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ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常

カレーで冒険してはいけません

作者: 成宮りん
掲載日:2018/01/18

 近くの消防署が、正午を報せる鐘を鳴らす。

 もうそんな時間か。


「ねぇねぇ、聡さん。商店街に新しく、美味しいカレー屋さんができたそうなんですよ。行ってみませんか?」

「お前の奢りならな」

「……」


 今日はこれと言った事件もなく、たまった書類仕事を片付けるのに最適な日だ。


 刑事の仕事と言うのは案外デスクワークが多い。


 最近はパソコンがなんでもかんでも物を言うから、とりあえず使い方を覚えて、なんとかこなしているのだが。

 目が疲れる。


 そろそろ休憩しようと思った時に、バカ息子が声をかけてきた。


 息子と言っても血のつながりがある訳じゃないが、俺にとっては実の家族同然に大切な存在だ。



 カレーか。


 悪くはない。

 俺は席を立って、上着を羽織った。



 県警本部のビルから外に出て、大通りを横断すると、市内随一の繁華街に出る。

 平日の昼間だというのに、本通り商店街はやたらと人が多い。


 ここですよ、と息子の言う店の前には、胡散臭いインド人を描いた看板が掲げてある。


「いつもは行列ができるそうですが、今日は空いてるみたいですね」


 店を間違えたんじゃないのか?

 と、思ったが黙っておく。


 そもそも、列に並んでまで何かを食べたいとは思わない。


 この仕事をしていると、ゆっくり料理を味わっている余裕なんかはないのだ。

 身体のためには、あまり良くないけれど……。



「何にします? どれも美味しそうですけど……」


 メニューを開いて最初に目に飛び込んで来たのは、緑色のカレーだった。

 思わずぎょっとして二度見してしまう。


「……どうしました?」


「いや、これ……腐ってる訳じゃないよな?」


 息子が覗きこんでくる。


「それはお店の人に失礼っていうもんですよ。ほうれん草を使ってるから、そういう色なんです」


「だよな……」


 緑色のカレーを見ていてふと、昔のことを思い出した。


 今は少し離れた場所に住んでいる次女のことを。


「なんですか? とぉ~い目をして。おおかた、お嬢さん達のことを思い出してるんでしょう?」


 ニヤニヤと笑顔を浮かべてこちらを見つめる息子。


 俺の弱点を見つけた時の、嫌な表情だ。


「まぁな……カレーを見る度に思い出すことがあるんだ」


「聞かせてくださいよ、是非」

 

 そう言って微笑む顔に、これと言った企みは見いだせなかった。




 何の自慢にもならないがうちは父子家庭だった。

 今は娘達も独立し、それぞれに所帯を持っている。

 

 俺の妻だった女性は双子の娘達が高校に入る直前、中学生最後の春休みに失踪した。


 常に従順で、父親である俺に全幅の信頼を置いてくれる長女とは正反対に、何かにつけ反抗的で、親を親とも思っていない次女。


 それだから、こちらとしても必然的に長女だけを可愛がってしまった。

 それが決して良いことではないとわかっていたが。


 それでも。


 様々なしがらみがあったものの、いろいろな人の助けを得て、気がつけばいつしか俺達は普通の親子になっていた。


 家にはいつも長女と次女がいた。


 そうして3人で食卓を囲むのがいつしか当たり前になっていた頃……。



 長女が修学旅行で2日ほど留守にすることになった。


 初めてだ、次女と2人きりで家にいるのは。


 妙に緊張してそわそわしてしまう。


 しかも初日は、たまたま非番だった。


※※※※※※


「お父さん、晩ご飯は何を食べたい?」


 午後1時過ぎぐらいだろうか。


 その日は日曜日で、趣味の詰め将棋を解いていた俺は、次女から不意に話しかけられて、思わずドキっと飛び上がってしまった。


「……適当でいいぞ、適当で。なんだったら、スーパーで惣菜を買って来ても……」


 すると次女は頬を膨らませた。


「何言ってるのよ、私がちゃんと料理するわよ!!」


 嫌な予感がした。


 次女と言えば、包丁をまともに握ったこともないはずだ。


 家事全般はいつも長女が取り仕切っていた。

 正直言って、次女の料理の腕については詳しい情報を知らない。


 母親はまったくと言っていいほど料理の出来ない女だったから、期待はできない。


「今ね、テレビでなんか美味しそうな料理の作り方をやってたの。チャレンジしてみようかと思ってるんだ!!」

 得意げに言う次女の顔を見て、俺は嫌な予感しか感じなかった。


「い、いや、あのな……そんな凝ったものを作らなくても……」

「……」

 次女の表情が曇る。


 マズいことを言ったか?


「そ、そうだ!! カレーがいい、カレーにしよう!! な?!」


 カレーと言えばおよそ失敗のない料理だ。

 子供が初めて作る料理の定番じゃないか?


 学校の調理実習でもたぶん、最初に習うはずだ。


「え~、カレー? まぁ、いいけど……」

 ほっとした。


 しかし……。


 夕方5時頃だろうか。

「今から晩ご飯の用意するから、絶対に台所を覗かないでね?」

 次女はそう言って台所に引っ込んでしまった。


 再び、やや寒気が。


 恩返しにきた鶴じゃあるまいし、何かとんでもないことをしでかすつもりじゃないだろうな?!


 気が気でない俺は、柱の影に張り込んでこっそりと様子を伺った。


 しばらくすると。


 ドン、ガラがら、ガッシャーン!!


「きゃーっ!!」


 なんだ?!

 何が起きてるんだ?!


 たかがカレーを作るのに、いったい何をしてるんだ、あいつは!?


「おい、どうした?!」


「入って来ちゃダメって言ったでしょ?!」

 次女は俺の背中を押し、出て行けと言う。


「怪我は、怪我はないのか?」


「……大丈夫よ」


 不安を残しつつ、再び張り込むこと約1時間。


 時々、娘の独り言が聞こえてくる。


「あ、これ入れてみよう」

「あれ? なんだろ、この……」


 なに?


 お父さんに何を食べさせるつもりなの?!


 なんだ、この匂いは……!?



「お待たせ~、できたよ!!」

 呼ばれて台所へ、居間へ入った俺を待ち受けていたのは。


「……これは?」

「カレーだよ」


 嘘だろう。


 俺の認識だと、カレーと言うのはこんな色じゃない。


 例えは悪いが、まるで排水溝にこびりついたヘドロのような色だ。


「ご飯炊けてるからね。あとサラダも用意できたし、そうだ、お茶入れるね……」


 なぁ、味見したか?


 恐ろしくて訊けなかった……。



 食べない訳にはいかないだろう。


 おそるおそる、一口分すくって口に運ぶ。


「……どう? おいしい?」


 刑事生活15年ちょっと。

 いろんな凶悪犯に出会ってきた。

 正直って怖いと思ったこともあった。


 だが。


 今が一番辛い……。


 そうだ「つらい」と「からい」は同じ漢字を書くんだな。


 助けてくれ、誰か。


「……お父さん? どうしたの、お父さん――――っ?!!」



 後で長女が言っていた。

 あの子はマニュアルを読まないタイプだ。


 なんとなく美味しそうだと思ったら、手順書に書いていないことを始める。


 その上、自分では味見をしない。


 とりあえずやってみよー!!

 それが彼女のモットーなのだ……と。


 カレーぐらい誰でもまともに作れるだろう。


 あの時から俺は、一切の先入観は捨てようと心に決めたのだ。


 ※※※※※※※


「……っていうことがあったんだ」

「へぇ……」


「まさかそんな娘が、少なからず名の知れた割烹料理店へ嫁に行くとは、誰が想像したっていうんだ」


 今頃、次女はくしゃみをしているだろうか。


「ほんと、人生ってわからないものですよね」


 まったくだ。


 反目し合っていた俺と娘が普通の親子になれたのも、言ってみれば奇跡みたいなもんだからな。


「……ねぇ、聡さん。たまには一緒にゆっくり尾道へ行きませんか? いつも仕事に追われてばっかりじゃなくて……」


「そうだな」


「ここは割り勘にしますから、その時は奢ってくださいね?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] カレー美味しいですよね、大好きです(^^! 緑はグリーンカレーを想像しました。ほうれん草入りなのかぁ、身体に良さそうですね。 時として殺人的な料理にもなり得るのでせう。次女さんが作るカレ…
2019/11/14 07:00 退会済み
管理
[良い点] 本作を作品紹介エッセイで紹介したいのですが、大丈夫ですか?返信お願いします。
2019/01/24 14:59 退会済み
管理
[良い点] 面白かったです! 不器用な親子の交流がほのぼのしました。(*^_^*) [一言] 『ファザコン中年刑事とシスコン男子高校生の愉快な非日常シリーズ、スピンオフ』とのことでしたが、とっつき…
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