121 《祈りを絶やすことなく》 (5)
〇 この編(『117』~)は、劇中劇の扱いです(小説の中の人物がパーティで劇をするという趣向です)
〇 後書き部分に、配役表があります。
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プログラム変更のためにバタバタしていた舞台裏では、あちらこちらでようやく笑顔が見られるようになった。
パーティ進行のボランティアスタッフ全員が、しばらくの間少し固くなっていたのだった。きちんと決められたマニュアルから外れる怖さは、まじめな人ほど感じやすい。
ある意味ストレスだよね、と瑞季は思った。
けれども、たぶん一番青ざめているのは、プロデューサー役の遥だ。
昔の自分だったら、そんなのお構いなしで、つい文句をそのまま遥にぶつけていたに違いない。高校や大学の文化祭では、ちょっとした意見の対立、やり方が違うともめたり、議論したり、それから仲直りもしたけれど…。
良い感じじゃない♪、私たち。
社会人になって、それぞれに少しは成長したのかもね。
ふだん接点のない人と交流しあう今回の経験も、良かったな。
練習会や打ち合わせを通じて準備してきたかいがあって、なんとなく顔なじみ程度であっても、このピンチ?を乗り越えようと息を合わせている気がしている。
そう感じているのは、自分だけじゃないかも。
信じあう、ということまでは出来ていないかもしれないけれど、赤ペンで修正した進行表を読み返すのを一緒にしたり、大事なポイントを見つけあったりするうちに、不思議とほぐれてきた。
遥にも、この気分伝わっているだろうか?
脚本を書いたのも進行をつとめたのも、遥。
だから、予定通りの時間内に終わらない責任を人一倍感じているみたいだ。
龍ヶ崎グループの請け負う”仕事”だと張り切っていたから、少し落ち込んで、ううん、落ち込み過ぎている気もする。
真面目だからなぁ、恵まれた地位を盾に言い訳するような子じゃないし。
ドンマイ、とかいう簡単なフレーズじゃない、もっとフィットする表現で力づけてあげたいけれど。
『起っちゃったことは仕方ないし、意外とみんな困ってないよ♪』
という位しか言えなかったけれど、自分だけじゃない、周りのみんなも呼応してくれた。
『ピンチこそ、チャンス!』
『ヤケクソ、万歳!』
『エイエイ、オー♪』
とまぁ、それぞれの励まし合うフレーズで、オールOK!
その後の『ハイウェイスター』の出番では、ヴォーカルの遥が生き生きしてノリノリだったので、瑞季もほっと息を吐いた。
遥ってば、心配なんかしなくても大丈夫じゃない。
みんなのフォローも良かったよね?
くよくよした気分を引きずらない強さがあるのかな。
気持ちの切り替えが上手いのかも?
私もしっかりしなくちゃ、だわ。
と、瑞季は思う。
夏美はあっという間に婚約しちゃうし。
遥は、どんどん大きな仕事を任されていくし。
私は、と言えば。
だいたい似たような一年を無事に重ねていけば大勢に影響がない、という公務員の仕事をつまらながってみたり。
逆に、期待されて初めての仕事を任されそうになってしまうことにストレスを感じたり。
それから、いちいち落ち込んだりして。
うう~、うっとうしい自分が極大に嫌い。
でも、そんなうっとうしい私も、頑張り屋の私の一部らしいし。
くよくよだけしてる場合じゃないわ。
面白がってもいいんじゃない?
私を実験台にしてもいいのは、私自身だけなんだもの。
「演奏も歌も、大学時代と全然レベチ♪
すごい良かったよ、遥!
また今度、ライブに忘れずに呼んでよね!」
「うん、なんかもう(笑)、私、意外とはじけちゃったかも。
みんなに迷惑かけちゃったけど、それを忘れて楽しんじゃいました♪」
「全然OKじゃない?
雰囲気が、すごいみんな、良いんだよね。
逆に結束が固くなったみたいに。
まるで大学祭実行委員会みたいなノリで楽しんでいるから、きっとノープロブレムよ!」
と会話していても、周囲から《それな♪》という感じの、様々な外国語やら、ちょっとイントネーションのおかしい日本語が投げかけられる。
ラインハルトの会社の日本人の女子社員たちも話しかけてきた。
「そうですよ~。
みんなで楽しむためのパーティで、ホント文化祭のノリですよ♪
支店長の婚活のためにパーティダンス練習会までやってきたので、みんな仲良しですしね♪」
「ですです~。
乗り越えて劇にちゃんと繋がりましたし♪
それに♪
皆様、気づいていました?
なんだか支店長の他にもカップルがわんさか誕生しちゃっていましたけど、さっきのことで改めて仲良くなっちゃったみたいですよ?」
「ある意味、吊り橋効果?(笑)
それにプログラム変更のおかげで、遥さんの歌がさらにエネルギッシュだったのでしょうから、私たち、本当にお得でした♪」
「みんな、本当にフォローありがとう♪」
少し離れた壁際に置いてある、つまみ食いテーブルのそばに立っていたラインハルトは、のほほんとした笑顔で手を振る。
「遥、さっきも言ったけど、本当にノープロブレムだよ。
僕達は最大限感謝しているよ。
ヨーロッパのパーティは、オールナイトのものも多いんだ。それぞれが楽しみ、疲れた人は勝手に休憩したり、勝手に食べるし。書斎で静かに本を読んでいる人がいたりね。
お祖父様のご機嫌もかなり良くて、楽しんでいるらしいから。
パーティは楽しんだもん勝ちだよ。
僕はかなり満足だよ♪、食べるもの全部、美味しいしね」
夏美は、その横でうんうんとうなづきながら、盛んにパクついている。いつも夏美のサポートばかりのラインハルトも珍しく、自分の皿にかなり取って食べている。
「出番が前後したおかげで僕達には、貴重な”モグモグタイム”にもなってくれたしね、栄養補給しておかないと♪」
その声に、さらに夏美は大きくうなづいた。
「確かに♪
姫野さんと真凛さんのアルゼンチンタンゴがここに来たから、夏美は助かったわよね」
と言いつつ、化粧崩れなんかもチェックしようと手元にいろいろと用意してかいがいしく瑞季が夏美を見守っているのも、かつての大学祭の時と全く同じで、遥はそっと笑みを噛み殺す。
つまみ食いテーブルに集まっている練習会メンバーの女性が
「すごいですよね~、アルゼンチンタンゴって。
色っぽいし、かっこいいし。寂しさの混じった情熱というか…」
と言えば、
「私たちの習ったパーティ用の初心者ダンスと全然、レベルが違いますよね~♪
あそこまでくると、魅せるためのダンス♪」
と瑞季が応じる。
「そうですね、あのお二人は本当にダンスの先生をやっても、食べていけますよ。
と言いつつ、僕もつまみ食い♪」
と、斎藤も話に混ざる。
瑞季がすぐにさっときれいなお皿を手渡して、応じた。
「そうですよね。
圧倒的に舞台を支配してるって感じ!
姫野さんて、執事さんなんでしょ?
本当になんでも出来る人なんですよね、驚くわ~」
遥は、あまり食べずに温めたオレンジエードを飲んでいる。
「ええ、本当に。
劇の練習をするたびに、姫野さんの出番を増やしちゃったかもしれない位♪
夏美とライさんが主役なのにね(笑)」
ラインハルトが、にこにこする。
「いや、全然いいよ。気にしないで(笑)。脇役のスパイスこそ、大事だよ。
姫野はただでさえ、いつも顔ばかり褒められてしまうから。
ただのイケメンじゃないぞって、みんなにわかってもらえるのは、本人だけじゃなく僕も嬉しいんだ。
それに、遥の脚本が本当にすごいんだと思うけどね」
「そうお?
そうだったら、嬉しいです♪」
「ここから山場だからね、そろそろスタンバイかな。
ね、夏美はOKかな?」
とラインハルトが声をかける。
「ごちそうさまです♪」
夏美はナフキンで口元を拭くと、瑞季にチェックしてもらっている。
「ごちそうさまでした、じゃないの?(笑)」
とラインハルトが突っ込む。
夏美が、にこっと笑う。
「もちろん♪
だって、まだまだ過去形も過去完了形も使えないです♪
劇が終わってからが、私のお食事タイム本番ですから。
もう、ホテルのシェフのディナーが楽しみでならないんですもん」
「今食べたエネルギーも、あっという間にどこかに行くんでしょうね」
と、瑞季が言う。
夏美はうなづく。
「もう、この後グリュン姫は、いっそ片方の靴を落として行方不明になってくれてもいいかも。
本音を言えば、ご飯を一刻も早く食べたいです♪」
あっけらかんとした夏美とラインハルトのやり取りに周囲もにこにこしてしまう。
「こらこら♪、せっかく遥が用意してくれた、僕達の見せ場を飛ばすなよ(笑)。
夏美と僕のパソドブレは、絶対に外せないよ!
あ、ほら!姫野の長いセリフが始まった。…ということは、そろそろ出番だよ、スタンバイしなくては」
「はい、ライさん!」
つまみ食いにも、会話にも加わらずに、舞台を注視していたマルセルが笑顔で振り返る。
「夏美様が、そこの王子様を圧倒してこそ次につながるので、どうぞご遠慮なくやっちゃってください♪
会場のみんなも、きっと喜びます(笑)」
「もう、なんとでも言ってくれ♪(笑)。
僕は、お笑い芸人目指してもいるんだから、いくらでも笑っていただければいいし、最後はきっちり目立ってみせる♪(笑)。
それはそうと。
マルセルときたら、、珍しくずいぶんとご機嫌だねぇ♪
そんな笑顔、久しぶりに見たよ」
「姫野の演技が、やはり素晴らしくてですね、私にはとても満足ですよ♪」
と、マルセルは微笑む。
「本当にそうですね、でも不思議。
姫野さんって、あんなにロン毛でしたっけ?
まさか自前でかつらを用意してきてくださったのかしら?
まるで黒衣をまとった悪魔みたい、あ、私ったら悪い事言ったかしら」
「いえいえ、遥様。
…最高の褒め言葉ですよ」
と、マルセルは嬉しそうに言う。
「はいはい、姫野に見とれてないでよね。
マルセルも僕達と一緒に出番なんだから!」
と、ラインハルトがマルセルをせかす。
「そろそろ皆様、スタンバイです」
と呼びに来たスタッフの女の子が、一瞬斎藤を見て、立ち止まる。
「あれ?斎藤さん?
ここにいらしたんですか?
さっき二階にいませんでした?」
「いや、パーティが始まってからは、二階には降りてませんねぇ」
「二階のトイレに行ったりとかは?」
「いえ、私はこの六階ホールのトイレを主に使っていますけれども。
放送係は、意外と忙しいんですよ(笑)」
「そうですよね。
じゃ、やっぱり似た人だったんですね、お声をかけようかと思ったけど、スルーして良かったぁ♪」
「へぇ、…僕にそんなに、似てました?」
「ええ、とても。
あ、そんな話してる場合じゃなかったですよね。次、OKです♪
皆様、お願いします」
と、舞台裏を去って行ってしまった。
「世の中には、自分と似ている人が最低2人はいるっていうからね」
と言い残して、ラインハルトは夏美をエスコートして舞台に向かっていく。
放送室でスタンバイした遥は、まだ首をかしげている。
招待客リストなら、一応全部を把握していたはずなんだけど…。
「お知り合いのどなたか、だったかしら?」
「さぁ、それよりも遥様。
我々も、ナレーションに集中しましょう」
と、斎藤が応じる。
「劇が終わってから、可能であれば。
私に似ているその人を探してご挨拶出来れば…いたしますので」
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☆ 配役表 ☆
グリュン姫(ペルレ姫)=夏美 【イメージカラー:グリーン】
マリン姫=真凛 【イメージカラー:ブルー】
ロゼ姫=遥 【イメージカラー:ピンク】
ゴルト姫=瑞季 【イメージカラー:イエロー】
アレク王子=ラインハルト
騎士団所属術師ナハト(王子の側近)=姫野
騎士団所属騎士ファイル(王子の側近)=マルセル
国王夫妻=フィリップと妻メレイア
サンバ隊(子供心を持った有志・飛び入り大歓迎)
城の警護兵(ダンス練習会メンバー有志)
ナレーションその他(斎藤、遥)
〇 小説上では日本語での表記だけですが、
実際のパーティでは司会・舞台上のセリフ、説明などは同時通訳で{英語・ドイツ語・フランス語}の字幕テロップが舞台上の壁だけでなく、四方の壁上部に流れています。