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陸海月  作者: クロ
9/22

三章 三 機械統治

お疲れ様です。クロです。

気がついたら機械統治の回なのですが、なんと2話分ズレています。おいおい大丈夫かよとお思いかと思いますが私がいちばん不安です。何卒宜しくお願いします。

舞台にわざわざ乗るのは気が重かった。自分の名前が出たときの人間の集団のどよめきが、この場における自身の異様さをうかがわせて憂鬱になる。人間なんて無作為抽出すればどれも大体同じだろうに、やれ下流とか中流とか上流とか一般とか奴隷とか。

自分じゃないと成せないことなんてこの世にはない。それなのに身分だなんてくだらない。

それでもふっと腕に力を入れて舞台に登ると、予想通りに見晴らしが良かった。この緑髪の男は想像通りに船の上で俺に「夜が明けたらいいと思うか」と聞いたあの男だ。その正体はかつてカルキア第一邸に奴隷として、マイルドな言い方をするなら雇われていた男。奴隷制廃止の数日前に脱走し、約十年に亘って行方を晦ませた、今年十八歳になる男。能力は風、ビゼンちゃんによれば風の声が聞けるだとかなんだとかだが、適合値は三十五とかなり低め。理想は生け捕りだが、わざわざ俺に合わせてライトが当たることや、先程自爆テロを起こした芸人が舞台上からも視認できないことを考えるに無謀だろう。おそらく仲間がいる。それも、俺一人に対しては多いほど。

「御機嫌よう、ヒゼン。君には目的の一つわかるだろう」

はあと一息ついて返した。

「御機嫌よう、カピラータ。目的は復讐か?」

「話が早い」

わかる限りで武器は五つ。発砲直後に火薬を飛ばす必要のある旧型のハンドガン。少なくとも三発は連射可能のオートマチックピストル。発砲音の軽いピストル。あとは後ろに背負ったスナイパーライフルが二丁。

「君をなぜここに呼んだかわかるか?」

「さあ。俺の死体でも見世物にでもする気じゃないの」

「それもいいね」

銀色の装飾がされた銃を、素早くセーフティを切ってこちらに発砲した。応えて、能力の炎を右手に備えて弾を薙ぎ払う。俺の炎は青色。自称するのもアホくさいが、普通の炎の能力と違って安定した強い炎だから、銃弾程度は焼き切れる。発砲音を聞いてからでないと対応できないからヒヤヒヤするが、コイツが逐一セーフティをかけたり外す手間を惜しまない所は見ていた。こちらが戦闘に慣れていれば圧倒的に隙である。

「ほう、早い」

「どうも」

舞台上から見るに貴族のほとんどが軽傷者。死亡は最初の被害者、足元に転がる下の上にいた貴族のデリラ、ついで懲りず騒いださっきの貴族。非常口はドアごと破損。入口には瓦礫。ヒョウは移動完了。

一部始終をぼけっと見ていただけと思われちゃあ困る。普通、無鉄砲に突っ込むアホがいてたまるものか。


非常口に向かって火の玉を飛ばした。クヴァレの非常口の扉は大体木製だ。何かあったときに壊しやすいようになっている。

ついで、一番ステージに近いシーリングライトの接着部分に火をつけて落下させる。全員がこのカピラータから距離を取ろうと客席後方に寄っているので、誰も怪我はしない。次はフロントサイド。光が消えればそれだけ敵の目を奪える。見えなければ銃は当たらない。非常口のドアが焼けるまでは持つだろう。

「見事だ。弾にも当たらず、そればかりか敵の攻撃しにくい環境をすぐに作れるなんて。話に聞いていた通り」

「そのわりには動揺がないね」

「当然だろう。僕は本来殺しなんて好きじゃない。最初から君が目当てだ」

途端、俺とカピラータのいる場所が動き出した。舞台の下に向かっている。舞台の床ごと降下している。そういえば、セリつきか。

カラカラと滑車の回る音がする。舞台下に控えた大道具や申し訳程度に確保された人間の移動用通路、ライトの位置や役者の立ち位置など細かくシールが貼られた床にむき出しのプログラム表は、夢現の舞台の世界からこちらを一気にリアルに引き戻しに来る。舞台は完全に下がった。降りろと目で合図されたのでそのようにすると、セリはまた上がっていった。退路を塞がれたと言ったところだろう。

しかしこれは好機だった。正真正銘一対一だ。いや、セリの作業をした人間があるかもしれないが、クヴァレの大ホールの作りからして舞台下はどこから見ても死角になる。一対一ならあるいはである。

「やる気のところ悪いが、僕は君とやりあうつもりはない」

「こんな思わせぶりな演出しておいて?」

「そうだな。僕はこれからもう一人処分しないといけない。非常口が解放されるまでに定位置につかないと、あの栗色のメイドを殺しそびれる」

栗色のメイド?

まさかヒョウか?

「お前アイツが目的で?」

「そういうことだ。じゃあな」

カピラータは何かを床に叩きつけた。ボフンと音がして白い煙が巻き上がる。煙幕とはなんと古典的な目くらましかと思ったが、匂いが甘い。催眠薬入りの匂いだった。

いや、そんなことはどうでもよい。アイツが本当にうちのメイドを狙っているとしたら後を追う必要がある。そもそも何故あいつなのか、考えれば理由は山ほどある。船での爆弾の余剰を持っているのはヒョウだし、あいつは接敵しているから口封じの可能性も充分だ。激戦区クヴァレにおいて、敵に能力を知られることはそれだけで不利になる。

だからやたらに大きいライフルを持っていたのか。だとか、俺とヒョウを引き剥がすためだけにわざわざあんなふざけた演出と殺人を?だとか、思うことは山ほどあるがそんなこともどうでもよい。元よりテロリストの心理なんざはこちらにわかるはずがない。考えるだけ無駄だ。

息を止めて煙幕を突っ切り、簡易的な階段を数段上がって舞台袖まで出るとまだ見える場所に奴がいた。目が合ったので見えるというより待たれていたような感覚だが考えても仕方ない。

舞台袖から廊下に出て控え室をスルーして正門から出ていくのをその通りに追いかけ、外に出るとすぐに裏路地に入っていくのも追った。ゴミ箱を軽く踏んで二メートルほどの塀を軽々と越えていくのにはさすがに「冗談キツ……」と言葉が出る。倒れたゴミ箱をわざわざ立て直す時間はないので、壁を蹴って無理やり越えた。塀の内側ともなると人の家の敷地内だが、これは仕方ない。申し訳ないと思いつつそのまま突っ切った。


そんなこんなで出たのは破砕工場。言ってしまえば大型ゴミの行く末である。通常民家近くにあっていいものでは無いが、貴族街から離れていればなんでもよいのがクヴァレだった。

クソが、どこに行った?

ここからあのホール側が見える高台などあるのだろうか。貴族と無縁の場所なばかりに何もわからない。白い円柱上の建物がそびえ、ところどころ鉄骨がむき出しの地面は少し気を抜けばカツンカツンと靴が鳴る。無遠慮に奥まで進めば、半径数十メートルに及ぶだろう穴が空いていた。下には冷蔵庫やら洗濯機やら、どれも旧式で固形の粗大ゴミと言ってよいものだ。とはいえどもこんなに雑に管理すべきでは当然ないが、程々になれば埋め立てるつもりなのだろうか。いや、まさかな。この大きさの穴はそんなに簡単に埋まるものでもないため、縁はまだまだ断崖絶壁というにふさわしい。

「この注意力散漫め。僕の勝ちだ」

ハッとしたときには遅かった。

「かふッ」

不意に背中をすごい力で蹴り倒された。それはもう、ドッと音がするほどの強さだ。問題は悠長に穴の下なんか見ていたことで、粗大ゴミの群れまで真っ逆さまなのは想定するに易いものだ。

せめて受け身を取れたものの、蹴られた背は思いの外急所のようで、ゴミ共の埃っぽさや砂塵も相まって咳が止まらない。

「そもそも僕が君のメイドなんか狙って何になる?邪魔なのはずっとお前だ、お前。頭が回るだろう」

穴の上からのお言葉は随分と反響して耳に来る。身長や年齢に対して変声後かどうか怪しいアルトは殊更よく通り、噎せ続けている体に聴覚的刺激がセットで来るともはや吐きそうになるほどだ。

「ただ、お前が非常口を開けてくれたことについては感謝しているよ。まんまと全員そこから出てくるだろうからな。うちの奴ら、今頃一人ずつ丁寧に首を撥ねていることだろう。全員殺し終わるまで君はそこにいるといい」

この男、最初から俺の気を逸らすつもりでわざわざあんなこと。意味がわからない。俺一人のためにあんな茶番じみたアドリブをきかせたといえば相当意味不明だし、アドリブではなく台本通りと言われるともっと意味がわからない。ただひとつ、余程連携の取れた組織なことは理解できる。アドリブなら大したものであるし、そうでないならば相当に先が読める人間がいることになるだろう。

それに、注意力散漫、ああクソ。返す言葉もないのが不甲斐ない。知らない場所にくるとつい、だなんて言い訳はあまりに浅ましい。

「出し抜いたつもりだったなら残念だったな、トドメは刺さないでおいてやる。僕も殺し足りないのに、これ以上は弾がもったいない」

じゃあなと言って消えていった。憎まれ口のひとつ叩いてやりたかったがそうもいかない。

とりあえずヒョウに「非常口を使うな」と連絡を入れ、なんとか息を整える。ああ、後悔。全部ダメだ今日は。落ち着いて行動できていたはずなのに全て裏目に出るとはこれ如何に。敵を舐めていた。明らかに俺より実力のある相手だ。バチバチの戦闘をしたわけではないが、先が読めていた。戦いの舞台を使うのも、まあ下手ではなかった。セリもそう、瓦礫もそうだし、この穴だってそうだ。上手く利用している方だろう。少なくとも一昔前の貴族どもよりは強い。これじゃあ周囲の見えないビゼンちゃんにはかなり高カロリーな相手だったかもしれない。

だがそんなことは今はいい。なんとかして外に出なければ、人がすごい勢いで死ぬだろう。自分で名乗ればなれるような下流貴族を間引くこと、それ自体には賛成だがやり方が気に食わない。あの言い方では仲間がいるのは確実だ。何人か分からない。それにヒョウ。ミノはあれだけ見かけないならいないと考えていいだろうけれど。身内の死は俺の自己肯定感の観点からしても大変マズい。

考えろ。よじ登るか?俺の身長の二、三倍は高さがある。勢いをつけて?俺の炎は炎なだけだ。爆発しないしジェットにもならない。大声……は、誰に聞かせるという話だ。こうも簡単に施設内に入れるのだから、管理人は留守だろう。今やカピラータさえも言いたいことだけ言って消えてしまったというのに。


そうイライラしながら考えていると、コツン、コツン。人の足音が反響するのが聞こえてきた。


――――――――――――――――――――


コツン、コツン

靴が鉄骨を踏んでなる音が不気味でやっていられなかった。

本当にこんなところにこんな時間に用事のある人間がいるのか、まるで検討はつかないが、しかしおそらくこっちだ。

「あの、誰かいますかー……」

人を探しているとは思えない囁き声に我ながら呆れてしまう。いるのはわかっているぞ!くらい言えばいいものを。私の家の庭をものすごい速度で横切った不届きな人間が二人ほどいるはずで、普通なら貴族どもの天性の治安の悪さに目を疑う程度で済ませられるが、どうもひとり忘れ物をして行ったのでほんの親切心でこんなところまで。

綺麗な銀色の装飾がされた、拳銃だろうか?S字にバツの被ったような、不思議な模様が特徴的で私の好みにかなう所もあるが、なんと言っても銃には詳しくない。いざとなったら撃ってやろうと思うが、興味本位で引き金を引いてもガゴッといってビクともしない。かつていた場所での友人も銃を所持していたけれど、こんなことは無かった。装飾も綺麗なのでもしかしたらただの模型かもしれないのだが、弾倉にはちゃんと実弾が三発入っている。チャンバーチェックの際にちょっと熱かったので撃って時間も経っていなさそうに見える。

こんなものを庭に置き去りにされても困るし、まさか向かった先がゴミ捨て場なんて思わないのでのこのこやってきてしまった。

「す、すみませーん……私怪しいものじゃなくてー……」

再び虚無に向かって囁いてみるものの、結果は変わらなかった。周囲にはショベルカーやらダンプカーやら、工事に使うような車と、やたらにでかいコンベアが無造作に設置されていて、石油ストーブやファンつき乾燥機や旧型の騒音掃除機が放棄されている。鉄骨だと思って踏みつけていた地面、さては埋め立てられた固形廃棄物なのではないかという嫌な予感がする。これから台頭を始めるアンドロイドたちが処分されたらまさにここは墓場と化すな、と冷えた笑いが漏れてしまう。

嫌な予感の的中を意味するような大きな穴があるのを奥に見つけた。適当に深い穴を掘って要らないものをガンガンぶん投げて、穴が埋まってきたら土をかぶせてなかったことにするという環境と環境保護団体に全面戦争を持ちかける行動。まさに貴族の街クヴァレの闇である。

「すみませーん」

ここまで来たら何もいないだろうとふんでようやくでかい声を出してみる。全く、人を探しているのかいないで欲しいのかてんでわからない。

「すーみーまーせー」

ジュボッ

「ドワアッ!」

大声を引き伸ばすと穴から火柱が上がるこの怪現象。私じゃなくても尻もちをつくだろう。

いる、なにかいる、うそ、穴の中?穴の中!?

咄嗟にその場にしゃがみこんで中を覗き込んでみると、存外意外な人物が墓場にあぐらをかいてこちらを見上げていた。

「ヒッ、ひぜんさん?えっなんで?」

「えっ、誰、なんで俺の名前知ってんの?とりあえず穴に落ちて困ってんだけど」

そんなことは見ればわかるが。

「私海月です。一応私の一存で生死が決まることだけ念頭に置いてもらっていいですか」

「えらく強気だな……」

「当然です。今は私の方が立場上ですので」

「はあ、別に死のうがそれはそれで仕方ないんだけどさ。今それどころじゃないの。何とかして助けてくんない?右手にコントロール室があったと思うんだよね」

「人にものを頼む態度じゃないと思いますけど」

あまりに強情に迫ったためか、少しムッとされた。私だってあなた以外ならすんなり助けるのだが。

「……まあ、無理だよね。機械弄り得意そうだったから聞いただけで、期待なんかしてないけど」

露骨に不機嫌な顔をして指を揉んでいる。なんでまた私が喧嘩を売られ泣き寝入る側になっているのか謎すぎる。そういう能力なのだろうかと疑うほどにいちいちイライラする言動。わざわざ人をイラつかせるほうを選んでいるとしか思えないくらいだ。

「別にできないなんて言ってません」

「へえそうなんだ!やってみれば」

しまったなと感じた頃には、あまりに返事に髪一本も入る隙がなかったので撤回するにも遅かった。カッとなって口が滑ったな。この人相手だとどう足掻いても優勢を取れない運命なのだろうか。

「あなたのために使うなにものもないですよね」

「はいはい、できないのね。それとも失敗したら困るから逃げてるだけ?どっちにしろだけど」

「誰が逃げてるって」

「ミツキちゃんが。逃げてんのかなって。リスクから」

……あとにして思えば、「逃亡」があまりにも急所だったために、うっかりカチンときたのがダメだった。

「見とけよ、上がってきたら土下座してもらいますからね」

素材は充分、あとは私の力量だ。

機械に強制的に意識を接続する。自分の精神を機械に繋ぐ行為は突っ立っているだけの見てくれよりも難しいもので、無機物と繋がるとこう、精神力というか、メンタルを吸われる。宇宙に向かって空気の入った瓶を開けると、空気が全て持っていかれるのと似たような原理だった。だから能力なんざこちらでは絶対に使わないと決めていたはずだったのだけれど。

いつか機械に心をすべて吸われて、心が無くなれば。そうしたら人として今度こそ破綻してしまう。それは痛手なはずだったのだけれど。

心が痛む。目頭が熱くなるのは能力を使うのが久しぶりすぎていらない力が入っているのか、心が痛むゆえなのかはわからない。後者と信じていたいけれど前者なのだろう。ああ、こんないらないことを考えてしまうから身の丈に合わない能力を授かるのは嫌なんだ。

穴の中の全ての機械の遺体に接続した。数的にいくつかいらないものもあるけれど取捨選択をしていられるほど私の心は強くないのでこのまま。機械の遺体を見て、漠然と死ぬのは嫌だなと思ったことだけは人として忘れないでいよう。

『集合』

接続先にそのまま指令を流す。繋がったということは、まだ動けるということだ。問題ない。


がたっ


がたがたがた


――ちょっと!これちゃんと計画通りなんだろうね!?


下でなにやら案じているが、掃除機が動けばじきに聞こえないだろう。がたがた音を立てて機械の廃棄物が集まる。ボコッと音を立てて地面が盛り上がるのを見て、やはり埋め立てていたなと悟った。穴の中の機械たちが円柱状に集合して盛り上がっていった。それはそれは、穴の深さなど気にしないほど高くまで。高くまで積まれた機械類は止まることなく、集合に合わせてこちらに向かって倒れてくる。ショベルカーやらもこちらまでタイヤを転がして追突する勢いで向かってくる。監視カメラなんかは壊れる勢いで落下して転がってきた。まあ、号令を出したのが私なのだから、接続した機械がこちらに来るのは当然だ。

にしても暑い。ここ最近で廃れ始めた石油ストーブが群れていたのだろう。まだ使えてもいらなければ死体になる。世知辛いものである。

ガジャァンと酷い衝突音と機械のひしゃげる音がして、固形廃棄物がこちらに倒れた。上手いこと機械に乗っていたヒゼンさんは倒れる時に無事にこちらに吹き飛ばされてきたので、埋まって死にはしなかったようだ。後ろでゲホゲホ咳き込んでいる。


機械たちは私に接続されたことでグループ化されて、ひとつの大きな化け物になってしまった。泣き声は旧型掃除機、腕は洗濯機のホースでできている。盛り上がった地面から顔を覗かせる蛍光灯は、時折バチバチいいながらこちらを見ていた。石油ストーブばりの体温は素手で触れるにはやはり熱すぎたが、同じ機械だ。私も機械みたいなものだろう、こんな能力じゃあ。

「起こしてごめん」

機械たちに軽く詫びて、接続を切った。

先程まで動いていた機械類は全てまた眠りについて、光るのは街頭だけ。泣き止んだ破砕工場で男の呻き声だけしたので、少し心を落ち着けてからそちらに向かうことにした。

ストーブが消えた夜の街は、息が白くなるくらいには寒かった。


――――――――――――――――――――


「あの、すみません。あまりに腹立たしくて手荒な真似を」

お互い息が落ち着いたのを確認すると、私はとりあえず社交辞令として頭を下げた。

「平気、ごめん、なんかずっといろいろ焦ってて。つい態度悪くなるの癖なんだよね」

今度こそは本気のように見えた。

「急にしおらしくならないでください。悪く言えなくなるじゃないですか」

「海月ちゃんだっけ。世話になったね。なんでここに?」

あっと思い出して言った。そういえば庭を横切った人間が銃を落としていったのでここに来たのだった。そのうちの一人はヒゼンさんだったのだろう。

「これなんですけど。落としませんでした?」

私が銃を出すとヒゼンさんは少しだけ血相を変えた。ちょっと見せてとひったくるように銃を取って裏返したり弾倉を開いたりしてとにかく観察するように見ている。

「あの?」

「これは俺んじゃない。テロリストの銃だね」

「えっ!でも撃てませんでしたよ」

「セーフティ入ってるからね。海月ちゃん銃弱いでしょ」

一言余計だという顔を精一杯してやったが、そんなことは気が付かれずに終わってしまったようだった。そのくらい銃を見ていたのだ。

テロリストと言えば、船の一件のテロリストと関係があるだろうか。とにかくとんでもないものを拾ってしまったらしい。ヒゼンさんが貰っても?と聞くので無論了承した。私が持っていてもただただことが厄介になるのが目に見えた。ちょっと装飾が綺麗なだけに惜しい気もしたが。

「はあ、俺はもう行かなきゃ。海月ちゃんは」

「私、私は帰ります。家が近いので」

じゃあここでと立ち上がるところで膝に力が入らなかった。うわ、と間抜けに音を漏らしてよろめきしゃがみこむ。能力を使うのが本当に久々なもので、その割には消耗の激しい能力なためにこんなことになる。

「あのさ、そういえば何。これ。普通に見た事ない能力なんだけど」

「ああ?これですか?機械統治って聞いたことありません?」

肩を竦めてさあという素振りをされる。聞いたことがないのは予想していた。マイナーもマイナー、ドマイナーな代物である。正直知っている方が怖い。私の周りはもともとは機械系の能力者が多かったのでそうでもなかったが、魔法と能力の分別もないクヴァレともなるとそうはいかないようだった。

機械統治は、自分を端末化して周辺機器に接続することで機械を操る能力を一般的には指す。推奨される適合値は八十、身体への副作用は精神異常及び堕落、寄生虫妄想が多いらしい。極めつけは大掛かりな能力なのが難点で、本来人助けには向いていない。

「まあ、電子系能力の一種です。結構目立つので使いたくないんですよね」

「ふうん。だからしばらく使ってなくてこのザマ」

「うるさいですよ。肩貸してもらってもいいですか」

「いいよ」

ようやく人を支えに立ち上がると、そのまま帰路に着いた。

先程まであまりいい人だとは思っていなかったけれど。悪い人でもなさそうだった。機械の屍を見続けたあとだと人間の体温と心拍が異様に安心したのも、その錯覚の一因かもしれない。

「あの。能力のことは黙っていてもらってもいいですか?単に目立ちたくないと言うよりか、いろいろとワケありなんですよね」

「別にいいよ。あ、いや、その代わり俺のことも内緒にしよう。不用心でゴミ箱に落とされたとかちょっと名が廃るから」

意外にも体裁を気にする素振りにフッと失笑する。

「じゃあ約束です、今日は何もなかったんです」

「そう、今日は何もなかった。何もね」

思えば私は知らなかった。今起きている事の重大さなど微塵も。これから起こる不幸の数々すらも、知るに至らないほどに無知な、いわゆる人間だったのだ。


――――――――――――――――――――


「ひ、ひぜんさ、あの、わたしあの」

「わかってる。ごめん」

海月ちゃんを送った直後、大ホールにできるだけ早く走ったが、それはそれは一分どころではなく遅かった。目を見開く女、赤いタキシードの男、挙句子どもまでも頭と体が分離している始末。血と死体を極力踏まぬよう非常口から中に入ると、一見誰もいなかった。自分で落としたライトの破片をくしゃくしゃ踏みながら中に入ると、ステージ下の隅の死角で死体を抱えてギリギリ息をしている女がいた。

ヒョウはミノのところのメイドの死体をただ抱えて震えていたので、大声も出さずにただごめんとだけ。

「あの、ひ、ど、ひじょ、あけて、ゆ、誘導してたら、まち、て、あの、みんなつめたく」

「うん。大丈夫。ごめん」

「ピンクの髪の男の人がすご、あの、入ってきて、わたし、と、この子で戦わなきゃと思って」

「うん」

「この子、銃で撃ってて、でもなんか、きかなくて?わた、……守れなくて」

ここで決壊してしまった。そりゃあそうだ。目の前でこれだけ人が死ねば。このホールは二百数人入れるはずだから、少なくとも百五十はいたろうに。せめて手がかりだけでもと全部見ていてくれたのだろうかと思うとどうにもならない無力感に襲われる。俺だって何も守れなかった身だった。思いだけは同じなはずだった。

「みんな死ぬんですかね、このまち、終わるんですかね、私も死」

「大丈夫」

何がという根拠はなかった。ただ安心させることで免罪符にしたかった。それだけの恣意的な言葉で、思えば羽毛より軽く恥ずべきだった。

「わたし、殺されなかったんです。ピンクの髪じゃない人だったけど、フードのうさぎ、たぶん一回目が合って。殺す価値もなかったんですかね、本当にそのくらい何もできなくて、メッセージ、非常口開ける前にちゃんと来てたのにさっき気がついたくらいにして。ほんと馬鹿ですよ、そもそも真面目に教科書読んどきゃこんなことにならなかったんです」

「落ち着け。関係ない」

「あります」

「ない」

強いて悪いなら全て俺が悪い。そのくらいの気持ちだった。うさぎだの教科書だの、一度聞いただけでは支離滅裂の域な証言はヒョウの限界だった。

「……うぷ」

「今あんまり思い出すな。帰ろう。お前が生きてるだけで次を助けるためになるよ」

口元を抑えてこくこくと頷くのを見る。頬に乾いた涙の筋だけがある。手を貸して引き上げてやると、ヒョウを拠り所にしていた死体がズルと落ちた。三つ編みのおさげの年相応にかわいい子。即死かどうか聞かれると危うかった。傷は深くて助からないが、かと言ってすぐ息絶えるような深さでもない具合で袈裟斬りにされていた。年齢はヒョウと同じくらいだったはずで、そりゃあダメージを受けるはずだった。不注意だったばかりにトラウマレベルの傷を負わせてしまったことを何で詫びられたものだろう。いいや。

「大丈夫。明日は上手くやればいい」

申し訳程度の""おまじない""は、ヒョウに向けたつもりが自分に深々と刺さるものがあった。


お疲れ様です、閲覧ありがとうございます。

いや〜〜〜血腥え回でしたね。ピンクの髪の男とフードのうさぎ、Twitterから来てくださっているほとんどの方からしたら「相手が悪すぎる」の一言に尽きるんじゃないですかね。ドンマイすぎる。

ということで、ちょっとハイペースですが次回から4章、入っていきます。お暇でしたら何卒お付き合い下さい。

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