7話 冒険者は危険も多いし能力も必要な職業です
「はーい。冒険者に登録ですねー? ではこちらの装置に手をかざしてくださーい」
からの、
「……なんですかこのステータスは!? こんなの見たことないです!」
からの、
「お二人とも――弱すぎですよ!」
からの、
「あの、冒険者は危険な職業なので、ある一定以上の能力値を持った方でないと、できない決まりなんです……そういうわけなので、申し訳ありませんが……」
冒険者にはなれなかった。
俺たちが弱すぎたせいだった。
異世界生活がなんにも始まらない。
冒険者ギルドの外で、俺とホデミは並んで立っていた。
背後――大きく入口を開けた二階建ての建物の中は、明るくて、暖かくて、楽しそうだった。
俺たちはギルドの喧噪を背にしたまま、中を見る気にはなれなかった。
そこで騒いだり依頼を受けたりする冒険者の方々は、今の俺にはまばゆすぎて目がつぶれそうな気がしたのだ。
「……まァ、そりゃそうだよな……モンスターと戦うんだもんな……これまで普通に学生やってた程度の俺なんかが、化け物の相手つとまるわけないよな……逆に? そのへんの高校生捕まえていきなり『さあ、モンスターだ、倒せ!』とか言っても倒せるわけねえもんな……うん、ギルドの判断は的確だよ、本当に……」
切ねえなあ。
空に浮かぶ二等辺三角形の月がやけに目に染みる。
「……俺が今日、この世界に来てから得たものって、補導歴だけじゃん」
「…………あの、ソーマ」
おずおずと、長すぎる赤い髪を腕に巻き付けながら、ホデミが声をかけてくる。
俺は彼女の赤い瞳を見詰めた。
「……なんだい?」
「目が濁っておる……いやその、我が言うと裏を勘ぐられそうなんじゃが……我の能力値を一部戻して、我だけでも登録すればよいのではないかと……」
「……じゃあ、お前の肌に触っていい?」
「…………ステータス上げるフリして好感度上げようとせんか?」
「えーと、うーん……し、しないよ?」
「…………」
「………………し、しないよ?」
「…………ぐあああああ! ダメじゃ! ダメ! 一個も信用できん! 我から貴様への信頼度が低すぎるんじゃ!」
ホデミは頭をかきむしった。
その表情は憔悴していて、苦悶していた。
だからだろう――俺はつい、フォローめいたことを言おうとする。
「お前が悪いんじゃない! 俺だって……俺だって、お前のこと、全然信用してないよ!」
「……ソーマ」
「お前を冒険者にしたところで、お前に俺を養う義理はないし! お前の能力を下手に上げたらあの手この手で俺を脅してステータスを戻せと脅迫されそうな気がするし! そういう可能性は俺だって考えてたんだ!」
「ソーマ……!」
「あと、俺、欲望に勝てる自信がないのもたしかだよ! お前の肌に触れたら俺、お前の好感度を上げたいっていう欲望が絶対わくし!」
「わ、我も……! 我も能力値上げられたら、貴様を養って兵糧攻めしてやれとかそのうち絶対思うし……! 貴様ばかりが悪いわけではない! 我だって貴様を信じとらん!」
「ホデミ……!」
「ソーマ!」
俺たちは潤んだ目で見つめ合った。
たしかにそこには信頼はなかったが、奇妙な友情みたいなものがあった。
……いや、信頼はあったのかもしれない。
お互いを信頼できないという事実に対する、絶対的な信頼が。
俺たちが互いに抱いているこの感情は複雑怪奇で判然としない。
だが一つ、確実に言えることは――
今日は野宿だということで――
明日の暮らしのアテがないということだった。
「……帰りたい……現代に……日本に……帰りたい……」
「ば、馬鹿者……そんな切ない声を出すな……わ、我だって、神の座に帰りたい……神の座にさえいれば、空腹も眠気もないのに……」
二人して泣きそうになる。
互いにまだ泣いていないのは、目の前にいる相手に涙を見せたくないという意地のお陰だった。
でも、それもギリギリで――
不安と緊張のせいで涙が今にもこぼれそうで――
――そんな時。
「あのお……」
背後――ギルド内から声がかけられる。
俺とホデミは同時に振り返った。
すると、声の主は、先ほど俺たちを追い返した受付嬢だった。
種族は人間。
くるくるにロールした茶髪に、緑を基調とした丈の長い衣装――受付の制服を着た彼女は、苦笑しつつ俺たちを見て――
「お困りでしたら、ギルドの雑用とかやってみます? そうしたらギルド施設も一部利用できますので……宿泊用の大部屋とか……」
「「やります」」
俺とホデミは同時に返事をした。
こうして俺は異世界で就職する。
なお、具体的な仕事内容はまだ知らない。