111 《地の実りに感謝せよ》 (7)
「…僕は、仲間を集めて一刻も早く黒竜との戦いに行かねばならなかった。黒竜があちこちで暴れ始め、結界の警備をしていた者たちだけでは、対処できずにそこかしこでじりじりと後退せざるを得ない状況という報告だったのだ。
後退は、仕方ない。だけど態勢が悪くとも引きすぎるとね、まずいんだ。相手のためにもね。
向こうもこちらの劣勢を感じ取れば、勢いづいてこちらの生息圏内へと深く入り込んで来ようとする。互いに犠牲が多く出てしまうんだ。
その時はただ、結界を守り、黒竜にふだん通りの縄張りで大人しくしていて欲しいだけで、犠牲を多く出して殲滅したいわけでもなんでもない。今までにも戦いに加わった経験があるし、割と楽な仕事に終わるんじゃないかなと僕は、楽観的に考えていた。
だから美津姫には、最初黙っておこうとしていた。そのままちょっと出かけて行って、帰ってくればいいや、くらいに思っていた。
それと、諍いの相手が黒竜だっていう事も、言いにくくて、ね。竜人族の末裔だろう人に、いざとなったら竜を殺す事もあり得る、なんて言えなかった。
それに、もしかしたら、本当に白蛇竜の宝珠に反応しているとしたら?
それを狙っているのかもしれない。
そんなことだったら、また美津姫が気に病むかもしれない。
万一の場合に備えて、本拠地の城と周辺の警護に当たる者達と、迎撃に出て行く部隊に参加する者達ざっくり二手に分けられた。指揮を執っていた者が気をつかい、最初僕は、その居残り組にされていた。だが、父と、とても強くて頼りになる騎士2人がちょうど休んでいた時期だったから、圧倒的に人数が足りない。若輩者の僕でも行くしかない。分散して出現したので、討って出る人数も、多い方がいいんだよね。攻撃は最大の防御だし、なんと言っても城の結界はもともと強固だから、そこまで人数を割かなくてもいいのだから。
僕が内緒で支度を始めかけると、なぜか美津姫が僕のそばを離れようとしないんだ。『すごく嫌な予感がする』と言って、僕は武器庫になんて行けそうにもない。周囲もそれを察して、僕への細かい報告もためらっていたし、それは困った状況だった。
美津姫はとても敏感だったから、美津姫の部屋に戻るように言っても、頑として聞いてくれなかった。
どうやらその少し前から、彼女の安全を確保するための僕の魔法に薄々気がついていたらしく、本気で抗うものだから、僕はちょっと困っていた。
全部を説明しないで、出かけるなんて無理だと思った僕は、美津姫を納得させたいと思って、少し白状をすることにした。
『ちょっとした戦支度をして、近くの村へ出張ってくるだけだよ。どうやら小競り合いがあったらしくてね。ま、かっこつけのパレードみたいなもんだと思って欲しいな』
とだけ話した。
『相手だって、こんな時の諍いは本気じゃないからね、すぐに帰ってくるからね』って僕は言ったんだ」
「こんな時?」
「ああ。以前から、彼女にはユールレイエンの話もしていて、ね。ヨーロッパでは、昔から安全に冬を越すために、色々の伝説があるんだ。冬至の頃は特に夜が長いだろう?
その夜の間には、オーディンや亡者たちが駆け巡るっていう言い伝えがあるんだよ。だから、みんな家にいるのが一番なんだっていう論理だね。
『示威行動をして、ちょっと敵を威嚇して追い払うだけ、すぐに帰ってくる、』
ってそういう風に話していたというのに、今度は、
『それなら、私も一緒に行く』
と言い出し始めたんだ」
「…ライさんを助けたかった、のね?そうでしょう?」
「わかるよ。美津姫はそう言ってくれていた。美津姫は本気だった。
だが、僕は胸の中で舌打ちをした。結局、話をして理解してもらおうという作戦は、完璧に裏目に出たと思ったからね。
美津姫が、とても青い顔をしていたのを覚えている。僕への心配が、さらに増しただけだったんだ。
彼女の術で、僕を守りたいって、最後まで言いはっていた。
でもね、僕は、全く耳をかさなかった。とにかく時間がなかったんだ。
万一の場合、竜の東西対決みたいになったら、目も当てられない。
僕は、白蛇竜の宝珠や巫女姫を守るミッションを言いつかっているのに、ね。
黒竜も、そうそう侮れない相手ではあるしね。魔法生物は全く予測不能の行動をすることだらけだし、か弱い巫女姫を伴って戦場に行く、だなんて論外だよ」
「論外だなんて、ちょっと傷つくわ。きっと美津姫さまだって。
…。
私は、今後共闘する人になって良いんでしょう?
私のことをつんぼ桟敷に置かないでね、お姫様扱いは、絶対に怒るから!」
「ああ、うん。でも、めぐり遭う敵も強いからね、夏美はそうとう戦闘訓練を積まないとね、」
「もちろんよ、そうね、気持ちだけ空回りじゃ、足手まといよね。私、訓練を頑張るわ」
「嬉しいけどさ、夏美は、さっき争いも諍いも嫌いだって言っていたんだよ?」
「あ、」
と夏美は、驚いたような声を出した。
「本当だわ、…。
私、その通りだわ、戦いなんて嫌いなのに、そのはずなのに、興奮すると、戦いに行くって言っているみたいね。それって、すごい矛盾だわ….
…う~ん…もう、…」
「ごめん、そんな凹まないでよ。悪いこと、言ったかな?」
「ううん、気づかないで勢いでしゃべってしまうのをちょっと反省しちゃっただけ。
私、本当にそういう癖があるのよ、気づくと後で自分でびっくりしてばかり。だから、ライさんが今言ってくれて良かったのよ」
「いや、そうならいいんだけさ(笑)。それに、ちょっとした矛盾を心の中に抱えているってのもいいんじゃない?」
「そうかしら?…」
「うん、僕は、そう思う。矛盾はあってもいいってね。
じゃ、先を続けるよ?
僕もさ、別に美津姫の能力を過小評価していたわけじゃない。あの子の能力を魔法使いとして見てみても、たぶん最強クラスに近いと思う。とにかく、とても意思の強い子だったからね。
僕としては、美津姫にそこまで心配されていて、嬉しいと思う気持ちも正直あったけど、僕のために力を使ったり無理なことをする方を僕は怖れた。
美津姫はすごい能力を持っていたけど、その器としての彼女の身体はあまりにか弱かった」
「あ、…そうでした。やはり、そこは心配ですね」
「うん。一族のお医者様にも、美津姫が次に力を使い過ぎたら危険かもと言われていたんだし、ね。
寿命のことをひたすら僕達は隠していたけれど、とても聡い美津姫のことだ、自分の寿命の短いことをすでに感じていたのかもしれない。
とにかく緊急事態だったからね、僕には、彼女と議論している暇なんて全くなくて、結局のところ良かれと思ったことを強制的にやったんだ。
つまり…。
嫌がる美津姫を、城の最も安全な場所に閉じ込めた。《蛇の目》も厳重に封印し、隠してもらっておいた。
それからもちろん、自分が万一の場合のことも一応、考えてあった。
もしも僕の力が一定基準以上に弱まった時には、お供の人たちが美津姫と《蛇の目》を救い出せるように手筈も整えてから、僕は出発していった。すぐに帰るつもりだった。
だけど…黒竜との闘いは、思ったよりも状況が悪かった」
「まさか…」
「うん、僕は、とりあえず小隊を率いらせてもらっていたんだけど、指揮を執るというよりは、勝手放題に動く人間なんだよ。一番自分が敏捷だと思っていてね。戦いの場がけっこう分散していて、興奮したようにあちこちを駆け回っていた。僕の小隊は、僕に振り回されていたって感じだったね。ついつい、置き去りにして突っ走るので、困っていたと思う。
どこかで僕の中に焦りがあったのかもしれない。早く無事に帰り、安心させたいとか、余計なことも考えていた。そんなこんなで色々と無理を重ね、結局ミスって、最終的に大きなケガを負う羽目になったんだ」
「まぁ…」
「僕の力不足もあるし。
まぁ、言い訳みたいだけど、なかなか分が悪い戦いだったんだ。他の人と共に戦っていたはずが、異様に張り切り過ぎて、焦れた僕は、最後は独りで突っ走って深入りしていたんだ。
実は、大切な結界が破られそうになっていた地点を発見したんだ。現実世界のほうに被害をもたらすわけにはいかないからね。
僕は、大きな黒竜と独りで対峙した。
初めて見たくらいの相当大きな竜で、知性もあるのではないかと思った。だが、やはり意思疎通は出来ないし、それどころかその竜は、何が何でも結界を破ろうとして大暴れし始めていた。
嫌な言い方かもしれないけれど、結界に納得していないで閉じ込められているのは、檻の中にいるのと同じだよね。
気づかなければ、なんということはない。
幸せに暮らしていけるんだ。
でも結界を認識し、それは檻と良く似ていると気づいたものは、死に物狂いで突破しようとする。だから、突破に集中した上で発揮する力は段違いなんだ。
それは、こっちも同じだった。
僕はその時、結界を命がけで守ろうと思った。だから、相討ちで死んでもいいと、僕は覚悟を決めた。この黒竜こそが、今回の全ての黒竜に暴れる力、”破壊のムード”みたいなものを波及させているように見えたのだった。こいつをきちんと制止出来たなら、それが勝利の布石になる。
僕の後からは、小隊の、数名の竜騎士達が僕を追ってきているはずだったし、その黒竜も幸いなことに、最も遠い結界を破壊しようと他の竜と離れていたのだったから。僕とそいつが倒れた後は、また結界を誰かが張り直すことだってできるはずだろう、と僕は考えた。
戦っているうちに幻想の世界の中にいるような気がした。
黒竜じゃなくて、別の竜と戦っているようにも思え、僕は混乱した。
それは、どこからか声が聞こえてきたからだった。竜のそばに他の魔法生物がいる?って思ったくらいだ。
それは少女の声で、少女が2人いるようにも感じた。なにかハーモニーを感じるのだった。
優しい声と、冷たい声。ああ、どちらも美津姫の声にとても似ている、そう思った。
修羅場にいるはずなのに、日本に来る前に似たような経験をしたことをちょうど思い出した。
青龍王の御前で僕の力を示さなければならない時も、そうだね、それこそ白銀龍というか、伝説の東洋の真珠竜というか、そんなきれいな竜にあっけなく滝壺に落とされたことがあったからね。
少しやり合っている時は、ほぼ互角に良い仕合をしていたと思うのに、戦っている相手が、龍なのか、竜の精なのかわからないような気がして、傷を負わせてしまうより、話をしてみたいって痛切に思ったんだ。
なぜかと言うと、白い竜の中から猛々しい声と優しい声が混じって聞こえたんだよ。そうそう、きっぱりとした少女がまるで二重写しのように見えたりもして、僕は情けないかな、初めて見つけたことなんかに、かなり幻惑されてしまうんだね、きっと(笑)」
「ライさん、ってば。危ないわ、全然笑えることじゃないわ」
「ま、まぁ、僕の悪い癖なんだよ、本当に。
ずいぶん気をつけないと、色々視ちゃっていたり、迷ったりするもんで。敏捷性が著しく落ちる。
それでも、けっこう素早いんだよ♪」
「…」
「ま、とにかく、だ。
僕の命がけの戦いの続きを話すね。
黒竜のほうから聞こえてきた2つの声を僕は聞いて、理解しようとしていたんだ。
一つの声は、僕を悪と断じて徹底的に処断しようとし、もう一つの声は僕を助けようとし、そんな矛盾した声を同時に聞いた気がしたんだからね。
それでも、言葉は通じなかった。竜は、檻のような結界に腹を立てている他、なにか怯えもあったようで、死に物狂いで暴れていたんだ。
なかなか
『結界を破らないで、大人しくお帰りください』
という僕の気持ちが伝わっていくようには思えなくて、それでも殺してしまうのもためらわれて、ずっと劣勢になりつつ、戦っていたんだ。
起死回生のすべも考えてみたんだけどね、力不足なんだから成功もせずに、最終的に僕は、黒竜に追いつめられて、崖の際に転がり落ちた。うまくよけたはずなのに、ざくっと嫌な音がした」
「!…」
「小さなくぼみにはまったおかげで、追撃を辛うじて免れていたものの、自分の血が流れ出ていくのがわかった。確かにすごい傷だった。ちょっと回復魔法が間に合わないかな、くらいのレベルで。しかも、魔力もずいぶんと使い果たしていて、回復につぎ込むか、反撃につぎ込むか、どうしよう?って言った感じだった」
「…どっちにしたの?」
「あはは、これもまた二者択一みたいになっちゃったね(笑)。
もちろん、反撃に思いっきりつぎ込んで、竜を無力化することが出来た。相手も動けないのを確認した。悲しいな、もう、少女達の声も聞こえないなって思ったんだけど。
さっきの、不思議な矛盾する二つの言葉のことが気になっていたんだ。それを走馬燈のように思い出そうとしていたら、いきなり『助けるわ!』というような言葉が聞こえてきたんだ。
少女の声は、もうその時には、ただ一人分の声にしか聞こえなかった。それが不思議なことに、その声はそこにいるはずのない美津姫の声そのものだったんだ。さっきのように、曖昧に似ているレベルじゃなかった。
僕は悟った。
遠く離れた場所で美津姫が、僕の無事を願ってなにか術を行っているのだろう。きっと…自分の命を削るようにして、
僕の願いは、美津姫の願いとは違う。
僕の無事とか命なんかじゃない、美津姫の無事、そして微笑みだ。
神様にあの子が召されるその日まで。
館の中の、一番安全な場所にいてほしかったのに。彼女の好きな湖の水の色に似せたあの部屋に。
たとえ、僕が、あの子のそばにいられないとしても。
『受け取って。せめて宝珠だけでも。
あなたにあげるわ。神さまの許しを得られますように。
あなたを守っていただけるように祈るわ。
いつか《劔》を手に入れて。
命をかけて、私はあなたを助けたい、だから』
って声が聞こえて、いや、声だけじゃないな、さざ波のように、美津姫の癒しの気持ちが伝わってきた。
僕は、本当に美津姫の寿命がとても短いのだとしても、彼女にそんなことをさせたくないって思った。
だけど、それでも、その段にいたって、ようやく僕は理解したんだ。その時の僕は、美津姫を助けることも、美津姫を引き留めることもできないってことを。
美津姫の声は、僕の頭の中に響くかのようだった。
それでは、僕の声は届くのだろうか?
僕の願いは、僕の思いは。
どこか…僕の言葉は届かないように思い、無力感を噛みしめた。
美津姫が、姉君の代わりに自分が死にたかったと願っていたように、そうなんだ、僕も同じだった。
僕もあの子の代わりに死んでもいいと思っていたのに気がついた。
なんだ、驚いたな、僕は、美津姫と似ているじゃないかって。
もしかしたら2人はとても相性が悪いのかもって、相互理解をすることを心の中で諦めたこともあったというのに。
現実的に距離が離れている場所に美津姫がいるはずなのに、まるでその魂がそばにいるように感じた。その意味を、僕は認めたくなかった。
そして、僕もどうせなら共に逝きたいって口走った。なのに…。
圧倒的だった。僕の魔法使いの念なんて、ねじ伏せられた。
『あなたを助けるために』という美津姫の言葉、そして宝珠の力を感じたんだ。
ヒーリングというか、癒しというか、なんだろうね…。
僕は瀕死の重傷のはずなのに、痛みが少しずつ薄れていき、僕の命はつなぎとめられていたんだ。僕があの子の意見を聞いてあげなかったように、美津姫は最後、僕の意見を無視して、僕の命を優先させたんだ」
「美津姫さまの術の力…?宝珠の力…?」
「うん、そうとしか考えられない。
僕は、蘇ってきた気力を振り絞って、
『すぐに城に戻る!』
と叫んだんだと思う。その声を聴いて駆けつけてきた仲間のおかげで僕は救い出され、連れ戻されていったんだ。
他人の手で運ばれるような体たらくのまま、そしてそれに僕は焦れながら、ようやくそれまでの自分が間違っていたことを悔やんでいたんだ。
僕たちは、最後喧嘩ばかりしていたけど、本当にお互いを大切に思っているからこそ傷つけあっていたんだって。
僕は、もし戻れたら今度こそ、ちゃんと美津姫に寄り添って話を聞こう、謝って、それから少しでもちゃんとした理解をと、そんな猶予をもらえるように頼もうと思っていた」
「…」
「…結局のところ、僕は間に合わなかった。
魂が僕のそばにいたのは、やはりもう…命がけで何か強大な術を使っていたのだろうと、何となくわかっては、いたんだ。
…それでも、間に合いたかった。
美津姫は、最後に覚悟を決めたんだ。
黒いドレスを最後に着ていたことが、僕は悲しかった。ヨーロッパでも喪服の色だからね。美津姫の嫌な予感は当たっていたわけだし、僕のあずかり知らないところで、ひとりで覚悟を決めていたんだ、そう思う。
僕に説明していたら、僕にとどめられてしまうことも考えた上で、黒いドレスを作らせて、最後に着たんだと思う。
以前の僕が、本当は宝珠ではなく《劔》を探していると美津姫に正直に言ったことも、結果的に彼女をがっかりさせてしまっていたんだと思う。
もしかしたら、自分は、主役の白いドレスのお姫様ではないと最後まで思わせていたんじゃないかと思う。劔を司るお姫様を呼んでくるって、僕に言っていたこともあるから。
そういうところじゃないんだ、ドレスの色なんかじゃないんだ、役目の違いとかじゃないんだってことをちゃんと話すことすら、僕は出来ていなかった。
一生懸命だからこそ、自分のことが物足りなくて自己肯定できなかったり、ガッカリしすぎちゃうんだ。自分を否定して、絶望しちゃうんだ。
僕だってそうだ。
力不足で、何か間に合わなくて、ミスをして『自分なんか…』と自己否定に走りそうになる。自分なんて信じられなくなる。虚しくなって、自分を傷つけてみたくなる。
でも、僕は、…。
僕は、もうちゃんと覚悟を決めたんだ。
美津姫のためにも絶対に寿命の最後まで生き続けるつもりなんだ。
本当は、喪失感で立ち直るのにも時間がかかった。後を追うのではないかと、周囲に心配もかけた。
でも、たとえ魔が差そうとも、うっかり死ぬなんてことは、失礼過ぎて出来るわけがない。
それでも、辛くてね。僕は悔やんで泣いて、あの子を惜しんで泣いて、ボロボロだったよ。あれ以上に、辛いことなんてそうそうない。
それでもね、後なんて追えない。僕は、美津姫に生命を繋ぎとめてもらったんだ。…耐えなくてはね」
「ええ、そう…。
本当にそうだわ、ライさん。
私もそう。今の私は、自分の一族のご先祖さまたちからバトンを渡されたみたいに思っているの。
美津姫さまも含め、私以外のご一族の皆さまの方が本当に出来が良いはずだと思うのに、なぜか自分なの。本当は、困ってる。だから、力不足かもしれないって思ったライさんの辛さもわかるわ。
誰かからバトンを受け取ったり、受け取ってあげたかったら、辛くても耐えないといけないって、私も思うわ。ううん、必死で思うようにするしかないのかもしれないわね。しんどいこともたくさんあると思うけれど」
「うん、しんどいよね。
夏美も不安を感じているし。そして、僕もそうだ。
なんて、自分は弱い人間なんだろうって、しょっちゅう折れているけれど。でも、僕はもう無責任なことは出来ないし、絶対にやらない。
僕のために多くの人が力を尽くしてくれたり、命がけで僕を助けてくれているのだからね。
僕は回復してからようやく、美津姫のいた部屋にいった。そして、宝珠のかけらを拾い集めたんだ。砕け散っていたが、他の人では触ることはおろか、見ることすら出来なかったからね。《蛇の目》は、傷一つついていなかった。
あれは、強いね。あの鏡は、絶対に割れないんだってね」