22話 縛りプレイとコドモドラゴン
「私がコドモドラゴンを引きつける!」
「ボクは洞窟内を観光する!」
「我はそのへんでヒマをつぶしておる」
「よし、二人帰れ」
そんな調子で二人帰らせた。
……まあ、ホデミはともかく、ナギはいてくれないと帰りの食事が大変なので、洞窟の外で待っていてもらっているだけだ。
そういう経緯で、俺はヴァネッサと二人きり、洞窟を散策することとなった。
洞窟内はきらきら光る鉱石により、暗くなかった。
ひんやりとした空気の中、金髪碧眼トガリ耳、背が高くて細い女騎士風エルフのヴァネッサとともに、おそるおそる歩いていく。
……情けない話だが。
今ごろになって、怖くなってきたのだ。
『にじいろゲル』は『ゲロ吐かせる』以外の攻撃をしてこなかったが……
今度挑む『コドモドラゴン』は、火を噴いたり、尻尾を叩きつけてきたりするらしい。
モンスター。
改めて、化け物だ。
俺の武装はこないだ『にじいろゲル』戦にも持っていったダガーが一本のみ。
鎧などはない――鎧は高いのだ。
革鎧などでも、ちょっとしたブランド物の服ぐらいの価値はある。
どこの街にもあるような店でしか服を買わない俺からすれば、びっくりするような価格だ。
だから、本業はギルド職員だし、そんなに使わないから、鎧は買わなかった。
けれど今、猛烈に後悔している。
無理をしてでも買ってくるべきだった……
「怖いのかな?」
歩きながら、ヴァネッサが言う。
俺は――意地を張ってもしょうがないので、うなずいた。
「ああ、怖い。……反響する自分の足音にもビクッてなるぐらいだ」
「それはよほどのものだね」
「情けないよなあ……」
「格好よくはないが――立派ではないか」
「どのあたりが」
「だってソーマくん、あなたは別に、このクエストを受けたがったわけではないのだろう?」
「……言ったっけ?」
「まあ、見ていればだいたいわかる。私は愛をもって人に接するようにしているからね。相手をよく観察し、なにを考えているか、体調はどうか、普段どういう生活をしているか、そういうのを想像し推察するのが趣味なのだよ」
「……そ、そうか」
「あなたは受けたくもないクエストに、こうして挑んでいる。おそらくは発起人であろうナギさんを洞窟の外に逃がしてまで……」
「いや、逃がしたっていうか、邪魔だから追い返しただけなんだけど……」
「ははは。照れなくていい」
「照れてませんが」
「素敵な思いやりの精神だ。まさに愛だね」
びっくりするほどポジティブだった。
まあたしかに、考えもしなかったが、結果的には発起人であるはずのナギを外に遠ざけて、巻きこまれただけのはずの俺とヴァネッサだけが危険に挑む構図になってしまっている。
気付かなかった……
「しかしソーマくん、あなたの判断は正しいと思う。コドモドラゴンは弱いとはいえ、竜だ。実際に見たことは?」
「いや」
「そうか。では、軽く説明しよう。オレンジ色のウロコを持つ、手足の短い生き物だ。二足歩行だが、背中に翼があってそれで浮遊できる。体高は――ソーマくんの腹ぐらいかな。しかしまるまるとした体つきなので、高さのわりには巨大に見えるだろう」
「ヴァネッサは、コドモドラゴンと戦ったことが?」
「あるとも。ああ、いや、群れに発見されて逃亡した経験を『戦った』と言っていいかはわからないがね」
「……群れ」
「普通は群生するものではないので、そこは安心していい。私が群れを見たのは、もっと最前線に近いところだ。魔王との戦いの最前線……魔王からの物理的な距離が近ければ近いほど、瘴気は濃くなり、モンスターも強くなる……」
「……」
「いわゆる『モンスターのレベルが高い』というやつだな。まあ、私も最前線にしばらくいたが、敵が強いもので効率ばかり重要視され、次第に『遠くから先手必勝』みたいな戦法が確立されていった。そこで私は魔法使いや弓師にモンスターが近付かないよう壁役をやっていたが……居心地が悪くてね。それで、この街に来たわけだ」
「なるほど……」
「まあ、自衛のためだ。生きるか死ぬかの瀬戸際では、効率的な虐殺になるのもやむを得まい。だけれどね、敵の体温や息づかいを感じるヒマもなく、ただ『殺害』という作業をこなす毎日は、心がすさんでいくものだよ」
「なるほど……」
「だからやはり、モンスターと相対する時には、愛がなければ……」
「なるほど……」
なるほどしか言えない。
話を聞くまではただのヤベェ人かと思っていたが、彼女が愛とかなんとか言うのには、そういう背景があったのだ。
まあ、話を聞いていてもいきなりそこで『愛』となるのは、少々飛躍がある気もするけど。
「む、ソーマくん、地面を見たまえ」
「……なんですかあの、発光するオレンジ色の物体は? 宝石みたいで綺麗だけど……」
「コドモドラゴンの糞だ」
「糞なの!?」
「あれ自体も魔導具の燃料としてよく使われる。あとで回収して帰ろう」
「……まあ、えっと……はい……」
「そして糞があるということは、寝床が近いということだ」
「……」
「油断するなよ。私はたいていの攻撃は受け止められる自信があるが、剣を抜くつもりはない」
「なぜ」
「私が剣を使ったら、このあたりのモンスターは一瞬で死んでしまう」
「…………強いッスね」
「恥ずかしながら最前線で鍛えていたのでな。剣を抜かぬ私を『まじめにやれ』とか『舐めプすんな』とか怒る者も多かったが、そういう効率ばかり求める連中には嫌気がさしているところなのだ。いいではないか、人それぞれで。なあ、ソーマくんもそう思うだろう?」
「そうですね……」
「いいかいソーマくん、私は苦労を望んでいる。何者かと敵対した時、その者を打倒するために支払った労力こそが愛だと信じているからだ」
「……」
「だから私はいらぬ苦労をするが、その際に『効率的にやれ』と私に言わないでほしい。そういう申し出はうんざりなのだ」
「…………」
「私の取り扱いについての注釈は以上だ」
ようするに縛りプレイの人らしい。
異世界生活は遊びじゃねえんだが、この人は強いらしいので、強くなればそういう遊びをする余裕も出るのだろう。
ただそういうのは最初に言ってほしいと思わなくもない。
「そして、ソーマくん、ここからは私のやり方でやってもかまわないかな?」
「え? まあ、そりゃあ、俺はクエストがこれで二度目で、本職はギルド職員なんで、経験豊富っぽい先輩冒険者であるヴァネッサに任せるけど」
「そうか。ありがとう。ところで――コドモドラゴンは夜行性の生き物だ。今の時間帯はいつだったかな?」
「ええっと、昼少し前、だっけ?」
「そうだ。この時間であれば、コドモドラゴンはたいてい寝ているだろう。寝ているコドモドラゴンの頭を撫でるなどというのは、造作もないことだな?」
「あ、そうだな。じゃあ、わざとこの時間を狙って、洞窟に入ったの?」
「いや。私は狙っていない。狙ったとしたら、ナギさんの手際だろう。あの様子ではおそらく偶然であろうが」
「そうなのか」
「ところで、私はこんな物を持っている」
ヴァネッサが腰の後ろから、ベルト(レイピアを差してるやつ)に差していたらしいものを抜く。
それは――
「……角笛?」
「正確には『めざめのホルン』というもので、魔導具の一つだな。スイッチを入れて吹くと、音が聞こえる範囲にいる者が目覚めるという効果がある。通常は眠らせてくる魔物を相手にする時に用いる便利なものだ」
「へえ」
「そして今、この洞窟内で眠っているのはコドモドラゴンだけだな?」
「…………あの、まさかとは思うんだけど、それ、吹くつもり?」
「寝ているコドモドラゴンの頭を撫でて、それでおしまい――それは非常に効率的だとは思わないかね?」
「効率的ッスね……」
「愛が足りない」
「おい、やめっ、やめろぉ! 異世界生活はゲームじゃねーんだぞ! なんでわざわざ危険を冒すようなマネをするんだ!」
「ソーマくん、その発言はいけない。私の取り扱いに反する。減点一だ。それに――危険を冒すのは、我ら冒険者の本懐ではないか」
「俺の本職はギルド職員なんだけど!」
「大丈夫だ。私が引きつける。君という『傷つけてはいけない者』を守りながら、寝込みを起こされ激昂したコドモドラゴンの攻撃を受け続ける……! いい! 実に苦労しそうだ! 実に愛がある!」
「愛より大事なものはあるよ!」
「私にはない」
ぷぉぉぉぉぉ……
『聞いた者全員を起こす』にしてはやけに気の抜けた音が響きわたり――
ドスンドスンと重苦しい足音を立てて、洞窟の奧からコドモドラゴンが現れた。
ドラゴンさんはマジギレしていた。




