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陸海月  作者: クロ
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二章 二 喧騒

お疲れ様です。クロと申します。

現在期末レポート明けの改稿となっており、眼球付近がまどろむ超えてカッッッて感じです。誠に恐縮ですがこの語彙で察してくださいませ。内容はちまちま書きためなのでいつも通りです。

徹夜などされたことはございますか? 私は最近ちまちまですが、健康的な時間に朝日を浴びることができて時間も無駄にせず過ごせ、大変良いですよね。

(※眠れていないことによる心身への健康被害を除きます)

耳に雪崩た豪快な破裂音と大きく傾いた船、デッキから投げ出されて水面に浮き沈みする重い服の貴族たち。その怒号にハッとする。

流石に酔いも覚めて霧が一斉晴れたような頭の中。強く握っていた申し訳の鉄柵は水しぶきで濡れて、ヒヤリと手のひらから体温を奪い取ってくる。どよどよと自分の胸を押し潰すかのようなどす黒い沼のようなゴミの山に甘んじて埋もれていたのが、良くも悪くも目が覚めてしまった。

スピーカーでなにやら従兄弟が騒いでいる。そしてじきにそれも途切れて聞こえてきたのが『我々は、貴族撲滅テロ組織ドクユウレイである。貴様らの大半を必ず殺す』。これである。聞いたこともない団体名だな。俺は折角の酔いと躁を手放して憂鬱に染まるこの手足をようやく船内に向ける。船から落ちた貴族は残念だけれど俺には手に負えない。ここでしょうもない余生が終わるならいっそ羨ましい限り……いいや、流石に八つ当たりと嫉妬に任せてものを言い過ぎだろうか。

ああ、憂鬱だ、足が重い、などとくだらないことを考えながら。足元から視線を上に持ち上げると、あれ、やけに俺の周りだけ暗かった。咄嗟に真上を見上げるとどうだろう。

男が降ってきた。

ぎょっとして即座に左へ転がり込むようにして緊急回避をとる。

戦闘訓練はしているから、船の揺れで少し体位を崩して背中を打っても多少息が詰まる程度である。が、問題はそこではない。

顔を上げると男が軽やかに片手と片膝をつき着地して「ちょっと、邪魔」と爽やかに笑うので咄嗟に押し込めた俺の中の蛇は顔を出しかけるのだが、見上げると船の上のフロアから従兄弟が口惜しげに唇を噛み締めている。その手の中からは不気味なほど青い火の粉がヂリヂリと溢れている。引き返していくので中の階段を降りてこちらへ向かってくることだろう。そんなに遠くない。

目の前の男も追ってこないことを確認すると、俺なんかほったらかしてじっと月を見ていた。

しかし直にここにはビゼンちゃんが来るし、中の様子も大層酷いに違いない。ここらの貴族は上流貴族は半ば政権保有者であって政治的仕事に追われるけれど、それ以下ともなればただの貴族だ。奴らに統率力も何も無い。ゆっくり立ち上がる脳内、仕事モードに完全に切り替えていざと腰を持ち上げたその時だった。

「君はこの夜が明けたらいいと思うか?」

月を見ていた、フードを深く被った男が言った。

いや、俺に聞いたんだ。

男は振り返らない。ただし、ふわりと風に乗って少しだけ浮き出る髪色が、緑色をしていた。珍しい色といえば珍しい色なのだが、悪魔と人間が共存し、魔法が混在するこのナイトシティでは、地毛の色なんて数多ある。そんなことはどうでもいいんだ。

「俺ならそんなことに興味はないね、どうせ明けないんだ」

ナイトシティはずっと、夜なのだから。

夜が明けた先に「朝」があるのは知っている。というか、通説だ。けれど、朝ってなんだと聞かれてもわからない。概念か?月が登らない時間を「朝」と形容するのか?なら朝が来ていることにはなる。「朝」と夜の違いとは?今を夜たらしめる要素もわからぬことさながら、「朝」とは何かということでは?「朝」を弄することは無謀で、必ずすぐにどん詰まりするものだ。第一、朝がなんであれこの街には夜しか来ない。寝ても覚めても夜しか来ない。そう、夜しか来ない。

「そうか」

悪かったよ、呼び止めて。僕は待ち人がいるのでな。さっさと船内を仕切ってくるといい。

そう言われたので、なんだか悔しいというか、心の内を少しだけ見透かされた気持ちになった。しかし俺の気持ちを見透かしているならば、この船から突き落とすことが容易なこともわかっているはずなのだ、それをしないということは、こいつにはわからぬのだ。そう、自分を落ち着けた。そうさせてもらうよ、と口から吐き出しかけたその刹那のこいつの一言だった。

「ずっと、今夜この夜が明けなけりゃいい。そう思うんだな」

振り返りざまの新緑と枯葉の眼は月夜には些か神々しくて、俺の 躁転を容易く船から突き落としたのだった。


────────────────────────


頭の中は混濁しているのだけれど、流石に自分たちの身が危険に晒されていることがわからないほどに愚鈍なわけでもなかった。

「海月はとりあえず上に行くといいよ」

「ヒョウは?」

「私は奥のエンジンルーム見てから行く」

「危ないよ」

「いざとなったら固定で何とかするって」

ヒョウは譲る気がなさそうだった。だから、言われた通り、背中をぐいぐい押されるままにひとつ上のフロアに来た。そして残るのは言いようのない、虚無感というか、気力のない自責というか。

──はあ、逃げてきてしまった。

譲る気がなさそうな友人を危険地帯に置き去りにして逃げ帰るとは何事なのだろう。殴ってでも説得するべきなのである。それが私ときたら本当に。なんなら今から戻ろうか。そうだ、それがいいのだ。なのにそれが出来ないで、かと言って階段を登りきった最初の一歩が踏み出せないので、鈍感なわけではないけれど愚者ではあったなと思う。

「あ、海月ちゃん!」

かわいらしくか細い声が耳に入り、気がついたら目の前にはイルがいた。その顔はしまりのない笑顔ではありつつも僅かな緊張と不安が浮かんでいて、私に飛びついた。無事でよかったと繰り返していた。後ろには私やイルとは違ってやや冷静に構えているようなフレッケがいる。

「怪我してない?」

「あ、うん……はい」

フレッケとは、別にさほど近しい仲でもない。けれど、かと言って年や身分が明らかに離れているわけでもなし、境遇も似通っているために、何となく敬語なのも妙で、距離感がよく分からない。

「ならいいんだ。とりあえず、イルには個室が当てられてるから、そっちにいこうか。ここよか落ち着くでしょ」

フレッケは私の背を優しくさすってきた。ヒョウのことを言おうかと思ったのだが、それでフレッケが下に行ったら取り残される私とイルではどうしようもないので、一旦黙った。

船内にはいくつか小部屋があり、概ねは仮眠室として扱われているそうだが、一部はお偉いな貴族の控え室になっている。一階の角の一室がイルの控え室という扱いで、下流や中流の貴族は勿論のこと、上流貴族でも軽率に部屋に入ることは許されない暗黙の了解がある。理屈としてわかっていてもイルはどうやらお嬢様な事実に不思議と毎度衝撃を覚えてしまう。

どよめく貴族の波を割るフレッケに続き、なんとか人に押し流されぬようにやや急ぎ足で歩を進めると、その貴族たちがとりわけ蟠っているところを見つけた。何となく足を止めて覗き込んで見ると、パチリと目が合った。

乗り込む時に見た、キツいツリ目の男だ。灯る瞳は丸く鮮やかであるのにも関わらず、貴族に何やら強めに檄を飛ばしている今でも柔らかい印象は一切無い。この酒瓶や食器が粉々に散らかった船内ですら、椅子を起こしてなんてことない顔をして座っていて、私と目が合ったのを少しは認識してはいたようだが、すぐに目の前の貴族を睨み上げたので問題にもされなかったようだった。……もちろん、無駄に目をつけられても困るのだったけれど。

案内されて着いた部屋は大きなベッドが二つ正面に並んだ、ホテルの一室程度の広さの部屋だ。無駄に装飾のぶら下がった照明が当然のように煌々と光り、なんというか目に余る。

「着替えちゃったら?いざって時に走れる服じゃないでしょ」

フレッケはそう言って私に服を投げた。私のものではないが、今の重く分厚いワンピースよりか何倍も軽く機能性のありそうな、代わりにかなり普遍的で平凡なものだった。イルは部屋の奥でそそくさとドレスを脱ぎ始めたので、逆らうこともなかろうと私も着替えを始める。

「そういえば、えーと、フレッケさんはずっとここに?」

「フレッケでいいのに。そう、ずっとこの部屋で過ごしてた。貴族じゃないから、あたしどうしても浮いちゃうの」

私だって浮くんですがと声を大にして訴えかけたいところだがよした。フレッケとこの部屋に二人きりの状況も気まずいと言えば気まずい。サイドテーブルに液晶のタブレットと封の切られた貴族感のない文字通りの駄菓子が無造作に置かれているので、有名人気取りの暇つぶし以上娯楽未満な動画でも見て時間を潰しといったことだろうか。少し能力を弾かせてみたら履歴のひとつ引き出せるのだろうが、そのような気もさして起こらない。

「海月ちゃんは。何してたの」

どきり。

いや、やましいことはない。何も私は犯罪的行為を取っていない、少なくともそのような覚えはない。友人と過ごしていたのみである。そうしてこうなって、当然避難的に上に上がってきたのだ。一人でだ。しかし私は非情だろうか?彼女は大丈夫だと言ったのだから、それを加味すれば相応の反応として処理しても良いのではないだろうか。自分は警告だってしたし、その上で良いと言われたのだから私にこれ以上の非は認めないのも一種の正当という気はしないだろうか。私は何を一人でゴタゴタと考えているのだか、これをフレッケが聞いて露骨に嫌な顔をすることが目に見えるわけではないが、どうも自身がそういうものに対する一種の恐怖心たるものを知らず育成していたような気持ち悪さはないでもなし。それとも何か、今更正義感のひとつでも覚えたか。


コツ、コツ、コツ

ドアが三回、叩かれた。

答えあぐねていたのを、その三回のチープな音で話をブツ切りにされたので、ある意味では幸運であった。

「……開いてますけど」

フレッケは警戒気味に答えた。もう既に着替えを終えたイルと私を死角に追いやるように少し前に出ていった。イルときたらポカンとしている。

無遠慮に内開きのドアが開き、人が入ってくるのが足元だけ見えた。黒い革靴が部屋に数歩足を踏み入れたところでぴたりと止まり、靴先はこちらを向いた。

「ああ、あんた」

フレッケは拍子抜けしたような、それでもどこか緊張を解かないような声色で言った。比べてイルがひょこと顔を出して「ヒゼン様」と弛んだ口元で叫んだ。聞き覚えのある名前だ。一応名前は知らないというテイなのだが、つい顔をくしゃりと歪める。様、イルよりかは年上かつ日頃の私的な交流は浅いのだろう。この街の最高権力者をビゼンちゃんと呼んでいたあたりから察するに、年齢的にはビゼンさんより上なのかもしれない。

「相変わらず気に入られてんね、フレッケさん」

「ちょっと高圧的じゃない?女子部屋になんの用、あの貴族の群れはもういいの」

「さあ」

男はフレッケの質問責めをたった一言の無責任で済ませてしまった。閉まったドアに腕を組んで寄りかかり、それでここからようやくその表情の一顰一笑の様を垣間見せられることとなった。とはいえこの男の一笑はただ皮肉なだけで、軽蔑から嫌忌まで初対面でもわかりやすく全部顔に出てある意味一顰と同義とすら言える。

「概ねいつものことだけど、あんたに用事はないよ。お嬢にも」

バツンッとベッドライトが火花を散らして弾けた。つられてバコンとスタンドテーブルも割れて木屑をばら撒く。光を弾かせる能力を持ったフレッケの、渾身の苛立ちのようであった。ジーと音を立ててパチパチ点灯を繰り返すライトと威嚇体勢のフレッケに男は怯みもしなかった。短気、怖。それだけだった。イルが慌ててフレッケの手を引いて下がらせ、代わりに前に出て宥めに入りはしたものの二の句も継げずに沈黙が流れて終わった。

男は相も変わらぬ見下すような流し目でじろりとこちらを見、私を頭のてっぺんから爪先の方まで目線で撫でてから口を開いた。

「あんたさっきのでしょ。ふうん、そういう」

やけに知ったような態度に気味悪いような、そんな憤りを覚えるとともに、私に対してこの期に及んでまだなにかということもあり。強気に「まだなにかありますか」と口だけ飛ばすと、はあと大きく空気の音がした。

「あの後うちのメイドといたんだろうから、本当はそっちに用事でつけてきたんだけど。あいつらどこいった?」

ぎょっとした。ベッドに背中から転げ落ちてもいいくらいの衝撃である。無論、この男が人を心配するように見えないのでということもあるし、自身が今その話題に頗る弱いこともある。

「あいつらと言うと……ヒョウと、え、えちぜんさん?」

「そ」

フレッケは少し後ろでかなり濁った声でエッと小さく叫んだ。なんで海月がそんなこと知ってんだ、という具合だろう。後で説明した方がかえっていいだろうか。

「知らないなら別に」

「ヒョウはメインエンジンに行くみたいですけど。もう一人は私は知らないです」

気持ちを落ち着かせて答えた。嘘はついていない。

男は淡白にそう。といって、寄りかかった上半身を起こし腕を解いて

「情報提供ご苦労様」

と言って出ていった。フレッケが慌てて立ち上がったが、強引に引き止めるにはどうしても距離があったので、彼女の指先は全く空気をなぞるだけだった。

「あー!もう!」

わかりやすく地団駄踏んでるフレッケから隠れるように、イルが耳打ちで教えてくれた。

「私の従兄なんですわ。お知り合いだったのですね」

「はは、ちょっと船に乗る時に色々……」

「普段はあんなに悪い人じゃありませんの。フレッケちゃんとは気が合わないのですけれど」

イルは私の手を取るとにっこり笑った。その目は爛として、この船の置かれる状況も忘れたように呑気である。

あの人は、助太刀に行くのだろうか。ヒョウの身を案じて、彼女の元まで行って助けてくれるだろうか。それとも、はぐれたエチゼンさんを探して船を歩き回るのか、はたまた貴族にこっぴどく檄を飛ばして回るのか、知れたところではない。

「時に、私……少し眠気が来てしまいました。この緊急時ですが、肉親の顔を見たら気が抜けてしまったみたいで……」

「眠気?」

正気か?の意味である。照れたような顔でにへらと微笑むイルに私は呆れ半分に口角を上げる。フレッケが「なんかあったら起こしたげるよ」と言うので、イルはそのままベッドの上に無造作に横たわってしまう。なんだかあまりにも緊張感のない子である。身内の顔を見て解けるほどの緊張なのか、酷い緊張を解くほどの男であるのか、判断は難しい。

「さて……。海月ちゃん、あんまり気にしないで」

イルがもぞもぞ布団に入って落ち着いたのを見てからフレッケがキッと振り返って私に言った。特別恐怖ということもないが、少し気圧された。それが顔に割と顕著に出ていたようで、フレッケは一瞬焦ったように眉をひそめ、ぷいと視線をどっかに逸らして続けた。

「アイツ、さっきのはああいう奴。めちゃめちゃ悪いやつでもないけど、ちょっと取扱説明書のいる奴。……ま、私アイツの説明書持ってないんだけど」

取扱説明書の必要な気分屋、という情報のみで推察するなら、どうにも多少同族嫌悪の節がありそうである。自身はどうかと言われれば痛いところだが、ここまで面倒なほど一時的な感情に慢性的になることはさしてない。

それより彼女はあの男にわかりやすい苛立ちを向けていたから、もしかしたら私がヒョウの友人だということも少なからず癪に触っているんじゃないだろうか。フレッケは感情の起伏や事物の結びつけ方がまるで子どもだというくらいチープなところがあるようだから(──それが実年齢に見合わぬ子どもぶりなイルにはかえって都合がよいのだろうけれど)、あの男のメイドだからとヒョウのことも同一視している可能性が否めない。できることなら当たり障りなく渡っていきたいのだが。たとえそれが、今夜で打ち切りの関係だったとしても。


────────────────────────


メインエンジンのある部屋はそんなに広くはないけれど、よくわからない精密機械がぎちぎちに密集しているせいでとびきり狭く感じてしまう。

ううん、特に損傷はないかなあ。爆発したのはこの辺だと思うんだけれど、流石にこの船の心臓だ、無対策ってわけでもないのである。防御系や衝撃吸収の能力が沢山張られているので、単純な話、ここで核兵器が大爆発してもここだけは無傷で残る寸法である。刺激に反応して発動するトラップの応用なので、一度発動すると自己修復に時間がかかるのは難点なのだけれどそれだけ。便利な時代だ。むしろ能力を必ず全員が所有する時代に、なぜ効率の悪い爆発物なんて使うのか甚だ疑問であるほどだ。

ともあれ。エチゼンさんみたいに魔力を感じるとか感じないとかそういう難しい話はわからないけれど、なんとなく爆発の魔法というよりは爆発物特有の衝撃、原子の揺れ方、そんな気がしたから、その爆弾を回収して主人兄弟のどちらかにお届けする。最近すっかり大人しくなったエチゼンさんと、最近やけに好戦的で刺々しいヒゼンさん。正直どちらにも今は変に気を遣うのだけれど、仕方ないからどちらか先に会った方に。

ここでぽやんと考え事をして歩いていたら、小さい塊が!角からバッと飛び出してきた。体当たりをされ、足がもつれて壁にダンと手をつく。……後によく考えれば、壁というか大型精密機器の一部なんだけれど。多分ちょっと平手打ちしたくらいで船は沈まないから、大丈夫。ひとまず私の中の最高機密のひとつに認定しておく。

それより塊の方を見ると、それは小さな子どもだった。迷子かな。こんなところまで普通は来ないと思うけど、実は子どもって何をしでかすか分からない。まして親は酒を飲んで踊って上の人をノせて権威獲得するのに必死だから、子どもは下層に放置されがちである。貴族の子どもは社会の上下関係を知らないピュアな子たちなので、誰にでも平等に、常に無礼なのである。

「失礼致しました、立てますか?」

貴族の子どもは腐っても貴族。メイドにとって敬語対応は子供相手であっても外せない。私が子どもに怒られてプライドに傷がつくっていうのも大きな間違いじゃないけれど、なによりも雇っているメイドの質はヒゼンさんやエチゼンさんの沽券に直に関わる話だ。そこの手を抜くときっと給与が減るし、うちの主人は怒らせるとヤバいタイプなので、主人に怒られると考えればそれなりにメンタルが鋼と自負している私でもちょっと怖気付く。それに、人の見落としがちなこと、できないこと、あっさりとやってのける私って何気ちょっとカッコいいし。

……。

あらっ。

沈黙? シャイな子とは貴族にしては珍しい。敬語慣れしていなかったかな。たまにそういう子もいなくはないから、そういう時は普通の子どもに向けた対応でいいだろう。

「……ボク、大丈夫?」

ひとまず子どもの手を引いて起こす。するとゴトッと四角い箱の転がる音がした。あらあらボクちゃん、何をお持ちになってるの? と、謎に心の中までお調子者で箱を拾い上げる。最近の子どもはゲーム機ですか。親の怠慢なんだか、田舎生まれ田舎育ちな女子高生の私ならではの時代錯誤なのかどうなのか。折角拾ったので私の幼少期には縁のない黒箱を私もここらで拝んで見るとして。

あら。

黒い箱。やたらにむき出しの導線と、ガムテープで取ってつけときました!みたいな時計付きの液晶。極めつけの、なあんかよく見る、信管。ああ、これ爆弾じゃん。

「ォワッ!コレ爆弾じゃん!?」

普通にビビり散らかしてうっかり手を滑らせたのがある種不運というやつで、ガシャン!と落としたと思ったらそれを、子どもがすんでのところでアンバランスに持ち上げている。ぴょこぴょこ跳ねた毛がなんだか箱から生えているみたいで少し滑稽にも見えるが、それどころじゃない。

「……、それ、こっちにちょうだい?」

小さい男の子が、はじめて口を開かずに言葉を発した。

『やだ』

やだ、だとお?

どういうこと? 子どもだし、興味持っちゃった? それとも、この子がテロリストの一端? それとも、私みたいな、上流貴族の使いっ走り?

『使いっ走りじゃないよ!ぼくは、てろりすと!だからあげない!』

えぇ〜〜〜〜〜? わからない、わからない、どうしよう。たぶんでも、この年で咄嗟にピンポイントで「使いっ走り」という単語が出るんだから、単なる自白というよりはむしろ、サイキック系の能力。な、気がする。そして本人に自白されたからには仕方がない。

「じゃあ!返してもらうね!ごめんだけど!」

それを見てあの子は、べーっと舌を出してこちらを煽り、角の向こうに素早く消えた。私も走り出せば負けないけれど、ただでさえ爆発でバリアに脆弱性があるだろう今じゃあ、そうもいかない。うっかり体当たりを繰り返せばエンジンが爆弾になりかねないからだ。

運動神経はむしろ良い方の私が子どもの歩幅だけに負けることはないが、いかんせん緻密機械が壁の入り組んだ迷路。

まずはエンジンルームで撒かれないように。

次に、壊さないように。

そして気持ちを悟られないように。

お疲れ様ですクロです。閲覧ありがとうございます。

次回はサイキッカーVSキラーマシンですね。


そういえばこの小説は群像劇とかいうやつで、視点が変わります。今言うことじゃない感。そして名前をクラゲから引用してますね。今言うことじゃない感。あと、なんか言おうと思ってて忘れてたことがあればその都度。

ではまた来週。


来週に上がるとは言っていません。

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