110 《地の実りに感謝せよ》 (6)
「うん、まぁ、諍い・・・っていうのは適当じゃないか(笑)。
ああ、心配しないでね。
魔法生物との小競り合いっていうか、じゃれ合いみたいなもの。そんなのは、しょっちゅう経験しなければならないんだよ。
だってそうだろう?、彼らと意思疎通をするのは難しいんだからね。うん、まぁ人間同士だとしてもそういう意思疎通できないことは大いにあるだろう?それに比べればマシかもしれないよ。
僕たちの一族は特殊だからね。
結界は、とにかく一番大切なことで、それはきちんとしてあるし、厳しい掟があるんだ。現実だけの世界に生きている人達、生き物達に迷惑をおかけしないようにね。矛盾や齟齬が生じていて、その綻びから入ってきてしまったものを、無理やりに結界に閉じ込めざるを得なかったり、その逆もあるからね。
それからまた、現実世界に生きている人達には知られていない事実がある。実は、魔法生物は多くのものが滅び去ってしまったが、未だに存在していて、僕らでも未だに把握しきれていない種族もたくさんある。
神がもともと創り出してくれた存在であるはずだから、出来れば彼らをもまた僕らと同様に、この後も生きて存続していって欲しい、それこそが神のご意思にかなうとご先祖様たちは考えていた。
現実世界と折り合えないことも多いから、僕らが広範囲に結界を張って少しでも役に立てればと考えているんだ。ただ、僕らの結界の中に引き入れた魔法生物とも、おおいに意思疎通が出来ているわけではない。僕らは支配や管理などしているわけではない。それで、現実世界と隔絶した結界を守りつつ、結界の内外で、彼ら魔法生物と僕らの縄張りの境目を守るしかないんだ。
それでね、僕らの城の地元、その山脈と森の広範囲の部分には、黒竜が本当に潜んでいるんだ。凄いんだよ、それは未だに滅びていない貴重な種族なんだ。それでも、古来からの因縁もあるのか(笑)、全く意思疎通ができないどころか、かなり敵対されているんだよね。それでも、相当多くの距離を取ることで、お互いに存在できているんだ。
ただ、まずいことにやはり東洋の龍の気配が城からしていたのかもしれないね、白蛇竜の宝珠を宿した美津姫が来てからというもの、僕らの縄張りであるはずの地まで押し寄せてきて暴れることが増えていたんだ。
結局、決着なんてつけようがない。滅ぼすことはしたくないし、出来ないからね。なんとかやりあって、お互いにぎりぎりの線で縄張り争いをしているような感じで保っているんだよ。
僕も一応、”竜殺し”の武器を持って戦いに行く人間の一人なんだ」
「やっぱりそうなのね。先日は、”竜殺し”の説明をそんなことまで言ってくれなかったじゃない(笑)」
「あ、そうやって短絡的に僕のことを敵認定したみたいに睨むのはやめて欲しいな(笑)。
武器名は勇ましいけれども、実際は、殺さないようにしながら、追い払うだけなんだけどね。
だってさ、彼らには申し訳ないけれど、僕たちだって自分たちの縄張りと結界は守らなければならないからね」
「ライさんは、やはり戦うのね?戦いに行ったのね?
そういう時って、気持ちは龍の敵なの?味方なの?…あ、」
と言いかけて、夏美は言葉を切った。
「うふふ…ほらね?二者択一になっちゃうよね?」
と、ラインハルトが、にこにこして夏美を見返した。
「そうね、それこそさっきの、二者択一の話になってしまうわ」
「僕は、龍神様とも、竜(龍)とも、うん、それだけじゃない、様々な地域の生きとし生けるものと、ちゃんと折り合っていきたいって思うんだ。まず、それだけは揺るぎない。だけど、とりあえず自分たちのことも主張しないとね、それが僕の引き継いだ役目の一つだと思っているから」
「…私、短絡的にならないように気をつけなくては。今、一瞬身体が熱くなりそうだったわ」
「夏美には、元から龍神様のお札の力が備わっているんだからね。それは、とても素晴らしい事なのさ。それに、同時に夏美には自己制御の力も相当あるから。大丈夫」
「そうね、それにライさんは、私に勝てるんでしょ?そういう自信があるんでしょ?」
「どうだろう、負けた記憶があったように感じないでもない」
「…え…?私に?」
と、夏美はドキンとする。
私たちは戦ったことがあったのだろうか?
ライさんと戦いたくないって思うけれど。私たちは共闘するはずなのだから。
古いイメージがふと、浮かんでくる。夏美は、つい押し黙ってしまった。
崖の下?滝壺?に落ちていく、魔と闇を宿した者。
足場が確保できたはずなのに、生き物を踏みにじりそうになったためらいで落ちていく者。
その者こそが、守られていない者(Azimech)だったのか?
白蛇竜は、そのスピリット(精)は、魂は。
闇を打ち滅ぼした勝利の凱歌を歌うより、自らの魂になにか楔が刻まれたのを感じた。
成長した己の魂に誇りを感じていたというのに、どこか震え、涙を流す。
自分は、また間違いを起こしたのか?
闇と光、相反する矛盾は、いずれも永遠に勝利しえないのか?
終わり(Z)と始まり(A)は、ウロボロスの蛇のように。
円環のどこが始まり(A)で終わり(Z)なのだろうか?
自分のなすべきこと、いや、なせることは。
天使様の訪れる湖で、光乙女の訪れる湖で
くるくると水をかきまぜ、風を喚んでは翔ぶこと。
それが、輪廻を、運命の輪を回す一助であるならば。
ああ、輪廻よ、乙女たちよ。
風が起こる。渦を巻く。
似た顔をした三姉妹が、まるで果てしなく螺旋を描く、輪廻の運命の渦に似た舞いを舞っている。
希望を!
祈りを!
風が起こる。水を持ちあげ、波を起こす。
彼の者の炎、消えることのないように。
そして…
ふと我に返ると、ラインハルトは夏美を優しく見やっていた。夏美は、少し顔を赤らめて、そっと言った。
「あのね、もしも私だったら、『ごめんなさいm(__)m』って思うけれど、もしかして、ライさんをどこかでぶっ飛ばしたりして、滝壺かどこかに突き落としたりしていたらって…」
ラインハルトは、笑った。
「う~~ん、夏美というわけじゃないよね、たぶん。
僕も良くわからないけれど、夏美の中の誰かさんって言ったほうがいいのかな?
魂が継承されてきて、夏美の中にいるのかもしれないし、それこそがお札の記憶なのかもね。
ま、いいさ、戦いとか議論とかも、悪いことばかりじゃないって僕らは思えるはずだよ。正々堂々と、やればいいのさ。
戦って悲しい結果になるのは、相手を滅ぼすための戦いをするからだよ。
いさかい、けんか、戦争、争い・・在ってもいいと思うんだ、というか、むしろ無くならないんだ。
互いに考えが異なる人同士が共存するのだからね。
完璧な善、完璧な悪なんてないんだ。
我々みなそれぞれに存在価値もあり、それぞれが自分なりの主張と欲を持っていて、それでいいんだ。小競り合いを変に避けるより、堂々とやり合い、自分の主張もし、そして相手の主張にも耳を傾けたらいいんだ。
すぐに相互理解なんて出来るはずがない。でも、絶望することなんてないのさ。
お互いに、共に神の下にいるのさ。
ああ、そうだな、共に天の下にいるって言い換えてもいいな。
夏美は、『不倶戴天の敵』って言い方、わかる?」
「ええ、もちろん。
どうしても許すことのできない敵ってことでしょう?
不倶戴天は、同じ空のもとに一緒に存在することすら許容できないということよね。それぐらい憎くて仕方ない敵、どちらかが死ぬしかない、みたいな。
あ、これも二者択一みたいね」
「うん、僕も今、そう思った。
争いながら、互いに思うんだろうね。
『神よ、私の方が正しいのです。私を正義の光で照らしたまえ。
相手を滅ぼし、闇の彼方へ追放したまえ』って。
永遠に生きるものなどいない。
いつか、共に天の下から消えて儚くなっていく運命なのにね」
「本当にそうだわ、神様から見たら、不思議で哀れでしょうね。
生きものたちの寿命なんて、とても儚いのにね…。
だからこそ、無用な争いは、避けるべきだわ。
争いもいさかいも、嫌い」
「でも、ね、自分の主張や生き方を変に我慢すると、いつか暴発するかもしれない。お互いに快適さ、幸福を追求しつつ、お互いに妥協や譲歩して折り合っていけないかなって思うんだ。
共存共栄、神様は食物連鎖も創り出したけれども、基本生きものみんな存続させていくつもりだったと思うんだ。
だから、議論、ケンカ、多少のいさかいは悪いことではないって僕は思うんだ。
とにかく、徹底的に滅ぼす、ゼロにするみたいな、不可逆なことはしないってルールでね。だって、生死、寿命を司るのは神様だけだからさ」
「そうね、出来るだけ穏やかに争いのない世界で生きていきたい。だから、やはり根本的には争いは嫌よ、するべきじゃないわ」
「うん、わかるよ。
でもね、僕達もこれから共闘していき、共に生きていくだろう?絶対に合わないなってところが出てきてケンカするんだよ?
それとも、議論が嫌だから、いつも僕に必ず勝ちを譲ってくれるのかい?」
と、ラインハルトがいたずらっぽく微笑んだ。
「あら、それは嫌。レディファーストだから、ライさんが譲ってくれればいいのよ(笑)」
「ほら、すでに僕達の意見が合わない(笑)」
「話し合わないとね(笑)」
「うん、そう。それを正々堂々とやるんだよ」
「そうね、私も自分の自我が強くてわがままかなって思う時も、一応言って意見を戦わせてみるわ。本当はケンカしたくないのよ。メンタル辛くなりそうだから」
「わかるよ、まぁ、お互いに譲歩と主張のバランスを取り合おう」
「バランス?」
「ああ。
どちらも一方的に勝っても負けてもいけない、ていうか。曖昧さというか中庸が大切なのかもね」
「中庸…?」
「そうそう。ちょうどお互いの距離の真ん中に重心があってさ、引いたり押したりしあっていて、ちょうど釣り合っている”点”みたいな、重心の取り方だね。
ダンスでもそうだろう?
お互いに寄っかかり過ぎてもいない、引きずりすぎてもいない、ちょうどバランスが取れて互いにステップを運んでいて無理をしていない状態、まさに理想だね」
「ええ、それすごくわかります。
そういう時って、全然疲れないですもんね。
それと、あのウォーミングアップもね」
「うん、夏美もそう思う?
僕と夏美が、子供みたいに2人で手をつないでぐるぐるとはしゃいで回っていて、みんな呆れているよね。でも、あれ、けっこう楽しい(笑)」
「私もよ。
だって、どちらも互いを引っ張り、そして引っ張り過ぎず、それから急に止まったりするような裏切りはしないで、お互いの呼吸を合わせているのがわかるんですもの」
「でも、それよりもバランスが取れて踊れている瞬間の方が、絶対に心地よいんだけどね」
「本当にそうね、ダンスする時にわかるわ。2人の真ん中みたいなところに重心のバランスがある時は、とても気持ちよく踊れるのよね。
やっぱり、きっとそれが正解なのね」
「うん、僕達、ずいぶん最初よりも上達したよね。プロっぽい上手さとかじゃなくて、なんだかとても自然体で、バランス良く踊れているよね」
「ええ、本当に全然、疲れ方が違うのよ」
「僕も、そうだ。それを感じて、力が良い感じに抜けてきたのかもしれない。
周囲のみんなが僕のことを慮って、たぶんいつでも聞いてくれようと心を尽くしてくれていたはずなんだ。
でも、僕はそれでも、自分で何となくわかっていたんだ。なんでもかんでも、話して説明できるってことでもないってこと。
今まではずっと、自分の心に蓋をしている方が楽だったんだ。
それでも、ね。
悲しくて辛くて、なかなか誰にも説明出来なかったこと、今なら夏美に話せるよ。
それに…。
夏美は、宝珠の正当な関係者なんだからね。
あのさ、僕が、美津姫の宝珠を預かった時のことを話したい。
聞いてくれるかい…?」
「もちろんよ」
と、夏美は微笑んだ。
出会った時、自分の忘れ果てていた夢を思い出した時、ライさんに違和感を感じ、つんけんしてみたり、まるで敵のように思ったりもしたことがあった。
そうよ、胸の中のざわつきの理由を、その頃からずっと、私は知りたかったのだ。
夢の中で泣いているお姫さま、美津姫さまを助けることは出来なかったにしろ、どうなったのかを知りたかったのだ。
美津姫さまの悲しい思いだけでなく、ライさんの思いも知りたかったのだ。
そうして、それからそれをきちんと、私の中の美津姫さまの魂にメッセージのように届けたい…!