28話 宴/それぞれの旅立ち
夜に行われたドラゴン肉パーティーは、様々な人にとって契機であった。
これを最後に街を出て、最前線へ行く者――
この街に残る者――
今回の報酬で冒険者を引退する者――
祝勝会は壮行会であり、歓迎会であり、お別れ会でもあった。
街の広場ではあちこちで火が焚かれ、肉の焼けるにおいや酒のにおいが漂っている。
寒い夜だというのに石畳はいっこうに冷えず、真夜中だというのに笑い声と足音は耐える素振りもなかった。
俺はみんなより少し高いところに席を設けられて、そこに座っていた。
なんていうか、王様みたいな扱いである――最大の功労者とみなされているお陰だ。
なんやかんやのうやむやで、ケンカの仲裁をする時などちょっとずつ好感度をいじっていたことはおとがめなしになったらしい。
このまま忘れててほしいなと思いました。
「この街も愛を失ってしまったようだ」
同じ方向を見て、ヴァネッサが、騒ぐ冒険者たちを見て、悲しげに言う。
効率を憎み、『かけた労力こそ愛だ』とのたまう彼女には、ステータスを手軽に上げられ強敵を一蹴したみんなのことが、よくない人々に見えているのかもしれない。
「ソーマくん、私は悲しい。なぜみんな、これほど苦労を嫌うのだろう。なぜみんな、敵対者へ愛を向けることを忘れてしまうのだろう……命を奪うのだから可能な限り深く愛をもって立ち向かうという私の考えは、それほどおかしなものなのだろうか……」
「まあ、能力に余裕があれば、そういうのを大事にする風潮も生まれるのかもしれないけど……みんな命は大事だからなあ。リスクが少なくてすむなら、それが一番いいんじゃないの?」
「……どうしよう、あなたの言っていることが、まるでわからない」
「そうか……俺もヴァネッサの主張は、常々意味がわからないと思っていたんだけど……」
「ううむ……なるほど。我らのあいだには深く大きな溝があるのだな……」
「そうだね……」
「つまり、私は人類愛を試されているのか! この溝を埋めろと、なにかが――神が言っているのだな!」
「前向きぃ!」
前向きな狂人ほどどうしようもないものはない。
彼女は「愛を伝導せねば」と言いながら去って行った。
明日あたりなにかやらかしそうでとても怖い。
ヴァネッサが去り――
俺がなんとなく視線を泳がせて、ホデミの姿を探していると……
なにか。
体より大きなリュックを背負って、こそこそと宴をあとにしようとする、猫耳獣人を発見してしまった。
見ればそいつは、人々がまだ手をつけていない生のドラゴン肉を、次々リュックに放り込んでいるところであった。
「ナギ、なにしてんの?」
思わず近付いて、声をかける。
すると、窃盗を見とがめられた泥棒のように、ナギはぎくりと尻尾の先まで硬直させた。
「や、やあ、ソーマ! 奇遇だね!」
「なんにも奇遇ではないけども……なにをしているの?」
「違うんだよ! お金なの!」
「まあ、なにも違わないと思うんだけど」
「グランドドラゴンの肉をね、違う街で売ろうと思って……」
「……」
「考えてみてよ! 食べ放題じゃない! ってことは、胃袋に入れるもリュックに入れるも同じでしょ!? だったら胃袋に入れて脂肪にするより、リュックに入れてグランドドラゴンに襲われてない街に持っていってお金にした方がよくない!?」
胸のあたりに大きな脂肪の塊がある人は発想が違う。
ホデミにも聞かせてやりたい。どこにいるんだか知らないけど。
「そういうわけだから、ボクは行くよ」
「ああ、もう来るんじゃないぞ」
「牢屋出る時みたいなこと言われた! ……あれ? 牢屋に入ったのは夢だっけ?」
「……夢かな」
「でも、ソーマがボクをどんなに嫌っても、ボクはきっと帰ってくるよ。だって――ソーマよりお金を生み出せそうな人、他にいないもん」
「……ナギ……」
「お金持ちの貴族とかにプロポーズされたら、帰ってこないかもしれないけど……」
「……なあ、最後に聞かせてくれないか?」
「最後かどうかは確定してないよ!?」
「どうしてナギは、そこまでお金にこだわるんだ?」
「…………………………そこまでお金にこだわってるかな? え、逆に、どうしてみんな、そんなにお金にこだわらない感じなの? ボクには理解ができないよ……だってお金があったら、なんだってできるじゃない……願いを叶えるアイテムだよ? 普通、集めない?」
「そうか……じゃあな」
「聞くだけ聞いて、特にコメントはないの!?」
だってコメントできないもん。
なんだろう……類は友を呼ぶとは言うけど、俺とパーティーを組んだ連中がことごとくアレな感じなのは、俺の人格のせいなのだろうか……?
愛、金、力――
求めるのは間違ってるとは思わないけど、ちょっと過剰というか、それぞれの定義があまり一般的でないというか……うまく言えない。
ともあれナギは「腐る前に運ばなきゃ!」と慌てた様子で走り去って行った。
大きな包みを背負って夜陰の向こうへ消えていく黒装束の猫耳獣人の姿は、誰がどう見てもこそ泥であった。
そうこうしているあいだに、空が白み始めてきた。
宴は終わる気配もないけれど、いい加減眠くなってきたので、俺は早めにあがらせてもらうことにした。
俺の本職は冒険者ではないのだ。
明日も明日で、シフトがある。
ねぐらにしている二階建ての石造りの建物へ向かう。
入口を入ったところにいる大家さんから、グランドドラゴンについてアレコレたずねられるのを、後日にしてくれと断って、部屋へ。
妙にきしむ木製の階段をのぼり、突き当たり右手の部屋に入り、木の台の上にシーツを敷いただけの粗末なベッドに寝転がり、しばらく寝ているのか起きているのかわからないような状態でうだうだしていると――
ずりずり。
なにかを引きずるような音がして――
「ソーマ……ソーマ、助けてくれ……!」
切迫した声。
なんだろうと思い、ドアを開けて確認すれば、そこには――
――ボロボロの格好をしたホデミがいた。




