24話 お金と命とどっちが大事なの!?
「いや、我はたしかになにもしておらんからな。我の報酬が少ないのは仕方がない。一割でももらえるだけありがたいというものよ。なにせ、なにもしておらんのに一割もらえるのだからな。いやほんと、これでよい」
報酬の分配は三対三対三対一に落ち着いた。
ホデミはあっさり引き下がった。
なんて聞き分けのいいやつなんだろうと俺は一瞬感動したが……
本気でなにもしてないのだ。
たしかにこれで全体の一割も報酬を受け取ることができたら、『楽して儲ける』という彼女のそもそもの目的には充分適っているのだろう。
そう考えると釈然としない思いもあるが、後の祭り。
俺たちは報酬を受け取り、『また次のクエストで』と冒険者の定型文みたいなあいさつを交わしてパーティーを解散し――
ギルドの酒場。
人もまばらな真夜中のそこに――
俺と、ナギが残った。
「それで、ソーマ、どう? 冒険者続けたくなったでしょ?」
胸をテーブルの上に乗せ、猫耳をピクピクさせ、笑顔で聞いてくる。
どうやら俺がうなずくことを確信しているようだった。
が。
「いや、やっぱりこりごりだよ。冒険者業はやめる」
「どうして!? こんなに楽して、こんなに儲けられるのに!?」
信じられない、というように立ち上がる。
まあたしかに……
普段酒場などで聞く冒険者の会話から察して、命懸けとはいえ、この程度の苦労で二ヶ月分の稼ぎになるというのは破格なのだが……
「俺がクエストを受けると、当たり前のような顔をしてホデミがくっついてくるのが、釈然としないから……」
「そんな理由!?」
「なんていうのかな……他者からどう見えてるかはわからないけど、俺とホデミは根本的には敵同士なんだ」
「ええ!? あんなに仲よさそうにしておいて!?」
「うん。そりゃあ、あいつと不仲の原因となった出来事からはだいぶ経ったし、俺もあいつも、もう第一印象を決定づけることになった事件は気にしてないと思う」
ぶっちゃけ。
ホデミの能力をいつ戻したってかまわないとさえ思っている。
けれど、しない。
なぜならば――
「俺たちは反目することで、この世界で生きる気力を手に入れられていると思うんだよ」
「……」
「だからさ、敵対こそが思いやりで、足の引っ張り合いこそが協力で、嫌悪こそが愛情なんだ。『あいつのことが気に入らない』――それだけの理由で、俺は心折れずに生きていけてるんだと思うよ」
なにせ、異世界生活なのだ。
つらいに決まっている。
風土も気候も俺がもといたところとは全然違う。
食事だって違うし、水を飲むのに苦労をするだなんて考えたこともなかった。
インフラ整備もないし、そもそも一人暮らしをしたことのない俺には、初めての一人暮らしが異国――いや、異世界というだけで、苦労だらけだった。
それでもやってこれたのは――
ホデミに弱みを見せられないという、意地のようなもののお陰だったのだ。
「俺は、あいつから、『あるもの』をあずかっているんだ」
「お金?」
「いや、お金ではないけれど。俺が返したら、あいつは、俺が行けないような遠いところに帰ってしまうかもしれないんだ」
「……」
「俺は、それが怖い……あいつがもし目の前からいなくなったら、俺を支えている大事なものが折れてしまうような、そんな気がする」
「……」
「……ごめん、とりとめもなかったかな。でも、『あいつのことが気に入らない』『あいつの好きにさせてたまるものか』っていうのは、俺の中ではもう、欠かせない大事な生きるためのモチベーションなんだ」
「ソーマ……」
「……」
「ものすごく歪んでるね……ようするに全部、自分のためでしょ? 正直、『うわあ』って感じだよね……」
「……返す言葉がねえや!」
「でもソーマ、ホデミちゃんが遠くに行ったら寂しいんでしょ?」
「……それは、そうかもな」
「だったら、遠くに行かないようにしたらいいんだよ!」
「どうやって?」
「うーん……足の腱を切るとかは?」
ここで俺が『お前の方が歪んでるだろ!』と突っこまない理由は明らかであった。
俺も同じ発想を抱いたのだ。
まあ、心の中ですぐさま『さすがにそれはない』と否定はしたけれど……
「いや、まあ、あいつに俺が『あるもの』を返したら、足の腱ぐらいどうとでもする気はするんだけど……」
「そっか……ホデミちゃんならうっかり足の腱切られても気にしないかなって思ったんだけど、そもそも治せちゃうなら意味ないね……」
「お前、ホデミをどんなやつだと思ってるの……?」
「ドジ」
足の腱切られて気にしないのは、もはや『ドジ』ではない。
なにかが壊れている。
「まあ、それにさ、ホデミばっかりが理由でもないんだよ。今回、四人パーティーで行って、ドラゴン一匹捕獲して、二ヶ月と少し遊んで暮らせる金が手に入ったわけじゃないか」
「うん! お金!」
「でもさ――命懸けだったんだよなって」
「……」
「逆に、命を懸けずに二ヶ月働けば手に入る程度の稼ぎなんだよ。俺は、そっちの方がいいな。命懸けで一攫千金を狙わなきゃいけないほど、追い詰められてるわけでもないし」
「そっか……ごめんね、ソーマ」
「いや、いいんだよ」
「もっと危険で、もっと稼げるクエストを選んだらよかったね……」
「いや、そうじゃないんだよ」
「命は一個しかないもんね……一個しかない命を何度も危険にはさらせないよね。成功確率を下げてでも、『数ヶ月』じゃなくて『一生』遊んで暮らせるお金を稼げるクエストに挑むべきだったよね……」
「そうじゃねえっつってんだろ」
「わかった! 責任もって、ボクがクエスト探すよ!」
「話聞けよぉ! 俺はもう命懸けないって言ってるジャン!」
「ボクも命懸けるのに?」
「俺はそこまで過剰な稼ぎはいらない、コツコツやっていく――っていう旨の話を今してたんですがねえ!? 通じてませんかあ!? その頭上の耳は飾りかなにかですかあ!?」
「……あ、ひょっとして……ね、ねえ、ソーマ、ボク、気付いちゃったんだけど……いや、まさかとは思うよ? まさかとは思うんだけど……いちおう、聞くね?」
「なんだよ!」
「ひょっとしてソーマ……お金より、命が大事なタイプ?」
「そうだよ!」
「…………噂には聞いてたけど、実在するんだね、そういう人……」
信じられない、みたいな顔をされた。
俺もおんなじ顔をした。
「あの、ナギさん、周囲にそういうタイプの方、今までいらっしゃらなかったんでしょうか?」
「周囲にいなかったね……っていうか、ボクの周囲に人がいなかったね……」
「…………なんかごめん」
「ううん。いいの。人見知りだから……でも、ソーマとは出会ったころから、まるでずっと昔からの知り合いみたいに話せて……だからね? ボクはこの人のためになりたいって、初めて思うんだよ……」
「ナギ……」
「きっと、運命を感じてるんだと思う。……なんて、ちょっと恥ずかしいね」
「ナギ……」
「見た瞬間に、ソーマのこと、すごく素敵に見えたのは――きっと、『ああ、この人はお金になりそうだ』って、そういう直感をしたからなんだろうね……」
「ナギ……」
無理矢理好感度上げてごめん。
でもその謝意を言葉にすることはできなかった――その後の発言が最悪すぎて。
「ね、ソーマ……ソーマが億万長者になったら、ボクをお嫁さんにしてくれる?」
すごい。
『億万長者になったら』という条件が一つつくだけで、こうまでセリフからロマンチックさをなくせるものなのか。
「ボクをお嫁さんにしてくれたら、ソーマが死んだあとも、いつまでもソーマのこと想い続けるよ。ソーマが死んだあと、ボクはまだ若いだろうけど、ずっと未婚のままでいるよ……」
「なんで俺が先に死ぬ前提なんだよ! しかも若くして!」
暗殺されそう。
うすうす思っていたけど、ナギって金のためならけっこうなんでもするんじゃないか……?
「だから、未来のかわいいお嫁さんのためだと思って、ボクとまたパーティー組んで、クエスト行こう? ね?」
「二度とお前とパーティーは組みたくないよ!」
事故を装って殺されそうな気がした。
ナギは椅子を蹴って俺の足にすがりつく。
「そんなあ! 捨てないで! ボクを捨てないでよ!」
「やめろ! やめろぉ! 厨房の奧からコック長が『おや、修羅場かな?』って顔でのぞきに来てるだろ! 修羅場じゃないです! 俺とこいつはなんにも関係ありませんからね!」
「人見知りのボクがこんなに自分をさらけ出せた相手は初めてなんだよお! 絶対にあきらめないからね! ボクと一緒にやってくれるまでずっと追いかけるから! ソーマだけが唯一気軽に話せるお金なんだから!」
こいつ、人のことを『お金』って言い切りやがった!
俺は――すがりつくナギの顔面を素手で押しのけつつ、『好感度下がれ』と念じる。
「んふぅうううっ!?」
「どうだ! 俺に興味なくなったか!?」
「あきらめないよ! ボクはあきらめない!」
「くそ、俺への好感度じゃねえのか! じゃあ、お前の金への好感度、下がれ!」
「ふむぅうっぅ!? あっ、あっ、あっ、ああああああ!? お金ぇ! おかねえへぇ~!? おかね、だいすきぃぃぃひぃぃぃぃ!?」
下がった様子が全然ねえ!
どうやらステータスに成長限界があるように、好感度にも上限と下限があるのかもしれない。
詳しくは『好感度』が数値化できないので、わからないが――
なににせよ地雷を踏んだ感だけはわかった。
「ソーマ、ソーマ、お金……ボクとお金……おくまんちょうじゃ……いさん……」
「遺産って言った!」
「はっ、はっ、は、は、はあ、はあ……ふぅ……お、おか、ね……」
くたり。
好感度をいじられまくった疲れからか、ナギは頬を紅潮させたまま、意識を失った。
俺の足に押しつけられた大きな胸が、ずるずると床へ向けてすべり落ちていく。
その感触に後味の悪い興奮を覚えながら――
「……俺はどうしたらいいんだ……」
頭を抱えた。
女の子に言い寄られて頭を抱えるなんて、過去の自分が聞いたらうらやましがりそうだと思った。




