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9話 経験値(意味深)

「あ、ソーマさん、ステータスが上がってますよ。これなら冒険者になれそうです」

「えっ、マジで!?」



 仕事中、夕刻――

 今日はちょっとヒマだったので、カレンちゃんにギルドで使うマジックアイテムの説明を受けていた。


 カレンちゃんというのは、最初、俺を追い返したギルド受付嬢だ。

 茶髪を縦ロールにした、緑色の制服が似合うかわいい女の子である。

 年齢は十五歳らしい。

 十歳離れた弟が一人いて、家は雑貨屋を営んでいるとか。


 今はそんな彼女とカウンター越しに会話しながら、『冒険者になりたい人が来た場合の受付手順』について説明を受けていたところだった。

 そのうち俺の業務に受付も含まれるらしい。

 そして受付業務は雑用より給料が高い。

 ようするに働きぶりが認められ、昇進だ。


 そんな時――

 冒険者のステータスを測るための、水晶玉の使用方法を説明されていたら――

 俺のステータスが上がっていることがわかった。



「でもなんで上がったんだろう……たしかに力仕事とかもやってたけど、あくまで一般的な範疇だった気がするし……」

「きっとケンカの仲裁を多くしていたからでは?」

「ケンカの仲裁で腕力が上がるのか……」



 暴力的な手段はなにもとっていないんですが。

 カレンちゃんはにこりと笑う。



「ソーマさんって本当になんにもわからないんですね」

「うん」

「モンスターを倒すと経験値が入って、その結果レベルが上がって人が強くなる――っていうのはご存じなんですよね?」

「まあ」

「この『経験値』っていうのは魂のエネルギーと言われています。相手を殺したり、相手に負けを認めさせたりすると、その相手の魂のエネルギーが一部流れ込んできて、自分の魂の糧となるんです。このことを『経験値がたまる』と表現するんですよ」

「なるほど……つまり、ケンカの仲裁で、『あんたにゃかなわねえなあ』とか言われた時、実際に俺は戦闘勝利相応の経験をしてるっていうことなのか……」

「そうですね。もちろん、魂が敗北を認めるっていうのは並大抵のことではないですけど……アッサリと、誰にもケガをさせずにケンカの仲裁をされてしまったら、これはもう『負けた』と思っても仕方ないですよ」

「へー……」



 それって、男をあえがせて得た経験ってことだよね……

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 深く考えるのはよそう。



「我は!?」



 ぴょこっ、と俺とカレンちゃんのあいだに割りこむちっこいのがいた。


 赤い長すぎる髪をマフラーみたいに首に巻いた少女である。

 彼女も今はギルドの制服を着ていた。

 丈の長い、赤い、ワンピースである――本来ギルド職員の制服は男子が黒いシャツとベストとスラックス、女子が緑のスカートがふくらんだ丈の長いワンピースなのだが……


 この赤いのは『赤じゃなきゃやだやだ! だって我、炎だもん!』とだだをこねて、赤い制服を特注させてしまった。

 特注に見合った働きができているかは、微妙なところだ。



「我のステータスは!? 上がった!? 上がった!?」



 ちなみにこいつの主な業務はウエイトレスである。

 ただしあんまり重いモノは持てないし、不器用だし、要領もよくない。

 まあ見た目のよさもあって『ドジ』として愛されている。

 俺はコイツのこと大嫌いだったはずなのに、俺でさえつい「フフッ」とか笑ってしまうコイツの和ませ力は半端ではない。



「あーはいはい。ホデミちゃんも測ろうねー?」



 カレンちゃんが赤ちゃんを相手にする時みたいな口調になった。

 気持ちはわからないでもない。


 ……余談だが、ギルド職員には女子部屋と男子部屋(納屋)がある。

 ホデミは女性なので女子部屋でカレンちゃんと夜過ごしているわけだが(だから寝込みを襲って好感度を上げることができない)……

 毎夜毎夜赤ちゃんみたいに扱われてるんだろうか。

 カレンちゃんになら俺も赤ちゃん扱いされたい。


 ホデミがわくわくした顔でカウンター上の水晶に手を乗せる。

 しばしして――

 カレンちゃんの表情が固まった。



「……」

「どう!? どう!? なんかカレン固まっとりゃせんか!?」

「え、えーっと……」

「ふむ……なるほど。つまり――我の急激な進歩におどろいたんじゃな?」

「……」

「わかる、わかるぞ。なんせ我、神じゃしな……我は炎。我は千年間燃え続けた炎! 話が名はホデミ! すごく苦労して神の末席に名を連ねし者ぞ! ファッファッファッ!」

「…………あのね、上がってないの」

「ファッ!?」

「うーんと、前に見た時から、全然まったく、変わってなくって……」

「……うそじゃろ?」

「本当に……」

「…………うそじゃろ?」

「え、えっとね? ホデミちゃんは、その……なににも勝利してないから……」

「……ふぐぅ!?」

「ホデミちゃん!?」

「しょ、しょ、勝利、しとらん? 我が、なににも、勝っておらん……? ソーマがなんか勝ってるらしいのに、我は勝ってないの? 我、ソーマ以下?」

「げ、元気出して?」



 カレンちゃんは慰めるように言う。

 俺以下っていうのはそんなに慰められるようなことなのか、俺の方も慰めてくれねーかなあとか思った。


 ……まあ、そもそも俺が下げたステータスだ。

 経験によって上がったりするのかどうかは、疑問なのだが……


 ホデミは。

 くるりと俺を振り返った。



「ソーマ、我は――勝ちたい」

「なにに」

「なんでもいいから」

「……じゃあ、『勝ちたい』という己の欲望に打ち克とう」

「モンスターとかそういうのに勝ちたいんじゃ!」

「……で?」

「ソーマさん、冒険者になれるらしいですね」

「お前がしゃべり方を変えるとすごく恐い」

「あの、我ね、我ね、前々から言いたいことあったの。聞いてくりゃれ? 聞いてくりゃれ?」

「……なんだよ」

「我が苦労してるの貴様のせいじゃよな?」

「俺が苦労してるのもお前のせいだと思うんだけど……」

「まあ、まあ、よかろう。ここは平行線じゃ。交わらぬ議論じゃな。そこでじゃ、貴様には我の願望をある程度叶える義務があるな?」

「ない」

「我をヘルプとして貴様の冒険に連れて行ってくれんか?」



 ヘルプっていうのは、ようするに荷物持ち的なアレだ。

 冒険者は荷物持ちがほしくてなおかつ確保できない場合、ギルドに依頼して職員を借りることもできる。


 まあ、無料ではないので依頼者はほぼ皆無らしい。

 普通、そんな荷物持ちを別口で用意しなきゃならんほどの収益は見込めないからだ。

 あとギルド職員がケガをすると冒険者の方に治療費の請求が行くあたりも、利用者がいない大きな要因の一つだろう。

 つまりリスクまみれである。

 そもそも――



「あのさ、俺、別に冒険者やらなくていいかなって思ってるんだけど」

「なじぇ!?」

「だって、今のままでも充分に生活できるじゃん。……俺さ、お金をためて、小さな土地を買おうと思ってるんだよ。自分の家っていうかさ……そのためにはギルドで一生懸命働いて、昇進してさ……」

「異世界転移しておいてなにをそんなせせこましい夢を見とるんじゃ貴様!? ハイリスクハイリターンを狙わんか!」

「でもさ、このへんって、くだんの『魔王』のいる地域からだいぶ遠いみたいじゃん。モンスターもそんなに出ないし……出てもレベルが低かったり、一定の時期しか活動しなかったりでさ……だったら冒険者よりギルド職員のが将来的に安定するかなって」

「安定!? ハァ!? 安定!? 夢を見ろ! でっかい夢を!」

「夢は身の丈に合うものが一番いいよ」

「我はどうなる!? 我は一生ウエイトレスなんて、やじゃ! 神の力を取り戻して神の座に帰りたいんじゃぞ!」

「力を取り戻せたら帰れるの?」

「力があれば座の方が我を見つけて回収してくれる可能性はないでもないじゃろ!?」

「具体的な方法はわからないのか……」

「うわあああああ! やじゃあああ! 強くなりたい! 我、強くなりたい! 貴様がステータスを戻さんなら自分で地道に強くなるしかないじゃろ!? 貴様に冒険に連れ出され、モンスターと戦い、とどめだけもらうしかないじゃろ!? その選択肢さえもらえぬとはあんまりじゃあああ!」



 神が寝転がってバタバタしている。

 だだをこねる子供そのものだった。

 あとさりげなくムシのいいお願いを挟まれた気がする。



「……あの、ソーマさん」

「なにかな、カレンちゃん」

「ちょっとかわいそうなので、簡単なクエストでも受けてみませんか?」

「…………」

「ヘルプ料金は私が払いますから……」

「………………」



 俺は視線を下げ、寝転がりバタバタしているホデミを見る。

 ホデミはニヤリと笑っていた。

 踏んでやろうか。


 しかしカレンちゃんは、カウンターが邪魔でホデミの邪悪な笑顔を見ることができていない。

 だから、懇願するように、俺を真っ直ぐに見つめてくる。

 俺は。



「……わかったよ。一回だけな」



 肩をすくめ、ため息をついた。

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