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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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108 《地の実りに感謝せよ》 (4)


「うん…。そうだね。

 美津姫は、ずっとそのことにこだわっていた。

 自分が至らないせいで、死んだ人がいるのだと。

 せめて責任が取りたいと。

 後から考えれば、そういう主張をきちんとしたかったのだと思うんだけど。

 彼女はついつい感情面を優先して話をするし、聞き手の僕ら、つまり宮司の善之助様や、そして僕も含めて側にいた者は、美津姫のその話を封じることばかりにこだわっていた、とも言えると思うんだ。

 僕たちは、美津姫を守りたい一心だったし、責任があることそのものを頭ごなしに否定していたんだ」

「じゃ、本当は、美津姫さまには責任が無いってことですか?」

「うん、僕らはそう言いたかったんだ。結果的には責任が無いと。

 実際問題、日本の刑法では責任を問われる年齢は、14歳以上なんだからね。民事だとしても12歳を超えないと、」

「あ、でも、ごめんなさい。私も今、結果的なことを聞いてしまったけれど。

 そういう話の仕方だと、なんか美津姫さまが責任逃れをするみたいなニュアンスになっちゃいますね?」

「ああ。全く夏美の言う通りだよ。

 事実、彼女からその通りのことを言われたよ。

 美津姫を守りたい側から考えると、{結果的に美津姫はどうなるんだろう?}ということに焦点を当ててしまっていた。

 だが実際、その話をした時に、美津姫をよけい怒らせ、傷つけたと思う。彼女は自分の術や能力にプライドを持っていたんだからね。

 今にして思えば、美津姫の立場に立つというか、美津姫の視点で見てみるっていうことが出来ていなかったのかなと。

 一つの同じ問題を話し合っているというのに、視点や考え方があまりに違うなという隔たりと、一方通行のような虚しさを互いに感じていたのかもしれない」

「向きあっている、だけどすれ違っているような感じですか?」

「うん。

 相互理解って難しいなと僕はずいぶんがっかりしたのを覚えてる。美津姫をがっかりさせているということも感じてはいたけど、ここまで上手くいかない経験をしたことがなくて、むきになっていたんだ。

 自分とは違うネガティブさを否定して、意見を変えたいとやっきになった、というか、本当の目的を見失ってしまったというか…」

「難しいですね」

「うん、鏡で例えてみようか。

 僕らは自分の身だしなみを整えるために鏡を覗きこんでいるけれど、向き合っているのが鏡と言う物質だからそれでいいんだ。

 だけど人間が向かい合って議論になっている時は、当然ながら相手も自分を見ているわけなんだから。

 その逆方向から自分を見ている感覚を体験することは出来ないのに、なんとか洞察する、みたいなことが出来ればって思わない?

 そうだね、それには想像力を訓練する必要があるけれど。

 夢想家過ぎるかな?」

「ええ、そうですね。すごく難しいことだわ。

 まるで見えていないことを見る努力が必要になりますよね。

 でも、私もそういう理想を追求したいと思います。

 私、夢の中でだけど。似たようなことでちょっと心に引っかかったことを、今思い出しました。

 里津姫さまに『あなたは私とそっくりよ』と言われた時に、本当にそうなのか、それともそうでないのかわからないって感じたんです。だってその時は鏡なんてなくて、目の前にはそう発言してくれる里津姫さましかいなかったから、すぐに検証なんて出来なくて。…でも、」

「でも?」

「シンプルにそう言われたら、割とそうなのかもねって、単純に思っちゃったんですけれども(笑)」

「夏美は、素直に受け止めたんだね」

「ええ、まぁ。夢の中でしたしね、」

「そうだね。

 とにかく、僕の考えた、そういう想像力のことだって、その方法が正解なのかどうかわからないけれど、ようやくそういうことを考えられるようになった。当時はまったく悪気なく、気づかなかったんだ。言い訳みたいだけどね。

 僕らも当事者で余裕がなさすぎたのは、ある。それでも。

 せめて僕らが美津姫の視点からはどう見えているんだろうかとか、考えてみる姿勢を取っていたらずいぶんと違っていたのかもしれない、と。

 美津姫の主張を感情的すぎるみたいに決めつけていたから、きちんと聞いてあげられてなかったんだと思う。

 言葉はきちんと届いているものの、言葉の深い意味を考えるということが出来ていなかった。理解不能だとしても、それでも美津姫の視点ではそう見えているんだという事実は事実として、まずは聞いて、感じることをやってみれば良かったのだと思う。

 たとえ、とことんやってみて彼女の考え方と自分の考え方とは、最終的には、やはり全然違ったとしてもだよ、それをいったん実在している事実としてきちんと考えてみる。それを経てからの反論だということなら、美津姫の心にも届き方が違ったかもしれない」

「ええ、それ、すごくわかります。

 それに美津姫さまの方だって、自分と同じように見ても、それでも自分と違う感覚を持つという人、その可能性があることを感じてくれたかもしれないですね」

「うん、そうなんだよ。

 少なくとも、平行線で終わる議論ではなくて、お互いに少しずつ歩み寄れる可能性が広がる気がしない?」

「ええ、そのうち接点が出てきそうな希望だって持てそうですね。

 最終的に相容れないとしても、同じ問題を話し合ったということが、また次につながりそうな気もしますね」

「うん。僕もそう思うようになったんだよ。

 だけどまぁ、その時はそんな風で僕らは、美津姫本人と違って、結局罪が問われないのならば、議論してもしなくても結果が同じだという所から出発してしまった。

 端的に言えば、僕らは焦って近道を早く通ろうとしたし、美津姫にもそれを強制した格好になった。

 『嫌なことは忘れてもらい、早く前向きに元気になって欲しい』と言う僕らの願いや理想を優先させ、美津姫に押し付けることを合理的かつ速い解決方法だと勝手に信じていたんだ。

 なんだろう、僕もその頃はね、中途半端に法律を学び、自分の時はその学びによって気持ちが落ち着いた良い経験を生かしたい、そういうイメージを持っていたんだよね。

 それを”普通、そうでしょ?”みたいに彼女に押し付けていたんだ。だって、普通人間は、自分の権利を守るために自己の正当性を主張すると思っていたんだ。

 潔く自分の不利益を主張して罪を認めたいとか、きちんと裁かれたい気持ちなんて、ね。想像できていなかった。

 今も、偉そうに良い人ぶりたくはないな。

 夏美に嫌われるかもしれないけれど、本当のことを言っていい?」

「ええ、もちろん」

「未だに、全部は納得していないんだ。

 未だにどこかでそういう潔さって、結局自己満足、自己憐憫でしょ?って決めつけたい気持ちがある。たぶん、そんなことまで言って、いたづらに美津姫をやはり傷つけてしまいそうな気がする。

 そしてね、もっと嫌な想像もできる。

 だって、他方僕も思いっきりその自己満足、自己憐憫ばりばりの人間でね(笑)、この自己矛盾が、鬱陶しいけど僕から切り離すことが出来ないんだ。まるで馬鹿みたいに思えてならないんだよ、いや、認めるよ、僕はとんでもない矛盾している馬鹿なヤツなのさ、」

「ええ、その感覚、すごく良くわかります。

 私もしょっちゅう自己嫌悪していますもん。

 でも、たぶん私の方がライさんよりおおざっぱなので、立ち直りが早くて。

 最終的には、めんどくさいのか、ま、いいやになりますけれどもね(笑)」

「夏美を大いに見習おうっと(笑)。

 ああ、ごめん、話を戻そう。

 とにかく美津姫は、僕の対応にがっかりもしていたし、怒っていた。

 『本当のところを知らないくせに!』

ってね。

 もちろん、その通りなんだ。僕は後から話を聞いただけだし。

 そして、厳密に言えば、宮司様もそうなんだからね」

「え?そうなんですか?」

「ああ、そうなんだ。

 なぜかというと、宮司様がお留守の時に起こった災害の時の話なんだからね。

 宮司様は僕とは違い、相当根気よく美津姫の話、実際にその場に居合わせていた者の話を聞いておられたんだけどね。それでも、美津姫は本当のことを知っているのは自分だけなのだから、と余計に頑なになってしまった。

 というわけで、美津姫の気持ちだったろうことを先に説明させてもらった。それをベースにして僕が知っている話を聞いて欲しいんだ」

「はい」

「ちょうど、前回の話の続きと思ってくれていい。

 僕が神社に行った話をしただろう?

 実は、それよりちょっと前に大きな竜巻災害があったんだ。

 宮司様が最初、僕たちを門前払いしたがっていたみたいに話したのを覚えている?」

「ええ、もちろん。

 ダム建設のために龍ヶ崎神社は大きな神社に統合してもらうから、という理由だったのよね?」

「ああ、だけどそれだけじゃなかった。

 まずは、怖ろしい竜巻被害の直後であったから、めんどくさいことは、避けたかったと思われたようだ。そこまで観光地としても有名でない神社に、いきなり外人が数名現れたんだからね(笑)。

 とにかく、お取込み中だったわけだから。

 美津姫の具合も相当悪かった時期だし、かろうじて意識を取り戻した直後の美津姫が、その竜巻は自分が起こしてしまったと言っていた、まさにその時だったからね。

 実はその竜巻のせいで、湖で一人亡くなった人がいるんだ」


 夏美は、先ほどから自分の身体の中で何かがトクンとなっているような気がする。

 心がざわざわしているような気がする。

 断片的に知っているような。断片的に忘れ去りたいような。

 そう、途切れ途切れの悲しい記憶が。

 美津姫さまが伝えようとしていたのか、お札さんが教えようとしてくれていたのか。良くわからないけれど、なにかざわざわしている。

 でも、あえて口にしなかった。

 今度こそ。

 ようやく何か直面しなくてはいけないことにたどり着いたみたいな、覚悟?みたいな気持ちもある。

 ライさんと共に1歩踏み出すことが出来ればきっと…

 

「竜巻の災害なんて、お気の毒ですね…。きっとその方のことを指しておられるんですね。

 でも、竜巻ってことは。やはり考えた方がいいのでしょうね。もしかして龍神様と関わりがありそうに思えます」

「うん。そうなんだ。

 日本の漢字の表現からしても”竜”の字が使われているけれど、その竜巻が起きたこと自体に責任があると美津姫が言ったんだ。

 自分も被害を受けて倒れて生死の境をさまよっていたのだが、意識を取り戻してすぐにね、宮司様に言ったのが、それだったんだよ」

「そうだったんですね…」

「宮司様はね。

 ご自分が不在であったせいで、美津姫を守りきれなかったと悔やんでおられた。

 神社統合の問題で宮司様は忙しくて、相手先の神社と行ったり来たりしていた時期だったんだ。

 それから、美津姫にとっては、神社統合後の宝物と美津姫の処遇についての話が大問題だったんだ。

 奈良のご本家からのご提案は、美津姫には受け入れがたいものだった。

 先日、善蔵も話してくれていたけれども、

 『神社統合の後には、奈良のご本家に戻ったらどうか。

  奈良で快適に暮らせるように準備をする』という話が進んでいたらしいが、美津姫はそれをかたくなに拒んでいたんだ。

 美津姫は、宝物は白蛇竜が宿っていた湖、湖を擁していた山にあるべきで、自分もずっと”守り人”としてのお役目を全うしたいと、ずっと主張していたんだよね。

 ただ、いくら頭の良い巫女姫であるとしても、一般の人々から見れば、ただの子供でしかない。ご本家の方でも、もちろん美津姫の気持ちや、伝承の謂れを尊重するべきという意見もあったらしいのだけれど。色々待ったなしの時で、美津姫はかなり思い詰めていた時期だったと思う。

 ネットが発達しているわけじゃなくて、固定電話でやり取りするだけの時代でしょう?

 なにか行き違いもあったと思うんだよ。

 宮司様は、相手先の神社にお出かけしていて、お帰りになる前日に、ご本家からの使いの人が来てしまったらしいんだ。

 それで、美津姫と使いの人が直接会って話をしたらしいんだけどね、美津姫を説得しに来たらしいその人とは、話が全く折り合わなかったようだ。

 使いの人はかなり怒っていたそうだ。他の神職の人達が何とか取りなそうとしたり、宮司様が帰ってくるまでお引き留めしようともしたらしいのだが、さっさと帰っていったんだって。

 普段、美津姫と接していない人だったから、美津姫がわがままを言っている子供にしか思えなかったみたいでね。

 それから一時間もたたない頃に、ぞっとするほど冷たい風が吹いてきたらしい。むせかえるような暑い日だったのにね。

 突然に怖ろしい竜巻が発生したのは、そんな時だった。もう夕方になりかけていた頃だった。山だから急変する天気の経験はあったということだが、そこまでひどいことはなかなか無いらしい。

 神職の人達と村の人達が総出で、遊んでいた子供達、田畑にいた人達の無事を確認して回ったそうだ。しかも、神社横にある屋敷の奥座敷にいるはずの美津姫もいなくなっていて、いっそう大騒ぎになったそうだ。

 結局、美津姫も善蔵も湖そばの山道で、そしてまた多くの村の人達もあちこちで倒れていたらしいから、相当混乱の極みだっただろうね。

 被害の程度も様々だった。打撲や打ち身で痛がっている人の他、気を失ったままでなかなか正気づかない、意識を取り戻してもその後高熱に悩まされて、という人が多く出たほどの災害だったのだ。

 ところが、そんな時に安否確認に漏れていた人がいたんだ。

 つまり、奈良から来た使いの人だ。

 とっくに帰ったと思われていたんだからね。

 美津姫が意識を取り戻したのは、翌日だったそうだ。夜のうちに連絡を受けて、慌てて帰ってきた宮司様の呼びかけにようやく答えるまで、まるで死んでしまいそうな位だったとか。

 うわ言のように、その使いの人の安否も尋ねたらしい。

 それでようやく、どうやら美津姫と共に湖のそばにいたらしいということがわかり、捜索したんだけど。湖の底に沈んで、すでに亡くなっていたのが発見されたそうだ。

 『全てのことが裏目に出たみたいだ』と宮司様が嘆いておられたよ。

 美津姫だって、かなり重体だった。その証言後にまた人事不省になってしまっていたほどでね。宮司様も姉やさんもとても心配したそうだ。

 美津姫がある程度、話が出来るようになったら、更に驚くべきことを宮司様は聞かされた。

 美津姫の身体に《白蛇竜の宝珠》が入ってしまったということを。

 実は、宮司様は救急隊の方にも警察の方にも宝物の話などはしてはいなかったのだそうだけれど、すでに《白蛇竜の宝珠》が紛失していたとは思っていたらしい。

 実は、美津姫を助けに行った時に、《蛇の目(カカの目)》は、割れずに箱ごと落ちていたというのだ。箱のままだったら、扱ってもいいと宮司様に許されたお弟子さんがきちんと回収することは出来ていたのだけれど、宝珠は最も小さな箱に入っていたはずで、それは空っぽになって落ちていたんだって。美津姫か宮司様しか触れないということで、皆諦めていたんだけどね。かつての『劔』の伝説のように、龍神様にお返し申したっていうことになるのでは、と考え始めていたらしい。

 神社も無くなるのだし、もはや宝物よりも美津姫をなんとか救うことを第一優先にしよう、と決意なさっていた頃だった。

 ちょうど、そんな時に僕が

『青龍王の使いに許しを得て、巫女姫の問題を解消しに来た』

という話を持ってやってきたというわけ。

 美津姫が僕や宮司様に泣きながらしてくれた話では、自分が{心から死んでも構わない位に絶望して、その人を憎んだ}んだそうだ。その気持ちがその竜巻の引き金になったと言うんだ。

 常識的にはありえない話だと思うが、それはそうかもしれないと僕も思う。宮司様も信じておられた。

 龍神様の力か、突発的な何か、なんだろうね。

 霊能力者が絶望して、ただ一つの選択肢を選んで願えば、それはとてつもない、すごい力だと思う。

 とりあえず、竜巻災害の被害にあった人には、青龍王のお札で祈るということに、かなりの効果があったんだよね、だから僕は、もしかしたらやはりそれは龍神様に関わる力かな、って思ったんだ。

 何も知らない村の人達は、僕のことを異国の天才的な医者みたいに、いや、何かお祓いをする人のように思ってくれていたようだったよ」

「…そうなんですね」

ということしか、夏美は出来ない。


 そうだ、そうかもしれない。龍神様の力なのかも。

 怖ろしいあの声。正当性を主張するあの声の主は…。

 自分には、それはただ怖ろしい、龍の力を発動する言葉のように思える。

 あれは、禁忌だ。唱えてはならない言葉だったのかもしれない。



 ワレ 二 セイギ アリ…

 ワレ 二 セイトウセイ アリ…

 ユエニ…

 ワガ チカラ セイギ ナリ

 テキ ヲ ホロボスコト セイトウ ナリ

 ……

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