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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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100 《万物を愛し》 (4)


 真凛の運転する車の中で助手席に座って、真凛とのんびり雑談をしている時が今の自分にとっては一番、リラックスできて幸せかもしれないと夏美は感じている。最近はパーティの話ばかりしていて、打ち合わせみたいになっているけど、それも含めて楽しい。

 今日は、ラインハルトの館に向かう前に真凛と一緒に衣裳のドレスを試着してきたので2人共いつもよりテンションが高いかも(笑)。

 劇で着る衣裳の仮縫いが順番に出来上がってきて、補正が必要かどうかの試着をしに行ったのだ。わくわくする反面、採寸時より体型が悪い方へ変化していないか、気になっていたところだけど。

 それでも楽しかった。

 今日のドレスは、真凛と同タイプの衣裳である。

 劇のオープニングは、真凛、遥、瑞季と自分の4名で群舞という設定なので、同じデザインで色違いのドレスで踊るのだ。それぞれ青色系、黄色系、赤色系、緑色系で淡色を基調としているが、濃色に変化するグラデーションが美しいドレスになっている。


「真凛さんは、ちょっと痩せられたんですか?

 さっき『ウェスト部分を補正して細くした方がいいですね』と言われていて、ちょっと羨ましかったです♪」 

「あはは、夏美は自分から『ウェストはもう少し緩めたい』って言ってただけじゃないの」

「いえいえ、もうあぶなかったんです。私、昔から夏痩せと無縁の人なんで……肥ったかもしれないし。秋には美味しいものがいっぱい食べられるし、ゆとりが必要です♪」

「実はね、種明かしをすると、私最初の試着の時に仕事で行けなくて、花梨に行ってもらっていたんだ~」

「ええ~?そうなんですか?」


 そういえば双子だったし、くるんくるんさせているパーマ髪のせいで花梨の方がちょっとぽっちゃりしているかなと思うけれども、体型は良く似ているのだ。

「内緒ね♪

 バレたら製作の人に怒られちゃうわね、わざわざオーダーメイドにしてくれているのに」

「はい、全然バレなかったんですか?

 いくら双子でも髪型とか全然違うのに」

「その日は、花梨はひっつめ髪でくくって仕事に行った帰りだったから(笑)」

「なるほど~」

「うふふ~♪

 私の方がウェストは2cm細いんだよ~って、後で自慢してやろうっと♪」

「私がいたら、見分けられたかも。ふだんのファッションだって全然違いますし」

「そう、それは嬉しいわ。夏美には私たちの個性をちゃんと見てもらっているみたいで。

 でもね、一卵性双生児だから、本気になれば意外と騙せるのよ。

 ほらほら、一度脚本を『白鳥の湖』設定に、遥が寄せたでしょう?

 あれだって、夏美がやるより、私と花梨がやる方が早いって言われたでしょう?

 やめておいて良かったのよ」


 そうなのだ。

 ライさんが遥の提案を聞いて

『主役は僕と夏美なんだし、もともと夏美は{化けてる}という要素が別に入ってしまっている劇だから、余計にややこしいことになるんじゃない?

 それに似ている2名とか対のドレスってなると、真凛と花梨に代わってもらいたい感じかも。

 あと、夏美に2役させるとさらに出番が増えちゃうよ。それから、あの話の王子様の{好きな人を見分けられないエピソード}ってなんか悲しくない?

 僕は、やっぱり遥が最初に書いてくれたシンデレラっぽい脚本の方が断然好きだけどなぁ』

と珍しいくらいたくさんの文句をつけて却下してしまったのだった。

 遥には悪いけど、却下してくれて良かったと思っている。

 同じデザインの白いドレス(オデット姫ver.)と黒いドレス(オディール姫ver.)まで着て早変わり、なんてとうてい自分には無理だと思う。あと、アサシンっぽい役の方が私も断然好きだから(笑)。


「白いドレスと黒いドレスがあったとしたら、私と花梨、どっちがどっちを着ると思う?」

「あ、そうですね」

と言いかけて、さっきから心がチクチクする原因がわかった。

 似たような話を夢で見たのを思い出してしまっている。

 ライさんが却下してくれて、本当に良かったかもしれない。

「花梨さんの方がふだんほわほわ~♪で、真凛さんがしなやか~♪な感じなので。

 真凛さんが悪役ということじゃないけれど、やはり花梨さんが白で真凛さんが黒の方が似合うかもしれませんね」

「やっぱりそうよね。9割以上の人がそう言ってくれると思う。

 私も、白より黒が好きだし。

 だから、私たち自身で普段からそういうイメージを作り出してきてしまっているところもあるわね。

 お揃いを着るような時は、ふだんから私が黒や青を選びがちなの。花梨が明るめだったりパステルカラーが多いわ。それで、花梨はいつも『膨張色を私が着てあげているだけよ』って言ってたけど。

 うふふ~、2cmの差があったわ♪」

「真凛さん、ちなみに私はどっちが似合うと思います?」

「それは迷うなぁ。だって夏美は両方、似合うわよ?

 今回もデザインは違うけど、黒系と白系の衣装があったでしょう?

 どっちも素敵だったわ。さっきの緑色系もね、とても爽やかで良かったわ。この後も試着やお直しがちょくちょく入るらしいけど、一緒に行きましょうね!

 遥とラインハルト様の気持ちがすごくわかるわ、夏美に色々と着せてみたがって、最後なんだかんだ衣裳が増えたよね~」

「そうなんですよ、遥に囚人服まで作るとか言われて、とても嬉しいんですけれど。

 出番も多いので着替える時間がバタバタになりそうじゃないですか。今から心配なんです。舞台裏でがばって脱ぐのかなぁと思うと、、、」

「そんなこと言ったら、舞台裏のスタッフが増えそうだわ(笑)。

 大丈夫、遥がちゃんと先回りして考えておいてくれたわ。夏美の衣裳部屋みたいなスペースを作って、そこに全衣裳つるすって言ってたわよ。

 舞台裏の通路を走って全員の衣裳部屋に戻っていく時間がもったいないからって」

「良かった~、さすが遥だわ」

「ええ、しかも大きめのスペースに作ってくれるらしいから、お邪魔しに行くね。女性陣の出し物の、ミニスカ衣裳もこっそり混ぜてつるしておくらしいから、ラインハルト様も入れない秘密基地ね!

 手の空いた女性陣は、そこに押しかけて着替えとメイク直しを手伝うから」

「わぁい、楽しみにしています」


 


 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




「はい、ほとんど完成形ですね、」

と姫野が笑顔を見せながら手を叩いてくれたので、夏美は慌てて我にかえり、笑顔を取り繕った。

「あ、ありがとうございます」

「……うん、良いと思うよ。

 真凛が用事で抜けちゃったから、僕たちは待つ間にちょっと休憩しようか?」

「それがよろしいようですね」

と姫野が小間使いさんを振り返った。それだけで、

「かしこまりました」とすぐに知らせるためのベルを鳴らし、準備を手伝うためなのかそのまま彼女も退出していった。そのきびきびとした後ろ姿を眺めている感じのまま、夏美はぼうっとしていた。


 今朝までは話をしたいと痛烈に感じていたというのに、いざライさんを目の前にしてまた自分はくよくよ悩み始めていて、夏美は無意識にため息をついてしまった。


「夏美、疲れてるみたいだね、今の曲の最後はちょっと気もそぞろだった。まぁ、以前からたまに考え事してしまう癖があるけれど、集中しないと怪我につながるよ?危ないからね」

「ごめんなさい…」

「ラインハルト様は厳し過ぎますよ?」

「いえ、姫野さん。本当です、私つい考え事をする癖があって……」

「まぁ、うん、ちゃんと出来ているからね。とりあえず夏美、座ろうよ、ね?」


 ラインハルトはそんな時でも、基本優しい。そして礼儀正しい。

 手をとって、休憩させようとしてくれるのだ。きちんとそつなく壁際のソファーに座らせてくれる。姫野は何かを察したのか、音源システムの方に行ってしまった。


「何か気になっているの?」

「ええ、ちょっと」

「何?聞くよ?」

と言ってくれるラインハルトの笑顔に、さらに言いよどんでしまう。

 この笑顔を曇らせたくない、って思うからかもしれない。

 いくら聞きたいことがあっても、ライさんの心のどこかをひっかくような感じの話はしたくない。でも、私の我慢も限界みたいなんだけど。


 先日のライさんの表情が、忘れられないのだ。

 水晶玉の中の劔が見えなかった時の、あの血を吐くような絶望したあの表情。まるで誰にも守られていないような傷ついた心が、あの時剝き出しになったのを見てしまったかのようで。ライさんも自分以外には見せたくないと思ったのか、慌てて顔の表情を作ったみたいだった。それですぐに自分も、ほぼ気づかなかったかのような表情を作ったように思う。

 

 ああ、ライさんは、独りで一族の悲願を背負おうとして、無理をしてきたんだ。

 ライさんも繊細なところがあるんだ。

 そう、痛感した。多くの人に取り囲まれてみんなに微笑みながらも、どこかで孤独を抱えているみたいな。どうしたら、ライさんの心を守れるのだろう…。

 癒せる力が自分にあるのなら、そっと手を差し伸べてみたい。

 でもうっかり、本人が隠し通したいくらいの痛い傷痕を触って、さらに傷口を開こうとしてしまったら、と躊躇する自分がいる。自分だって、そんなことをされたくないもの。

 それでも。

 正式に婚約をする前なのに、確かめたいことを放置すると、今度は自分で自分すら信じられないような気がする。きっと、後悔するでしょうね……。

 そんな矛盾するような自分の気持ちが代わりばんこに頭をもたげ、ずっとその繰り返しなのだ。


 結局、私って何かのベルトコンベヤーに載せられたまま、流されていくだけの薄っぺらい人間じゃないかしらとくよくよ思い始めかけて……。

 だけど……。


「はい、今日はミルクティーがいい?レモン?

 コーヒーの用意もあるけれど?

 どう?」

「え?

 あ、またぼうっとしていてごめんなさい、」

 夏美が我に返ると、にこにことラインハルトが紅茶のポットを持っている。

 あれ?今、2人だけなのかしらと思い、夏美が早口で

「あのね、ちゃんとお話をしたいのよ、内緒の、あの話よ?」

と言いかけた時は、どうやらタイミングが悪すぎたみたいだ。

 背後にケーキとお菓子のワゴンを押した小間使いさんが向かってきていた。

 ラインハルトが一瞬、眉をひそめそうになり

「しっ。うん、ごめん、ちょっと待って」

と小声で夏美に言うと、今度はとても良い笑顔で

「ありがとう、ここからは僕に任せてくれる?」

と小間使いさんに言って、ラインハルトが立ち上がった。

「は?さようでございますか?

 ご主人様が何でもなさってくださいますので、こちらはありがたいですが……」

「うん、僕が夏美のケーキセットを作ってあげたくてね」

「では、お願いいたします。厨房にはまだまだご用意してございますので、どうぞお申し付けくださいませ」

とにこやかに下がっていく。その前に夏美の方に、お幸せでございますねというような笑顔を見せていったので、夏美も笑顔でちょこっとうなづいてみせた。


「ごめんね、夏美。ややこしい話はさ、2人の時にするからね」

「ええ、ごめんなさい」

「あ、いや、僕こそ遮ってごめん」

と、優しく微笑みかける。それから

「夏美も、自重してくれてるのはわかってる。感謝してるんだよ?

 あと、僕の家に慣れようとしてくれて、緊張しているのもなんとなくわかる。

 僕も協力してサポートするから、今から頑張りすぎないでいいから?ね?

 だけど、あの話は2人だけの時に話そう。マルセルや姫野はまだ大丈夫だけど。

 範囲を広げない方がいいと思うんだ。

 常識的に考えたら絶対に変てこりんな話なんだよ?

 無駄に、みんなを巻き込みたくないだろう?」

と、真面目な顔をして言うのだ。

「ええ、そうね……」

 それはわかる。そして、どんどん忙しくなってきて、なかなか意外と2人きりになれない、のだけど。

 ずっと、大切なことを話していない気がする。いえ、気がする、じゃない、実際にそうなんですってば。


「何か気になっていることがあるんだね?

 ここでみんなを人払いしてもいいけれど。

 もう少しだけ練習して、そうだな…。

 後で少し庭に出て散歩をしようか?

 また、あの水場に2人だけで行こうよ。ね?」

と取りなしてくれる。夏美はほっとした。あの水場でならリラックスして話ができるかも。

「ライさん、ありがとう。

 ごめんなさい、先週もあまり会えなかったし」

「うん、僕自身も出張に出かけていたしね。

 あと、僕自身をメンテナンスしていたこともあったし、いろいろ仕事も押していたし」

「相変わらず、お忙しいみたいね」

「うん、公私ともにね。関わってくれている関係者さんが多いし、自分のためのパーティに本国から来てくれる人とも打ち合わせているからね」

といったん言葉を切って、周囲に人がいないのを確認したようだ。


「あ、今一つくらいなら答えられるよ?

 長くなりそうなら、ちょっと後にしてもらうけれども。

 でも、後できちんと時間を取るからね?」

「ええ、ありがとう、じゃ1個だけ。

 一番聞きたかったのは、えーと。

 そもそもよ、私がもしも、ライさんの協力者にならず、水晶玉を渡すのを拒んだら、あの時どうするつもりだったの?」

「う~ん?ん?」

とラインハルトは、ちょっと怪訝な顔をする。

「ごめん、そこからとは思わなくて。何か話を覆したいことがあるの?」

 夏美は、一生懸命に首を横に振った。

「違うの、全然、そうじゃないの」

「ええと、僕の理解のために、整理してみていいかな。

 大事な選択をする分岐点があったよね。

 例えばAかBかに進むか聞いたんだ、僕は。

 夏美が選択したAに進んでから、{仮定の話としてBに進んでいたとしたら、僕がどう行動したのか?}ってことを知りたいってこと?」

「あ、うん、そうです」

「ええと、確認なんだけど。この時点で、再度選択をやり直したいとか?Bに変更したい、みたいなわけでもなくて」

 夏美は、うなづいた。

「う~ん、なるほど~……」

 確かに、今こんな話をして何になるのかって思われるわよね。

「あのね、ごめんなさい、気を悪くしないでね。

 今そうやってライさんが理路整然と言ってくれると、私の質問が変だなと思います。

 選択をやり直す意図があるわけじゃないから、話すメリットなんてなさそうだけど。

 でもね、話のための話みたいだねって聞いて欲しいの。

 今、私のメンタルが正直、ちょっとおかしいの。なにか違和感があって…自信が無くなってきたような感じなの。進みたいって思ったり、ブレーキを踏みたいって思ったりしているみたいな。瑞季たちには『マリッジブルー』って言われてしまっているけれど。

 ライさんとたくさん話して、安心したいって気持ちなの。

 ただ、現実的なビジネス的な打ち合わせのための話じゃなくて。

 いっそ無駄な雑談でもいいから、ライさんと普通にリラックスして話をしたいって思うの」

「うん、なんとなくわかるよ。

 ビジネスの時にそういう風に言われる時は、覆す意図か重大な問題か何かがあるんだけど。

 ついつい、選択とか決断とか言いすぎたね。

 僕は結婚もある意味、契約だねとか考えてしまうんだ。無粋と言えば無粋だけどね。ついつい、論理をきちんと積み上げていきたいっていう感じになる。

 確かに、パーティや婚約式の行事を滞りなく行うのは、夏美と僕が幸せになるためなんだから。打ち合わせばかりじゃ息が詰まるよね。雑談、全然大歓迎だよ?

 僕より夏美の方が、環境ががらっと変わるだろうし、夏美の違和感と不安を取り除くための協力はしたいな。

 だから、そうだね、僕からもちょっとそれに関して無駄話の範囲を広げていい?

 夏美の聞きたいことにはちゃんと答えるけど、今一つ思いついてしまったことを雑談に混ぜていいかな?

 結論というか、答えが後回しになっちゃうけれど」

 夏美は、ようやくあの全然、結論に戻って来られないような話を2人で繰り広げた楽しい時間を思い出せて、笑顔になった。

「ええ、もちろん大歓迎よ。ライさんの回り道、とても参考になるもの。

 私、ライさんと一緒に話を色々混ぜ込んで話すのに飢えていたかもしれないわ」

 ラインハルトが得意げににやっと笑ったので、夏美はさらに嬉しくなった。

「良かった。そういうリクエストなら、僕も相当嬉しい。

 まぁ、関係ないことを僕たちはいつもぶっこんで、迷走する話が好きな同士って相性が良いって思わないかい?

 ああ、またあの博物館でデートしたいね♪」

「ええ、また一緒にお弁当を食べてうろうろしましょうね」 

「後でまた、本題に戻すつもりでいるからかいつまんで言うよ?

 夏美はタロット占いの『二者択一の展開法(スプレッド)』って言うのを知っている?」

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