101 《万物を愛し》 (5)
タロット占いの『二者択一の展開法』……?
「いえ、全然。私は、占いの方法は一つも知らないわ。
ただカードを眺めているだけのファンなの」
「じゃ、簡単に説明するね。
それはね、選択肢A、Bの未来運を2つ提示してもらえる占いなんだ。つまり、選択肢AかBか、どちらにするか迷っている時などに用いられる占いなんだよ。
あまり両者の差が出ない時もあるけれど、『Aを選んだら大吉で、Bは凶ですね』とか教えてもらえるんだ。
例えば、ハードボイルド小説なんかで出てくる場面で『女か虎か』みたいな選択を迫られるのは知っている?」
「ええ、良いものと悪いものを入れておいた2つの箱のどちらの扉を開けるか選べ、みたいな話よね?」
「そう、扉を開けるという選択をする前に、もしもその箱の中身がわかるといいなって思うでしょう。
そんなことをかなえる占いとイメージしてくれればいいかな」
「すごく便利ね。
先に両方の未来を知ることができれば、選択する時に決断しやすい気がするわ」
「そう思うだろう?
先日も、先にそんな占いをしておけば良かったわ、ってつい思ったりしない?」
「そうよ、今本当にそう思ったわ。
そんなことを知っていたら、先に占ってもらいたかったかも♪」
「ま、そうだよね。
じゃ、もしも占って、どちらかが著しく悪い結果が出たとする。僕に協力するのか、拒絶するのか、どちらか片方が大凶で出たとするならば。
夏美はどうしたと思う?」
「ええと……どちらかが大凶だった設定?」
話が余計にややこしくなった気がする。
「もしかして、{ライさんと協力し合う方が大凶}なのか、{拒絶する方が大凶}なのか、の2通りのパターンを考えてみてって、今そう言っている?」
「うふふ、その通り」
ラインハルトは、優しく微笑んだ。
「夏美がその2通りを想像して悩んでくれる人で、嬉しいよ。
どちらに大凶が出た方が良かった?」
「う~~~ん」
困った。そんなに急に答えなんて出ないかも…。
「だって。今となっては、選択し終わっているわけだし。大凶は、選ばなかった方の{拒絶する}に出ておいて欲しかったって思っちゃうんだけど。
それでね。
私が選択しなかった方が『実は大凶だった』というのが解れば、私は安心するんだけど……。
あ、そうか!
今私の質問したい話って、それにとても近いわね」
「うん、僕はそう思えたから、この話を入れてみたんだ」
「あ~。やっぱり私の話、今さら意味がないよってことを言いたいの?」
「ううん、そうじゃない。僕も夏美も、意味がないかもしれない話、けっこう好きかも、でしょ?(笑)
とりあえず、僕は好きだよ。
僕は、夏美を励ましたいんだ。
夏美が選択し終わったことは事実だし、とりあえず僕の望む方を選んでくれた。
僕は、まぁ、すごく嬉しい結果だよ。
ただ夏美の方はどうなんだろう?って僕も思うんだ。
巻き込まれただけで、夏美はどちらの結果もそれほど望んでいなかった、それこそどっちを選択しても良かったわけだ。
善蔵の話によれば、宝物を全部龍神様にお返しすることがミッションらしいし、龍神様から怒られないように注意すればいい。まぁ、それも大事だと思うけど。
僕みたいに{宝物を借りてきなさい}ミッションを背負わされていたら、選択の余地がない。だけど、僕のミッションに関しては、夏美はどちらも選べる立場だから、迷う余地も出てきたわけだよ。
選択権がある、迷うことがあるというのは、選択権が無い状態よりはずっと良いって僕は思う。
それで、夏美が今迷い始めたのも、僕は別に悪いとは思わない。今になって本当にそれで良かったのかな、他の人や自分に将来的に損害を及ぼすなら嫌だなということを考える余裕が出てきたのかもしれないと思うと」
「そうなのかなぁ、、余裕なんて感じられないけれど」
「うん、そこのところを僕が決めつけてはいけないね。
だんだん不安になってきて、自分の選んだ答えの方が良かったのか答え合わせをしたい。そういうことなのかな?って思ったんだけど」
「ええ、そうね。
それは、本当にそうなんだわ。答え合わせがしたいのかも。
結婚のことはみんなにたくさん祝福されてすごく嬉しいのに、ね。不思議な話の方は、これからどうなるのか不安だから、自分の選んだ答えの方が良く出来たとか、合格ですとか言ってもらいたいって思うけど、そのお話を出来る人が限られているし…。
聞いてくれてありがとう。煩わしいわよね?」
「いや、煩わしいってことは全然ないよ。2人でやっていこうとしていることじゃないか。
僕だっていつも迷うし、迷い過ぎるし、だから、夏美の迷いだって尊重したいんだ。僕が一つアドバイスをさせてもらったら、不安解消に役に立つかなって思ったんだ。
それでね、また占いの話に戻していい?」
「ええ、もちろん。
少し気持ちが明るくなってきたし」
「それは良かった。
ねぇ、さっきの話に戻るよ。
夏美は、やはり選択前に『二者択一の占い』をしたかったと今も考える?」
「ええ、もちろん。だって情報は多い方が良いでしょう?
ライさんだっていつも出来るだけの準備をするって言っているじゃない」
ラインハルトは、嬉しそうにうなづいた。
「うん、確かに。それが僕のポリシーだけど。
でも準備をし過ぎて、というか情報が多すぎて迷うってこともあるじゃない。
迷うだけならまだしも、ミスリードされるというか。思ってもいない方向に連れて行かれそうになる危うさ、とか。例えばね。
あの『女か虎か』みたいな選択を迫られる設定の面白さは、ただの二者択一の分岐だけじゃない。
ミスリードの危険が潜んでいる、つまり。
主人公がいざ選ぼうという時に、他人から惑わせられたりする要素があるからこそ、面白いんだよ」
「ええ、たまに誰かがこっそり教えてくれたりするのよね。『Aの方がいいですよ』とか。
教えてくれる人は本当に良い人で、お勧めの方(女)をすなおに指し示したつもりでも、受け取る側が注意する方(虎)を教えてくれたに違いないって誤解したりもするでしょうし。
もしかしたら、その教えてくれる誰かの悪い噂を聞いてしまっていて、自分は騙されているのかも、わざとミスリードされてるかもなんて深読みをし始めるとか、色々なバリエーションがあるのよね」
「そう、読者も主人公と共に『どっちが正解なんだ~~?!』ってやきもきさせられると、面白いよね」
「それがどうしたの?」
「『二者択一の占い』をしてもらったら、かえって動揺するってことはない?」
「私は、占いって結果をただ受け止めるのかなって思うんだけど」
「うん、普通はそれでいいんだ。素直に受け止めるのが一番いい。でも、シチュエーションは似ているんだ。占いの結果を聞くと、心が揺すぶられるんだ。決断する前に、自分の心以外から、{そう、それがお勧めですよ}もしくは{それは大凶だからやめた方がいい}って聞くことになる。
ここ、似ていると思わない?
夏美は覚えてる?
さっき、僕の質問に一瞬迷ったでしょう?
{僕と協力し合う方が大凶なのか、拒絶する方が大凶なのかの2通りの可能性があるけれど、大凶が出るとしたら、どちらに大凶が出た方が良かった?}ってやつ」
「ええ、迷ったわ。そうね、選択が終わった後も動揺する位だから。選択の前だったら、ええ、かなり動揺したでしょうね。私、踏ん切りがつかなくて確認ばかりしていたものね」
「あ、確認を何度もしていたから、僕は感心していたんだよ、そこは。
本当に僕や善蔵の話をきちんと聞いてくれて、より良い選択をしようという夏美のエネルギーを感じていた」
「評価してくれて嬉しいけど。
そうね、悪い占い結果なんて出ていてくよくよしていたら、もう咄嗟に大凶じゃないという方を選んでいたかも(笑)
本当は、それを選ぶはずじゃなかったというのに、本心と違う選択をしてしまうこともある。そういうことを言いたいのね?」
「そう。自分の心から出てきた選択や決断じゃなくて、誰かが指さして教えてくれたことを信じる、信じないにすり替わってしまうことになりかねない」
「それは、ちょっと、そうね、怖いわね。
私、自分に自信がないから、ふだんからくよくよ迷うし、良い人に見られたいとかという理由で選ぶこともあるから。もう、{当たる占い}ですよとか言われると、自分を簡単に裏切るわよ」
「うん。怖いだろう?
僕の故郷では安易に『二者択一の占い』をすることが出来ないんだ。
古風な暮らしをしているし、良く当たる占い師ばかりだし、占いは尊重されている。でもね、だからこそ厳しい規定があるらしい。
特に『二者択一の占い』は、望んでもなかなかやってもらえないらしい。未来の神託を両方聞いても動揺しない資質が必要なんだよ。
たとえ『Aは大凶』と聞かされても、必要があればやはりAを選択できる資質というのがね」
「…う~ん、占い師さんだけじゃなくて、占ってもらう人にも資質がいるってこと?」
「うん。日本では、簡単な占いが盛んみたいで、代償なんて払わなくていいみたいだね。でも、うちはクラシカル過ぎるのかな、神託ということで厳しいんだ」
「どうして、資質が必要なの?」
「それはね、そう、ここが言いたかったんだ。
なぜかと言えば、選択後でもくよくよ悩んで答え合わせをしたくなる人が多いからなんだって。
本当はAに行こうと思っていたのに、占いの結果に左右されてAを選択しなかったとする。それは自分で決めた選択のはずで、それで大凶を回避したつもりでいたとする。占い師を信じて、良いと教えられた方を選択したんだ。
そして、それは最終的に自分の決断だ、と言い切れる人とそうじゃない人がいる。
やはり決断後も迷う気持ちは残っていて、安心していない人がいるんだ。だから、そんな人はいやな思いをちょっとでもすると、答え合わせをしたりして、またくよくよするタネになるんだって」
「なるほど、ライさん。すごく、良くわかる。
今の私、思いっきりそれに近いわ。
{あの時、ああしていれば良かったのかなぁ~。どっちだったのかなぁ~。私、間違った方を掴んじゃったのかなぁ}でしょ。
グサグサ刺さってきた」
「うん、わかる。ごめん、グサグサ刺したんなら。
実は僕もそうなんだよ。
僕にもブーメランが戻ってきたよ。僕も一緒にグサグサ刺さっているから(笑)。
しつこいし、そういう選択とか可能性とか考えるのが好きでもあるから、しょっちゅう『もうどうにもなりませんよ、』って言われても、ぐじぐじしているんだ(笑)。情けないよね。
とにかくさ、それでも。迷うって、基本的に悪いことじゃないんだよ。一生懸命に考えているからこそなんだ。
本当のところ、今僕は夏美に{大吉だったよ}って言ってあげたい。良い答え合わせをしてあげたい。
僕が適任だったらね?
だけど、運勢なんて自分たちだけの力でどうこう出来ないはずでしょう?
だから、簡単に答え合わせを出来るわけじゃないし、あまり占い結果に頼ってもいけない。
占ってもらうにしろ、自分を保てていける、それこそ『自分自身を知れ』ということを大切にしなくちゃいけないんだってさ」
「そうね、私、たぶんくよくよする方の人間だわ。
確かに選択前に、望んでいる方を大凶って言われたらショックでおどおどして、望まない方を選んでしまうかもしれないわ。それで裏目に出たら、自分のことは棚に上げて占いを恨むかもね。
私は、誰かに後から答え合わせをしてもらって『正解ですよ』って甘やかされたいだけなのかも」
「夏美は、もう僕の協力者になってくれることを選んだんだからね。たとえそれが、消去法で選んだのだとしても僕は嬉しかったし、僕が出来るだけ頑張って裏目に出ないようにしたい。
今は、僕の都合の良い方に事が運んでいるからとても機嫌が良いし、『正解ですよ』って甘やかしてあげるよ。
それでどう?
そして本題に戻ろうか。
今の話を聞いた上でも、さっきの質問の答えが聞きたい?」
夏美はうなづいた。
「ええ、そうね。たくさん甘やかして欲しいわ。
やっぱり聞きたいの。だめ?」
「僕の答えで、なんか動揺したりしない?」
「う~ん、動揺しないとは言えないわ。だって…」
夏美は、口をつぐんだ。
だって、大切な人の言葉は、占い師さんの言葉よりも重いわよ?
ラインハルトは、なんとなくあいまいにうなづいた。
「うん、聞く前にはわからないことだよね、そんなこと。
じゃ、やはりかの有名な僕の{カード理論}を使おう♪
夏美の質問に対して、僕が1枚カードをめくって答えたいと思う。
それでいいね?
僕がミスリードする悪役だったら、どうする気なんだろう?
嘘をつくか、保留か、カードは果たして本物なのか?
また、新たに悩ませたくはないんだけどね?」