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第139話、ドレイストーン国

「私野外でお風呂は――恥ずかしいですわ」

「いや、妾も流石にこれは予想外だったな」

「アーン」

「にゃはは、一番美味しいところを持っていかれたにゃ!」


 僕だってまさか温泉を作る気なんてありませんでしたよ。

 一先ず綺麗な部分を桶ですくって冷まします。

 元々、馬さんに与える水を作り出すのが目的でしたからね。何故か温泉を作ってしまいましたが……。


「それで子猫ちゃん、これをどうするのだ?」


 フローゼ姫に尋ねられますが、今は冬ですよ!

 適温になったとしても人が入るには浅すぎて、全身漬かる事は出来ません。

 せいぜい足湯位でしょうか。

 僕がフローゼ姫に伝えると、いつの間にか馬車からタオルを持ってきていたミカちゃんが、タオルを温泉に浸して軽く絞ると手足に着いた埃を拭いだしました。


 その手がありましたね。


 黒竜の掘った穴に落ちた僕達は、砂まみれになって汚れていました。しかも穴から馬車を出すのに汗も大量に掻いています。

 そんな汚れを落とすには持って来いですね。

 ミカちゃんが気持ちよさそうに白磁の様な顔、細いうなじ、少しだけ筋肉の付いた腕、足を濡れタオルで拭いているのを見て取った女性陣2人も馬車から同じ様にタオルを取り出し真似を始めます。

 僕も全身の毛に砂の粒子が入り込み、ゴワゴワしていたので小さな手で温泉を弾きながら洗っていると、一通り綺麗に拭い終わったミカちゃんがタオルを温泉で湿らせて僕を丁寧に洗ってくれました。


「これは気持ちがいいな!」

「ザラザラして気持ちが悪かったですが、綺麗になりましたわ」

「アーン」

「さっぱりしたにゃ!」

「ゴワゴワ感がなくなったよ!」


 皆で感想を言い合っていると、馬さんも桶に汲んであった冷めた温水を飲み終えた所でした。流石に体を洗った温泉は飲めません。僕達は温泉の周囲に座り、足だけを温泉に浸しながら休憩します。

 気温はだいぶ低いですが、足湯効果で全身ポカポカです。


「さて、馬も水分補給をして満足そうだ。そろそろ出発しようか」

「ここからは私が御者をするにゃ」


 夜の森ですからね。フローゼ姫では無くミカちゃんが御者を買って出ます。

 当然、僕はミカちゃんの隣です。

 使った足湯をそのまま放置して、皆が乗り込むと馬車は走り出します。ヒュンデリーの街から旅立った時より馬さんが減った分速度は出ていませんが、歩くよりは断然早いです。黒竜が去ってから鳥の囁き声が聞こえだした暗い森の中を、馬車の車輪の音と時折手綱を叩く音が響きます。

 普通の動物さんが道端から顔を覗かせている位です。魔物に対する警戒を下げても問題は無いでしょう。

 どれ位進んだのでしょう、いつの間にか馬車の周囲は木々では無く、岩肌がむき出しになっている場所に出ました。

 ヒュンデリーの街で聞いた限りでは、次の国ドレイストーン国は山国と聞いていたのでそろそろ街が見えてくる頃でしょうか。

 僕の視界には路肩に木の杭が打ち付けられた街道が見え始めています。

 馬車の後方へ流れる様に過ぎ去っていく木の杭を横目に、何となく斜め左方向を眺めると――岩山を木の柵で囲んだ街が見えてきました。

 これ本当に街なんでしょうかね?

 鉱山と言われた方がしっくりくる佇まいを見せています。

 馬車が山の入口に差し掛かると、森から切り出した木で築いた関所の様な所にぶち当たります。

 ミカちゃんが馬車を停車させると、見張り台でうとうとしていた兵士が慌てて起きて誰何してきました。


「こんな夜中に何用だ?」


 僕達は旅の冒険者でアンドレア国へ行く途中だと伝えます。すると――見張りの兵は下を見下ろし夜番をしている他の兵に僕達の荷物検査を依頼しました。

 僕達は着の身着のままでルフランの大地に飛ばされて、装備と多少の調味料、途中で買った着替え以外の荷物はありません。一番高価なものと言えば、この馬車位なものでしょうか。見分してくれた兵も呆気に取られる程少ない荷物だった様で、


「冒険者ってのはこんな僅かな荷物だけで旅をするのか?」


 同情的な視線を投げかけられながら質問されます。

 他の冒険者がどうかは知りませんが、魔物と戦うのに邪魔になる物を多く持って旅をする人は少ないと思います。


「魔物を倒すのがお仕事にゃ。身軽な方が行動しやすいにゃ」


 ミカちゃんの説明で手荷物の少なさには納得してくれましたが、高価そうな馬車に乗っている理由にはなりません。そこは途中で魔物から助けた貴族様からお礼として頂いた事にして話をすると簡単に納得してくれます。


「まだ早朝だ。開いている宿も無い。入門は許可するが明るくなるまでは馬車を詰め所脇の広場に止めて、休んでいてくれ。ここは鉱夫が多いから気の短い奴等も多い。間違っても睡眠を邪魔してもめ事を起こす事の無いようにな」


 入門料を銀貨3枚支払い僕達は中に通されましたが、直ぐに兵宿舎と思しき場所の隣にある兵が剣の訓練でもする様な広い場所に案内され日が昇るまでは待機を命じられます。

 馬車を指定された場所に停車させると、兵が近づいてきました。


「ところで聞きそびれたが、あんたら何処から来たんだ?」


 兵士さんは20代半ばのガッチリとした体躯で、鉱夫としてこの街にやって来たものの剣や槍の扱いが上手かった為に、ここの兵士長の目に留まり今年から門番になったばかりだと朗らかに笑いながら話してくれます。


「私達はルフランの大地からやって来たにゃ」


 ミカちゃんが説明しますが、その青年は人差し指をこめかみに当てると悩む様なしぐさで考えだし、


「何処だ? そこは――」


 ルフランの大地の方向を尋ねられました。

 普通の人は、生まれた国で一生を送り他の国へ出る事はまずありません。

 旅の行商人でさえ国を跨いで商いをするのは稀です。

 小売業の行商人では安く仕入れた商品を高く売れる場所に運ぶのが一般的です。

 ですが国を跨げば入国するのに税が掛かり、街に入るにも税が掛かる。

 馬車1台だけで商いをする行商人の利益がその税だけで消し飛ぶ事は、以前サースドレインの街まで乗せてくれた行商人さんから教えてもらいました。

 例外としては国公認の大きな商会や、冒険者、吟遊詩人程度のものです。

 旅行者などはこの世界には存在しません。

 この兵士さんも例に漏れず、だからこそ隣の国なら知っていても、そこから2つ3つ離れた国、場所を知らなくても無理はありません。


「ここから南西に国を2つ越えた場所にゃ」


 ミカちゃんが教えると、


「世界は広いんだな。その若さでいくつもの国を跨いで旅をするなんて――羨ましいぜ! 俺も冒険者だったらなぁ~」


 何故か兵士さんの雑談が始まり、生い立ちから始まり、立身出世を夢見て村を出て挫折して大金を稼げると噂を聞き鉱夫志望でこの街へ来たものの、実際は領主が所有している奴隷が主な仕事をしている為に思ったよりも稼げず――途方に暮れていた時に、少年の頃に騎士に憧れ我流で鍛錬を積んだお蔭で運よく今の地位に付けた事など……。

 皆が眠気を我慢してこの世界ではよく聞く話を聞いていると、興味深い話に変ります。


「しかも最近ではお隣の旧アンドレア国から大量に奴隷が流れ込んできただろ? お蔭で今まで居た鉱夫の仕事が奪われ皆の気が立っているって訳さ――」


 そんな理由で日が昇るまではここで大人しくしてくれと言い残し、兵士さんは仕事に戻っていきました。

 フローゼ姫がその奴隷達の事を尋ねようと身を乗り出すと、丁度宿舎から青年を呼ぶ声が掛かった為にそれは叶いませんでした。


「アンドレア国からの奴隷か……」


 ガンバラ王から聞いた話を裏付ける事は出来ませんでしたが、明るくなって情報を集めれば――詳しい話も分かるでしょう。

 僕達は兵士さんに言われた通り、明るくなり街が活動を始める時間まで馬車で仮眠を取ったのでした。

お読みくださり、ありがとうございます。

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