第187話、帝の正体
「アニキス、それで迷い人の容態は――」
ガンバラ王国での戦闘中に突然意識を失った渚が横たえられているのは、エルストラン皇国でも限られたものしか入る事が許されない帝がいる居城でも後宮と言っても過言ではない場所。
別に渚は帝の皇后や側室といった立場では無いですが、それだけ皇国では重要な位置づけに置かれた人物という事になります。
その渚が何故ガンバラ王国との紛争の最中意識を失ったのか。
勘のいい読者の方ならもうお分かりいただけた事でしょう。
そう。
渚にとってこの世界での弟子はただ一人。
あの時に消火魔法を行使したミランダだけでした。
消火魔法はこの世界には元々存在せず、完全に渚のオリジナルです。
そんな魔法を使える者が敵の中にいたらどうなるのか――。
結果は、現在の弟子とされているアッキーとミランダどちらが本物の弟子なのか精神が混乱し渚の思考回路がショートした形になりました。
魔族による精神を騙す形の魔法による弊害の結果ともいえます。
何故帝の傍に渚が居たのか?
渚はミランダと喧嘩別れした後、1人で旅をしていましたが偶然出会ったアニキス後のアッキーによって迷い人という事がばれてしまい精神魔法を掛けられ以降はエルストラン皇国に身を寄せる事になりました。
ただしアッキーの掛ける魔法は完璧に意識を乗っ取る事は出来ず、本人は子猫ちゃんと対峙した時の様に普通の思考で会話をする事が出来ます。
本人の意思にそぐわない戦闘、殺戮を行う時にはアッキーの声音が洗脳の役割を行っていました。
それも渚が弟子の存在に疑問を抱き意識を失った事で解かれました。
現在の渚の状態は、はっきり言えば自身が行った戦闘や殺戮に畏れ慄き殻に閉じ籠った状態です。
「まさかこんな事になるとは思ってませんでしたよ。多分ですがガンバラ王国での戦闘で迷い人が正気を取り戻したとしか考えられないです。おおかたそれで自分の良心が今までして来た事を許容出来ずに壊れてしまったといった所でしょうかね」
アッキーは帝に対し飄々とした受け答えで説明しました。
魔族による洗脳の魔法も完璧ではありません。その事はアッキーと会話をしている帝本人が良く分かっている事です。
帝本人、実際には帝に取りついた者もまた魔族だったのですから。
10代半ばの少年の姿をした帝は顔色を曇らせると、
「ある程度の魔法は迷い人の恩恵で取得できたけど……まだ全盛期の力を取り戻すまでには至っていないんだよね。時間をおけば再度洗脳を施すのは可能かい?」
「出来なくは無いですが、ご存知の通り意識が戻らない事には――」
「そうだったね。睡眠中では本人の意識を完全に破壊してしまう。僕達が使う精神魔法は対象の意識を誤魔化す事で――操っている訳では無いからね」
帝に取りついている者は、さきの人種間戦争では人族に対し同様の魔法を行使し、人族同士での相打ちを画策した張本人です。
当然魔族が使うその魔法の弊害も良く知っていますが、人種間戦争で敗れ一度肉体を失ってからはその能力も十全には使えずその知識もあやふやな部分がありました。
精神体となった魔族がいつエルストラン皇国の帝に乗り移ったのか?
自身の力を増す為に渚を利用していた帝は落胆の色を顔に表すと、アッキーに告げます。
「愚かな人間の事だ。こちらが撤退した事で増長し軍を差し向けてくるだろう。ルフランの大地の時と同様にね――迷い人を投入出来ないのは痛いが、他の者にも一応声を掛けておいてくれるかい」
「承知いたしました。魔王様」
帝の命を受けてアッキーは即座に転移魔法で姿を消しました。
「それにしてもあと一歩だというのに、まさか墓穴を掘る羽目になるとはね――」
帝は赤い革張りの椅子に溶け込む様に深く座りなおすと言葉を漏らします。
種族間戦争で敗れた際にその敗因を排除し、自身の魂をこの世界の因果に漂わせ、長い時間の果てにまだ赤子だったこの帝に乗り移りました。
しかし魔族の精神魔法の特性から完全に入れ替わる事は出来ず、赤子だった頃から飴と鞭を使い分け、帝本人が望む事を叶える形で調和を保ってきた筈でしたが、それがまさかこんな結果になるとは。
「ふふっ、そうだよね君もこの機会を逃さないよね――」
帝の脳裏にはガンバラ王国とアンドレアの残党がこの城に攻め入ってくる未来が浮かびます。一度死んだ自分が生まれ変わった事で得たユニーク魔法。
予知夢を見ながら薄笑いを浮かべ最善の未来になる様に帝は思考を開始しました。
お読みくださり、ありがとうございます。
先日、洗濯機が壊れ急いで家電量販店に買いに行ったり、子犬にベッドの上で粗相をしまくられ一式を買いに行ったりで何かと忙しくまたまた投降時間が遅れました。
本当に申し訳ありません。