10 《光と闇の狭間に立つ誓いを》 (2)
七夕が過ぎたので、1Fのパティオ(スーパーの店内の中庭風休憩所)に飾ってある笹飾りを夏美は片付けに行った。スーパー全体の企画なので、書店からも片付け要員を出して欲しいと言われたので、かりだされたのである。
あまり接点のない眼鏡屋さんの副店長の中山さん(温厚な白髪まじりのおじさま)と2人で大きな笹から飾りや短冊を外すことになった。沢山の短冊はすべてきちんと外して近所の神社に持っていくらしい。
「今年はあいにくのぐずついた天気だったねー。雨が降ると、織姫さんと彦星さんのデートはお流れとか言うね。
どうかね、あなたは?楽しい時間を過ごせたのかね?」
とのんびりとした口調で中山さんが話しかけてくる。
「あ、あはははー(脱力)。私ですか?
特にこれと言って、ええ、まぁ普通でした」
と当たり障りのない返事をしてみる。書店内でも特にイベントとして重視していなかったので、七夕なんて忘れそうになっていたくらいである。
中山さんは、夏美の名札を見ながら、
「えーと、松本さんだっけ?
あなた、ボーイフレンドが特にいないんならお見合いしてみないか?」
と言ってきた。
「は、はあ…」
やっぱりな〜と夏美は思う。最近、自分の身辺でそういう話が増えてきた。親戚のおばさんにも
「どうお?夏美ちゃん?
成人式の時の着物の写真をさ、スナップで良いから頂戴。
『良い人がいない?』って、聞かれて思い当たったのが夏美ちゃんで…」
とか言われて、断り方を悩んでいたところだ。
就職してようやく慣れてきたかどうかなのに…。
会うたびに新たなミッションのお知らせをしてくるなんて。
夏美は全く結婚について興味もないし、ビジョンもない。なのに、次のイベントの予定みたいにテーマを決めて、踏み込まれたくないプライベートの話を聞いてくる。また、ベルトコンベアを思い出す。学生のレーンが終わり、就職のレーンに続いて、とうとう婚活のレーンに載せられそうになっている気がして窮屈で仕方がない。
煩わしいなんて言ったら申し訳ないけど、一つ終わるたびに次のおすすめってどうしてそんなに追いたてられなければならないんだろう。
とにかく!贅沢は言いません。
仕事も頑張って生きていきますので、私、皆様が心配しても無駄な時間を過ごしていいんです。
本当の幸せが自分にとって何なのかわからないけど、とりあえず、今はベルトコンベアの上に載せられないで済む幸せを満喫したいです!
とか本音を言ったら角が立ちそうなので、最近夏美が考えたのは
「お友達どまりの人が多くて、特にボーイフレンドが決まっているわけじゃないんですけど。
私、実は…片想いの人がいるんです〜」
と軽く頬を染めてみせる作戦だ。
それでもまだ食い下がってきそうな人もいるが、たいがいそういう風に言うと
「そうか〜。好きな人がいるんなら仕方ないな。
頑張って。失恋したら、良い人紹介するからね」
と、引き下がってくれるのだ。
とりあえず、今日も作戦は成功したようだ。
(しばらく、この作戦でいこう!)
中山さんもすぐ笑顔になって、照れたようにフォローまでしてくれる。
「そうかそうか、頑張ってな。そりゃ、そうか。いいことだわ。
今どきの子はみんなふわふわした良い子ばかりなんだけど、良い子過ぎてお互い傷つけ合うのが嫌いで恋なんかしないっておじさん、聞いたからさ、応援したい気持ちなんだよ。
うちの店にも若くて素敵な男がたくさんいるから何とかしてやりたくてさ。
明るくて愛想のいいあなたなら、きっと上手くいくさ。
誰でも、好きな人と上手く行くのが結局、一番いいよな!」
と言ってくれた。
とりあえず、人の良さそうな中山さんには『ごめんなさい』と心の中で手を合わせておく。
嘘をつくのは嫌だし、そういうのは下手なはずだったんだけど。
でも、乏しい演技力のお陰(学芸会の劇レベル)でなんとか信じてもらえたようだ。
本当は片想いするほど好きな人のイメージがあれば、もっと迫真の嘘、というか演技ができるはずだ。でも、イメージが湧かない。高校・大学時代、数人とお付き合いの真似事をしたけど、やはりピンとこなかったのだ。
全然気にもしていなかった顔見知りの男の子に告白されて
「彼氏いないのなら、とりあえず、デートしてよ」
と言われてデートもしたし、キスもしたりした。やはりそういう時はドキドキはしたんだけど、ときめいたりしなかった。帰る時間が来るとホッとして帰る、そんな本音を隠すのが精一杯で疲れてしまった。
お試しのデートで3回目くらいになると、キスしてもいいと相手が思っているみたいだった。もしかしてそういうのが普通なの?と誰かに聞くことも出来なかった。
周りは、
「○○君、素敵」とか
「好きな人のことを考えると、ドキドキして勉強が手につかない」とか
言って楽しそうにしているので、私って、変なのかなと不安になるばかりだった。
こんな自分なのに、たまに出現する相手は一生懸命にアプローチしてわざわざ告白しにきてくれていて、なんだか申し訳ない気持ちがする。それで、3回デートしたら、特に何も自分から言っていないのに、私も相手のことを好きで付き合っているみたいに思ってしまう人が多いみたいだ。自分の振る舞いがいけなかったのかな?と悩んだりするのが疲れる。
「ごめんなさい、やはり、お付き合いできないと思います」
と断ってしまうと、
「おう、わかった。また友達に戻ろう!」
と言ってくれたとしても、上手く友達に戻れずに疎遠になっていく人もいた。というより、断然多い。色っぽい話じゃなくて、色々なことについて意見をやり取り出来ていて楽しかったのに、そういうことを言いあえていたはずの友達を失くすのはこたえる。
でももっと怖かったのは、怒ったり泣いて電話をかけてきたり、ずっと○インメッセージやメールを送ってきた人だった。
帰り道で待ち伏せされたこともある。それ以来、通学経路も変えて、降りる駅も変えて、帰宅してからのプライベートタイムには両親に携帯を預けたりして対応してもらった。
「俺がストーカーすれすれの行為をするように、お前が仕向けたんだよ」
と書かれてたメールのことが今でも忘れられない。
それ以来、必要最小限でしか使わないようにしている。
その後は、すっかり自分の言動に自信がないし、間違ったことをしでかさないか不安でしょうがない。なるべく告白されないようにしてたり、ロマンチックみたいなことにならないようにしてる。
一生一人で生きて行きたいと、頑なに思っているわけではない。
両親みたいに議論も喧嘩もするけど、基本的にサバサバした仲良しな組み合わせを見ると、羨ましいと思う。
恋だ愛だと大騒ぎして傷つけあったりしたくない。
小学生の頃みたいにただ、
「一緒に学校へ行こう?」
くらいの仲良しになれるような人がいるといいなと思う。
とにかく、父も母も仲良しの延長上でのんびりしてから結婚したらしく、夏美には
「とりあえず、一人でも二人でもきちんと生活していってね」
くらいしか言わないので、気持ち的には助かってる。
夕食後、夏美は遥から○インメッセージが来てるのに気がついた。慌ててメールのチェックを始めた。
ダンスレッスンの○インメッセージのグループを作ったことと、そちらにダンスレッスンの日程とパーティの日時、場所が書かれてあるから見るようにということとに加えて、
「ちゃんとライさんにも夏美のメアドを教えておいたからね〜!」
と書かれてあった。
先日遥と瑞季に会った時に、大袈裟に驚かれたのである。
「とっくにメールのやり取りをしてるのかと思っていたわー。
ま、ライさんのスマホは普段お付きの人か秘書の方が持っているらしいからレスポンスも良くないんだけどね。
あー、夏美もそうか。昔から携帯はすぐに鞄とか机の上の充電器に放置してるみたいだもんね」
と瑞季がチクっと夏美のことも混ぜて言う。
「ごめんね、いつも通知も切ってあるから、返信遅くて」
携帯が嫌になっていった経緯を友達にも話したことがないので、単に付き合いが悪いヤツと思われてるふしがある。
「ライさんもさ、面白いのよ。
『自分は不器用で気の利いた言葉をポンポンと思いつかないから、ショートメッセージとか苦手なんだよね。書きたいことを書くと長文になってしまうし、気になって一部を削ると、意味がきちんと伝わるのか、失礼な事をしていないか、不安なんだよ』だって」
と、さらに続ける。瑞季はせっかちなところもあるから、返信遅いのがイラつくのかもしれない。
「そうそう、ライさんは実は未だに手紙派で、自筆の手紙では封蝋を使っているみたいよ。目上の人には、半日くらい推敲して、きちんとした手紙を書くんですって」
と遥がさりげなくフォローをする。
「そういう文化の中で生きてる人なんだねー、うちの店の文具コーナーで封蝋キットも売ってるよ。面倒くさい人用?に封蝋っぽいシールを貼るだけの物もあるけど」
「確かにクラシカルでカッコいいかもしれない、私もシールを貼って見ようかな」
と瑞季が言う。
そう言えば、自分は最近きちんとした手紙なんて書いてないなと、夏美は思った。そういう立場にいなくて本当に良かった、なんて思ってしまう。
先週、あんなに書類の山を恨めしそうにしながらも、全てにきちんと目を通して丁寧にサインをしていたライさん。あれからも仕事に追われているのだろうか。それとも趣味?の日本の魔法生物のことを調べているのだろうか。
遥に○インをもらった翌日、ラインハルトから夏美に日本語でメールが来た。
「ハロー夏美さん。
パーティの件、僕が君にきちんとお願いすべきなのに遥と瑞季から頼んでくれたみたいですね。厄介なことに巻き込んでしまってすみません。
忙しいとは思うけど、一度、僕と会ってくれませんか?
改めて君にきちんと話をしたいのです。で、図々しいと思うけど、そのついででY市の博物館に一緒に行ってくれると嬉しいです。君と観に行きたいので、OKしてくれるなら君の都合に合わせます」
おー!Y市の博物館か〜。大好きな場所だった。
懐かしいから、ライさんの用事抜きでも、自分でシンプルに行きたいかもしれない♪
と夏美はのんびり考える。
小学生の頃は、父の運転する車で出かけた場所だった。家から車で一時間くらいなので、家族でのお出かけコースにちょうどいいからだったと思う。
見晴らしの良い丘に芝生広場まであって、ピクニック気分でお弁当を食べたり、家族でバドミントンをやったりした。だが、弟の隼人は二度くらいそこに行って飽きたようだった。
3時間くらいかけて博物館を見て回りたい夏美と、芝生広場だけで良いと言い張る隼人とに両親が一人づつ付いて行く羽目になり、だんだん行かなくなってしまった。だから、高校生の時には夏美は電車とバスを乗りついで一人で行き、小さな達成感を覚えた場所でもある。それ以来、一人遊びに慣れたかもしれない。本当に行きたい場所、見たいものを一人で気兼ねなく味わうのは、意味なく他人とつるむより楽で楽しい。もちろん、友達とシェアするのも楽しいけど、「ね、早く次、行こう?」と急かされるとつい、『一人で別の日にもう一度来よう』とか思ってしまうのだ。
最近ではほとんど博物館に行ってないことに、今さら気づいた。
あの頃からでも、展示物が古いという批判があったけどリニューアルされてしまったのかな。自分のお気に入りのコーナーが現在どうなってるのか気になる。
しかし!
今月は忙しいのだ。休日に約束を入れすぎなのは、ちょっと痛いかなー。
確か7月の最終週からダンスレッスンをするとか言ってたし。
今月は職場のゆうこ先輩の結婚式に出席する予定もあるからな〜。家でノタノタダラダラする日が、かなり存亡の危機だわ。
わがままと言われようとも、一人でのんびり過ごす時間が今の自分にとってはとても貴重なのだ。普段、お客様や上司に囲まれていて、気を張ってうっかり自分を出さないようにしてるので、家で結界?を張って誰もいない時に、そうっと本来の自分を出してみて生存確認をしたいのだ。
ふだん縮こまったままで、どんどん生気を失っていく可哀想な自分を諦めて葬り去るのか、それとも生気をチャージしてよみがえらせるのか考えたい大事な時間だから、それを潰したくない。
ライさんは日本文化を学びたいと言ってたから、博物館に興味があるのかな。
博物館での自分のマイペースぶりに呆れるかもしれないけど、まぁいいか。先週は、『選択がどうのこうの』みたいな話が出来て楽しかった。ただ聞くだけじゃなくてライさんの考えとかも付け足して言ってくれたので、話が弾んだのもある。
そういう訳で遥や瑞季ほどじゃないけど、自分でもライさんに興味が湧いてきているのも事実だ。今まで周りにいなかったタイプの人との出会いは、博物館での新発見と似ている気がする。
そもそもの出会いの時の、ひらひらワンピ姿はびっくりでしかなかった。
女装して出かけて一生懸命に探してたまことさんとの話の続きを、そう言えばまだ聞いてない。先日も本人が話さなかったから聞けなかったけど。パーティにまことさんが来るのかどうかすら知らない。
そうよ、もしまことさんという人がライさんのステディとかパートナーだったら、と考えると申し訳ない気持ちになってくる。
私がシンデレラ役で王子様役のライさんと踊る件って、納得しているのだろうか?
そういうこともちゃんと聞いてない。
そうだ、そもそもまことさんが男の人か女の人かも聞いていない。情けない話だけど、帰宅してから、自分の母親が真琴という名前であることを思い出したくらいだった。
確かダンスの競技会で賞をいただいた時に、先生が公式のダンスパーティでは、男同士はダンスしてはいけないけど、女同士は良いって言ったんだった。それで私はパソドブレを男の子と組んで踊り、チャチャチャを加奈子ちゃんと踊ったんだった。
まことさんをシンデレラ役にしたくてもライさんは出来なくて、それで人間違いした私をシンデレラ役にしたのかも?
そんな遠慮はいらない時代になってきたんだから、今はもう、公式のダンスパーティでも認められてくれていると良いけど。LGBT推進の為にもね。
お祖父様は、そういうのは怒るのだろうか?
『自分の孫が、女性にモテモテの王子様だったら嬉しい』なんて可愛らしい妄想を押しつけてくるのだから、頑固なおじいちゃんかもしれない。ライさんは、お祖父様孝行のためには、自分の意見も言わずになんでもやってしまうのかしら?
もっとちゃんと打ち合わせした方がいいかもしれない。
あ!その他にも問題点を見つけてしまった。
私よりもダンスが上手く踊れそうな加奈子ちゃんがパーティに参加することになったんじゃない。
私は、パソドブレのピンチヒッターを加奈子ちゃんのママに頼まれたんだったのを今、思い出した。元々は加奈子ちゃんがダンスを習っていて、私は加奈子ちゃんが2つの種目にエントリーをしたものの、『体力的に無理だから助けてあげてくれない?』と頼まれて一緒に加奈子ちゃん家の車で行ってたんだった。
加奈子ちゃんの方がきちんと習っていた分、自分よりダンスが上手なはずだ。もともと可愛いというよりは、美人さんタイプなのだから、シンデレラ役を加奈子ちゃんにお願いした方が、出来栄えが良いに決まっている。
これはややこしい話になりそうだから、ライさんにきちんと会って説明して、ライさんのためにもより良い選択をしてもらわねばいけない。
あと、加奈子ちゃんがシンデレラ役になった場合でも、まことさんに恨まれないようにしてあげてねって助言してあげた方がいいかも。
あーでも、少し淋しい気持ちになるなぁ…。
ライさん、素敵で優しい人だからちょっとだけだけどお姫様のようなドレスを着て、ライさんと一緒に踊ってみたかった未練はある。
自分が飛びかかって金縛りにあった時も、とても良い姿勢で支えてくれたライさん。後でちらっと思ったけど、あれ、ちょうどモダンダンスの組んだ時のポジションに近くて、身長差がちょうど良かったので立ちやすかった気がする。まぁ、ほとんどライさんが頑張って支え続けてくれていたんだけど…。しかも、自分ときたら、…。気持ち良く寝てたし(ごめんなさい)。
あの時、ライさんが優しい対応してくれたおかげからなのか、あれから怖い夢を見ていない。
「僕は、夢の中で女の子からあの宝珠をもらったんだ」
なんて言って、私の気まずい失敗をフォローしてくれた。大真面目な顔で変な嘘をついてくれるから、私は矛盾があることにしばらく気がつかなかった。
夢の中で貰った宝珠を今、ライさんが現実に持っているはずがないじゃない(笑)。
でも、ライさんの冗談みたいな嘘のおかげで、とても幸せそうな夢を見てしまった。
お城の大広間みたいなところで、仲良く踊る可愛らしい少年少女。紳士淑女のミニチュアのように少年は黒っぽい礼装で、少女はアップした髪に花飾りを付けて白いドレスを着ていた。壁のそばにメイドさんたちや演奏している楽士たちもいる。
ワルツの曲に合わせてくるくる小さな円を描きながら反時計回りに動いていく。
ああ、私はオルゴール人形を眺めているのね、と思ううちに目が覚めた。良く聞くオルゴールの曲だったと思う。
あんな風に軽やかに楽しく踊れるといいなって思っていたのにね。私はけっこう乗り気みたいで、とうとう夢で予習を始めてしまっていたのかもしれない。
でも、ライさんと会った時に正直に自分よりもシンデレラ役に相応しい人がいるって教えてあげよう。
とりあえず、気まずい自分をフォローしてくれていた優しさには感謝しかないんだから、博物館のお供くらい、きびだんご抜きで協力したい。いや、スイーツをおごってくれるなら全く遠慮はしませんが♪
「ハローライさん。
厄介なことではないですよ〜。ライさんのお祖父様孝行のお手伝いが少しでも出来たら良いなと思います。ダンスの練習、頑張りますね!
で、そのダンスの配役に関してですが、ご相談したいことがありますので、私もライさんとお話がしたいです。
あと、Y市の博物館はオススメですよ!私も大好きな場所です。
でもせっかくのお誘いですが、私は今月は予定が詰まっていて、候補に出来る日が20日だけです。しかも、そんな忙しい時なので、急に行けなくなるかもしれないです。
それでもいいのならば一応20日によろしくお願いします」