四章 七 ラジオ
お疲れ様です。いらっしゃいませ。クロです。
皆さん、ラジオって聞きますか?私は聞きはしないのですが、ラジオドラマを作成しています。来年からは過去形になる予定ですが。
ランプに特異な青い炎を焚き付けると、室内はかろうじて明るくなった。
炎の色が色なので、明かりは決して暖かい色合いではない。しかしその青に目を奪われる者は少なくない。
「その辺適当に座ってくれ」
「ん」
仕事部屋の更に奥に隠されたように存在するビゼンちゃんの部屋は、いつも決まって散らかっている。暗い色合いをしたアンティーク調の家具が部屋に点々と置いてあり、机の上には仕事部屋でもないのに常に仕事道具と資料の山脈が出来上がっている。座れと言われても席が足りないので、資料に席を取られた俺は割と容赦なくベッドに腰掛ける。
「まず孤児院の話だ。思わず少し有益な情報が入った」
「ほーん?」
昔からこのナイトシティには公共施設といえば"学校"、"病院"に次いで"孤児院"が出てくるほどには孤児院が充実している。というのも、このナイトシティは長年親の育児放棄及び虐待、ネグレクトなんかが横行しておりどうしても孤児問題が解消されないものとなっているのが現状だった。
孤児院といえば、クヴァレには一件。
協カルキアのどこかの管轄で一つあったはずだ。まあ、どこだったかまでは忘れたが。俺は第一勢力のビゼンちゃんと、弟のエチゼン、昔からの付き合いがあるミノ以外の貴族を信用する気は毛頭ない。仲良くする気もないわけだ。覚える必要なんてない。
「クヴァレの孤児院にて、未成年の元奴隷の連中を引き取っていたらしい」
「は?」
これは問題だ。
クヴァレには孤児院が一つしかないのだから、その管轄がどこなのかがわかればまずはそこに話が聴ける。フレッケも孤児院出身なので、もしかしたら何か思い出すやもしれない。
しかしながら、そんな金がある貴族がいたものか。公共施設において、俺らカルキアに無断で奴隷受け入れをしているなんてことは到底許されない。が、ビゼンちゃんはそこまで考えないだろうな。恐らく今も「成程!盲点だった!凄い!」ぐらいに思っているはずだ。知っていたつもりだが馬鹿なのかなビゼンちゃん。
「で、実際情報は入ったの?」
「ああ、多少はな。フレッケは確か孤児院の出だろう。これをきっかけにして何か思い出してくれないだろうか」
「まあ、裏切ってなけりゃね。どうすんの、呼ぶ?」
「尋問みたいになるだろう」
フレッケはそんなことで折れるような子ではないと思うのだが、ビゼンちゃんが駄目といえば駄目なのだろう。
「あのねぇ、ビゼンちゃん。悪いけどもうそんなに余裕ないよ」
「……わかっているが」
こうしてまたビゼンちゃんは思考に身を投げる。自分本位な生き方だよな、全く。
「あのさぁビゼンちゃん、俺もう一個気にしてることがあるんだよね」
身投げ直前のビゼンちゃんはもう一度こちらに意識を翻した。
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「あんた、仕事出来るんだね」
「お、失敬だなお嬢さん」
テキパキと配線を直したり予備電源を復旧させている人達を見ながら、ふっと隣を見る。冊子ではなくタブレット端末を操作しながら、別段人に指示を出すわけでもなく見守っているのはクラム家の姉君だった。
「元々私の仕事はこれだからね」
元々は奴隷というレッテルを貼られたまま生きてきた彼らに最低限の生活環境を作ることが仕事なのだとはいうが、やはり実際見てみぬことにはわかるまい。
「しかしまあ不思議だね。あんた奴隷なんて持ってたの?」
「まさか!私はそういうのは好まないよ。そもそもそのようなことを決める権利は当時の私には無いしな!」
相変わらずの楽観ぶりに思わず肩を上下させてしまう。そうしてそのまま私は彼女に気持ちを投げた。
「なんか理不尽だね。奴隷持ってないのにこんな仕事してて楽しいわけ?」
「そりゃあまあ。彼らだって、奴隷から解放された割に上司が変わらないのも不服だろうさ」
「そういうもんなんだ」
もとより子供時代の多くをこの粗末な孤児院で過ごしてきた私だったが、確かにここには一時期多くの子供達が入ってきたことがあった。どの子も共通して身なりが質素で、死んだ目でどこか虚ろを見つめながらはしゃぎもせずに仲間内で断固として常に固まっていた。
私も別段声をかけようとは思わなかった。
そういえばその時期から暫く、この白い木の床が貼ったベランダにはいつも私よりうんと年上の男の子が座っていた。私よりも年上のくせに私よりもやや小柄で窶れていた。その子は他よりも食べずにいて、ずっとここで部屋に配布されているブランケットを膝にかけて、月明かりで小難しそうな本を読んでいた。今思えばあれは、聖書とかいう仰々しい名前の着いた本だった。その子も大層愛想が悪くて、ああ、奴隷制度なんて作っちゃダメなんだって、その時確実に感じたんだ。
「郷愁かい?」
「どっちかっていうと懐古だね」
私の故郷はここじゃない。そう言いかけて口を閉じた。でもきっと悟られてはいる。それでいいのだ。それくらいが丁度良い。
「それにしても、随分都合がいいんじゃないの。皆に仕事が当たるなら本望だったりする?」
「ふむ、そうだね。それは否まない」
女はタブレットを一度離して、生き生きと作業をする野郎共を柔らかい眼差しで見つめた。
「停電は確かに良くない出来事かもしれんが、これでこの子達は停電を直して警備をより強固にするという仕事が入るだろう」
私もつられてそちらを見た。こっちをちらりと見た青年と目が合うと、青年は私に笑顔で手を振って見せた。私はふいと逸らしかけた目を、ぐっと引き止めてそこから動かさなかった。
あの子は誰だったろう。見たところ、この事態で孤児院に駆けつけて来たのだろう。何やら食事を作っているのが見えた。大きい鍋と簡易ガスコンロで米を炊いている。匂いに釣られた子供たちに、炊事を教えながら料理を作り続けている。「気の良い奴だろう、あの子は」と優しい音色が耳を触った。柄にも無い口調で「ええ、そうね」と返した。
「あまり身分を分類するような言い方はしたくないが……。元奴隷の子達に、責任をもって安全で法に触れない職を与えるのが私の仕事で且つ、私に出来る贖罪なのだよ」
「贖罪、ね」
何となくその言葉は心の中で反芻された。未だに彼を見ている私の目は、生きていただろうか。
芝生の青さが鼻の奥にまで来る。外はいつだって人口灯の熱で暖かかった。それが今はどうか。刈り揃えられた緑の上には、しんしんと白が敷かれていく。基本的に暗い街に、白という色はあまりにも輝度が高いのだ。
「そうだ、ここでのことはあまり人に言わないでくれないかな」
思い出したように彼女は言った。
「なんで?」
「ほら、ヒゼンくんとか、あんまり元奴隷身分の子達にいい印象を持っていないだろう。彼らがあらぬ疑いをかけられてしまうのは悲しいからな」
ああ、と思った。別にヒゼンは悪い奴という訳では無いのだが、正直頭の固い奴ではある。
「確かにね。いいよ、わかった」
アイツはなんと言ってもやはり自分の意見を曲げないのだった。
確かにそれは効率的だし、本略が折れても臨機応変に対応ができるものだ。更にそれをより簡潔に約分しまくったものであるから、私のように学のない人間でも理解ができる。それはそれは良策をいつでも作ってくる。問題はそれに本人があまりにも執着しているところだけなのだが。
「そういえばエチは?」
「ああ、これからラジオ局の整備に行くらしいぞ。向こうの人曰く、独立した発電装置で動かしていたらしくてな。通常のプログラムでやるらしい」
「悠長なことで。それじゃあ、今日はラジオでも聞きながら寝るよ」
別に自分の家に帰ってもいいのだが、今日は極力カルキア邸内で行動しろと例の堅物に言われているので、無理に逆らうこともないだろう。恐らくイルの部屋か、第二メイド寮のどちらかに居座ることになるだろうが、枕が変わると寝られない性分なのである。まあ、どうせ寝られないので良い暇つぶしになるだろう。この街は都合のいい事にずっと夜なのだから。
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「え、何してんの」
眼中に広がるのは布団の上に転がる我がカルキアの情けない先鋭達である。
「今日はここで雑魚寝しようって話になりまして!」
「マジで言ってんの殺意沸くんだけど」
「だって海月のこともありますし、固まってた方がいいかなって」
確かにそこで転がって何やら忙しなくシャープペンシルを動かしているヒョウの言いたいことはわかる。それにしたって何が楽しくてこんなお泊まり会の真似事をしないといけないのか。イルちゃんだな。絶対イルちゃんが言い出したに違いない。
「まあ、こんな時だし。アリバイ確認もできるじゃん、大目に見てよ」
「そうですよ。電気落ちたし、どうせヒゼンさんだってペーパーでしか仕事出来ないじゃないですか」
「げっ」
やべえ。
頭の中がその単語で埋められた。流石にパソコンを予備電源で動かすには消耗が多すぎる。
「いいんじゃないか、ヒゼン。こんな時だしな」
こっちはこっちで楽観的な男だ。そういう奴だ、ビゼンちゃんは。そりゃあ俺だって、ビゼンちゃんはうっかり野郎なだけでちゃんと考えあって行動しているのはわかっている。それにビゼンちゃんは俺の持っていないものを持っている。わかってはいるが理解ができる範疇に無いのが難点だが。
「ビゼンちゃんなら言うと思った」
軽い同調にさらりと侮蔑を添えて。
確かに先程指摘された通り、アリバイ確認ができるという点は強みだ。実際そういう意味合いでフレッケにはここで寝ろと言った。しかしそのここはここじゃなくて、このカルキア邸の敷地内にいろということだ。
なんでこう人間って思い通りにならないんだろう。
中途半端に上にいると、こう思わざるを得ない。みんな上手に動いてくれればこんなことにはならないのに、なんて、都合のいい事をつい考えてしまう。俺とビゼンちゃんは、一体何が違うんだろうか。
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「寝れねー……」
「ラジオでも聞く?」
隣で布団も被らずに腹を下にして寝転がった灰のような青髪の女が言う。
あれから布団の上で総勢で全力ではしゃぎながら遊んでいた。やることも無いのでと物置から引きずり出された遊び道具の数々が布団の傍に散らかっている。性格柄、楽しいことをするなら勿論楽しい方がいいというのが持論なので、中盤戦は付き合っていたのだが。それが、眠気に負けたイルちゃんが布団に入ると、ドミノ倒しのように少しずつぱたりぱたりと夢に誘われていった。
本当なら寝たいであろうヒョウと、本当なら寝たいであろう海月ちゃんと、寝付けないフレッケと、俺と、ミノ。徹夜慣れしたエイレネは一人で本を読んでいた。
ビゼンちゃんとイルちゃんといえばそりゃあもう爆睡なのだが、俺は人に隙まみれの姿を見せるのは好きじゃないので、まあ意識的に寝ない。もう少しして、ヒョウと海月ちゃんが寝たら適当な言い訳をして物置かどこかで仮眠をとるつもりでいる。フレッケは少なくとも俺の考えの中では原則寝ないので、それはもう妥協しよう。言ってわからないやつではない。
「よく聞くよね、こんなの」
「普段から聞いてるわけないでしょ」
ラジオの中身は、ナイトシティ全域でもそこそこに名の売れた人間がひたすら質問に答えたり喋ったりするものだ。ラジオにも関わらず、その声と柔らかな毒舌には一定以上ファンがいるらしく、根強く残るチャンネルらしい。勿論俺はこいつが誰かなんて知らないが。
「誰、これ」
「知らない。ヒョウちゃんとか知らないの」
俺が投げたボールをフレッケはそのままヒョウに放り投げる。
「知ってるに決まってるじゃないですか。私今をときめく女子高生ですよ?」
かりかりと問題用に作られた汚い数式を整頓しながらヒョウはこちらを向いた。見たところ数学のテストが近いらしい。まあこの様子ではヒョウが学校に行けるのはいつのことになるのか見当もつかないが。
「シフォリーちゃんですよ、シフォちゃんです。私大好きです」
「ヒョウのイチオシなわけ」
成程、初めて聞く名前だ。二言目にはあだ名で呼ぶあたり、ヒョウの中ではそこそこ高い位置にいるんだろう。
もぐもぐとお菓子を咥えながらふーん、と息だけで返事をするフレッケを横目に少しラジオに耳を傾けてみる。
まあ、確かに声は綺麗だ。
しかしながら彼女と人間の海馬を結びつけるものはそこだけではなさそうだ。
とにかく心の臓に来るのはその幼げな言葉遣いに持て余された毒の舌であり、質問やらお悩みやらに相当ザクザクものを言う。
「怖」
「それがいいんですよヒゼンさん」
ただラジオを聞き流しながら、仕方なく部屋から運び込んだ紙束に書き飽きた自分の名前を書き込んだ。
ラジオから悪態の曲が流れてくる。どれほど世界を恨めばそんな言葉が出るのだと疑いをかけたいほどの罵声の語群だった。退屈のせいか、口から空気の塊が漏れる。欠伸なのか溜息なのか、もう考えるのも面倒くさい。
と、その刹那。
女の短い鳴き声がした。思わず顔を上げて、ラジオの向こうの女を見つめてしまうほどに、脳に響き渡ってきた。
「何、今の」
「何って、悲鳴だよね」
布団に入って船を漕いでいたミノが目を覚ましてラジオを睨む。皆、皆そうだったし、俺だってそうだ。
この女の常連であろうヒョウが驚くなら只事ではないだろう。
少しも待たせずラジオは喋り出す。拙く情緒の荒れた言葉とノイズを紡ぎ合わせるように。
『我々は!貴族撲滅テロ組織!ドクユウレイである!!貴様らの大半を毒し殺す!必ずぅ!ぜえったいにぃ!!』
最悪だ。
お疲れ様です、毎度、ありがとうございます。
いやー、汚ねえ文章でしたね、今回は。地の文が下手なんでしょうね、修行します。
次からは少し不思議な切れ方ですが五章になります。長い長い四章が終わりを迎えましたね。
では次回も宜しくお願い致します。