29話 神と人をつなぐもの
「おもちゃにされた……」
大家さんに頼んで温かい飲み物を出してやると、ホデミは落ち着いた様子で語り始めた。
椅子なんかない眠るだけの宿舎なので、二人並んでベッドに座っている。
手を伸ばせば簡単に触れられそうな距離で、ホデミは温かなハニージンジャーの入ったコップを両手で包みこむように持ちながら、
「カレンに着せ替えられたのが、始まりじゃった……」
「……」
予想より危機感のない話が始まりそうだった。
安堵しつつ、その幼い横顔やら赤い髪やらを見て、ケガがないのも確認し、続きをうながす。
「で、なにが起きたんだよ」
「ソーマの能力のお陰でグランドドラゴンを撃退できたじゃろ?」
「まあな」
「つまりそれは、我の功績も同然じゃろ?」
「……」
こういうところなんだよなあ……
俺たちが互いに互いを最後の一線で信用しきれないのは、もはや前世からの因縁を疑うレベルなのだけれど……
具体的に信用できない部分をあげられるとすれば、俺もホデミも、こういう自己中心的で自意識過剰な性格であるところとかだろう。
「……で?」
「だからの、我は神であって、ソーマに力を奪われ人界に落とされたものの、いずれあの悪しき者を誅戮し、すべての力を取り戻してみせる。すべての力を取り戻した我マジすごいから崇めるなら今のうち、初回限定信者救済キャンペーン中とか、そういう話をしておったんじゃ」
「完全に俺が悪者みたいな話しぶりなのがすごい気になる」
「悪者じゃろ!?」
赤い瞳を見開いて、おどろいた顔をしていた。
どうやらホデミの中で、俺が悪者という点にはいっさいの脚色も事実歪曲もないらしい。
きっと俺が『ホデミが悪い』と思うのと同じぐらい、ゆるぎない気持ちなのだろう。
……まあ。
ここらへんのすりあわせを行い始めると、たぶん一昼夜じゃ足りない。
「……で?」
「そこで着せ替えられることになったんじゃが……」
「話がつながらないのですが」
「……そういえばそうじゃな……なんでじゃろ?」
「酔った勢いとか?」
「まあ、そうじゃろう。ともあれ着せ替えられることになったんじゃが、いつの間にか人だかりができ、ギルドに関連するすべての女子どもが、我も我もと我に自分の着ている服を脱ぎあたえ、それは大変なことに……」
「女性が妙に少ないと思ったらそんなことが起こってたのかよ! どこでやってたんだそれ! 誘えよ! 親友だろ!?」
「親友ではないです」
ピシャリと言い放たれた。
ホデミが普通の口調で言うぐらいだから、相当な拒否反応があったのだろう。
「まあ、いいよ。すんだことだし、俺も大人だしな。気にしないでやるよ」
「なんじゃその未練ありありの口ぶりは……」
「……で、着せ替えられて、大変だったと」
「今も街では、我を探して半裸の女子どもが徘徊しておるのじゃ……」
「天国か。ちょっと見てくる」
「行くな! 行かんでくれ! 貴様、絶対に我を売るじゃろ!?」
「そんな当たり前のこと、いちいち言う必要ある?」
「後生じゃ……後生じゃから、ここにいてくれ……なぜこんな時に貴様を頼ってしまったのか、我自身にもわからんが、貴様以外に知り合いもおらんかったんじゃ……カレンが敵に回ってしまったから……」
「お前、けっこうかわいがられてるように見えたけど、友達はいなかったんだな……」
「神は一人ぼっちでも泣かない」
神、強い子。
まあ、弱い子なんだけれど……
「なあ」
と、切り出そうと思ったのは、俺も酔っていたのかもしれない。
酒というか――雰囲気に。
みんなで協力して強大な敵を倒したという祝勝会のあと、静かな夜の雰囲気に、酔っていたのかも――しれない。
「力、返そうか?」
「……どんな罠じゃ?」
「わかった。この話は終わりだ」
「まあまあ慌てるでない。わかったわかった。今の我はあらゆる女子どもの胸の大きさを見て知っておる。取り引き材料は潤沢じゃぞ」
「いや、罠じゃなくってさ……誰だっけ……ナギ相手だったかな? すでに言ったことあるような気がするんだけど、ぶっちゃけ、もう俺の側には、お前に力を返しちゃいけない理由はあんまりないんだよ」
「だったらはよ返せ!」
「でもさ、力を返したら、お前がどこか遠くに行っちゃいそうで、それがイヤだったんだ」
「……」
「俺にホデミの代わりはいないからさ。なんていうか――お前への憎しみと怒りのお陰で、俺は慣れない異世界生活でも、どうにかふんばってこれたんだ。だからお前がいなくなったら、俺を支えてる大事なものがなくなりそうで、それが怖かった……」
「……ふん」
「でも、今日、わかったよ。お前がいなくっても、俺はこの世界でやっていけそうな気がする。みんなで協力して、強大な敵を倒して、それでわかったんだ。俺は一人じゃないって」
「……」
「だからお前、もういいや……」
「『お前、もういいや』!?」
「ああ、ごめん、ごめん、そうじゃない……もっと言い方がある。待ってほしい。今、素敵な言い回しを考えるから」
「いや、もはやなにを言われても、我の頭には『お前、もういいや』が響き続けると思うんじゃが……」
無視して考える。
俺は、ホデミのことを最後の一線で信用できない。
相棒という関係性ではなかった。
たぶん、お互いにお互いのことを、枷とか足手まといとか、邪魔者とか、そんなふうに思っていたと思う。
それでも、なんていうか――
「神様、一緒にいてくれて、ありがとう」
「……」
「俺の人生は一回、だいぶ早く終わってしまったけど、第二の人生はどうにか過ごしていけそうな気がする。全部、あなたのお陰だよ」
「……」
「だから、力を返すよ。もう神様に見守られなくっても、俺は生きていけそうだから」
「『お前、もういいや』と」
「うん」
どれほど取り繕っても、そういうことには違いない。
色々検討して、タイミングを見て、自分本位に切り出したことにはなんら変わりないのだ。
ホデミは――
長すぎる赤い髪を、指先でもてあそんでいた。
「我は、力の返る日を待ち望んでいた」
「……」
「しかしなぜじゃろうな、貴様が素直に返すと述べた瞬間、絶対に返してなどもらうものかという闘志がメラメラと燃え上がってきた……炎の神だけに……」
「…………」
「あと、貴様がどんなにいい雰囲気を醸し出そうとも、やっぱり『こやつ、我を騙して好感度上げる気では?』という気持ちがぬぐいきれぬ……」
「………………」
「どうして我は、貴様のこと、こんなに信用できんのじゃろうな……」
「それは俺が知りたいぐらいなんだけど……」
「そうだ、貴様、立派な男になれ」
「……?」
「我が好感度を上げられても仕方ないと思うぐらい、立派になれ。そうすれば、我も力を返されてやるでな」
「話の展開がわからない」
「貴様は我に力を返したいんじゃろう?」
「いや、そこまででもない」
「ならば、我に力を返すに足る男になるがよい」
「俺の話が耳にとどいていらっしゃいませんか? そのかわいいお耳は飾りですか?」
「なに? かわいい我の耳を飾りにしたい? どんなサイコパスじゃ貴様……」
「飾りのようだな」
引きちぎってやろうか。
しかし、俺が耳に伸ばした手は、サッとかわされる。
こいつ、本気で俺と接触したくないらしい。
「……おい、ホデミ、本当にいいのかよ。俺が『力を返す』なんて、今限りの気まぐれかもしれないんだぞ」
「かまわぬ。今はそんな気分じゃからな」
「明日絶対後悔するぞ」
「そうかもしれん」
「いいのかよ。お前の選択は、どう考えたって悪手だと思うぞ」
「まあ、しかし、我らはその場の意地の張り合いでやってきたじゃろ」
「……そうだな」
「ならば、これでよかろう。そもそも貴様の『力を返してやる』という態度が気に食わん」
「奇遇だな……俺も『力を返されてやる』という態度が気にくわない」
俺たちは目を見合わせ――
笑った。
笑っているのに、全然仲良くはない。
一定距離をとったまま、接触はかたくなにせず、口を開けば悪態をつきあう。
俺の神様は間違いなく不信で結ばれていた。
誰からも好かれる能力をもらったが――
能力だけで誰からでも好かれるというのは、なかなか難しい。




