118 《祈りを絶やすことなく》 (2)
〇 この編(『117』~)は、劇中劇の扱いです(小説の中の人物がパーティで劇をするという趣向です)
〇 後書き部分に、配役表があります。
【二幕目・一場】
(幕が上がる。舞台背景は、お城の舞踏会会場の片隅から廊下に繋がっている場のようだ。)
「お待ちください、姫様!」
(誰かを追いかけているファイルの声が、無人の舞台に響く)
唇を噛みしめ、怒りを抑え気味のグリュン姫が(追われながら)、小走りで舞台上に登場してくる。
(2枚目の衣裳=先ほどのひらひらモダンダンス用衣裳と違い、ラテンダンス用の動きやすそうな衣装をまとっている。華やかなブルーグリーンと黄色のタンポポイメージな衣裳だ)
「お待ちください、姫様!」
と、ファイルが追いかけてくる。
「王女様、どうして隠れたり、そのようにお逃げになったりするのです?」
舞台中央で、機嫌の悪そうな姫は足を止めて、小言を言う。
「しっ、(周囲を見渡す)王女、なんて言わないで!
今の私は、グリュンという名前でしょう?」
慌てたファイルが、自分の口を手でふさぐ。
「はっ、申し訳ございません。姫様。
私としたことが、すっかり慌ててしまいました。
今は…身をやつされて…。
田舎貴族の令嬢、ただのグリュン姫様でした。」
周囲に人がいないことを確かめて、どちらからともなくため息をつく。
グリュン姫は、少し取りなすように落ち着いた声で言う。
「かつての王国は滅びたままです。だから、私は王女ではありません。
あなたが考えてくれた(緑)という意味を持つグリュンという名前が似合っている田舎娘よ。
そして、あなただって今は…ファイルと名乗っているんでしょう?」
「生まれ持った本名よりも、、、その偽名の方を長く使っておりますので、最近はなじんで、愛着がわいてきたかもしれません」
グリュン姫の口調は、また少しとげとげしくなる。
「あら、そうなの?良かったわね。
確かに、このソルト王国でもあなたは立派に…出世したのですものね」
「はい…」
「あ、責めているのじゃないのよ。あなたの能力が認められているのは、とても良いこと。
ただ、私たちは逃げ隠れながら、あなたの身元が敵国でバレるのじゃないかと、ずっと心配していただけ。
それはそうと、さっきから私は逃げているわけではありません!…王子様がどんどん近づいてくるんですもの。
私には大切な用があるというのに。
あんな目立つ人がついてこようとしたら、それを目指して他の方も移動してくるのよ、本当に困るわ。
ファイル、それよりも、あの準備はしてくれたのよね?」
「も、もちろんです。姫様。
準備は万全です。ご安心ください」
「ありがとう。
幼い頃から、あなたは私たちを支えてくれる優秀な方。
お任せして良かったわ♪
反対する皆を説き伏せてここまで潜入出来たのも、あなたのおかげ。
じゃ、『剣』のあるところにさっさと案内してちょうだい?
ご先祖様が奪われた『剣』を取り戻し、私が失われた我が王国を築き直すのよ!」
ファイルは、たしなめるように言う。
「それなんですが、姫様。
『剣』が抜けてくれません時は、確認だけにして、そのう…早々に諦めて撤退するとお約束くださいませ」
「どうして?」
「姫様からのお手紙には、『剣を抜いて持ち帰る』とシンプルに書いてあったのですが。
石の台座はすこぶる重うございます。
無理をなさって命を落としたり、怪我をする者も多くあったと、伝えられている遺物なのですから。
無理に運び出そうとしてはなりません」
グリュン姫は、ちょっと慌てる。どうやら深く考えて来なかったようだ。
「え?
あ、…。そうよね、それは確かに無理よね。
当然のことですわ、ファイル。
いくら私がお転婆過ぎたとして、石の台座と格闘するわけないでしょ?
もちろん、確かめるだけにするわ」
ファイルは、明らかにほっとしたようだ。
「必ずお約束くださいませ。
あの『剣』は、神から賜った宝なのです。
力というのは、制御出来てこそです。
蛮勇をふるってはなりません」
「ええ、わかってる。
みな、『剣』の恐ろしさを強調して私を留めようとするけれど。
でも、私は『剣』に呼ばれた気がしてるんです。
兄上様よりもずっと思いが強いからこそ、勝てたのよ」
「はい、それは私も大いに期待しております。
秘密裏であったとしても、伝統の戦いが行われたことも、姫様が兄上様や皆を打ち負かして挑戦権を得たこともお聞きしました。
そのような気運があることに、心から嬉しく感じました」
「ありがとう、ファイルから褒められるのが嬉しいわ。
そのうち、私があなたに勝てる日がきっと来るって思っているの」
「…(スマイル)…」
ファイルは、あいまいに微笑んだ。
「姫様は、確かに伝説の女騎士の生まれ変わりかと、私の師も申しておりましたが…。
ますます、勇猛になられたのですね」
グリュン姫は嬉しそうに言う。
「でしょう?
婆やは良い顔をしてくれないけれど、我が国は、女性の騎士や戦士であっても、優秀な者がたくさん活躍した国でもあったはず。
事実、歴代の女王様の中には、『剣』に認められたという記述もあったのよ。古い伝説だからあてにならないと、歴史の先生は言っておられたけれど」
「そうですね、ですが、…。
やはり、神を畏れるように『剣』も畏れねばならないかと。
姫様には、くれぐれも慎重に行動していただかねばなりません」
「もちろん、誓います。命をかける覚悟も、ちゃんとしてきました。
それよりも♪
噂によると、アレク王子様は『剣』に認められていないと聞きました。
そうだったんでしょう?」
と、嬉しそうにグリュン姫が言う。
「はい、それは…。まぁ、ただのリハーサルでしたのですが。
私もお側にいて拝見しておりました。
確かに殿下が『剣』のつかを握られたのですが、『剣』はびくともしませんでした」
「青白い光は?」
「出現しませんでした。
殿下が少し青ざめた顔のまま、『剣』をじっと眺めておられました。
いつもとは違う、真面目で泣きそうなお顔だったので、なんだかとてもお気の毒に…」
グリュン姫がさえぎった。
「あら、本当!とてもお気の毒ね♪
とにかく、失敗なんでしょうね、明らかに」
と、嬉しそうにドレスをひらめかす。
ファイルは、困ったような顔をして
「姫様…あの、その前にちょっとお尋ねしたいのですが、」
「何?
大切なこと?」
「はい、とても大切なことです。
ええと、つまり、その…。
我が王子殿下はいかが思いましたか?
踊ってみての感想というか、その、第一印象というか」
「は?」
と、グリュン姫はファイルの唐突な話題変更に、明らかにイライラしている素振りをしつつ、答える。
「そうね、ええと、第一印象は、とても良い人に思ったわ。
優しそうな方ですし」
「そう!そうなんですよ!
姫様、良く見抜いてくださいました。
ダンスも、お上手ですし」
「ダンス!
そう、それよ!
私もその件について、あなたに小言を言おうと思っていたの。
私が舞踏会に来た目的は、『剣』を取り返すためよね?
招待客になれば城の奥まで入れると、あなたは言った」
「さようでございます」
「忍び込むつもりなんだから、私が目立ちたくないだろうとは思わなかったの?
晴れがましくダンスを最初に踊るなんてノルマがあって、最初から緊張しちゃったわよ」
「姫様、逆に他のお姫様と紛れている方が安全なのですよ。
他のお姫様もそうですが、やはり優れた人というのは、見る人が見ればわかります」
「あら、そうお?
確かに、他のお姫様はみな、輝いていたわね。
皆様と呼吸を合わせて踊った最初の群舞も、とても楽しかったわ。
あのような方々と同じように見える私だというのなら、ちょっと嬉しいわね♪」
「とにかく、どうしても王子殿下にご紹介したかったのです。
あのような方は、姫様はお嫌いですか?」
「え?なぜ?
特に嫌いじゃないわ」
「そうですか?」
と、ファイルが嬉しそうに答える。
「あのね、ファイル。
婆やが本当にうるさくてね、私は小さな頃から{あまり好き嫌いをしない}としつけられてきたの。
私が嫌いって言っていいのは、たぶんゴキブリだけね。
だから、王子様は、全然ゴキブリよりもまし♪」
「ゴキブリよりもまし…
それはちょっと…」
と、ファイルはがっかりしたようだ。
(笑い声)
「あのね、あの方は王子様だから大切に育てられたのだと思う。
だから悪気が無いとは思うんだけど、私の気持ちが全然読めないみたいなのね。それで、ちょっと困ってしまったの。
踊りが終わったら、即ビュッフェに突撃しようかと思って張り切っているのに、全く気遣う様子もなくて。
『もう一度踊りたい』とか言っていきなり私の手を取ろうと邪魔したり、話しかけてこようとするから、とても困ったわ。
だから、ええ、逃げる…つもりはなかったんだけど、なるべく、そうね、遠ざかってきたのよ!」
「やはり…そうでございましたか♪
姫様には、もう一度踊りたいと言ったのですね?
きっと姫様のことを一番気に入ってくださると思ってました♪」
グリュン姫、かぶりを振る。
「あのね、ファイル。あなたもわかっていないのね?
私、他のお姫様と違うのよ?
私の目的は王子様と仲良くすることじゃないのよ?
話しかけてこられても、なんだか本当に迷惑」
「もちろん、目的は『剣』でございましょう?」
「ええ、
あと、側にあったオードブルの数々♪」
「実は、今宵パーティがお開きになった後、私は殿下と『剣』の遺跡に行く約束をしているのです」
「え?そうなの?」
「はい。殿下の方から、『剣』を内緒で再度見に行きたい。だから供をせよと言われました。なにか深くお悩みのご様子でした。
そして、私は信頼できる”立派な”戦士を伴うとも伝えておいたのです」
グリュン姫は、飛び上がるようにして、手をたたいて喜んだ。
「立派な戦士って?
もしかしなくても、私のことね?」
「もちろんでございます。
大変、喜んでくれました。
まぁ、このソルト王国では、女性はもともと戦士にはなれませんので、たぶん殿下は、男性の戦士を想像なさっているかもしれませんがね」
「ファイル、良くやってくれました。感謝します」
「姫様とは一度パーティで会っているので、親近感も持ってくれるでしょうし。
王子殿下と一緒に遺跡にいれば、警備の者も遠慮するでしょうし、誰もとがめだてしないでしょうからね。
ですから、姫様、お願いです。
なるべく最大限に愛想良くしていてください。
殿下に嫌われたら、困るのは我々の方です」
「わかったわ、反省します。
でもルンバは苦手なんですもの。曲が色っぽい感じですから」
(ルンバの曲がかかる)
「ロマンティックなダンスなんですけれどもね」
「知らない人同士だと照れちゃうじゃない。
恋人同士が踊ればいいのよ」
「まぁ、そうですね(笑)。
少しステップのおさらいをしておきましょうか?」
「そうね、幼なじみのファイルとなら、全然踊れると思うわ」
(ふたりでルンバを踊る)
「殿下は、おおらかな人ですから、好きな曲で踊りたいということは申し上げて良いんですよ」
「ええ、そうね。もしもお誘いくださったら、お願いしてみるわ。ゆっくりしたリズムは苦手ですもの」
「いえいえ、姫様もずいぶん上達されました」
(踊り終わる)
(拍手)
「そうよね、ファイル。
王子様とは顔見知りになっておいた方がいいわね♪
私、態度を改めるわ。
さっきのは、悪気はなかったのよ。本当にお腹が空いてたの」
(効果音=お腹の鳴る音)
グリュン姫は、自分のお腹を押さえる
「ええと、たぶん、本当に、今もとてもお腹が空いているわ」
「そうみたいですね。
(コホン)
姫様のお気持ちもわかりますよ。
今日は、お城に仕える者たちが気合を入れておりまして。
滅多にない、ごちそうの数々…」
「ええ、確かにごちそうの匂い…魅力的ね、」
「特に、王子様のおそばに行けば、」
「え~、お料理のおそばに行きたいのよ♪」
「いえいえ、
殿下のそばにいけば、一番美味しいものがご用意されてあるわけですから」
(効果音=ぐう♪ とお腹が鳴る音がより大きくなる)
「一番美味しいもの…そうなのね?なんて魅力的♪
わかったわ。
ごちそうを思い浮かべると、自然と笑顔になるの♪」
「その意気です♪
姫様の笑顔は最高に魅力的ですから。
とにかく、殿下を色眼鏡で見ないであげていただけますと。
数年お仕えしただけで、私は殿下の素晴らしさを知りました」
「ファイル、そんなに王子様を推薦しないで。
私、他のお姫様たちの方が王子様をお幸せにしてくれればいいと全然思っているわ。
マリン姫様なんて、特に優雅でしたし、お妃様にいかがかしら?」
「え?マリン姫様ですか?(赤面)
た、確かに一番輝いて、いえ、そのう、もちろんグリュン姫様の方が。
輝いておられたのは、間違いないところなのですが。
あ、私、会場をちょっと覗いてまいりましょうか」
と、ファイルはその場を離れて会場内を見に行く。
(グリュン姫、会場に向かって、ご機嫌そうな笑顔で両手を広げる)
「はは~~ん?♪
ファイルってば、わかりやすい♪
(小声で)ファイルは、きっとマリン姫様が好きなのね♪
恋バナ、万歳だわ♪
私のことなんて心配してくれなくていいのにね♪」
と、わくわくし始める。
「『剣』を取り返しに来たんだけど。
ついでに幼なじみの、恋のキューピッドもすべきかしらね♪
こうなったら、邪魔ものの王子様を誰か他のお姫様とくっつけるのはどうかしら?
あら、そうよ!確かこの舞踏会はそういう目的だったわよね♪
うふふ、どなたがよろしいかしらね♪」
と、グリュン姫は少し調子に乗った様子をする。
(ファイル、戻ってくる)
「姫様、王子様があちらに」
(グリュン姫、それほど反応しない)
「姫様、おいしいお料理がたくさんあちらに♪
新しいメニューもありました」
(グリュン姫、大いに反応する)
「は~~~い♪
今、参ります♪」
ファイルが苦笑しつつ、グリュン姫をエスコートする。
「姫様の大好きなものがたくさんあるとよろしいですね。
ささ、行きましょう♪」
足早にふたりが舞台を去っていく。
ナレーション(斎藤の声):おお、一時はケンカしているのかと思いましたが、どうやら丸く収まったようですね。
(ダンスパーティー向きの曲がミニメドレーで流れる)
おや、また曲が流れてきました。
さて、パーティのためのダンス練習会には、毎回多くの方にご参加いただき、ありがとうございました。
生まれて初めてダンスを習うという方々もおられましたが、皆様は本当に上達されました。
メンバーの皆様のダンスをお披露目致します。
この後、ダンスタイムを多く挟みます。
皆様、どうぞダンスを、そして引き続き劇の方をお楽しみくださいませ。
☆ 配役表 ☆
グリュン姫(ペルレ姫)=夏美 【イメージカラー:グリーン】
マリン姫=真凛 【イメージカラー:ブルー】
ロゼ姫=遥 【イメージカラー:ピンク】
ゴルト姫=瑞季 【イメージカラー:イエロー】
アレク王子(ソルト王国)=ラインハルト
騎士団所属術師ナハト(王子の側近)=姫野
騎士団所属騎士ファイル(王子の側近)=マルセル
国王夫妻=フィリップと妻メレイア
サンバ隊(子供心を持った有志・飛び入り大歓迎)
城の警護兵(ダンス練習会メンバー有志)
ナレーションその他(斎藤、遥)
※ 小説上では日本語での表記だけですが、
実際のパーティでは、司会・舞台上のセリフ、説明などは同時通訳で{英語・ドイツ語・フランス語}の字幕テロップが舞台上の壁だけでなく、四方の壁上部に流れている設定です。