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魔王くんとウサギちゃん

作者: 屋敷田 杏珠



「君のこと本当に好きだよ、食べちゃいたいくらいに。」

「ありがとう、でもそれはシャレにならないわね。」


確かにこれはシャレにならない。

僕は強者で彼女は弱者。

僕は魔王で彼女はウサギ。

表現といえば表現だけれども、僕は本当に君のこと心も体も全部食べちゃいたいと思ってるほど僕は愛してるよ。



君はどうだい?



「やぁ。今日も食べちゃいたいくらいに可愛いね、ウサギちゃん。」

「ありがとう魔王くん。」

僕は座っている彼女の横に腰を下ろす。

風上にいる彼女から美味しそうな匂いが漂う。


「今日は何してたんだい?」

「さっきまで本を読んでいたわ。」

「ふうん、何を読んでたの?」

「結ばれない恋人たちの話よ、あなたには難しいんじゃない?」

「なんだよう、僕は魔王だぞ。

それにその話は僕たちみたいでピッタリだ。」

「確かにそうね、私はあなたの事好きにならないもの。」

「違うよ、君が僕を好きになってくれたなら僕は嬉しくて嬉しくてすぐに君のことを食べてしまうからだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。」

「物騒ね。」

「魔王だから。」

「そうね」


ウサギちゃんが控えめに愛しらしい笑顔を僕に向けてくれる。

白くて繊細な髪の毛が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。

「ねぇ、普段の僕なら好き好んでその本を読むことはないけど、君が読んでるなら気になる。僕にも読んでよ。」

「ええ、いいわよ。」


穏やかな昼下がり、僕の楽しみはいつとウサギちゃんに会うこと。

ウサギちゃんはよく本を読んでいる、遊ぶ友達はいない。

なぜなら彼女は弱者なのに絶対的強者の僕と親しいから、他の弱者が近寄れないのだ。

もちろん他の強者は僕が抑えているから彼女に近づけるはずもない。


ウサギちゃんが孤独なのは僕のせいだ。僕が原因なのだ。


でもウサギちゃんはそれでいいって言っている。彼女がそれでいいなら僕もそれでいい。


「ーーーこうして、2人は降り注がれた光に優しく包まれて、天へと消えていったのでした。おしまい」

「ふうん、あっけなく死ぬんだな。」

「そうよ、生き物はいずれ死ぬもの。

弱い者は特にすぐに死ぬわ。」

彼女は悲しそうに笑いながらいう。

その笑顔を僕はいつも凄く美しいと思うしその笑顔を食べたら何よりも美味しいだろうなぁと思った。


「じゃあ君が他の弱い者よりもずっと長生きできるよう僕が守るよ。

ただでさえ他のものより寿命が長い僕を何千年もひとりぼっちにしたら許さないからな。」

「ふふ。ありがとう魔王くん。

でも私は何千年も長生きしなくていいわ。自分の元々の寿命だけで十分だもの。」

「…僕は十分じゃないよ…。」

「贅沢しすぎちゃダメなのよ。」


彼女は僕の頭を優しく撫でる。

僕の立派な角を怖がって誰も僕の頭を触ろうとしたことなんて無いし、そもそも僕に必要以上に近づこうとしない。

でも彼女は平気で僕に触る。

それが新鮮で僕は好きだった。


ゴーーン、ゴーーン……


「あ、もうそろそろ夕方の門が閉まるわ。」

彼女たち生きる者の住む村はこの鐘がなった30分後に門が閉まる。

この鐘は僕たちの別れの合図だ。僕はこの鐘が嫌いでしょうがない。


「僕の城に来たらいいのに。

そうしたら君をいじめる無能達も、君を咎める家族も、何もないのに。」

「…そうねぇ…。魔王くんとずっと一緒にいられるのは嬉しいけれど、お母さんたちといられなくなるのは悲しいわ。それにここにくれば魔王くんにいつでも会えるもの。」

「…そっか。じゃあ門の近くまで送るよ、村の人が怖がらないとこまで。」

「ありがとう。」


僕と彼女は並んで歩くと体格が違のがはっきり分かる。

彼女は小柄で健康的で程よく筋肉のついた手足が印象的だ。

僕はどうだ、大きい体に猛々しい角。

不用意に何かに触れたら壊してしまう。


「ここまででいいわ魔王くん。

ありがとう、じゃあまた明日。」

「うん、また明日。」

彼女が潜った後の門をまだしばらく眺めていた。


ゴーーン…ゴーーン…


2度目の鐘がなる。門がゆっくりとゆっくりと閉まっていく。

村は完全に僕のいる外と隔離された。

それを見届けた僕は転送魔法で城に戻った。


城は大きい。

僕に忠実な部下もいる。

ご飯も豪華だ、美味しい。

庭も美しいし、何もかもが自由だ。


でもつまらない。


ウサギちゃんのいない自由なんて死ぬほどつまらない。

自分1人だけで何でもできる自由なんて僕には何の意味もない。

僕は何でもできる。

だからこそ何でもできる自由な時間なんて毎日の事だから、その自由な時間のまた自由な時間なんて退屈中の退屈だ。


「あ〜〜あ…、早く明日になればいいのに。」


あ、そうだ。いい事思いついた。

僕は何でもできる。

明日を今日にする事だってできる。


「明日のウサギちゃんに会いに行こう。」


今日を大事にしなさい。

今日は2度と来ない。

こんなことをよく聞く。

でもそんなこと関係ない。

僕はもう今日には用がない。

僕は魔王だ、何だってできる。

何だってしていい、だって強者だから。


僕は魔法を使って太陽と月の動きを早めた。

タイミングを見計らって止める。

鶏が鳴くのが聞こえた。

朝が来た、しばらくしたらウサギちゃんに会える。


僕は魔王としてやるべき事をして、昼になる事を待った。

大きな大きな食堂でひとりぼっちで昼食を済まし、転送魔法でいつもの場所に行った。


「やあウサギちゃん。」

「あら魔王くん。今日は早いのね。」

「早く君に会いたかったからさ。」


昨日と何1つ変わらない笑顔でウサギちゃんが僕を迎えてくれる。

たった数分で日が沈み、昇ったのに何も変わらず24時間分生きているかのように。


「今日は何の本を読んでるの?」

彼女の読んでいる本を覗き込む。

ふわり、とお花のような香りがした。

やっぱりウサギちゃんは今日も美味し

そうだ。


「今日はある国王様と王妃様のお話。王様が笑わない王妃様を笑わせたがるの。」

「ふうん、そうなんだ。」

「あら、興味なかったかしら?」

「いや、君が笑う子で良かったなって安心したのさ。君も笑わなかったら僕は君を笑わせるためなら世界をも滅ぼすだろうからね。」

「ふふっ、世界を滅ぼされたら私も困っちゃうわ。」


ウサギちゃんは今まで自分が読んでいたのにも関わらずまた1番最初から僕に読んでくれる。

僕に優しさを向けてくれるのはやっぱり彼女しかいない。

僕が愛せるのも彼女しかいないのだ。


「…そして、いつしか国は滅んでしまいしました。おしまい。」

「…君はいつも救いようのないお話を読んでいるね。」

「たまたまよ。でも割と多いわね。」


彼女はそういうと少し考え込んだ。

なんだか悲しそうな顔をするから、僕も悲しくなってしまった。

「破滅も残酷も愛せる君が僕は好きだよ。」

「ありがとう。」


ゴーーン…ゴーーン…


今日もまた別れの合図の鐘がなる。

僕はこの鐘が忌々しくて仕方がなかった。

「もうこんな時間なのね。今日はなんだか1日が早かった気がするわ。」


彼女の何気ない一言で僕はドキッとしてしまった。

僕には終わりが見えないほどの長い長い人生のうちのたった24時間だが、彼女たちにとったら短い人生のうちのかけがえのない短くも大切な24時間を奪ってしまったことに僕は気づいた。

いくらウサギちゃんに早く会いたくとも彼女の人生を奪うのは申し訳ない。


「そうなのかい?楽しい時間ほど早く過ぎてしまうっていうよね。」

「そうね。私は1日の中でこの時間が1番楽しいわ。行きましょう。」


また彼女の何気ない一言で僕の心がかき乱される。彼女は本当にすごい。

弱者でありながら圧倒的強者の僕をここまで翻弄する。


今日もまた村の近くまで彼女を送る。

バイバイまた明日、と可愛らしく手を振り村に入っていく彼女の後ろ姿を眺めながら僕は太陽と月の動きを早めることをもう2度としないと決めた。

僕は転送魔法で城に帰った。

大人しく太陽が起きることを月と一緒に待った。


彼女と過ごす時間のために僕は退屈な短い時間を待つ毎日を過ごした。

ちゃんと待ってから彼女に会うと、喜びが何倍にも膨れ上がる。

自然の摂理を操ることはやはり良いことではないと改めて思った。


彼女の持つ本を一緒に読んで他愛もない会話をし、鐘がなり、村へ送る。


そんな些細な日々を何度も何度も繰り返した。

僕はやっぱりこの時間が何よりも好きだ。彼女がいる時間は好きだ。

いつまでもいつまでもこの時間が続けばいいのに。




ある日、いつもの時間にいつもの場所へ行ったが彼女来なかった。

こんな日もあるんだなぁと思いながら僕は大人しく彼女を待った。


でもその日は来なかった。

彼女にも彼女の世界がある、そう自分を言い聞かせて大人しく星々と夜が明けるの待った。



また次の日も来なかった。

彼女も忙しいのだろうか。

そういえばこの季節は、村は収穫の時期だろう。村も忙しいのだろうな。

そう自分を言い聞かせて花々と語らった。



そのまた次の日も来なかった。

何か病気にかかったのだろうか、僕は酷く心配をした。様子を見に行きたくともこの姿だと村には入れない。


空を鳥が二羽、楽しそうに飛んでいたので、餌を1週間分用意することと魔物たちに彼らを襲わせないことを約束し、彼女の様子を見てきてくれるように頼んだ。

鳥たちによると病気ではないらしい、良かった。

村人たちと何か忙しそうに準備をしていたそうだ。村は穏やかな空気で笑顔が溢れていた、

でも彼女だけたまにため息をつき、悲しそうな顔をしているらしい。

心配だ、早く彼女に会いたい。



今日も彼女は来なかった。

いや、鳥たちから聞いた様子だと来れないの方が正しいかもしれない。

村が総勢で準備をする、きっと結婚式だ。それに彼女には年頃のお姉さんが2人いた。きっとどちらかが結婚するのだろう。

彼女は前々からお姉さんが結婚して家を出ていくことを想像しては寂しがっていたから、きっとそうなのだろう。


結婚式が終わればまたウサギちゃんに会える、僕はそう我慢し、また月が沈み、太陽が昇る退屈な時間を待った。



何週間待っただろうか、ウサギちゃんがいつもの場所にやってきた。

いつもと何も変わらない顔で僕に笑いかける。どこか寂しそうな顔で。


「久しぶり、魔王くん。

最近村で準備が忙しくて来れなかったの。ごめんなさい。」

「久しぶりウサギちゃん。

君に会えて僕は本当に本当に嬉しいよ。今日は何をする?今日はどんな本を読むの?」

「今日は本を持ってくるの忘れちゃったの、ごめんなさい。そうねぇ、今日は今までの分あなたとお話したいわ。」

「僕もさ。」

彼女が小さく僕の横に座る。

懐かしい花の香りは僕を落ち着かせる。


僕たちは今までの時間を取り戻すようにたくさん、たくさん話した。

鳥たちと最近仲良くなった事、

新しい魔法を発明した事、

花に詳しくなった事、

あげられないくらい僕はたくさん話した。

彼女は楽しそうに聞いたり、驚いたり、笑ったりした。


全ての仕草が愛らしい、全て僕のものにしたい。

君のためなら僕は魔王なんて地位も捨てるし、君が望むなら何もかもをこの力で滅ぼそう。

君のためなら僕はなんだってする。


「…て、僕ばっか喋りすぎたね。

君の話も聞きたいな、でもそろそろ鐘がなる時間になってしまうのかな?

明日も、会える?」

「……。」

ウサギちゃんがいつもよりずっとずっと悲しそうな顔をする。

なんだか胸が締め付けられた。

「ウサギちゃん…?」

「魔王くん…ごめんなさい。」


赤くて綺麗な瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。

なんで泣いているのか分からなかったけど、泣いて欲しくないと僕は思ったし、それと少し、涙が綺麗だと思った。


「わたし、私ね…、お母さんが決めた好きでもない人と結婚しなくちゃいけないの…。準備があったっていうのも私の結婚式の準備なの…。」


村で結婚式がある、僕の読みは当たった。

でも結婚するのは彼女のお姉さんじゃなくて、彼女自身。


「私本当は魔王くんとずっとずっと一緒にいたい。でも…お母さんたちのために私は好きじゃない人と結婚しなくちゃいけないの。明日、その人と結婚したら、

もう、会えない。」


いつも少し大人っぽかった彼女が子供のように泣きじゃくる。

可愛らしくて愛らしい彼女は明日、違う顔も知らない男のものになる。


「村から逃げて魔王くんと一緒にいるっていうのもあると思う。

でも、でもね。私が村から逃げたらお母さんたちが酷い目に合わされちゃう、そんなの耐えられない…。

でも、魔王くんともう会えないなんて絶対嫌。だって私魔王くんのことが好きだもの。」


ウサギちゃんはずっと泣いている。

綺麗な瞳から美しい涙を流し続けている。

何よりも愛おしくて食べてしまいたいほど好きになってしまった弱い存在。

僕は君のためならなんだってする。

なんだってできる。

なんだって。


「魔王くん、お願い。


私たちごと村を滅ぼして。

私とずっと一緒にいて。」



僕はウサギちゃんのためなら、なんだって。



「ダメだ、ウサギちゃん。」

「え…?」


「僕は君のためならなんだってする。

世界を滅ぼすことも村を滅ぼすことも、なんだって。

でも、1つだけできないことがある。

それは君を殺すこと。

君のことを食べてしまいたいくらい好きだ、でも君を殺すことはできない。」

「…魔王くん…。分かった、ありがとう。」


寂しそうに笑う。

愛らしい小さい女の子が。


「1つだけ、約束しよう。」

「約束?」

「明日。君の結婚式の鐘が鳴り響いた時から100年後、つまり君の最後の日に僕は君の元に表れよう。

だから、それまで僕のこと、忘れないで。」


消えそうな声で僕は喋った。

ウサギちゃんがでかくて禍々しい姿の僕を優しく抱きしめた。


「約束よ。100年後、絶対に私の元に、現れて。」


ゴーーン…ゴーーン…


鐘がなる。

夕焼けと響く鐘の音に包まれ僕たちは約束を誓った。

明日ウサギちゃんが誓う結婚の儀式のように。



約束通り次の日、結婚式の鐘が響いた。この時間からしばらく、ウサギちゃんとはお別れだ。


月が満ち、月が欠け、また月が満ち、また月が欠け、星は変わらず瞬いた。


僕は何度も魔法を使いそうになった、でも僕を何度も止めてくれたのは庭園に植えた花たちだった。

ウサギちゃんと同じ匂いがする花、杏の花を咲かせる木を何本も何本も植え、育てた。


100年分、春が咲いた。

100年分、夏が照り続けた。

100年分、秋が色づいた。

100年分、冬が積もった。


100年分、経ったのだ。

その日はちょうど、目を張るような満月の夜だった。

僕は村へと向かう。

100年間、守り続けた村。

ウサギちゃんが眠る小さな家。


彼女の寝室へ僕は入った。


「……100年間、待ってよかった。」


僕の最愛の人が僕を100年間待ってくれていた。


「忘れないでくれたんだね、良かった。」

「忘れるわけないわ、100年間愛し続けた人だもの。

あなたに会わない間、こんなにシワシワになっちゃったわ。」

寂しそうに笑う顔は、昔と何も変わらなかった。

彼女に魔法をかける。


「昔と、そんなに変わってないんじゃないか?」

「え?…あら。やっぱり魔法って凄いのね。」

彼女の見た目だけ100年前の姿に戻る。今の姿ももちろん愛おしいが、僕が愛していた当時の愛らしい、ウサギちゃんに。


「君のこと、全部は知らないが、少しだけなら鳥たちに様子を聞いていた。

名前も顔も知らない男だったが、君のことを随分大切にしてくれたようだね。」

「ええ、あの人にだけは、私は忘れたくない最愛の人がいるって話したの。

あの人はそれでもいいって言ってくれた。少し、悪いことをしたわね。」

「そうだね…。向こうでは彼のことを、愛してあげてくれ。」

「ええ……。」


「たくさん、話したいことがあるけど、時間がないみたいね。」

「………。」

「魔王くん、1つ約束するわ。」

「約束…?」

彼女が僕の手を握る。

とても暖かかった。

「私はもう死んじゃうけど、またいつか会えるって信じてるわ。

だから、何千年、何万年かかるか分からないけどまた貴方に会いにくる。」

「…ああ、何千年でも何万年でも待とう。僕は魔王だからね、何万年でも生きられるさ。」

「約束よ。」

「ああ、約束。」


あの夕方の日のように僕らは約束を交わした。

そして、魔法がとけウサギちゃんは100年間の思い出と一緒に、眠った。


ウサギちゃん、君のためなら僕はなんだってできる。

何千年でも何万年でも待ち続けよう。


彼女の手を握り、僕は少しの間涙を流した。

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