第116話、雨宿り
僕が新しい魔法を覚えてから2日が過ぎました。
あれから何度か魔法制御を試しているのですが、僕にはその才能は皆無と言って良いほどありません。
魔石を食べて取得出来るものに魔法制御があれば、迷わずそれを選びたい心境です。
そうそうあの後、倒した魔物から魔石を抜き取り、皆でそれを食べましたよ!
その結果、皆が新しく魔法を覚えました。
王国軍を前に手抜きをして、万一があってからでは遅いですからね。
生憎と天候は雨です。
砂漠から内陸に入っている事で、北方からの寒気が流れてきて冷たい雫が皆の頬を伝います。
「雨足が強くなってきた。少し休もう」
御車席で馬車を操っていたフローゼ姫が、流石に寒さに耐えかねそう告げます。
防水仕様の外套を羽織っていても、冬の雨です。
僕達の馬車は行商人が使う様な馬車で、屋根などありません。
「わかったにゃ。何処か雨宿りできる場所はあるかにゃ?」
ここの前方に森らしき木々が生い茂っている様に見えますが、雨足が早くてはっきりとは認識出来ません。
「少し先に木々が見える。そこまで進んだら休もう」
土砂降りの中、ゆっくりと馬車を森へと走らせます。急いで森まで行きたいですが、足元はお婆さんの世界と違って土の道です。万一、車輪を道から踏み外したら大変です。
僕の重力魔法は攻撃に特化していて、物質を軽く出来ないのが難点ですね。
しばらく走ると遠くから見えていた森が見え、馬車を道の端に寄せると馬さんを連れて森に避難します。
馬さんも流石に土砂降りの中に放置ではかわいそうですからね。
木は幸いにも広葉樹で、森の中に入ればゼロではありませんが大分雨足を凌げます。
「外套を羽織っていても大分濡れましたわね」
「アーン」
エリッサちゃんも子狐さんも荷台に座っていただけとはいえ、外套の中まで入り込んだ雨で所々濡れています。
僕達は手分けして燃やせる木を探し、火をおこして暖を取ります。
フローゼ姫の薄い唇が寒さで紫色に変わってきており、焚き火に当っているのに歯がガチガチ音を立てています。
「馬車がお婆さんの世界にあった乗り物だったら、雨に濡れる事も無いのに」
僕がそう話すと、
「ど、どの道御者席は雨が入って来る。濡れずに走らせる事は出来ないだろう」
この世界の馬車でも高級な物であれば、屋根が付いていて上からの雨は避けられます。そして座席はいうまでも無く囲われています。フローゼ姫が言うように御車席が悪天候でも濡れないで――というのはありえません。
「僕が元いた世界では、人を乗せた箱は全て囲われていて雨が降っても皆、濡れずに快適に人が乗っていましたよ」
「それだって御者席は外にあるのだろう? なら同じでは無いか」
「同じじゃ無いですよ。御車席も中にあるんですから」
「御車席が座席の中にあっては、操る事が出来ないではないか?」
どう説明したら良いのでしょう?
そもそも馬も引かない箱が動いていると説明しても、イメージすら湧かない様です。
箱の仕組みなんて僕が知る訳がありません。
早々に話題を切り上げました。
納豆の人ならこんな話も詳しく説明出来るのでしょうか?
向こうの世界にあって、こっちの世界に無いものは沢山あります。お婆さんが夕方見ていた刀を振り回す人が入っていたテレビとか……水道とか。箱の中に入れてチンするだけで温かい食べ物が出来るもの……etc。
でもそんな話をしても、きっとこっちの世界の人には通じないのでしょうね。
空を飛ぶ鉄の塊も……。
皆が焚き火を使って服を乾かしている中、僕は体に付いた水滴を舐め取りながら、お婆さんのいた世界を思い出していました。
別に帰りたい訳ではありませんよ!
僕にはミカちゃんを守る使命が出来ましたから。
でもあっちの世界なら簡単に出きる事も、こちらの世界では無理だったりするのでそれを説明するのに、もどかしい気持になるのです。
僕が人だったらちゃんと説明出来るのでしょうか……。
でも僕は子猫ちゃんです。
人ではありません。
そんな事を考えていて暫くすると、森に生息する鼠でしょうか?
鼠にしては尻尾が丸まっています。
すると――。
「ほわぁ~リスさんですわ!」
鼠では無くリスさんだったようです。エリッサちゃんが教えてくれます。
リスさんが濡れた体を震わせながら、焚き火に近づいてきました。
その数3匹です。家族でしょうか?
リスさんも寒かったんですね。
家族で暖を取り、体に付いた雨水を舐めあいながら取っています。
僕達も漸く体が温まってきて、微睡んだ時間の中、小さな家族のほのぼのとした団欒を皆で呆けながら眺めていました。
「さて体も温まった。出発しよう!」
少しうとうとしていましたが、フローゼ姫の号令で眠気も吹き飛びます。
周囲を見渡せば、雨は止んだようです。
雲の隙間から明るい日差しも降り注いで一条の線となり、薄暗かった景観に綺麗な明かりを差してくれています。遠くには七色の虹が掛かっていて綺麗なアーチを描いています。
「次に付く街は王都の予定だ。宿で聞いた話では明日にも到着する頃合だと思う。伝令の事もある。皆、気を引き締めて向かおう!」
皆の気を引き締める為、フローゼ姫が檄を飛ばします。
僕同様にうとうとしていた皆の気が引き締まり、それぞれ支度に取り掛かります。ミカちゃんは馬さんを馬車に繋げ、エリッサちゃんは馬車の座席が濡れないように敷いてあった耐水性の敷物を片付け、フローゼ姫は荷物を運び込みます。
綺麗に整地されている街道も、先程の雨で所々水が溜まっています。窪地に車輪が取られないように注意しながらフローゼ姫が馬車を操り、しばらく走ると前方に大きな丘が見えました。
馬車が丘の上に差しかかろうとした所で、それは起きます。
上空を飛行していたワイバーンの集団が、突如雲の中から現れ――。
僕達目掛けて一斉に投石してきました。
お読みくださり、有難う御座います。