secret
よかったら読んでみてください。
月明かりが静かにこぼれる真夜中。私は何度も彼と抱き合っていた。
愛しい温もり。それをもう手放さないように。
「ずっと逢いたかった。やっと帰ってきてくれたのね」
「ああ。心配かけてすまなかった」
懐かしい声の主は、かつてと同様に、数えきれないほどのキスをくれた。
私は彼を引き寄せ、きつく抱き締めた。二人の距離が縮まっていく。
そうしているうちに、部屋に甘い吐息が漏れるようになり、私は幸福な思いを抱きながら、目を閉じた。
彼がいなかった一ケ月。それは苦しみ以外の何物でも
なかった。
彼は売れっ子の作曲家で、数々のアーティストに楽曲を提供する多忙な日々を送っていた。
だが最近、彼はこれまでにも増してひどく疲れ果てていた。
新しい曲が作り出せない。その苦しみは、日々募っていった。
そんな彼を心配していたが、そのたびにこう言われた。
「大丈夫だよ。こんなことは、よくあるから」
だがその言葉とは裏腹に、彼は日増しに元気を失っていった。
彼がアメリカに経つと口にしたのは、ちょうどその頃だ。
いつになく晴れやかな笑顔で、こう切り出した。
「見知らぬ地へ行けば、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない」
彼の口調が明るいものだったので、私は反対しなかった。
だが予定されていた帰国日から、一週間が経ち、二週間が経っても彼は帰ってこなかった。
不審に思い、電話を掛けたが繋がらない。
「どうして・・・」
眠れない日々が続いた。彼の身に何らかのトラブルが起こったのか?
それでも、私はひたすら彼の帰宅を待ち続けた。
そしてそれから一ケ月が経過した。私はそれまでに感じていた寂しさをぶつけ、彼は受け止めてくれた。
だが、なぜか私の目から涙が溢れた。喜びではなく、悲しみの。
「あなたは・・・あの人じゃない」
私は目が見えない。だが微妙な違いを、心で感じ取ることはできた。
「あなたは、あの人の弟さん、よね」
長い沈黙が部屋を包む。私はどうにかして声に出して言った。
「あの人は、どこ?」
「ビルから飛び降りて亡くなった」
しばらく間を置いて、彼は言った。
「あなたはそれを、知っているはずだ」
そうだ。本当はずっと前から知っていたが、事実を認めたくなかった。
なおも涙を流す私に、
彼は言った。
「君がひどく落ち込んでいると聞いて、訪ねてきたんだ。何か力になれないかと、思って」
「私はこれから、何を支えに生きていけばいいの?」
答えはいまだに見えない。
私は彼の胸に顔を埋めた。そして、気がすむまで、ただただ泣き続けることしかできなかった。