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8話 冒険者からの好感度を上げていく

「オウコラ、エルフ! テメェコラ! ぶつかってんだよお! オレの肩にさあ! テメェの弓がよお!」

「ああん!? 悪ぃなあ! ドワーフはちっこくて見えねえんだよ! 矮小なんだから踏まれたら危ねえからどっか隅っこで縮こまってろ!」

「アア!? テメェらエルフこそ棒キレみてえに細いんだから、棚と壁の隙間にでも挟まってやがれ!」

「なんだとぉ!?」

「やんのかコラァ!」



 一触即発(いつもの)

 ギルドで雑用を始めてから数日――シャツにベスト、スラックスという制服をもらって正規雇用されてからは二日しか経っていないが、もう百回以上は見てるんじゃないかという光景であった。


 冒険者連中はとにかく血の気が多い。

 おまけにギルドは人種で人を差別しないので、様々な人種が入り交じる。


 エルフ。ドワーフ。

 獣人。人間。

 あとはバラバラと少数種族もいるようだが……


 ともかく人種の数だけ文化があって、文化によっては軋轢が生まれる。

 ここ数日で見えてきた人種同士の関係は――


 人間は獣人を見下しがち。

 獣人は協調性がなく空気を読めずトラブルを起こしがち。

 エルフは他人種をまんべんなく見下しがち。

 ドワーフは物静かな者が多くてうるさい相手を嫌いがち。

 そしてエルフとドワーフは互いに互いを嫌う傾向にあった。


 なのでケンカのパターンは一位が『ささいなきっかけと酒の勢いでエルフとドワーフが言い争いから殴り合いに発展する』というものだった。

 人でいっぱいのギルド――に、併設された酒場で起きているのは、そんなありふれたいさかいである。


 そして冒険者は冒険者のケンカを止めない。

 止めないっていうか、お客様、テーブルを勝手に片付けないで。

 殴り合いにちょうどいいスペースを確保しないで。

 賭けるな賭けるな――って感じである。

 むしろ殴り合いを見たくてしょうがないらしい。


 が、ギルド職員としてはそうもいかない。

 ケンカのたびにテーブルを壊されるし、クエストに行く戦力にどうでもいいところでケガされるし、料理や食器は飛び散るし、胴元もいないのに賭けが横行するし、もうやってられない。


 なので基本的にはケンカを止めねばならないが――

 相手は冒険者だ。


 普段モンスターと殺し合っている連中のケンカなんか、非戦闘員に止められるものではない。

 なので基本放置で、ギルド側の冒険者を呼んで仲裁させるか、おさまるまで見守るしかなかったのだが――



「ちょっと待った!」



 ――今は、俺がいる。

 俺は円形に確保されてしまったスペース、そこで武装解除をして今にも殴り合いしそうな二人のあいだに割りこんで――



「お客様、ケンカはやめてください」

「アア!? なんだコラァ!? テメェがやんのかコラァ!」

「なんだ矮小にして卑小にして短小っぽい人間風情が! 踏まれたら危ねえからどっか行ってろ!」

「まあまあ。落ち着いて」



 俺はドワーフとエルフを交互に見て――

 まずはエルフの方に寄って、彼の手を取った。



「んんんんん!? な、なん……!? ふあああ!? なん、だ!?」



 金髪碧眼の、見た目だけなら十代後半ぐらいの――

 男性エルフが甘い声をあげる。

 その目は潤み、頬は紅潮し、息は荒くなっていた。


 うんまあ。

 ケンカの仲裁は初めてじゃないので……

 慣れたよもう。



「お願いします。ここはみんなのギルドです。どうか、ケンカをしないで。迷惑をしている人もいるんですよ?」

「いやしかしドワーフがだな、どわ、どわああああ!?」

「お願い、します」

「わかったから! うん、なんかお前に頼まれたら聞きたくなってきた! お前に頼みごとをされるの嬉しいなあああああ!」



 こっちはもう大丈夫そうだ。

 俺は振り返り、今度はドワーフの方に視線を向ける。


 今までケンカしていた相手であるエルフが急に痴態をさらしたことにより、赤茶色のヒゲをたっぷりたくわえた彼の顔には、困惑と恐怖の色があった。

 俺は手をわきわきさせながら彼に接近する。


 彼は一歩下がる。

 俺は二歩素早く歩んで――

 彼のむき出しのたくましい二の腕に、直接触れた。



「ドワーフの方も」

「んほおおおお!? あああ!? な、なに、なんだ!? 今、電気、電気みたいなのが……!」

「人が多いんですから。弓がぶつかったぐらいで、あんまり怒らないでくださいよ」

「でもそのエルフは、オレたちを見下しいいいいいいい!?」

「お願いします」

「でも! うんんんん!? はああああ!?」

「お願いします」

「あ、ああ……わか、わかった……ああ、なんか、スッとした……あんたのお願いごときいたら、すごく、体が、スッとして、空にも、のぼる、ような……」



 ドワーフがガクガクと足を震わせ床にへたりこんだ。

 うん。

 まあ。

 慣れたよ。


 俺がどこか遠くを見ていると――

 周囲からの賞賛の声が聞こえてくる。



「すげえや! あのギルド職員、また触っただけでケンカを収めやがったぜ!」


「どんなテクだ! おい、今度は女同士でケンカしてくれよ!」


「ああ……筋骨隆々のドワーフが女の子みたい……素敵……」


「見たか! これが我が街のギルドが誇る名物職員、『どんなに闘争心むき出しの男でも、あえがせてケンカを止める仲裁テクニシャン』のソーマだ!」


「おおお! すげえぜ! こいつぁ間違いなく教育に悪い!」


「あいつの前でケンカはよそう……」


「いやでも、ちょっとクセになるんだよな」



 ……周囲の騒ぎが、なにか遠い世界のように感じる。

 人はなぜ争うのだろう――俺の心はそんな気持ちでいっぱいだった。


 争いなんか、なきゃいいのに。

 そうしたら――こんなたくましい男どもの嬌声を毎日聞くこともないのに……!

 ギャラリーの言葉ではないが、女の子もケンカしてください……!



「……ああ、また虚しい争いを収めてしまった」



 遠くを見たままつぶやく。

 こんなのが俺の業務風景。

 ギルドの雑用係であり、止めたケンカはすでに百を超える『教育に悪い仲裁人ソーマ』の暮らしぶりなのであった。

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