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陸海月  作者: クロ
8/22

三章 二 恣意私欲

書いていて「改稿前と内容全然違うなあ」と笑ってしまっています。かつての私の駄文の酷いこと、昨今の日本の政治のようで誠にお詫び申し上げたいですね。ってか横書きなのに漢数字を貫く私は一体何考えてんでしょう。本当に迷惑です。

まあそんなことは良くてですね。今回から2人目の主人公が動き出しそうです。彼の明瞭さを一人称でやれる自信は微塵もないのですが、しっかり頑張っていきたいと思います。

かくて始まってしまった臨時会議とやらは、ある程度は粛々と進んだ。私の聞いていい内容なのだろうかとドキドキしたりもしたがそれは杞憂で、私が聞いてわかるような内容がそもそもなかった。ヒョウは何を考えているのだろうか、明日の弁当とかそのあたりだろうか。それとも案外真面目だったりするのだろうか。

「で、この娘さんは何」

そして再びこの話題。ふっかけたのはカルキア第二家の例の方。誰ならまだしも、何と来た。

「お話した通りです。私が個人的に恩を受けまして、そのお礼としてご招待しただけです」

「こんなことになるなんて思わないじゃん。ホントにただの偶然」

イルが精一杯答えるのにフレッケも揃って言うが、どうも女の子二人で太刀打ちできるような人間ではなかった。

「とんだお礼だね、本当だとしても可哀想なだけだけど」

そこに、唯一私の向かい側の席に座っていた厚着の男性が割り入るわけでもなく介入して言った。

「一応身辺は調べたけど、特に何もないよ。結構最近引っ越してきたばかりみたいだからまだ白黒つけられないけど、脅威ではないんじゃない?」

フレッケがそら見た事か!とプンスコ騒がしくしている裏で、コソッとヒョウにどなたか聞いた。

ミノさんというらしい。カルキア直属の貴族で、主に貴族街の外を整備する人だから私のことを調べられたようだ。まあ、私は自分に敵意がないならそれでよい。ちなみに隣に続く空席には、本来はミノさんのお姉様が座るとのことだ。

「たしかに不自然だと思ってたんだ、その席」

「奔放な人だから。結構いつもこう」

ロクな人がいないんだなあ、というそれこそロクでもない感想に耽りつつビゼンさんが宥めに入って失敗するのを小耳に入れた。庇うつもりのフレッケにうるさい!と怒鳴られていたので苦笑してしまう。ビゼンさんはなんというか、温厚なんだろうけれど。温厚ゆえに統治能力があるのか些かである。

「第一ねえ、本気で疑い尽くしてるわけじゃないんだよね。こういうことになれば怪しいヤツは全員疑う必要があるわけ。わざわざこういう風に巻き込んで。それをわかってんのかってのが本題なんだけど。わかんねえかな」

「は、一般人のことデコイにしてこっちのこと責める気だったわけ」

「一般人のこと巻き込んでおいて誰にも謝罪しないから悪いんでしょ」

「謝って解決すんの?先にやることがあるんじゃないの」

「一言も弁明がなかったから俺がここに呼んだ。第三者にはお前らの暗黙の了解なんて判別できなくて当然だろうが」

「さっきから何が望みなの」

「反省の色」

ものすごい勢いで激化した不毛な言い争いは次の句が告げなくなったフレッケのいわゆる負けになったらしい。全く不毛だった。私はなぜ呼ばれたのかわからなくなってしまったが、私は根本的にはなんてことないらしい。ヒョウの隣で弟さんは口元を手で覆って、笑っているんだか呆れているんだか、はたまた絶句だろうかといった感じだ。オロオロしながら聞いていたイルはようやっと「すみませんでした」と呟いた。それが割と第一が厄介な人間を連れてきた事例が今回に限った出来事じゃあないのを連想させるに易かったので、ああと思った。

要するに私を呼んだのは、たとえ限りなく無害に等しいような人ですら正当な理由づけをして呼びつけられるほどの第一家の怠慢っぷりを言及するためで、私は言ってしまえばダシというか。まあイルのグイグイっぷりとフレッケのイライラっぷりには少しばかり辟易するはずのものも確かにある。が、今の二項対立のうちどちらがより気に入らないかと言えば、どっこいである。大変に甲乙つけがたい。フレッケの言うことは結構な感情論だが、ヒゼンさんは全単語において語気が強すぎる。なによりこの人は初めましてが最悪だ。

「終わったなら次いいですか」

冷たい空気が続くんじゃあないかと危惧したが、これまた雑に次の話題を繰り出した人がいた。ヒョウと話す時とは変わってなんだか塩対応なエチゼンさんだ。ビゼンさんがぱっと顔を明るくして続きを促す。危惧していたんだろう、私もそうだ。

「第一がやらかすのはいつもなんで、テロ組織の方を潰した方が早いと思うんですけど。なんか身元わかったりしないんですか」

この人は船にいた時は「人と話せないから逃げてきた」旨を話していたことからこちら側かなと思っていた。ちょっと違うかもしれない。いや、どうだろう。身内への語気が強すぎるだけだろうか。それか行間を読むなら、すこぶる第一が嫌いという線もある。あまりあって欲しくはないが。

ビゼンさんはそれを聞いて少し神妙な面持ちになる。

「それは多分、昔第一邸で買っていた元奴隷じゃないかと思うんだ。俺のあったテロ組織のリーダーが「久しぶり」って」

「そういう根拠はあるの?」

「ああ、まあ、なんだ。普通に奴隷の購入履歴かららしい人物のデータが出てきたというか。モニターに写しても?」

根拠を聞いた割に淡白な反応のヒゼンさんである。肩をすくめるような動作をしたが、少なくともこの会議のうちでは促しているということになるらしい。

「ヒョウ、私これ知ってていいの」

「え?ダメなのかな。あの、エチゼンさん?」

ヒョウは私の質問をそのまま横流しにした。心底気まずいですみたいな苦笑いを作りつつ目線で意見を仰いだが、少し目が合ったかと思うとやはり横流しにされた。私の発言は流しそうめんかなにかなのか。それとも伝言ゲームだろうか。

私が主役じゃないにしろ、私の役割が終わったのだから、はやく家に返して欲しい気持ちがある。しかし、返ってきたのは存外期待外れだった。二人がこの会議でフレッケの次に多弁な男からの返答に少し戸惑いを見せている。「えマジですか!?不憫ですよ、人を責めるアイテムに使われといて」とヒョウがボソボソ叫んでいる。「仕方ないでしょ、呼んだ本人がどうでもって言うんだから」「はあ、じゃあ一緒に出ていいですか?」「その方がいいだろうね。この家無駄に広いから」。

ヒソヒソと絶叫したあとのヒョウは私に向き直った。

「海月、もしいたいならいてもいいけど、出るなら出られるよ」

「出よう。今すぐ出る。私極秘事項知れる人間じゃないよ、いたたまれないもん」

「だよね」

好奇心はあったが、それで厄介事に巻き込まれるのもまた癪だ。ヒョウが失礼しますと断って離席するのについて行った。イルが申し訳ないやらなにやらよくわからない顔で笑って手を振ってくれた。私を呼んだ男はやはり一瞥はするものの、目を合わせてやるまもなく私に興味を失ってしまう。男性のくせに内側に液晶を向けている腕時計をちらと見て、それにももう興味を失った。


―――――――――――――――――――


会議室を出て数歩の休憩室に通されると、二人揃ってブハッとほとんど止めていたような息を再び吹き返した。

「何あれ何あれ!?クッソ怖いんですけどあんたの主人!?」

「知らない知らない!!いつにも増して空気が終焉!!」

「いやホント永久凍土かと思ったんだけど!いつ矛先こっち向くかわかんなくて!」

「ごめんね!?超ごめん!!だってあんなに機嫌悪いとは」

ひとしきりに騒いで来た道を振り返り、お互いに生還を称えつつ安堵の息を吐く。

「えっ、と、フレッケさんはね、結構いつも何かに怒りをぶつけないと気が済まない人なんだけど。ヒゼンさんは随分とまあ機嫌が悪いみたいで……」

「エチゼンさんは?」

「あ、あの人は大体普段通り」

「それはそれでヤバい」

ごめんねええとヒョウが縋りつくように詫びてくるのを、宥めすかすようにいいよいいよと許し続けた。休憩室は白い壁紙と天井の部屋で、絨毯や部屋の質はそんなに会議室と変わらないけれど、酷く安心した。キャノンというメイドやミノさんの近くに控えていたメイドさんがいたたまれないが、やはり場数によって慣れているのだろうか。

「ヒョウ、戻るの」

「んまあ、もう少ししたら?頃合を見計らって?」

女の行けたら行くは来ない。そういうことである。結局ヒョウのある種時間潰しに流れで付き合った私は、結局自分の帰宅時間よりも会議の終了時間の方が早かったという事態に立ち会った。


ヒョウはしめしめといったふうに別口のドアから部屋を出て、さも今戻りで廊下を歩いてきたというテイで会議室帰りの主人を迎えた。

「あれ、終わっちゃいましたか」

「おん、大した話しなかった」

「ヒゼンさんは?」

「ミノと喋ってる。ほらそこ」

ドア前でヒゼンさんとミノさんが確かに話していた。ミノさんの体格はケープでよくわからないが、男性にしては華奢なヒゼンさんよりは肩幅があるようにも見える。背丈は逆だが。

「で、お前なんでまだその子連れてんの?」

「あ、海月ですか。ちょっとお花摘みです」

用意しておいた嘘をついたのだろう。私は出口まで一人で行ける自信がないから延々ヒョウの横にいるのみだ。とはいえ「すみません、緊張しちゃってちょっと」といかにもらしい感じに合わせておいた。私的にも都合がいい。エチゼンさんは思ったより訝しんで、日頃女の子顔負けには大きい目を細めてこちらを見たが、キョトンとしておくと何も言わずに引いた。

「まあいいや、帰り気をつけてね。俺はまた外出るから。飯も食べて帰るからね。着いてこなくて大丈夫」

「はあい」

一応気にかけてくれるような言葉は吐きつつ、最終的には業務連絡をして去っていった。柔らかそうな髪がふわふわに揺れていた。ヒョウはミノさんたちの方に寄っていって、なにやら話している。

メイドである以上は、主人から例外的な命令がある時以外は勝手に離れられないのかもしれない。門までは送ると言ってくれたので、少し持ち場を離れますよのお知らせだろうか。どうやらそうらしい。

が、あろうことかその主人はこちらへずんずん向かってくる。なんだなんだ、今度はなんだ。

「ちょっと」

「はい」

「えーと?ミツキちゃんだっけ?身内の失態といい御足労といい、あとはなんだ、そう、会議で名前を出したのも。総じて悪かったね。もう二度と足突っ込まないでね、こんなドブ沼」

「え」

あなた謝れたんですね!とそれ謝ったつもりじゃねえだろうな!がものすごい勢いで頭を埋めた。ちなみに勝者は多分ハナから形式上以外に謝る気はないである。謝る気があるなら初対面のあれをまず詫びるべきだ。覚えてないにしろわざと謝らないにしろ突き詰めれば同じことである。

「ちょいちょいヒゼンさんヒゼンさん」

後ろからヒョウが割って入って、今また変なこと言いましたねなどと緩やかに糾弾する。「謝っただけだけど」「ヒゼンさん大体謝れないことで有名じゃないですか」「どこでだよ」とややコミカルに話を進めてくる。いいぞ言ったれとヒョウに思うが、さすがに言い詰めることにはならなかった。

「何、じゃあお詫びに爆弾チケットでもあげればいい?探せば招待券のひとつくらいはあると思うけど」

「シャレになりませんじゃないですか!」

ヒョウは突如声を潜めぼそぼそ「そもそも第一邸の子たちなんて箱入りも箱入り、"いんとぅーぼっくす"なんですから責め続けても仕方ないでしょう!ほんとにもう!」とヒゼンさんに叫んだ。その声量と言えばよくも私が聞き取れたなと思うほどである。少なくとも学校では全くもって進んで人の悪口という悪口を言わないヒョウからしても、イルとフレッケの独特の未発達さは行き過ぎるらしい。

ともあれ、またもや爆発の的になるのはちょっと勘弁であるが、苦労の割に反省してるかどうかも分からないこともちょっと苛立つものがある。かと言って今「いいえ貰います」というとさらに厄介になりそうなのでこの人相手では泣き寝入りである。……戦う必要が無い時もあるのだ。

「あっ、あれならいいんじゃないですか?東洋舞踊のヤツ。あれ絶対貴族は興味無いじゃないですか。テロに選ぶような大きい場所でもないですし」

「でも貴族宛に招待状来てんだよこれ」

「でもヒゼンさん三通も貰っといて行かないじゃないですか」

「ぐう」

「ぐうの音出さない」

「ヒョウ私別に」と静止したところでだった。ヒゼンさんは「お礼もお詫びもするなら食べ物が一番よくない?」などとある意味では建設的な発言をしているけれど、よくよく考えておけばヒョウには単なる休暇以前の問題があるのでそんなことは問題でないのだろう。

ヒョウ・ロボニーマという女は、このままだと卒業できない。貴族社会で貴族のメイドをしているというのはたとえバイトであっても学校側に手当される。そりゃあ、私の元いた場所ではバイトごときで学業を疎かにするくらいならどちらかを辞めちまえというのが定説だったし、他所でもそうだろうが。そもそも高校生をメイドとして雇うのも珍妙だ。いかんせんこのクヴァレという場所だけがナイトシティで異色なのだ。

ということで、ヒョウは貴族に何かある度に公欠を賜っている。しかしその公欠量たるもの、並大抵のものではない。つまり授業単位相当数の出席課題とやらが出るのである。うちの高校が出した救済措置のようだった。そういえば社会科の東洋の単元を彼女は全部公欠で潰していたはずなので、休暇以前にレポートにかけるネタがほしいというのもあるいはかもしれない。話を聞くに、主人兄弟は興味が無い、もしくは多忙であるからにして、本来は行く予定がないのだろう。みすみすチャンスを逃す予定だったわけだ。

「別にヒゼンさんは来なくていいですよ、私と海月で行くので!」

「なら商品券の方がいいじゃん。というか小切手でいい」

「現金はヤバいでしょう!もう、ヒゼンさんちょっとは私の気持ち汲みません!?私そろそろ留年範疇ですからね!」

「結局お前のエゴじゃねえか」

案の定だった。「エコ?」「エゴ」「えご……?」という明らかにいらないやりとりが行われたがそこは放っておく。

「俺は俺の保身のことしか考えてないから。渡してなんかあった時、同じふうに責め返されたら泣いちゃう」

「それについてはあなたの糾弾が特別怖いだけです」

それはその通りである。ヒゼンさんはしょうもないこと付け足すんじゃなかった、くらいの思いでいることだろう。

「あの」

私はもうなんでもいいので早く帰りたいの一心で口を開いてみた。特に続く言葉はないが、そこについては都合よく解釈してくれた男がいた。

「あー、ヒョウ、とりあえずこの話は後でにしてこの子送ってきなよ」

「え、あ、はい。いや!……うん?」

「後で話すから。ミツキちゃん?だっけ?まあいいやなんでも。お友達退屈してるでしょ。家まで送るのが先。家までね、家まで」

「あわわわ」

ヒョウは背中をグイグイと押された。私は押されていないけどついて行く。わかりましたから、と不毛な話は中断された。


そんなこんなでやっと家まで帰った頃には十七時である。


――――――――――――――――――――


『黄金色の骨を持つ扇を両の手に持ち、その着物の中には美しい七色の山々と白銀に尾を引く細い雲の景色があり、帯には身体に桃や紫の花を纏った蝶が止まっていた。あれだけ舞っていても蝶は飛んでいかない。髪は一本に結われているが、こちらも髪に混ざって髪飾りから蔦を伸ばす花がちらちらと舞踊家が身を翻す度に風に乗る。頭には雛人形なんかがよく被っているような、扇子の骨と同じ黄金色の冠がずっしりと乗っている。そして頬や唇に鮮やかな紅を乗せたその顔は、とても綺麗で、入ってすぐに目を奪われ、息が詰まった。


地面を蹴る踊り子は、あんなにも重く動きにくそうな風景をまといながら、軽やかに、しなやかに舞っている。隣でエチゼンさんはどう感じているのだろうか、なんてことも考えたが、今はそれよりもこの瞬間を逃してはならないような気がする。この舞台に来て感嘆以外のため息を吐くものはないだろう。


「盲目の蝶姫」という題目に従い、彼女はずっと目を開かないのだろうか。たまに軽く飛んだりする度に転ばないかはらはらするものの、その繊細な動きはいつも崩れない。妖艶と言うには純粋で、可愛いと言うにしては静かで落ち着きのあるこの空気を、この人を、"美しい"というのだろう。 どうやら踊りも終盤らしく、激しくなった曲調が落ち着いていき、踊りもそれに合わせてゆったりと余裕が出てくる』


「一発書きかよ」

「真面目に言葉選んで添削してたらあんな量の課題捌けません」

というか盗み見ないでください、こんな駄文。とメイドに毒づかれた。なら帰ってから書けば良いのに。

ヒョウの友人は結局誘わなかった。誘わせなかったのだ。我ながらガキ相手にあれだけ手酷く説教しておいて、自分も結局同じことをして一般人を巻き込むのはかなりのイカレ野郎だろう。鏡を見ろと言われてしまう。俺なら言う。

かといってヒョウはどうしてもこの公演を課題のために見たいらしかった。東洋文化の単元を、曰く俺らのせいで丸ごと公欠になっていたらしい。東洋文化のまとめをしろと言われたから、教科書を読んでまとめるよりも実際見たものを書いた方が点が取れるという呆れた言い分だった。教科書でもなんでも読んでいるだけで楽しい俺には、てんでわからない感性があるらしい。まあなんでもいいが。

なぜ俺がいるかというと、実はこういった公演は貴族が多いからだ。ヒョウは貴族はこんなものに興味無いと豪語したが、それはテストで言うと部分点である。こういった公演は例えば船に乗っていた上流貴族は興味関心がない。だが下流は違う。下流貴族はむしろこういう、公演だとか茶会だとか細々した娯楽の場所をかなり大切にする。下流貴族のほうがかえってこういう芸能については博識であったりするのが、クヴァレ貴族のヒエラルキーの闇だったりもするくらいだ。階級問わず貴族と接するエチには芸能知識のひとつ叩き込んであるが、現にビゼンちゃんはあまり詳しくないだろう。話しててその知識の薄いこと、逐一呆然とせず話せるようになったのは最近だ。まあ、あいつの場合は関心はあるが執政に忙しいと畏怖されすぎて誘われないが適解だろうけれど。

まあ要するに俺がここにいるのは、下流貴族もテロの対象になるならここが格好の的だからだ。さすがにメイドひとりに危険かもしれない場所に「課題ごとき一人でいけ」と言えるほどの冷酷さは持ち合わせない。

「ヒョウ」

「はい」

「まだ」

「まだです、あと少し足りません」

「あっそ」

「……ヒゼンさん」

「何」

「気になったことありませんか。舞踊で。なんでもいいです」

「ネタを人に求めるな」

「だって」

「ううん、蝶にしては花にとまらねえなってことくらい」

「ナイスですヒゼンさん天才ですよ」

「剽窃なんですけど」

『盲目の蝶姫』という本公演は、舞踊家の演じる蝶姫が盲目であるというところから、そういう描写が一切ないはずである。元が文学作品なので読んだことがある。俺の好みではないが。止まらないということは動きが激しく休憩がないため、息切れもしない舞踊家はすごいと思う。感想をそれらしく列挙して話せと言われれば他にも特筆すべきことはあるが、そうでないならそれだけである。心が動くほどではないし、俺自身舞踊や舞台にはあまり興味がそそられない。というか、視覚と聴覚の両方を同時に使うのがそもそも好きじゃない。読む方が圧倒的に好きだ。

そんなそれも佳境も過ぎてあとはついに終わるだけ。やっと帰れる。というか、よくもまあ中止にしなかったものだ。

この演目は確か最後の最後にピッタリ止まるのが印象的で一般ウケのいいところだ。ワケは当然盲目だからだろう。蝶は嗅覚もあるのだから、優劣はさておいても花にとまれるのは当然などと邪推する俺にはそう感じられないけれど。なんにせよ最後が最も人気な演目なので流れは覚えている。

「終わり」

「お疲れ」

ヒョウも何とか終えたらしい。悠長に「海月に報告しよ」などほざいている。よほど仲が良いらしい。

呆れつつ最後くらいはと思い舞台に向き直ってみると、ちょうど最終局面だった。

動きが緩やかになり、最後には。


止まるはずの蝶姫が舞台をダンと蹴って客席に飛び降りた。


「っは?」

「え、どうかしまし」

脳裏にそういえば件の船が思いついた。

「ヒョウ!伏せ!」

「フッ、伏せ!?」

なんなのこの人!?みたいな顔の女子を事案一歩手前くらい力任せに押し倒した。明らかに自分の体重どころでない風圧が背にのしかかったので気分が悪い。

轟音は近距離すぎてかえって聞こえないくらいであった。その代わりにバラバラ天井が降ってくる。酷い粉塵に噎せそうだった。周りに座席があるおかげで大きすぎる破片や熱を持った爆弾のガワが飛ぶことはないはずだ。しかし爆発音こそ聞こえないものの、砂混じりの余韻が音響に悪影響なようで、ハウリング音がさらに別のアンプを通すので随分と耳に来る。電子系能力者ゆえに機械音に敏感なミノは軽く嘔吐するだろうが、あいつはそこを除けば一人でやれる。大丈夫だろう。あとは照明。当然要所要所は暗いが爆発の範囲が音ほどでもないようで、場所によっては明るい。犯人の顔を一応抑えたいが、今まで舞台上で踊っていた有名な人間だからすぐ割れるはずだ。それに自爆テロときたら生きているかわからない。しかしこの規模なら死者より負傷者が多いだろうから、単に見せしめといったところか。そして自分と言えば、さすがに女子一人庇えないほど貧弱ではないと信じているが、これはどうか定かではない。


「収まったか?」

「はっ、し、心臓止まるかと思いました」

「はあ……。悪いね、今退く」

「ヒゼンさん軽いので平気です。ありがとうございます」

「それは男として傷つく」

「男って大概面倒ですね」

俺たちはよしとして、周囲はうるさいほどザワザワとしている。慌てふためく頼りがいのない男衆、言葉が出ない子ども、怪我をしたと騒ぐ女。しかし今のところ死体は無さそうだ。ただ、入口がガレキで塞がり、非常口がひしゃげてノブがきかないらしい。閉じ込められたと騒いでいる。電気が通っているだけマシだろうに。普段一般の市民に酷く傲慢な下流貴族の取り乱しっぷりと言えば、まあ無様なものである。

突如、舞台照明がカッとついた。そこが明るいため、照明の減った客席は相対的に突然暗い。焦げた東洋舞踊用の幕はそのままに、マイクを持った緑髪の男が照明の集中している舞台中央まで歩いてきて、丁寧に一礼してからこう言った。

「御機嫌よう。我々は貴族撲滅テロ組織ドクユウレイ。組織長を務めます、カピラータ・ノースゴーストです」

会議でビゼンちゃんが言った名前だった。確かに言っていた通りの緑髪、焦げ茶のインナーカラーなのだが、染めていると言うよりは生まれつきだろう。そういうやつはいる。やはり主観の情報は信じても信じきれない。「まだ座っとけ」。ヒョウは二つ返事で従った。

「""うちの""奴の舞は楽しんで頂けましたか?どうも、少々アレンジを加えてしまったようでしたが、中々のものでしょう。貴族は派手なものと人の不幸がお好きですものね。例えばほら、自爆テロとか、他人の悲恋だとか、ゴシップ……。あとは、隣で起きた殺人事件とか」


バン


淡々と煽るように何やら話していたその男は、随分と自然な流れで発砲した。いや。目視はしていないから恐らくでしかないが、あの音は恐らくそう。一応は暗殺の多かった奴隷制廃止直後を生き延びてしまった身なので、その辺の判断はつく。

一拍おいて女が一人ギャアアと叫んだので凍った場は解凍されて人がドタドタと足音を立てながらまた騒ぐ。しかし今度は異様だった。皆自分の命を案じ始めて、なんとか外に出ようとしているようだった。椅子の裏に身を潜めるつもりだったが、そっと立ち膝で客席後方を覗いてみる。

名も知らぬ男が、急所を一撃。

血液が垂れて、目も口もザマないほどに開きっぱなしに倒れている。脈を取っていないけれど、そうだな、あれはどう見たって取るまでもない感じだ。

「な、なんですかね……?」

「人死んでるっぽい。目に毒だから座ってな」

「しっ、」

「そう。死」

舞台側をちらと見ると、男は微かに煙を排出している銃口にフッと息をふきかけて先に残った火薬を飛ばしている。カッコつけでなければ昨今の銃には通常いらない作業だし、そもそもハンドガンレベルの銃弾で人は簡単に死なない。能力が風と聞いているからそれで速度や回転数を稼いだ可能性も否めなくはないが、ひとまず銃自体が非売品なのは明白である。

「まあ待てよ、わかった」。貴族のうちの一人が群衆から出て言った。ステージまで登るつもりでゆっくり歩いてくる。後ろでナンダカ様とざわつくのが聞こえるから、下流の中では上らしい。ううん、何様なのだろうか。エチならわかるだろうけれど、俺はビゼンちゃんの執政の補佐役だから全く。比較的前の席で息を潜める俺とヒョウの列も超えていく。少し目が合ったがお互いに知らん振りをした。

そいつはステージの前に来ると「何が目的か」と聞いた。全く何が「わかった」のかと思えば、何もわかっていないらしい。その貴族がそのまま軽いフットワークでステージに乗ると、示し合わせたようにそちらにもライトが行った。なんだこれは、茶番か。

「目的ですか」

緑髪の男が目を細めて言う。貴族が一人並ぶとその背の高さが目立った。口もとは笑ったままでかえって気味の悪いこと。

「そうだ。あるだろう。そうでないなら、こんな大ホールで、一番素晴らしいシーンで、演者が自爆テロだなんてどうかしてる」

「はあ、そうですかね。一番素晴らしいんですか。あのラスト」

「そうだとも」

貴族の随分と話下手なこと、文の区切りといい声色といい冷静に聞けば実に聞き苦しい域であった。そりゃあ、自身をテロ組織の長だと言い張る人殺しの前では声のひとつ震えるのが当然だろうけれど、よくもまあしゃあしゃあと出てきたものだった。

「""うちの""は、あの演出は駄作だと申しましたよ。感動もクソもないとね。やつが身を切ったのはただそのためでしょう」

「バカな、そんな言い方、なら、ただただ気に入らないから、爆破したとでも言うのですか」

「ええ、そうでしょうね。それともあなたまさか、我々が金や地位名声欲しさに身を賭してテロをしているとでも?」

客席はみな緊張に打ち震えていて静かだ。時に、怯える子どもにナントカ様なら何とかして下さるとかいう無責任な発言だけ耳に刺さった。信頼されるとは重たいな。そのナントカ様は二の句が継げていないのをどう受け取るのか。少し考えれば金目当てじゃないことくらいわかろうに。

同じことを思ったのだろう。ガチャと不穏な音を今度ばかりは俺も聞き取った。緑髪の男は、久しぶりにマイクを通してわざわざ一言一句ハキハキと言った。

「金と権力しか見えない下流貴族様。さすがです。下流貴族の最高峰デリラ家の次期当主様。随分信頼されていたようですが、だからって期待した我々が馬鹿でした。話になりませんね」

バン

バン

バン

ヒョウはさすがに目立ったことだったために舞台上を見ていた。人がこうも自然な流れで撃たれたからには回避のしようもなく、「ヒッ」と声を上げてしがみついてくる。当たり前だ、人が撃たれる様など、そう簡単に耐性はつかない。まして先程は一撃で殺したくらいだから、今回もしっかり死んだだろう。

しくじったな。あのデリラ家だかのアホ貴族、わざわざ前に出てくる時点で悪手すぎるのでこうなることくらいは予想できていた。ならばあんまり見るなと言ってやるべきだった。

にしてもそのアホ貴族、ごく一部といえ少なからず信頼を集める身としてだったのだろうが、こいつこそここまで身を切る必要があるものか俺には些か。信頼なんて何にもならない、こういう時に重くなるだけだ。死んだら終わりだというのに。

「やはり下流は駄目だ。こうも建設的な話ができないなんてね、皆殺しにしても差し支えないでしょうね。あなたたち」

また後方で貴族の一人が声を上げると、そちらも例に漏れず撃ち殺してしまった。「人の話は最後まで聞くのがマナーですよ」と緑髪の男が付け足したので、場はシンとしてしまった。

「さて、こんなにもお話にならない下流貴族の皆様ですが。さすがに上流貴族は違いますよね。ほら」

ピュンと軽い発砲音がして、ちょうど盾にしていた前の空席に少し穴が空いた。咄嗟にヒョウを寝かせて息を深く吸う。下流と上流それ自体に差があるとは思わないが、さっき死んだ奴らほどは馬鹿じゃないからわかる。あの男、ハナから俺の事を知っていて泳がせたな。

上着と手帳をまとめて置いて、敵を椅子越しに捕捉した。今やれることはこのくらい。あとは全て上手くいくよう、神など信じぬ気持ちを作るだけ。

「親愛なるカルキア第二邸当主様、いるんでしょう」

お疲れ様ですクロです。今回もありがとうございました。

ほんっっっとうに内容変わりすぎて改稿前を読んでる方は宇宙おくらげになってしまうのではないでしょうか。いや、宇宙おくらげて、ただの火星人やないけ〜(クソ寒)

改稿後の現在は12月27日。私はワクワクチンチンの副反応にぶち殺されながらネコチャンを抱きつつこれを書いています。作業環境がインフルエンザの時に見る夢ばりに意味不明です。皆さんは、お風邪に気をつけて生姜湯を飲んで早寝早起き朝ごはんを心がけましょうね。ではでは。

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