106 《地の実りに感謝せよ》 (2)
「ええ、もちろん!
ライさんのお話しを聞きたいです。
だって…私もライさんと話すことでヒントをもらいたいなと、ずっと考えていたんです。
あれからも色々と考えたり、調べたりしているので。
でも本だけじゃなくて、初めてライさんの家で過ごした時に見た夢のことを、もう一度考えたらどうかなって思っているんです」
「それは良いアイディアだね。
僕たちはずいぶんと一緒くたにして話をしていたから、まだまだ見落としている、あるいは見過ごしている所があるかもしれないね」
「そして、それもそうなんですけれど。
元々、ライさんの話を途中で端折ってしまったんですよね、私。
あの時ライさんは、神社や、美津姫さまの話をしてくれていたのに。
あれはたしかちょうど、鏡の話をライさんがしようとしていた時でした」
「うん、それは僕も覚えている。
火事が起こって大切なものを全部蔵から出さなければならなかったとこからだよね。そして真っ先に美津姫が救い出して欲しいと言っていたのが、《蛇の目》のことだったんだ。確かに鏡の話だよね」
「美津姫さまは、宝珠だけを司っているのよね?」
「うん、そうだね。担当がきちんと決まっているからね。
もしも、他の巫女姫様がそろっていらっしゃったら、《蛇の目》は里津姫様が司るということになっていたに違いないよ。多津子様は巫女にはならなかったけど、水晶玉を守っておられたわけだから。
そういえば、あの時の夢の中で里津姫様に会ったと夏美が言っていたんだよね」
「ええ、夢でしたけど。
ちょうど向かい合わせに出会って、最初は白いドレスを着ていて私は、美津姫さまに会ったと思ったんですが。
『あなたが美津姫よ』と言われ、その時初めて、私はお揃いだけど色違いの黒のドレスを着ていると教わったんです。
それも何か意味があったとか、伝えたいことがあったのかなと思うんです。
私は嬉しくて里津姫さまの手を取ったけど、その時の状況というのは、ある意味鏡合わせのような感じだなって気がついたんです。
とてもきれいなお姫さまでした。夢の中とはいえ、ちゃんと会話したんですもの。すごく印象に残っています。私、夢の中で美津姫さまとはいつも会話出来ていないので、とても嬉しかったんです。
『あなたの方が、白いドレスを着て光の元へ行きなさい』って言ってくれて、私たちはお互いに譲り合っていたりして。黒いドレスは、光の元へはいけないっていうイメージで。
それから…しばらく一人ぼっちで私、やはり寂しくてうろうろと探しに行ったんです。
でも今思うと、似たような場所で、私がいつかかんしゃくを起こしていた気がするんです。それは夢なのか記憶なのかはっきりしないんですけれど。
私が叫んだ後に、鏡の向こうで倒れていた人がいるイメージがあって。今思えば、それが里津姫さまだったような気がしてきちゃいました。上手く説明できないんですけれど」
「うん、なるほど」
ラインハルトは、一瞬何かを思い出すような瞳をした。
「う~ん…。
あのさ、それは夏美がかんしゃくを起こしたせいとかじゃないと思うんだ。
僕が考えたことを言ってもいい?
たぶん、夏美が見た夢こそは、美津姫のイメージしたことなんだ。もしかしたら、美津姫の記憶の一部、みたいな気がしている。夏美に伝えたかった記憶なのかもしれないね。
だからちょっと、聞いてくれるかい?
それがそのまま、ヒントになっているのかもしれない。
美津姫が亡くなる前に、僕とケンカみたいになったりしたことがある。辛い思い出だよ。
でも、彼女は最後まで宝珠や…劔を僕が受け取れるようにしてくれていたんだと思う」
「ええ、わかります。夢の中でたぶん、ライさんに渡して欲しいって何度も頼んでいる美津姫さまのイメージだけは、はっきり覚えているんです」
「うん、そうなんだね。
だから、それはきちんと事実の方も説明しなくてはならないと、僕も思う。
僕は、辛すぎたから、自分自身でその話を避けてきてしまったんだと思う。
美津姫は、『白鳥の湖』の話、けっこう好きだったんだ。
それから、美津姫は鏡を見るのが大好きだったんだ。
夏美は、鏡を怖がっているけれども、でも?」
「ええ、そうなんです。怖いけれども、もしかしたら、とても好きなんだと思います、本当は」
「美津姫も寂しがりやだったけれど、夏美も寂しかったんだね?」
「まぁ、そうですね。でも、それは。
最近になって、私だけじゃないのかもって思えるようになり、気持ちは落ち着いたんですけれど。ちょうど大人になるちょっと前が一番もやもやして一番辛い時期だったかもしれません。
ほんの小さい頃は、自分のことだけ考えていれば良かったのに、学校で交流していくうちに、考え方が違っていたり、意見が合わなかったりがあって。
私は説明も下手だし、伝わっていないかもと思うと凹んでしまっていたんです。みんなに合わせていないと、一人で悪目立ちしてしまったり。
ある日を境に、その凹んだことを押し隠して別人を演じてみるつもりで明るく振る舞ったら、表面上人間関係が上手くいって、私は{明るくて元気な}松本夏美になれてしまったんです。
そういう風に演技をしている方が気持ちが楽になってしまったけれど、それでもたまに演技している自分は、結局他人に嘘をついている自分、みたいに思って、しょんぼりしてみたり。
誰かに話しを聞いてうなづいて欲しくて、そういう時に一番手っ取り早いんでしょうね、鏡に話しかけていたりしてました。
痛くて辛い、みっともないところをわざわざ説明なんかしなくても、鏡の向こうの自分はうなづいてくれるんです。
一時、{もしかして自分は双子だったかも}ごっこをしていたと思うんです。
でもね、もともと私、そこまでシリアスな人間じゃないので、いつもいつも寂しくてたまらないという感じではなかったんだと思いたいんですけど」
「うん、そこが夏美のいいところだね。
僕や夏美が三面鏡で何かを見つけよう、誰かを探そうとしていたのは、良くわからないなりに誰かの助けを必要としていたのだし。寂しかったのかもしれない。
そして、美津姫もそうだったに違いない。
鏡に映る自分にきっと、双子の姉である里津姫は似ているだろう。自分よりもちょっと優秀で、自分を助け、導いてくれる身近で優しい姉という存在を探していたんだと思う」
「そうなんですね、すごくわかります」
「『白鳥の湖』の話に戻そうか。
お姫様の出てくる物語は、美津姫もとても気に入っていたんだ。そこは、やはり普通の少女のようだった。微笑ましいくらいにね。
日本では身体が弱くて外に出かけられていないし、姉やさん以外は、宮司様などの優秀な男の人ばかりがお側にいたので、日本の{かぐや姫}みたいな話を知っていても、洋風のものは知らなかったかもしれない、とても夢中になっていたよ」
「今は、シンデレラや白雪姫のお話も、みんな小さな頃から知っていますものね」
「バレエも一緒に見たよ。夢中になっている美津姫を見るのも嬉しくてね。
そういえば、あのバレエの演目は本来、一人で二役をこなしたりするものらしいね。
早着替えして、白鳥に変えられたお姫様の柔らかい踊りと、悪魔の娘としての溌溂とした踊りを披露する。プリンシパルというか、プリマドンナというか、第一位の実力の見せどころだ」
「私が、友人のバレエの発表会を見に行った時は、オデット姫とオディール姫は、別々にやっていたんです。だから、それが普通だと思っていました」
「夏美が演じるとしたら、どっちが嬉しい?」
「そう、そうなんですよ。
真凛さんとちょうどそんな話になったんです。
どっちが似合うかしらって。
私、実は白も黒も色としてはどちらも大好きなんですが。
でも、バレエ団にいるとしたら、みんな主役を目指すんじゃないですか。
あと、やはり悪役をやるよりは、正義の味方みたいな方が嬉しいです。たくさんの人に応援してもらえて、自分の正当性が満足するような役の方が。
でも、今回は私、ラテン系のダンスで黒い衣装を着ている時がすごく楽しいんです。
悪役になってもいいくらいに」
「ああ、マルセルが、めちゃ嬉しそうに褒めていたやつね(笑)」
「ええ、思いっきり私たちは連合軍ですから(笑)」
「なんか、僕はいつも夏美と同じ軍になれない運命なんだけど、なぁ。
すごく損している役回りな気がする」
「最後は、それを覆して、素晴らしいハッピーエンドですから♪」
「うん、そうならなかったら、僕は、遥に文句を言わなくちゃいけないじゃないか。
…思いっきり話がズレたけど、とりあえずこれは僕がちょっとこだわっていた{二者択一}の話に似ているなって思うんだ」
「あ、そういえば。白と黒が相反しているものですからね、誰が見てもわかりやすくなっていて」
「そう。そして、選択をする。王子様はどちらの姫を選ぶのでしょうかってやつ。
魔法の力で、王子様は惑わされる。そう、観客はドレスの色で見分けがついているから、はらはら見守るんだろうね。
ストーリー上、白鳥のオデット姫を選び取るのを運命づけられている。
白は善、被害者である正当なお姫様の方をね。
黒は悪、魔法使いが王子様をだますために化けさせられた魔法使いの娘がオディール姫だ。ある意味、オデット姫のまがいもの扱いだものね。
美津姫は、いつも王子様が選び間違えないようにと祈って見ていたんだよ。だけど、ある日美津姫は思い出してしまったんだ」
「記憶を無くされていたんですか?」
「うん、夏美が一番嫌だといったことだよ。僕のせいだ。
僕が神社に行って解決しなければならないとされていた問題は、美津姫の身体の中に宝珠が入ってしまったことだった。出会ったのは、その事件が起きた直後だったから、美津姫はとても状態が悪くてね、本人はそのまま死んでも構わないみたいに言っていたものだから。
僕が魔法で、記憶を封じ込めていたんだ。
美津姫の能力をスポイルするわけには行かないから、記憶を完全に消すわけにもいかない。ただ、美津姫が自分自身を見つめ直し始めると、自分で自分を害するかもしれないし、暫定的にね」
「ライさん…」
「ああ、何を言っても言い訳になるね。軽蔑されてもいいから、本当の話をするよ。
とりあえず、僕の城に移動した直後、しばらくは、幸せだった。ただ無邪気に僕や弟と仲良く遊び、本当に子供らしい子供に思えて。僕たちもまるで妹が出来たみたいで、つかの間の幸せを満喫していたよ。
さっきの夏美の話じゃないけれど、それは都合の良い嘘で、僕は兄のように演技をして。
日本の昔話にあるだろう?
天女の羽衣を取り上げて隠しておけば、自分と結婚してくれて側にいてくれて、っていうやつ。
彼女も辛いことを忘れ果てて、幸せでいてくれて。
寿命が延びて身体が成長し、安全に宝珠を美津姫の身体から取り外すことが出来れば、僕は一つ手がかりを得られるし、一歩進めるんだと思っていた」
「でも、美津姫さまは思い出していったのね?
気づかなかったの?
それとも、気づいても、美津姫さまに魔法をかけたり、かけ直したりはしなかったのね」
「彼女が記憶を取り戻しつつあるのは、僕も気がついてはいたけれど。
そして、それだからずいぶん僕は悩んだ。それも二者択一だね。
彼女の自主性とか自然の治癒力に任せる方が良いのか、彼女は、やはりとても繊細で、繊細過ぎるので、僕が勝手にフィルターみたいに取り除いたり、嫌なことをひっくるめて記憶を封印してしまうのと、どちらが良いのか、一つの賭けだった」
「そうなんですね」
「夏美だったら、先日聞いておいたから、たぶん僕は夏美の気持ちを尊重したいと思うけれど」
「はい、それでよろしくお願いします」
「うん、でも言い訳じゃないけれど、僕もやはり、何度も勝手なことをするのはどうなんだろうって思うから僕は迷ったんだ。本来の彼女の良さをつぶしてしまいたくもないし。
もしかしたら、大丈夫かもしれない、と僕は思った。
事件の直後ではなくなっていた頃だし、きっとそろそろ辛い思い出に直面しても大丈夫になったのかな、ちょっとずつ折り合うためにも、再度余計なことをせずに美津姫を論理的に説得し、サポートしようと思ったんだ」
「私は、その方が嬉しいと感じる人だから、ライさんが魔法をかけ直さなかったというのが良いような気がするけれど…」
「うん、そうだね。
でも、夏美もわかるでしょう?
それはそんなに簡単じゃない。
{そろそろ辛い思い出に直面しても大丈夫になったのか、どうか}も僕にはわからなかったし。
そんな時に、僕は魔法で記憶をいじったことすらも怖くて白状できなかった。美津姫の方が、そのことも気がついて疑っていたのかもしれないけれど、ただでさえ、他のことで恨まれていたから、それ以上信頼を失いたくなかったんだ」
「恨まれていたんですか?ええ、そうでしょうか?
違うと感じていたんですけれど。
だって、私の夢の中では、美津姫さまはずっとライさんのことをとても愛していたんです。それは、本当に間違いないって思うんです」
「うん、わかっている。それは本当に信じている。
弟のハインリヒと3人でいつも遊んでいたでしょう?
家は弟が継ぐことになっているから僕は、美津姫が弟を選んでくれればいい位に思っていたんだ。明るくておおらかで身体も頑健な弟とは相性も良いかなって思うくらいで。
でも、僕の持っているお札のおかげなのかもしれないけれど、美津姫は僕を好きになってくれていたし、僕のお嫁さんになってもいいと言ってくれたしね。僕も、すごく嬉しかったんだよ。側にいてくれるなら、日本に慌てて帰ろうとしないのなら、一番良いタイミングで宝珠を外してあげられる気がしたからね。
それで僕は、本当に物事が上手く行っている気がしていたんだけど。
美津姫がある日、『白鳥の湖』を見て、すごく泣いたんだ。もともと美津姫はとても繊細な子でね。泣いた後に、ひどい熱を出すことも多くて、僕は本当に困ってしまった。
だって、あんなに好きで見ていたお姫様と王子様の恋の物語だよ?
あんなに楽しそうに見ていたものに、なんでひどく泣くようになったか僕はわからなかった。なぐさめたり、他の話を強引に始めたりしてみたものの、泣くばかりでね。何が正解かわからなかった。
僕は弟しかいなくて、しかも色々な魔法のせいで、感受性の高い人なんかには悪影響を及ぼすことが多くて、コントロールしきれない子供の頃は、本当に他の子供に近づいてはならない位に隔離されて成長したからね。
僕は人間関係が苦手なのかも、って思ったりして。
美津姫くらいの能力者なら大丈夫だろうって思っていたけど、僕のせいかなとか悩んだり、おろおろしてね。
自分よりも大人の姉やさんを呼びに行ったりしてね。
うまく慰めてあげられないことが辛くて仕方なくてね」
「そうですね、おふたり共に辛いですね」
「うん、だから、夏美と普通にデート出来るのも嬉しかったし、たまに僕が怖くないかどうか、確かめてみたりするんだけど。夏美はすごいな、って思う」
「なんか、感受性なさそうに言われてる?」
「ううん、そうじゃない。そういうことじゃない、夏美もたぶん今にわかるよ。自分の素晴らしさが」
「素晴らしいのなら、嬉しいです♪」
「うん。
で、話を戻すと。
恨まれていたのは、美津姫が辛い時には眺めていた、《蛇の目》を彼女からどんなに頼まれても、渡したりしなかったことだ」
「え?でも…」
「そう、
美津姫は、鏡を見るのが好きで、そして、普通の鏡を見るのではなくて《蛇の目》を見るのが特に好きだったのだけれど、でも以前、説明したよね?」
「あ、そういえば《白蛇竜の宝珠》と、《蛇の目》は、別々に保管していなければいけないのでしたっけ?」
「そうなんだ。
以前も言ったけれども、《白蛇竜の宝珠》と、《蛇の目》は影響を与え合ってしまうから遠ざけなければならないという原則があった」
「美津姫さまは《白蛇竜の宝珠》を司る巫女姫さまですものね」
「うん、そう。そして僕が言うまでもなく、美津姫はそれを知っていたのだけれどね。
小さい頃はまだ霊力もあまり高くなかったから、何とかなっていたのだろう。禁じられていたのに、まれに蔵に入っては、《蛇の目》を取り出して見ていたのだそうだ。ただその時には、もちろん、両方を同時に手元に置いておいたわけじゃない。
ただ、わかるだろう?
美津姫の身体の中には《白蛇竜の宝珠》が入り込んでしまっているわけで、つまり美津姫が《蛇の目》を見ようとすれば、同時に側に置くことになってしまうんだ」
「そうなんですね」
「僕は、それだけは泣かれても、譲歩してあげられなかった。宮司様に、それだけは絶対にと頼まれていたからね。
美津姫はたまに《蛇の目》を『姉さま』と呼んでしまうほど、とても好きだったんだ」
「でも、それはライさんのやっていることは合っている気がするわ。
でも…美津姫さまの気持ちもすごくわかります」
「うん、宝珠を取り出すためとは言え、異国の城に来たんだ。宮司様は日本に残り、数名のお供を引き連れて、美津姫だけじゃなくて何人もの人がホームシックにかかっていたし。僕はまだまだ頼りないし。
僕も頑固でね、何か折り合える方法を考えたりすれば良かったのだけど。僕は今よりももっと人格が出来上がっていなくて、可哀想だからこそ、僕もついいらいら、おたおたしていたんだね。
まず、何とか泣いている理由を聞いたら、
『黒鳥のオディール姫のように、もし双子でいたとしても自分が悪い方だ』と言ったりするんだ。
僕は最初は、美津姫の身体に宝珠が入り込んでしまった事件のことも、さほど気にしていなかったから、美津姫の本当の辛さがわかっていなかった。
だから、もう、美津姫の言葉を全部否定していた。そして、事件のことを聞いた後も、どこかで彼女の自責の念のことはすごく理解できるのに、僕は彼女を慰めたくて、それも全部論破することに躍起になった。
美津姫は…。僕に
『あなたは何もわかっていない!
姉さまならきっとわかってくれるのに!』
と言ったんだ。僕は、正当性やら、法の論理の話ばかりしていた。僕は自分が論理の話が好きで、自分が落ち着くから、美津姫も『そうね』って納得する時が来るのではないかなと思っていたし。
でも、『姉さまの方がいい!』って言われるのは本当に辛かった。
『私なんかじゃなくて、姉さまが普通に生まれて来てくれて、光の下で成長すれば、もっともっと素敵な巫女姫さまになれたかもしれないし、あんな事件は起こさなかったわ!』
辛すぎて、僕が論破されそうな位でね。こんなに可愛くて優秀なお姫さまがどうして、自分なんかって言うんだろうということと、僕が、鏡の中の幻より慰める役に立っていない感じが、どうにも許せなくて、で、よせばいいのに思いついたことを言ってしまい、余計に傷つけたんだ」
「…なんて言ったの?」
「ベターハーフっぽい発想だったんだよ。
僕は言ったんだ。
『いや、そんなことはないよ』って。
『白鳥の湖で例えるならね、美津姫がオデット姫で、鏡の中にいる姉上様がオディール姫なんじゃないか。
やっぱり美津姫が生まれてきた方が、ずっと良かったんだ。
そうだよ、もしかしたら、鏡の中にいる里津姫さまが事件の原因かもしれないよ?』って。
ひどいね。相当ひどいことを言った」
「そうね…。ショックだったんでしょうね。ライさんには悪いけれど、私もなんとなくわかる。
私が{もしかして自分は双子だったかも}ごっこをしている時、たぶんその中にいる自分に似た誰かの方が良いもののような気がするの、それがある意味、どこか希望なんだわ、自己嫌悪している時は」
「うん、でも逆もないかい。
自分の良い方と悪い方を半分に切って、まぁ悪い方を切り落とすだろう?それを鏡の中に封じ込めていさえすれば、自分は良い方になっていられるような気がしない?」
「ああ、そうか、なるほど~。確かにそういう考え方もあるわね」
「うん、{神さまの元にいくなら、悪いものを切り落としていかなければなりません}って教わるんだよね、僕たちは」
「ええ、知っています。腕が悪いことをしたら、腕を切り落とす。そうしたら天国に行ける、みたいなことでしょう?」
「うん、だいたい何でも、きちんと悪い方を切っていけば、良いものになっていくようにね、話は短絡的にまとまっていくんだよ」
「でもね、心の拠り所にしていたお姉さまの方が悪いって言われても、納得できないし、辛い気持ちが収まらないように思います」
「うん、それは今の僕もそう思う。
ひどいことばかり言っていたよね。
でもね、僕も必死だったんだ。
もしも夏美が僕の立場だったら、どうすれば良かったか、なんて言えば良かったか、わかる?
僕は、誰でもいいから、心から頭を下げて教えてもらいたいと思う。
僕は、美津姫に本当の望みは何かって聞いたんだ。
それで、絶望したんだよ。何をどうすればいいか、混乱するくらいに。
美津姫は、『罪を償うために、早くこの世界から消えたい』って僕に言ったんだ。
それで、事件がね、僕から見れば、不幸な事故でしかないようなことがね。
彼女が心の負担を感じていて、どうにも消えないみたいな感じがしてね。
僕は、美津姫のせいじゃないってことにしたかっただけなんだ。
そんなに辛い思いをしている人を、引き留めたくてたまらないのに。
何をどう言えばいいのか、
どうしたら、その人を助けてあげられるのか、
心の平安を取り戻してあげるために何をすればいいのか、
本当に全然、理解できないんだよ」