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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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107 《地の実りに感謝せよ》 (3)


「ライさん…」

 夏美は、思わず隣のラインハルトの手を握った。ラインハルトはうつむいたまま、それでも小さく微笑んだ。

「ありがとう、夏美。

 僕は夏美に良く偉そうに言うでしょう?

 過去は変えられないって。

 過去に飛んで、なかったことにしてしまいたいことがあっても、歴史を変えてしまうのはだめなんだって。

 たぶん、それはね、本当は僕自身に何度も言い聞かせていることなんだと思う。

 どこかでやり直しができないかなって、僕だって諦めきれずに望んだりしているんだ。

 正直なところ、こだわりすぎてそこから離れられないことだってある。だからつい、強く否定しているんだ。

 僕の中には、そんな風にずっと相反する、矛盾している気持ちがあって、それがせめぎ合っているんだ。

 取り返しのつかない失敗を、間に合わなかった謝罪や和解を、今さらそんなことは絶対に不可能だと解っているのに、僕はその一方で、理解はしても納得なんかしていないんだ。

 ずっとその気持ちは消せない。逆に同じように、誰かを引き留めたいと思うのと同時に、自分だって簡単に、楽になりたいくらいに思う事だってあるから引き留めつつ、心の中でシンパシーを感じてしまう」

 夏美は、そっと言った。

「ライさんの気持ち、わかります。シンパシーって、共感って意味ですよね?」

「うん、そう。同情とかじゃなく、共感寄りの意味だね」

「私にもね、その共感はあったと思うんです。

 それでも大切な友達とかに、急にそんなこと言われたら絶望してしまうわ。

 まず共感よりも反射的な反応しかできなくて。ですよね?

 どうしたら、誰かを引き留められるかなんて、私も良くわからないんです。

 たぶん、助けてあげたいと思ってじりじりするだけだわ。

 この世にいて欲しいのよね、いてくれるだけで本当にありがたいのよ、自分のわがままみたいだけど」

「うん、本当にそうだ。

 夏美と話し合ったように、夏美の自主性とかを尊重して、記憶とか魂とか自由裁量をしばっちゃいけないってことと通じるものがあるよね。

 そんなに本気で望むことならば、と思いそうになり、でも、と躊躇する。

 個人の希望を尊重してあげたい気持ちもあるのに、引き留めたい。出来れば、そうだ、思い直してほしいと願うのに、うまくいかない。

 そんな時、自分の力のなさを痛感する」

「ええ、私もライさんと同じ風に思ったわ。

 自分だって嫌かもしれないのに、邪魔をしていいのかって思った。

 友達が死にたい思いをしていた時に何かしてあげたいって思ったことがあるの。彼女が欲しがっているものは、全部あげたいって思ったの。…自分は、出来るだけのことをしてあげたかった。

 ただ、それが正しいことかわからなかった。私は最終的には、自分の視点で物事を理解して、自分のことばかり考えて、未だに答えが見つからなくってね、だから良い答えなんか全然できないんだけど」

「うん…」

「私は、自分でもね。

 心の中では、共感し始めていたの。だけど、共感したら逆に彼女を引き留められない気がして、その気持ちを抑えていたわ。一緒に死にたくなりそうで。でも、それは彼女を引き留められないことに繋がってしまうでしょう?

 本当のことを言えば、当時自分だって、そういうことを感じていたんです。

 うまく自分と折り合えなくて、死にたい気分っていうか……」

 ぎゅっと握り返してくるラインハルトの手に、心配してくれているのを夏美は感じる。

 夏美は、手を握り返した。

 自分の気持ちが、きちんと伝わりますように…。


「大丈夫、今は大丈夫。だから心配しないで。

 今から考えると、そこまで深刻じゃなかったかもしれない。

 とても、もやもやしていたの。そのもやもやが強い時は、ふとしたきっかけでうっかり死んじゃいそうなくらいの気持ちだったのかも」

「そうか、変な話をさせてごめん。でも、夏美がうっかりしなくて良かったよ。

 僕は、夏美に会うために来たんだし、会えて良かった。

 あとは、そうだな。僕もうっかりしなくて良かったな、とも言えるね」

「ライさんも、そんな思いをしたことがあるのね」

「最初は、バカみたいな話だったよ。以前も言ったろう?

 ちょっと傲慢になっていて、鼻をへし折られて悔しかっただけだ。

 子供だったからね。みんなが後で泣けばいいのに、って思っていたんだ。

 それでも、その後本当に戦いで死にそうな目に遭ってからは、簡単に不可逆的な選択はやめようと思えたから、おさまったよ。うっかりしたら、本当に死んじゃうんだからね」

「不可逆?なんか聞いたことあるわ」

「うん、まぁ、ハンプティダンプティが元に戻らない話ってやつだね。運命とか時間ってやはり一方通行だろう、反省して元の状態に戻そうと思っても無理だからね。生き返れやしない。さすがに僕たちの一族でも本当の《蘇生》なんて夢物語で、生存確率を少し高めているだけのものだ。

 僕は、本当に過信していただけの子供だということが身に染みたので、傲慢さは引っ込めて、『運命の輪』の流れに逆らうことはしないって誓ったんだ。

 だって僕は、ただの一粒の砂みたいなもので、だけど僕でなければならないかもしれないっていう気持ちもあるから。

 祈りのような気持というかね、それを精一杯頑張るからと誓って、神様に祈ったんだ。

 他の人も助けて欲しいと言うか、僕にも他の誰かを助けさせて欲しいと言うか、せめてそんな機会を僕に恵んでくださるようにと」

「そうなのね。

 それは、とても良いと思うわ。私もこれからは、そういう祈りのような気持を大切にする」

「うん。僕も頑張るよ、偉そうなことを言っても、たまにお祈りをさぼることもあるからね。

 夏美は、それからどうしたの?

 聞いたら悪いかな?

 夏美は、辛い気持ちとどうやって折り合えたの?」

「ええ、そうね、折り合えているような気がしてる。

 小学生の時の悩みを話すわね。

 私、子供の頃は全く考え無しで、自分のことを良い子だと信じていたのよ。ある日、喧嘩していた子から言われて気が付いたの。

 私たちは、生き物の命をいただいて生きているってこと。

 毎日誰かの命を奪っているのよね。私は、動物好きで飼育当番とかはとてもまじめにやっていて褒められていて、自分の自慢できる最大のことだったのに。

 で、早めに結論を言うとね、それはシュバイツァー博士の言葉で、最終的になんとかなったの」

 ラインハルトが、嬉しそうに言う。

「わかる。すごくわかるよ。僕も、大好きな人だ。それこそ、憧れたもの。

 僕が魔法生物のことを好きなのも、ドリトル先生とかシュバイツァー博士みたいな方が出てくる本があったからと思うよ」

「ええ、私もよ。夢中になって何度も何度も読んだわ。

 本を読むのが好きだから、良かったのかもしれない。そう、それが助けになったのよ。

 もやもやがこうじていても、日常のことよりも本やお話の続きが気になってしまう子供だった。それで本の世界に行くと別の世界が開けていて、ちょっとしたもやもやなんて忘れてしまう位の気持ちになれたんだわ。

 本が、いつも私を助けてくれたの。

 私は、答えを知りたかったの。知りたいだけじゃない、焦っていたわ。

 『自分は、他の生き物を殺さないで生きていけないの?』ってこと。

 殺すことは悪いことなのに、そして自分の命を殺すことも悪いことになるはずなのに」

「うん、本当にそうだね。

 誰かの命を奪って食べていくことも殺すこと、でも、それをしないと自分を殺すことになるとするならば、どっちを選択しても悪い結末だね、バッドエンドしかない」

「そうなの。私もそこまで論理的に考えたわけじゃないけど、すくむしか出来ないみたいなもやもや感で。

 最初はみんなに聞いて回ったわ。みんな一生懸命に、私に答えてくれたわ。それでも、申し訳ないんだけどなかなか納得できなくて。

 私、エネルギー消耗が激しい体質らしくて、本当はかなりたくさん食べないとすぐ痩せてしまうの」

「そうだろうね、夏美の中にはすごい魂が共存しているんだからさ。

 だけど、それよりもその{命に関すること}は、一大問題だよね。

 夏美は、悪いことをしたくなくて、善悪にこだわっていたんだから」

「ええ、本当にそうなの。

 良い子でいたかったの。

 それまで読んでいた本の中で、好きになれるのは良い子ばかりだったし」

「僕だってそうだよ。僕も良い子になりたかったというか、物心ついた時に{闇魔法}に分類されるものばかりが得意と聞いた時は、全身がヘドロみたいなもので出来ている気持ちがしていた。周囲にいる人が褒めてくれていても、父や祖父が偉いから、みんながおべっかを使っている位にしか思えないしね。

 僕も本が助けてくれたから、なんとかなったのかもしれない。

 夏美との共通項がまた一つ見つけられて嬉しいよ」

「以前も言ったけど、友達だって先生だって、みんな忙しかったり、そんな話に付き合いきれないって思うかもしれないでしょう?

 他にも話を聞いてくれたり、答えを返したりする人をさがしたかったけれど、こうなったらもうかけ離れたところの、どこかの誰かに会いたかった。 

 それが残された希望だったの。

 誰かが生きて悩んでいたこととか、悩みと折り合っていく話を、その誰かの邪魔をしたりすることなく、お説教気味に言われることなく、ただそんな話を静かに聞きたかったの」

「確かに、それには読書が最適だね!」

「本当に、ね。

 私が生まれる前に活躍していたシュバイツァー博士が、生物を助ける傍ら、自分が生物を殺して食べているっていうことに悩んでいて折り合ったんだよということを書いてくれていたという事実があって。

 そして子供向けの伝記本でも、それを作った人たちがそのことをちゃんと伝えてくれていたから。

 田舎に住んでいる小学生の私にも、時と場所を越えて。学校の図書室の片隅で本と出会えて。

 シュバイツァー博士のメッセージが届いたのよね。もう既に亡くなられた後だったけれど。

 奇跡みたいに、ありがたいことだったわ」

 ラインハルトは、嬉しそうに微笑んだ。

「うん、僕もその伝記も読み、博士の言葉を知っている。

 それを知識として持っていたけれど、こうやって夏美と話すと、改めてその言葉の真髄が僕の身体に染み渡っていく気がするよ」

「本当に?」

「ああ、夏美のおかげだよ。

 先日、夏美とお札が共鳴した時に思ったんだよ。

 僕は、早くたくさんの知識をと思って、広く浅く学んで通り過ぎてきたことがたくさんある。

 一人で早飲み込みして、わかったように思うんじゃなくて、真髄と言うか、う~ん、本当のところっていったいなんだろうって、きちんと確認したいというか、そう思うようになったんだ」

「それなら、私がぐちゃぐちゃになっていて、まだ結論にも行きついていない、思いつきのような会話しかできないことも、少し役に立っているんですね」

「そうだよ、大いに役に立っているよ。簡単に結論なんか出てこなくてもいいんだ。あ、本当は欲しいけれどね。でも、こうやって誰かの言葉を受け止めたり、考えたり、疑問に思ったり、それをお互いに話してみたりって、お互いに役に立っていると思わない?」

「ええ、そうね。私も、ライさんと出会えてお話が出来ることで、また少しわかったことが増えたもの」

「うん。

 で、ずいぶん話がそれたけれど、僕は自分を見つめ直そうと思うんだ。

 僕は、夏美とふたりで『劔』を鍛えるんだからね。

 勇気を出して一歩を踏み出さなければと思う。

 あの、針状金紅石入水晶(ルチルクォーツ)の石の言葉のようにね。

 {次への一歩を踏み出す勇気と情熱}、それが僕に欠けていたんだ。

 それはね、たぶん夏美のためにもなると思うんだ。

 夏美だって、夏美の中にあるお札のこととか知りたいと思うしね、もしかしたら糸口になるかもしれない。

 だから、《蛇の目(カカの目)》と美津姫の話を…もう少ししてもいいかい?」

「ええ、ライさん、もちろんよ。こちらこそお願いしたいわ」

「うん、ありがとう。

 彼女は、本当に身体が弱くてね。

 というか、もしかしたら彼女の能力がもともと高すぎて、器である身体が耐えられないことがあったのかもしれないと、お医者様たちが言っていたんだけど」

「頭が良くて、霊能力者でもあったというお話でしたものね」

「うん、僕が《蛇の目(カカの目)》を封印して彼女に触らせないようにしていた理由は、美津姫も解っていたし、お供の方も解っていたんだけど、それでもね。

 やはり僕に対しては警戒心を持っていたのかもしれない。

 すでに《劔》はない、《白蛇竜の宝珠》も美津姫の身体の中から取り出せていない状況で残された唯一無二の大切な宝物を…僕が封印して取り上げているという状況なんだからね。

 最終的には、僕の一族のお医者様が処方する薬は、あまり飲んでくれなくなっていたようだ。

 知らないうちに僕が魔法で美津姫を強制的に寝かせてしまったこともあったし、僕のいない時に危険なことをしないようにと、僕が魔法で美津姫を閉じ込めたりしたから、ね。

 美津姫は記憶を取り戻してから、とある事件を思い出して、自分を責めさいなんでいた。それを僕が議論みたいに、一方的に説き伏せようとしたことにも反発していた」

「ええ、私も実は…。

 夢で少しだけ見たことがあるの。美津姫さまは潔癖とも言えるご覚悟で、罪があるからそれを償うこととを考えていたみたいなのと、劔を司る乙女を待っていたみたいでした」

「うん、そうだと思う。僕はね、うまく説得できなかったんだ。

 さっきも言っただろう?

 心のどこかで美津姫の罪の意識に共感する気持ちがあってね、だから僕も説得しながらも自分の矛盾した気持ちを感じていたんだ。

 美津姫に対しては、そんなの大したことじゃない、罪なんかじゃないって言いながら。

 でも自分だったとしても、美津姫と同じように感じていたはずなんだ。

 もしも自分の術や魔法のせいで、全く関係ない人が命を落とすようなことがあったら、僕も責任を感じ、償いをしたいと心から思う。

 だが、あの時は、そんな共感を口にしたら、逆効果になると思って、頑なに言えなかった」

「美津姫さまは、誰かを死なせたみたいに…。そして、それを自分のせいだと思われていたように見えました」


 一瞬、ラインハルトは目を瞑った。

※ 「59」本文中にシュバイツァー博士の言葉があります。


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