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5話 生きていくって、たいへん。

「おかしいな……異世界に来て早くも二回補導されてる」



 普通、最初は冒険者ギルドとか行くんじゃないの?

 なんでギルド前に二回も詰め所(こうばん)なの?



「異世界転移者とか、その世界で育った者からすれば挙動不審が服を着て歩いているようなもんじゃからのう……」



 すぐ隣で、俺と同じような体勢でうなだれながら、ホデミが言う。

 その評価は的確かもしれなかったが、補導の原因はこいつとの口ゲンカなので、俺の挙動不審さはまったく関係ないと思った。


 時刻はすっかり夕方になっていた。

 服を乾かしたりお昼をごちそうされたりしていたから。


 ……また罪もない取調官さんを懐柔してしまった。

 異世界メシおいしかった……


 ただのソーセージを挟んだパンがどうしてあんな、涙が出るほどうまいのだろう?

 やっぱり人の温かさって、食事のおいしさに影響あるなあ……



「でも、このまま補導され続けるとさすがに好感度操作で心が痛むから、やっぱり怪しくない身分とかほしいよね……」

「貴様しれっと『補導される』と『好感度をいじる』をイコールで結ぶな。四十代ヒゲもじゃドワーフの取調官のあえぐ声がまだ耳から離れんわ……」

「でも、ああするしかなかったし……」

「良心の呵責がとか罪の意識がとか言いながら、なんじゃあのスムーズな動作は。取り調べが始まるなり泣きまねをして必死なフリをして取調官の手を握って好感度操作しておったろ? 横で見ていてそら恐ろしかったわ……」



 ホデミが震えていた。

 俺も自分の適応力が恐ろしい。


 でも中世ヨーロッパ系の異世界とか、うっかり牢屋に入れられたらどんな方法でやってもない罪を自供させられるかわかったもんじゃないから(※あくまでイメージ)、許して。

 まあ、しっかり取り調べをするぐらいには法整備がされているんだろうけど。



「なあホデミ、俺、取調官さんのすすめにしたがって、冒険者ギルドに行ってみるよ」

「ふむ。我らの生活費のこともあるしのう。それがよかろう」

「それにこの世界は――『生きていく難易度が低い世界』なんだろ? だったらまあ、身分さえあれば生活はどうにかなると思うし、やっぱりまずは身分だよ」

「難易度が低い?」

「え?」

「……」

「…………」

「…………さ、ギルドに行くか」



 ホデミが歩き出した。

 俺は彼女の長すぎる髪をつかんだ。



「待ちたまえ」



 髪をつかんだので好感度操作を試してみるが――できている様子がない(その証拠にあえいでいない)。

 今までステータスをいじったのは全部『直接相手の皮膚に触れている状況』だったし、そういう制約なのかもしれない。


 ホデミはギギギギと振り返った。

 幼くかわいく、妖艶で美しいその顔立ちには笑みと大量の冷や汗が浮かんでいる。



「……なんじゃ。はよ行こう? 我、冒険者ギルドに興味津々。地上、楽しい。タノシイ」

「その前に、なにか俺に言うことない?」

「貴様……角度によってはイケメンじゃな?」

「あからさまに機嫌をとりに来るなよ! さっきの『難易度が低い?』ってなんだ! 『?』の意味を答えろ!」

「ふっ……教えてほしいか? だが――それが人にものを頼む態度かあ?」

「わかったよ……じゃあこのまま一緒に噴水のところまで行こうか。話は水の中で聞こう」

「やめ……やめろお! 水はやじゃ……水恐い……水恐い……!」

「それがイヤなら、正直になろう?」

「貴様、脅迫の入り方がスムーズすぎんか? 前の世界でいったいなにやっとったんじゃ?」



 高校生だったはず……

 だがなんだか、早くも生前の日々が遠き日の思い出のようだ。


 俺としては、問題があるのは脅迫しないと会話が成り立たないホデミのキャラクター性だと思うのだけれど……

 たしかに俺も俺で、この世界での生き方に早くも適応している感はあった。

 自分というものがだんだん変わっていく……


 俺が己の変化におののいていると――

 ホデミが観念したように肩を落とした。



「わかった、わかった、正直に話そう」

「最初からそうしてくれれば脅迫を挟まずにすんだのに……」

「いや、すぐさま『脅迫』という選択肢が出るのがそもそもどうかと我、思う」

「それより」

「うむ。実はな――この世界、別に難易度が低くないんじゃ」

「……あの、若くして死んだ者は、生きていく難易度が高かったと判断されて、次は生きる難易度の低い世界に転移させられるって言ってなかった?」

「それはそうなんじゃが……なあ、ソーマよ、我は思うんじゃ……我があくせく燃え続けてようやく得た神の力を、一端とはいえなんの苦労もせずふるえるのはいかがなものかと」

「それは聞いたけど」

「同様に、我は雨風に怯え続けてようやく神となったのに、なんの危険もない、なにもかも楽勝な世界で、ぬくぬく、いい目を見るのはいかがなものかと」

「……」

「だからの? いや、親切心じゃよ? 親切なんじゃよ? なんていうの? 人間性の健全な育成みたいな? 苦労せねば人として歪んでしまうじゃろ? そういう気遣いなんじゃよ?」

「早く本題に」

「うむ。この世界は別に難易度低くないんじゃ。貴様に苦労をしてほしくて……」

「……」

「選べる中では最高に死ぬかもしれない世界観というか? ほれ、魔王とかおるし?」

「…………」

「いやでもそう、男の子じゃもんな? 戦いとか魔王とか好きじゃろ? そういう配慮もな、うん、その、まあ、えっと…………勝ち取れ! 人生を!」



 ホデミがグッと拳を握りしめた。

 俺もグッと拳を握りしめた。

 殴りたかったが、見た目が幼い女の子なので抵抗があるし、周囲の目もあった。

 だから我慢して、すぐ横にある壁を殴った。

 そしたら、



「……君たち、飽きないねえ」



 すぐ横にある壁――詰め所からちょうど出て来た兵隊さんに見られた。

 三回目の補導であった。

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