今度こそ本当の出会い
ペイスローはアポズセウス国の辺境に存在する町だ。
規模としては農耕と牧畜が盛んな、村以上で都市以下といったところである。
街には冒険者ギルドや商業ギルドはあるが魔術ギルドはなく、海洋ギルドまがいの港湾組合が存在する。
平たく言えば、海に面してはいるがクラーケンなどの海獣はおろか人食いザメもおらず、陸地に関してはスタンピードが起こりそうな深い森も存在しない。魔術などの広域殲滅手段を有する魔術ギルドや、傭兵などでガッチガチに固めてくれて、難破時の積み荷の保証などをする海洋ギルドは必要ないのである。いわゆる人と人とのいさかい以外起こりようのない、田舎町であった。
そんなスローライフが似合いそうな片田舎で彼の軌跡は刻まれる。
少年は街を歩く。本人はいたって肩で風を切るように威厳たっぷりと闊歩しているつもりなのだろうが、周りには“てこてこ”という擬音が似合いそうな微笑ましい足取りで、町民の生暖かい視線を集めていた。
酒場を飛び出したのち、少年はあてどなく街路をかっp……てくてくてこてこしていた。
先ほどの酒場でのやり取りで少年は自分の思惑とはかけ離れた展開に憤慨・・・ぷんすかしていた。誤字ではなく、はたから見たらそうとしか見えないのである。齢十を越えないであろう少年があれだけ頬を膨らませていれば致し方ない。その可愛らしいふくれっ面を見たら少年の機嫌を損ねるとわかっていても、万人が頬を緩めにやけ面をさらしてしまうだろう。
そんな微笑ましい光景はさておき、少年はちょっと、いやとてつもなく物騒なことを考えていた。
「どうしてこうなったんだ!!ちょっと期待したらすぐに裏切られる!いくら願っても思い通りにいかないっ!この世界にも先がないっ!!」
「このボクの全能の力でこの世界なんかっ……」
そう言いつつ両掌を空へ突き上げ天を見上げる少年は3分少々たってからだろうか、その姿勢を突然崩し地に崩れ落ちる。
「力、手放してたんだった……」
そう、彼は自身の全能の力を手放し“普通の生命が”持ちうる力のみを手元に残すのみとなっていた。唯一の異なる概念を除いて……
もはや絶望一色という状況とその様子に町民がにやけ面から憐憫の眼差しに変わる時、少年にさらに悲劇が襲い掛かる。
両手両足を地につけたそのわき腹に、容赦ない石礫が襲い掛かる!!
「へぽっ」
どこから出たかわからないような声を発し、少年は全身を横倒しに地につける。よろよろと視線を石礫の飛んできた先に向けると、少年と5歳と変わらない位の集団が目に入る。
少年たちは気まずそうな横顔で時おり視線だけチラチラとこちらに向けているが、なかでも一回り頭がとびぬけた子が右手を斜めに振り下げた格好のままこちらを凝視している。往年の野球選手を彷彿とさせるきれいなフォームだった。
「マジィな」
そんなつぶやきも聞こえてきた。
「いったい何するんだよぅ……」
そう言いつつ立ち上がった少年は少年を眺める。
少年が少年を、混乱するといけないので、唐突だがここで捕捉しよう。
セロス(ゼウス)は齢十を越えない位の中肉中背の男の子だ。くっきりとしたエメラルドグリーンの双眸に、月の光を水に溶かしたかのような銀髪の髪で陽の光を浴びるたびその銀色は若干の蒼みを帯びている。肌は陶器とみまごうかのごとき白さだが、不健康さはなくその内に秘める血と肉を忘れさせない熱を持っている。着ている服は生地や仕立てからして明らかに職人の技を感じさせるものであるが、何故かサイズが合っていなく袖口と裾は完全にダボついてしまっている。
そんな将来有望なイケメンではあるが、先ほど酒場で突然飛び出し、往来をてこてこ歩き、先ほど絶望とともに五体投地をした残念なお子さまである。
そしてセロスに石礫を誤爆した少年は、何というか少年である。名前はまだない。まぁ、見た目は質の悪い貫頭衣を着たご近所の悪ガキである。両脇の縫い目が若干ほつれ始めており、強い風が吹いた時にYの部分がちょっと気になってしまう方もいるだろうが。
貴族のちょっと背伸びした嫡男とそれに図らずも手を出してしまった下層階級の幸先が思いやられる悪ガキの図に町民の目はもう釘付けである。
「悪りぃな。貴族様に手を出すつもりはなかったんだ。ちょっと、人類の使命ってヤツをしようとしたら手が滑っちまってよ。」
悪ガキは投球後の中途半端な恰好から姿勢を戻し、バツが悪そうに指先で鼻をこする。
言葉だけ見たら完全に謝っていなく、むしろ気高き方々をさらに怒らせる物言いだがセロスはそんなの気にしない。むしろ完全に明後日の考えを巡らせながらもう一度しゃがみ込む。視線は悪ガキの貫頭衣の端、不審に思われない程度にチャンスがあれば一瞬も逃さないという決意を胸に秘めて。
「いえいえ、誰しも間違いはありますよ。神様だって失敗の一つや二つは……」
そして絶句する。
そんなセロスの言葉で気をよくしたのか悪ガキはさらに続けた。
「だろ?神様だって失敗するんだ。オレ達はそんな神様の”失敗作”を直してやろうとしてるんだ。分かってくれりゃあそれで……」
「何てことを…」
悪ガキが言葉を止めたのははたしてセロスが放った言葉が原因だろうか。それとも仲間が、しゃがみ込んで視線を下に向けフルフルと震えだしたセロスを見て悪ガキを小突いたからか。
「お、おい!もしかして当たり所が悪かったのか!?」
セロスの不穏な様子は周りから見ても異常なものであった。周りの目からも明らかに体調を崩したそれであったが、きちんと“視える”者がいたならとたんに尻もちをついて後ずさっだろう。
凪いだ日にもかかわらずその銀髪は不規則に揺れ動き、セロスの周囲には陽炎に似た“何か”が立ち込める。
そして極めつけはその双眸。地面に転がるあるものを見てしまったその瞳は、大森林の木漏れ日を思わせるエメラルドから地獄の底の溶岩を連想させるような紅と橙色が混じった憤怒の色に変わっていた。
セロスの視線の先には、口から吐血交じりの胃液を垂らして体をくの字に曲げた少女が横たわっていた。瞼はギュッと閉じられ眉間には深い溝、そして大量のにじんだ汗が少女の与えられた痛みを体現しているかのようだ。
そして、その少女の両腕には普段は活発に動き回っているであろう、今は弱々しく震えるばかりの尻尾が抱き抱えられていた。