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理解不能の、弱い蒼  作者: 倉木 碧
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98 《万物を愛し》 (2)


 夏美の家では、朝から慌ただしく来客を迎える準備をしていた。

 母の真琴は、とりあえず、お昼の食事の下ごしらえを無事に終えたので鼻歌まじりだ。


 こんな日がやってきちゃったか、ついに♪

 夏美ったら、もう~♪


 一週間前に

「結婚を前提にしてお付き合いしている人がいるので、そのう、、、家族のみんなの都合の良い日でなるべく早い時期にご挨拶したいと、ええと」

と夏美は、真っ赤になって言葉につまり、小さく息を吐いてから続きを言った。

「か、彼がね、そう言うので。みんなには休日をつぶさせて申し訳ないんだけど」

 そういえばこの子、今まで『彼』という単語を使ったことがなかったよなぁ。学生時代もたまにBFが出来たりしても、すぐにダメになって落ち込んでいただけだったし。


 ついうっかり母娘(おやこ)で喜び過ぎて、早めのスケジュールを設定してしまったのだが、そこから地獄の日々が始まってしまった。{片付けられない女}の元祖は自分、継承者は夏美だと2人共知っていたはずなのに・・・。

 旦那の幸人は国内出張中で

「次の日曜日には、のんびり家にいるはずだよ。土曜日の朝には帰れるんだし」

とすぐに良い返事をしてくれたので、とんとん拍子に話が進んだのがいけない。

 良く考えてみたら、家族の中で唯一整理整頓方面に才能を発揮してくれる幸人が不在なのだ。自分たちは全然気にならないが、他人を招き入れられる家かどうかと考えると、とうてい自信がないレベルだった。

「そういえば、俺の行く友人宅は、もっと整っているんだけど?」

と高校生の隼人に言われたので、いよいよ青ざめた。


 夏美の方はと言えば、2日前の休日には母と相談しながら大掃除をしていたのだが、気持ちが負けそうになってきた。この際自分の部屋も含めて本格的に片付けたいと野望を抱いてすぐ挫折した。

 ラインハルトが電話してきても、その日はそっけないくらいになってしまった。とてもじゃないけれど、デートや電話よりも、まず大掃除、なのである。もちろん、大掃除が好きなわけではない。大掃除する羽目になるくらいなら、結婚なんてもっと先延ばしにしておけば、と喉元まで出かかるのを必死で抑えた。


「いよいよ、夏美のご家族に会わせていただけるなぁ、と僕はとてもロマンティックな気持ちになっているのに、なんだか今日は冷たいね、」

とぼやかれようが、ほんわか長電話をしている場合じゃなかったのだ。


 そのうち誰が言い出したか忘れたけれど、{家全体をきちんと整える必要はないよね、}の掛け声で、とりあえずは1階の客間を中心に整えることに途中で変更し、少し楽になったと思う。

 不用品をどこかにやって掃除すればいいだけのはずだが、不用か不用でないか考えることすら、くよくよ迷う母と夏美に隼人がブチ切れたからであった。迷った挙句、”保留”と書かれた箱に何でも入れていくので、”保留箱”が増えてきただけだとダメ出しされたのだ。整理整頓をして不用品を減らしているのか、A地点にあるものをB地点とC地点に移動しているだけなのかわからなくなってきていた。読みかけて途中にしてあった本なんかを発掘すると、そこでつい停止していたりする真琴と夏美を隼人がサルベージするが、その肝心の隼人も、自分の部屋は早々に片付いて手伝ってくれているだけなので、ゲームの1日のノルマ分をこなしていたり、勉強のため抜けることもあるから、そこまで頼れなかった。


 幸人が連絡を入れてきたのは、片づけに疲れて全員がやけになってお茶休憩をしていた、そんな時だった。

 決戦前日の土曜日の朝に帰ってこられる幸人を家族全員があてにしていたのに、

「ごめん、出張先の工場の都合で、当日朝に滑り込みで帰宅するね」

という連絡だった。

「ええ~~~?!

 嘘でしょう?

 …パパが必要なのに。

 今まで以上にあなたの出番なのに!」

という悲鳴にも似た真琴の声に、夏美も隼人も事態を察した。


 実はそれまで合言葉のように、

「今に父さんが戻ってくる、もう父さんの指揮待ちだね」

「きっと何とかなるわね!」

「指示通りにやれば、自然と何とか片付くから不思議よね」

と、耐えてきたのだが。

 それを全員が期待して頑張って来たというのに、幸人は相変わらず、とても会社が好きで仕事が好きなのだ。家族が懇願しようとも、覆してくれるわけじゃない。父は明るい声で

「そんなに言ってくれると嬉しいな♪

 大丈夫、日曜は死守したから。なるべく朝イチのに乗るから♪」

と言って電話は終わった。

 

 真琴が

「いっそ先まわりして、私がたんすか何かの下敷きになって、かなりアブナイとでもメールする作戦に出ておけば良かったかもしれないわねぇ」

と言った。

「いやぁ、何もそんな(笑)」

と、さすがに夏美も笑いだしてしまった。

「いや、姉ちゃん、笑い事じゃないって。

 印象が悪かったら、その、ええと誰だっけ、ライなんとかさん、怒って帰ってしまったら、もう姉ちゃんに次のチャンスが来るかどうか、わからないじゃないか」

「そうよねぇ、そんなことになったら、どうしよう~~~(涙)。

 私が普段からもっときれい好きの母だったら!

 世間並みの主婦だったら!」

と真琴がしょんぼりしていた。

「あ、でもでも、だいぶ片付いたよ、1階は。窓ガラスもピカピカ」

「2階はもう諦めようよ、納戸もいろいろブツを詰め込んだし。

 最初はともかく、とりあえず世間レベルの{片付いていませんが、どうぞ中へ}程度になっていると思うんだ、

 友人宅に、ほとんど似ている気がしてきた」

「そうそう、別にライさんは《お宅拝見》したいと言い始めないと思うし」

「そうかしら、日本のウサギ小屋みたいな小さな家って珍しいとか言わないかしら」

「う~~ん」

と、夏美は頭を抱えたのだった。

 確かに豪華な家しか見たことないとか、言いそうな気もする。

「わかった、その日は2階に日本古来の妖怪がいて、縁起が悪いと言って、みんなで阻止すればいいじゃないか!」

「そ、そうよね、貧乏神とかがいることにしましょう、」

「よし、それだったらほとんど終わったも同然!」

「う~~ん」

と、夏美はまた頭を抱えた。

 日本古来の妖怪がいて、縁起が悪い家を見たことないとか、絶対に言いそうな気もする。嘘でも冗談でも《魔法生物》がいるなんて言ったら、よけいライさんは2階に行きたがると言いそうだと思う。

 でもそんなことは、家族には言えなかった。


 とそれでも、そんなこんなで最終的には家族仲良く{開き直る}選択で、和やかに当日を迎えることができたのである。

 



 ♣︎♣︎♣︎♣︎♣︎




 今朝は、からっと晴れたし、爽やかな風が吹いている。これこそが、{本日はお日柄も良く}ってやつだね、と夏美は思った。

 そう思っても、やはり実感が薄い。そして、あまりに片付け過ぎたので、まるで自分の家じゃないみたいで良く眠れなかったと夏美は思ったが、隼人もそうだったらしく

「俺が、あまり出しゃばって待機していても悪いでしょ?」

と、そそくさと部屋に引き上げていった。

 あ、自分もなんだか眠いというか、泣きそうに眼が腫れぼったい気がする。それでも、心の中のお札さん?はどうやら機嫌が良さそうに思う。母も、でたらめな歌を口ずさんでいる。とても嬉しそうだった。遥とも仲が良いので、何か安心するような良い情報を聞かされたのかもしれない。

 時計を見て、あと少しと思うと、またドキドキしてきた。


 きっと……大丈夫だよね?

 みんなで幸せになるためのステップの一つだよね?



 ラインハルトはどうやら約束通り、少し離れた公園で高級車を降りて徒歩で来てくれたようである。控えめなボリュームに抑えた花束と洋菓子を持参して、約束した時刻のきっかり5分後にチャイムを鳴らした。


「いらっしゃい!」

「ようこそ、ラインハルトさん!」


 玄関は狭いので、真琴と夏美が出迎える。

 まだまだ暑い時期だが、薄いグレー系のスーツをきちんと着ている。

 やっぱりライさんはスーツが良く似合うよ~~♪と、夏美は頬を染めた。

「こんにちは、本日はお招きをいただき、ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。外は暑かったでしょう。

 狭いですが、どうぞリビングへ」


 先ほどギリギリにかろうじて、ラインハルトよりも前に帰宅した幸人は、とりあえず父の威厳を保とうと思ったのか、リビングにいて固まっていた。

 ラインハルトが会釈の後にきちんとした挨拶を始めると、幸人は正面から向き合ったがお口あんぐりのまま彼の顔を凝視し、困った表情になったので、夏美はようやく大事なことを思い出した。

 あ、そうだ、父には説明していなかった(説明した時に、その場にいなかった)と慌ててしまったが、もう遅かった。


 「え?、もしかしてこの方は、ええと日本の方ではない?」

と、開口一番に口走ってしまったのである。

 ラインハルトの日本語があまりに上手過ぎて、顔さえ見なければわからないのだ。それで、たぶん最初の挨拶はろくろく顔も確認しないで、普通にしゃべってしまっていたのだ。

 幸人は、家族の中では最も外国語に長けていたはずだし、外国人技術者とも会話をしているのだが、やはりかなり緊張していたのかもしれない。

 その発言が思いっきり照れくさかったのだろう、何を思ったかすぐに自分の仕事上の名刺を取り出して名刺交換をした。

 その時になかなか良い発音で

 お会いできて嬉しいです、と英語で言ったらしいなぁと夏美はぼんやり聞いていた。

 ラインハルトも嬉しそうに名刺交換に応じ、同じく英語と日本語で

「お会いできて嬉しいです」

と言った。

「いや、どうも・・・・夏美がいつもお世話になっておりますって、ああいけない、これは日本語か、」

と幸人は言葉を切り、夏美の方を向いて小声で

「ええと、それより夏美、この方の英語は聞き取れているのかい?

 お前は、外国語の単位、ぎりぎりで取ったんじゃなかったかい?、、、これは、驚いたねぇ、」

と言ってしまった。

 さすがに緊張している父に向かって、今ライさんはさっきから普通に日本語を話していたじゃないとツッコむわけにもいかないので

「大丈夫、ライさんは日本語が上手なので、いつも日本語で会話しているのよ」

と言った。

「はあ、なるほど。ということは、、、、今のやり取りの全部、ご理解なさって、ええ、…おられましたね。いや、失礼しました。

 お恥ずかしい話をしてしまったが、」

「はい、でも全然そんなことないです。途中まで気づかれないこともよく経験してまして、ちょっと嬉しいことの一つです。

 夏美さんにはいつもお世話になっております。言葉についてはなるべく迷惑をかけないように日本語で会話をしているのですが、お父様にもどうぞ、ご遠慮なく日本語でお話いただければありがたいです。わからない時は、質問させていただきますので。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

と、流ちょうに話して頭を下げた。


 幸人も照れくさそうに赤い顔をしているし、ライさんも、なんか話が堅苦しくていつものライさんじゃなくて、2人ともお仕事をしているみたいだよ~。

と夏美は思っていたが、名刺を見ながらお互いにどんな仕事をしているか、どんな分野に興味があるかという話になると、逆に話が弾むようだった。

 ラインハルトが龍ヶ崎グループと取引をしている会社にいて取り扱っている化粧品の元となる、鉱泉や鉱石の話をすると、理学部出身の幸人は興味を覚えたようで身を乗り出して、話のテンポも良くなった。

 2階にいた隼人も降りてきて、それでもやはりまだ照れくさいのか、ふだんは手伝わないのに、一緒にお茶やお菓子をお盆で運んだりしていた。


 真琴は能天気にお茶を飲みながら、幸人とラインハルトの会話に割り込んだ。

「私、ちょうど学生の頃に、あなたと似たような外国の人を、サークルの催しに招待したことがあるのよ。懐かしいわ~♪

 ほんと、あなたと同じような顔をしたイケメンさんで、でも寝坊したか遅刻したかで来てくれなかったんだけどね、女装しろって皆で頼んだのが悪かったのかしらね、そのうちに留学が終わったみたいで二度とお会いできなかったのよ。

 あの人、今頃、どうしているのかなあ~♪」

「う~ん、僕は別校舎だったから全くイケメンさんに覚えがないなぁ。うちの学部にも留学生は多かったけれど、割とむさくるしい人間が集まってしまっていてね」

「へええ、でも母さん、今、そんな話なんか関係あるの?」

「あはは、関係ないとは思うんだけど、思い出しちゃっただけよ♪

 何でなんだろう?」

 ラインハルトと夏美は、その話が出たらうまく制止し、本題に戻していく作戦ではあった。

「母さんは私と同じで、外人さんは似て見えるのかもしれないわね♪」

「そう、良く言われますよ。割と、良くある顔みたいなんです」

「ま、何にせよ、母さんも親近感を感じてるってことだろう?

 私もそうですよ、そして、ラインハルトさんも我々に親近感を感じてくださっているのは伝わっていますので、」

と幸人が言ってくれたので、話は滞りなく進められた。

 

 

「すぐには結婚するかどうかはまだ決まっていないんだけど、今年の冬、ライさんの故郷に行ってライさんのご家族の方にご挨拶に行こうかという話が出ていて……。それで今日、ね」

「ええ。今後きちんと時期の話はしたいです。僕の本音を言えば、なるべく早く結婚したいのですが、まだ交際を始めたばかりですから。一応プランは考えていて。結婚後の生活なんですけれど、今後はたぶん、ほとんど日本の中山町に住むと思うんです。

 仕事の都合であちこち海外出張もしますし、夏美さんが付いてきてくれるなら一緒に出掛けていきますが、それ以外は近所ですから安心していただきたいです」

という説明をラインハルトがしたので両親は、どうやらほっとした様子になった。

「絶対に幸せにします。お嬢さんとの結婚を、そして結婚前の交際をどうか認めてください」

という言葉に、あっさりとうなづいてくれた。


 問題は、隼人だった。

「僕は、とりあえず、姉とラインハルトさんの結婚に反対するなんて発想は、もともとないんですけど。

 ときに、ええと、すごい疑問なんですが。

 ラインハルトさんは、姉のいったいどこがそもそも良かったんですか?」

の爆弾発言で始めてしまった。

 

「いや、夏美さんは明るくて元気で、僕の気持ちを引き立ててくれるんだよ」

と少し頬を染めて、ラインハルトがそつなく嬉しい答えを言ってくれているのだが、

 隼人は緊張しているのか、ここ数日の疲れ(と恨み?)がたまっていたのか、

「ええ、まぁ、明るいのは唯一無二の取り柄だと認めますが、欠点も知って覚悟をした方がいいような気がして。

 母や僕もそうなんですけれど。でも、姉が一番すごいかな。自分の部屋だけじゃなくて、すごいゴミ屋敷を造るのの、天才ですよ?、あ、それからけっこう口うるさいかもしれないし、、」

と、いろいろと大問題をここぞとばかりに披露しそうになっていた。

 

 あんなに頑張って、見栄を張って掃除を完了したというのに、バラしたらまずいって思わないの?!


 夏美はラインハルトの隣に座っているので、蹴ってやろうとしても足は弟に届かない。なので、両親が目配せをして黙らせようとしている気配が感じられ、怒るより笑いそうなのをこらえた。

 ラインハルトは、鷹揚に

「なるほど、そんなところがあるんですね。

 ちょっと今後、楽しみにしています

 ちなみに僕も片付けが後回しになりがちで、しょっちゅう周りの皆に叱られていますよ」

と笑っていた。

 隼人はそれでも、最後は神妙な顔をして、少しうるうるし始めた。

「だけど……僕は。貰い手がいたら、ぜひ姉には片付いて欲しいと思っていました。

 その代わり、へたな気持ちで連れていって、返品しにきたら、困ります。

 最高に欠点だらけの姉ですが、やはり大切な姉なんです。…ラインハルトさんみたいに優しそうな、頭の良い人で良かったです!」

と言ってくれたのだ。

 その言葉にちょっと自分もうるうるしてしまったので、あの大きな中山町のお屋敷をゴミでいっぱいにした時は、一番に弟を招待して掃除を手伝わせようと夏美は、心から思った。


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