4話 神様からの好感度を上げてみる
詰め所から出ると、石と土でできた街並みが待っていた。
道は石で舗装され、建物はレンガでできている。
行き交う人はやっぱり人種も様々で、武器を持った人もいれば、買い物袋だろうか、パンパンにふくらんだ布の風呂敷みたいなものを持った人もいた。
若者もいれば老人もいた。
歩道車道みたいな区分はなく、全員がばらばらと好きな位置を歩いている。
たまに馬車が通ると、人々は慣れた様子で道を開けて馬車を見送る。
入口が開放された建物が多く、どうやらそこでは商売が行われているようだった。
文字は――読めないが、なんとなく意味はわかった。武器屋、薬屋、道具屋などの施設が石の道を挟んで建ち並んでいる。
西洋の中世の街並みを舞台にしたゲームとかで見たことある街並みだ。
つい建物をのぼったり屋根から屋根へ飛び移ったりしたくなる。
「ハッ……くしゅん!」
街に見とれていると、くしゃみが聞こえた。
そちらを向けば――まだ濡れている着物を身にまとったホデミが、長すぎる赤い髪をマフラーみたいに首に巻いて、詰め所の壁に寄りかかるように立っていた。
「遅かったな、たわけ。風邪をひくわ、たわけ。はよ我に服を乾かす場所とベッドを提供しろ、たわけ。たわけたわけ&たわけ。そんなんじゃからコンビニ帰りに階段踏み外して死ぬんじゃ。足元が見えとらん。人生的な意味で」
「……」
「だいたいなんで我が貴様に待たされねばならんのじゃ。貴様、責任感じとる? 我は千年燃え続けた炎なるぞ? その我を地上に落としたあげくずぶ濡れのまま放置とか年長者に対する敬意が行方不明なんじゃが? もっとこう敬いの気持ちを持たないと社会に出てつらい目に遭うぞ? というか、遭え?」
「…………」
「ハア、というか我、こんなに濡れてて寒そうでかわいそうじゃろ? 詰め所の兵隊どもからタオルの一つも借りて我に献上するのが人としての正しい行いでは? ハァー……年長者への敬意も女性の扱いもわからんとか、もうほんと、終わっとるな貴様……そこまで終わっとるとムカつきを通り越して逆にかわいそうじゃな」
「………………」
「で、ここまで我が言っておるのに、ダッシュで詰め所に戻ってタオルと温かい飲み物を持ってこないのはどういうことじゃ? ヒントわかっとらんのか? はーい、今、我、大事なこと言いましたー。でもソーマくんは聞こえてませんでしたー。ハァー。ほんっと、ほんっと」
詰め所から出るまでの短いあいだだったが、葛藤があった。
ホデミはたしかに、ムカつく。
八つ当たりで俺に余計な制約をかけてきた気まぐれな邪神だ。
でも、それでも――能力自体は与えてくれたのだ。
それを無理矢理好感度を上げて制約を解かせるというのは、さすがにちょっと悪いんじゃないか?
そういう迷いも、あった。
でも、もう迷わない。
クッソムカつく。
こいつの俺に対する好感度を無理矢理上げてやる。
だが、俺の能力は触らなければ発動できない。
だから今は言い返さず、彼女を敬い、彼女を気遣い、そしてさりげなくボディタッチしなければならない(ボディである必要はない)。
俺は可能な限り穏やかな笑顔を浮かべた。
「ゴメンネェェェェ、ホデミチャァァァァン?」
「ヒッ!? 怖っ!?」
ホデミが遠ざかった。
色々言われすぎたせいで怒りが表に出てしまったようだ。
俺は敵意がないことを示すように、両腕を大きく広げて『なにもしないよ』のポーズをとる。
そして笑顔を浮かべて、遠ざかったホデミに近寄って行く。
「ホデミ様……ああ、親愛なるホデミ様……ボクのなにが怖いんですか? ボクはこんなにあなたのことを崇め敬っているというのに……」
「貴様、誰じゃ! ソーマではないな! ソーマはそんなこと言わん!」
「お前が俺のなにを知ってるんだ」
「ソーマ!? 本物じゃったか!?」
「そう、本物のソーマくんだよ。……違う、俺はこんなしゃべり方しない。ちょっと待って」
憎悪の対象である邪神ホデミの機嫌をとらなければいけない――そんな状況が、俺に普段の自分を見失わせていた。
深呼吸。
「ホデミ、俺はこれでも反省してるんだ……たしかに、お前を濡らしてしまったことはごめん。炎だもんな。水、怖いよな」
「そ、ソーマ……そうじゃ……我は消えたくない……ヒトガタをとったゆえ水で消えることはなくなったが、それでも炎であったころの恐怖は覚えている……水は怖い……H2Oめ……Oは炎と仲良しのはずなのに裏切りおって……!」
「だから濡らしてしまったのは本当に悪かったと思ってるんだよ。さ、詰め所に戻って、服を乾かさせてもらおう? 実は取調官と仲良くなったんだ。頼めば温かい飲み物ももらえると思うよ?」
片手を差し出す。
そこの詰め所までエスコートをしようとしているように見えるだろう――自然な流れだ。
誘いに乗ってホデミが俺の手を取ったら、触った瞬間俺への好感度を限界まで上げてやる!
ホデミは小さな手を俺の手に重ねようとし――
ピタリ。
直前で動きを止めた。
「……貴様、なにか企んでおりゃせんか?」
「…………!?」
「よくよく考えたら様子が明らかにおかしいし、こんなすぐそばの詰め所に入るのに我の手をとってエスコートしようというのは、不自然ではないか?」
「気付いたか! だが遅い!」
俺はすぐそばまで近付いていたホデミの手を、自分からとった。
そして念じる――俺への好感度よ、上がれ!
見た目幼い女の子の手を無理矢理とり、『好感度上がれ』と念じる行為は好感度を下げそうな感じではあったが――
「ふぁっ!? ふう!? なっ、んんんっ!? ちょ、やめ、頭、頭が……おかし、おかしく……ふあああ!? なに、なにをしとる!? なにをしとる貴様!? 我のなにをいじっておる!? どのステータスを下げ……はふふうぅ!? おい、やめ、やめ……! あはあああああ!?」
ホデミが嬌声をあげた。
……そうなんだよなー。
どうにも好感度操作を行うと、ガクガク痙攣して、よだれとかこぼしながら、こういう声を出すようになってしまうのであった。
取調官(五十代男性)の声が未だに耳から離れない。
俺はフラッシュバックする取調官の甘い声をかき消すように哄笑した。
「ハッハッハァ! 下げたんじゃねえ! 上げたのさ! 俺への好感度をなあ!」
「なんじゃと……!?」
「さあ、俺を好きになれ!」
「ぐうううううう!? わ、我は……ソーマのこと、す、す、す……」
「す?」
「す、好き……」
「好き!?」
「好き……では、ない!」
パァン!
ホデミが俺の手を振り払った。
馬鹿な。
俺の能力は神の力の一端(とかいう表現をホデミがしていた気がする)。
それに、今の子供以下の力しかない(という自己申告をホデミがしていた)彼女が抗うことなど可能なのか……?
ホデミは荒く息をついている。
「ハァ……ハァ……ハァ……なるほど……好感度というステータスとは、考えたのう。たしかに危なかったわ……貴様がステータスと認識すれば、上げ下げは自由のようじゃからな」
「なぜ……なぜお前は平気なんだ……?」
「それはな――我が貴様のことを大嫌いだからじゃ!」
「……!?」
「どうにも貴様のステータス操作は、すべて一瞬で終わるわけではない……音楽のボリュームを上げ下げするように、段階を踏んで上がったり下がったりするようじゃな。もっとも、神の能力値を一瞬で子供以下にする程度の速度はあるようじゃが」
「……」
「つまり、我は貴様のことを――すさまじく嫌いなんじゃな! 神のステータスを一瞬で下げきった貴様でも、一瞬ではどうにもならないほど、我から貴様への好感度は低いのじゃ!」
「なん、だと……!?」
「そして――無理矢理腕をとって『さあ、俺を好きになれ!』というゲスの極み発言で、貴様への好感度がさらに下落したことも我に有利に働いたわ!」
「……たしかに……罪の意識があった……好感度を無理矢理上げることに、良心の呵責があった……そのせいで自分でも気付かないうちに悪役っぽいしゃべり方になってしまっていた……迷いがあったから! それが、千載一遇のチャンスを逃す結果になった!」
ガクリと崩れ落ちる。
四つん這いになって、握った拳で地面を叩く――本当に悔しい!
もっと自然に、もっと優しく、もっと好感度高く――好感度を上げなければならないのだ。
『悪いかな』とか『申し訳ないな』とか思ってはならない。
罪の意識を誤魔化すために悪者ロールプレイをしては、いけない。
冷酷に冷徹に、確固たる意思をもって好感度上げにいかなければ、この神は堕ちない……!
完敗だ。
本当に悔しい。
でも、俺は、なぜだろう――晴れやかな気持ちで、立ち上がる。
「……負けたよ。次はもっと心を鍛えて、自然な感じで、お前に好きになってもらう。俺はお前をあきらめない」
「その発言はなかなか好感度が高いが――我は安い女ではないぞ?」
「やっぱり俺たちは――長い付き合いになりそうだな」
「うむ。そうじゃな」
二人、見つめ合う。
そんなことをしていると――
「ゴホン、ゴホン」
わざとらしい咳払いが聞こえた。
そちらを向けば、鎧兜を身につけた兵隊さんの姿があった。
「君たち、詰め所の前で騒ぐとは、なかなか度胸がおありだね? ……中で話、しようか?」
クイッと内部を親指で示された。
俺とホデミはうなずく。
そして二人同時に兵隊へ向き直り――
「「ごめんなさい」」
頭を下げた。
補導はされた。