のようだ。


「ファイル様、申し訳ありませんが、剣や武器の類をお放しくださいませ」


「おう、わかった」

と、ファイルは躊躇なく剣を置く。 

 それから。黙って驚いたように見ているグリュン姫を見やる。

「姫君も、もしも何かお持ちでしたら、床に置いた方が良いですよ」


「はい、ありがとうございます。

 何もありませんが、…。

 どうしましょう」


 女性の兵士が2人、進み出る。

「改めさせてもらいます」

 言葉は丁寧だが、明らかに罪人扱いのようである。


 グリュン姫は、あっけにとられたままだ。

「ええ、…はい、どうぞ」

「あの、…」

と、言いかけるが、ファイルが両手を差し出し、捕縛されるのを見てとると、押し黙った。

 女性の兵士に対して、グリュン姫も同じように両手を差し出す。

 ファイルを良く知っていた者らしい。隊長に聞こえないようにしながら、そっと言う。

「…申し訳ございません、私たちは…信じておりますので、」

 ファイルもまた、そっと言う。

「この状況で疑われないわけがないですからね。

 姫君も、少しの間、ご辛抱なさい」


「……」

 グリュン姫は、ただ自分の両手の縛め(いましめ)を見つめている。


 隊長が宣言する。 


「ファイル様、いや、騎士ファイル。

 …謀反の疑いで、引き立てる。

 ええと、それから異国の…姫に化けた、そこの者。

 同じ容疑だ。

 さぁ、牢獄へとお連れせよ!、じゃなかった、引っ立てい!!」


 

(ファイル、グリュン姫は兵士らに引き立てられていく。)

(幕、降りる)

☆ 配役表 ☆


グリュン姫(ペルレ姫)=夏美 【イメージカラー:グリーン】

マリン姫=真凛 【イメージカラー:ブルー】

ロゼ姫=遥 【イメージカラー:ピンク】

ゴルト姫=瑞季 【イメージカラー:イエロー】


アレク王子=ラインハルト


騎士団所属術師ナハト(王子の側近)=姫野

騎士団所属騎士ファイル(王子の側近)=マルセル

カルム侯爵=花梨

国王夫妻=フィリップと妻メレイア


サンバ隊(子供心を持った有志・飛び入り大歓迎)

城の警護兵(ダンス練習会メンバー有志)


ナレーションその他(斎藤、遥)


※ 小説上では日本語での表記だけですが、

  実際のパーティでは、司会・舞台上のセリフ、説明などは同時通訳で{英語・ドイツ語・フランス語}の字幕テロップが舞台上の壁だけでなく、四方の壁上部に流れている設定です。

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