第185話、知らせ!
王子から目配せで指示を受けキリング騎士団長は一旦子爵城から離れると、一つの古びた酒場に入ります。真っ昼間という事もあり酒場には客はおらず真っ直ぐにカウンターを目指した所で奥の調理場から声が掛かりました。
「いったい何の様だ? まだ開店の時間じゃねぇーぞ!」
丁度仕込み中だった亭主が腰を上げた瞬間、騎士団長の顔を見ると眉毛を跳ね上げ直ぐに調理場のさらに奥へ誘導するようにあごをしゃくります。
騎士団長は一言もしゃべらずそれに従い奥へと入り――次の瞬間にはその姿が消えていました。
正確には奥の部屋にあった回転式の棚から隠し通路へと入り込みました。
隠し通路の先には地下に続く階段があり、それをおりると小さな小部屋があります。小部屋に2つある椅子の1つには先程調理場にいた主人が、そしてもう1つには中年の恰幅のいい女性が座っていました。
「ここに直接来られちゃ困るんだがね……」
主人が騎士団長を睨みながら言葉を吐きだします。
「そちらの立場は理解している。だが――国の危機なのだ」
騎士団長が告げた言葉を聞いた2人は流石プロと言うべきか、ピクリと眉を震わせただけで、次の言葉を催促する様に視線を動かします。
それを見て騎士団長は説明を始めます。
皇国にいる魔法師の話を――。
「それじゃーうちらの調べに不備があったって事かい?」
正確にはこの酒場を情報収集の場にしているこの2名では無く、同じ組織の人間が犯したミスですが、恰幅のいい女性は嫌そうに目じりを下げると頭を掻きむしります。
「だが旦那の話ではさっき着いたワイバーン部隊の出発と同時に、皇国へ進軍を開始した筈なんだろ? それなら既に遅いんじゃないのかい?」
「遅くとも知らせない訳にはいかない。王子からもそう命令が下ったのだ」
「へぇ~あのボンクラがねぇ~」
「おい! よさねぇ~か」
昔の王子しか知らない2人が言い合いを始めますが、それを手で静止し騎士団長は話を続けます。
「万一にでもあの猫や娘達が言う様に、同等かそれ以上の腕の魔法師が皇国にいるのなら――確実に我等の国は消える。それは何としてでも避けなければならん」
「あの英雄の猫と獣人の娘以上の魔法師だって……」
騎士団長の話を聞き、このサースドレインを2度も守り切った子猫ちゃんとミカちゃん以上の魔法師が皇国に居ると知り先日の騒ぎを2人は思い出します。
皇国軍が襲撃を仕掛けて来た事で、一般市民には戒厳令が布かれた為に偵察する事が出来ずに終わりましたが、子猫ちゃんが川に向けて消滅魔法を放った場面は見ていた2人の顔色が真っ青に染まります。
竜のブレスにも匹敵する威力をもつ魔法を放つ子猫より強い魔法師が敵にいるという情報は2人の心胆を寒からしめるに十分でした。
真っ青な顔色のまま主人は席を立つと、酒場の2階で飼っている調教済みの鳥の魔物がいる部屋に飛び込みまます。
人知れず寂れた酒場から飛び立った鳥は、翼を広げるとワイバーンよりもはやい速度でガンバラ王国へと飛び立っていきました。
時系列ではその時既に皇国軍とガンバラ王国は戦闘に入っていて、既に両者痛み分けの結果で終わっていたのですが、それは後に知る話。
間者の元に最新の情報が届いたのはそれから3日後の事でした。
時は少しさかのぼります。
僕達は子爵城で今後の話し合いをおこなっていました。
ガンバラ王国からやってきたワイバーン部隊と共に皇国へ攻め入るか、または彼等にはサースドレインの守りに就いてもらいアンドレア国の民に掛けられた洗脳を解く事を優先するのか、はたまたワイバーン部隊をそのまま送り返すのか。
危険な山々を超えてやってきたワイバーン部隊をそのまま返すのは王子としては許容出来ず、かといって自国の危機を見過ごすわけにもいかず――。
会議は踊るされど進まずといった感じになっていました。
「ガンバラ王国に件の魔法師が現れるとは限らないじゃないですか!」
ガンバラ王国が応援で寄越したワイバーン部隊をフローゼ姫が返そうと意見をすればそれに王子が反発していました。
「だが既に10日が経過していると言うのに皇国から何の動きもない事を考えれば、ターゲットがガンバラ王国に変ったと考えてもおかしくは無かろう?」
このサースドレインで皇国側が受けた損耗は物資のみで、人的被害は無いに等しく、これだけの時間が経過してもやって来ないのは、アンドレア国に構っている場合ではない事態が起きたか、またはどうとでも料理出来ると高を括っているかのどちらとも考えられます。
対峙した僕から言わせてもらえば、あの2人が大人しくしているとは思えませんが、これでガンバラ王国側に渚さんとアッキーが現れれば渚さんの弟子の数はそれほど多くは無いと予測する事も可能です。
弟子の数が多ければ二手に分かれての作戦を取ってくると思われるからです。
その場合、渚さんが現れるのは当然サースドレインになりますが……。
それでも10日が過ぎて動きが無いという事は、フローゼ姫の予想が当たっている様に思われます。
ガンバラ王国が落ちる事があれば、フローゼ姫が辿った運命と瓜二つですね。
実際にはそうは成りませんでしたが。
結局王子はフローゼ姫に言い返せずに、黙り込んでしまいました。
フローゼ姫の立場からすれば自分と同じ思いを王子にさせたくなかったのかもしれませんね。
ワイバーン部隊を返す方向で話がまとまりましたが、ここまで飛行して来るのにも相当無理をしてきているのでワイバーンを休ませるのに時間を要する事になりました。
2日の休養を挟み3日目――。
急遽王子達一行もワイバーンで帰る事になり、僕達もその見送りに街の外に出来た湖までやってくると、街の方から見知らぬ恰幅のいいご婦人が駆けてきました。
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