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昔の男  作者: 岸野果絵
3/3

保護

「返して……。ジョンを返して」

セーラはつぶやくように言った。

「セーラ。きみはそんなに聞き分けが悪くなかっただろ?」

アルテーンがわざとらしく肩をすくめる。

セーラはカッとしてアルテーンを睨みつけ、立ち上がりながら口を開こうとした。


セーラの動きが止まる。


いつの間にか、アルテーンのすぐ横に、ジョンを背負った、色あせたローブを着た男――ニコラスが居た。

ニコラスはアルテーンの顔を覗きこんでいる。


セーラの視線に気がついたのか、それともニコラスの気配に気がついたのか、アルテーンが怪訝な顔をした。

アルテーンはゆっくりと横を向く。

至近距離にニコラスの顔があった。

ニコラスは鼻をヒクヒク動かす。


「のあっ」

アルテーンは驚きの声をあげ、仰け反った。

「噂通りのいい男だねぇ。でも、くちゃい」

ニコラスは自分の鼻をつまんでそう言うと、「ウキャキャキャ」と珍妙な笑い声をたてた。


ジョンはニコラスの背中でぐっすりと寝入っているようだった。

セーラはその場にへなへなと座り込んだ。


「なんなんだお前は!」

アルテーンはニコラスから離れ、体勢を整えながら言った。

「ん? オイラ? オイラはジョンの父親だよ」

ニコラスはニタァと笑った。


アルテーンはニコラスから目をそらすと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「セーラのつれあいか」

アルテーンは吐き捨てるように言うと、先ほどの札束をニコラスの足元に投げた。

「それをやるから、子供を置いて今すぐ消えろ」

見下したように、ニコラスに向かって言い放つ。


ニコラスは小首をかしげた。

「なんで?」

緊張感の全くない口調で言いながら、アルテーンの顔を覗き込む。

ニコラスのするどい視線がアルテーンを射抜く。

二人の視線が交わった。

二人はしばらく互いに睨みあった。


「ふん」

先に目を逸らしたのはアルテーンだった。

「スヴェン」

アルテーンは後ろに控えている男に合図する。

スヴェンと呼ばれた男は目礼をすると、大きな旅行鞄をテーブルの上に置き、ふたを開ける。

中には紙幣がぎっしり詰まっていた。

「好きなだけ持って行くがいい」

アルテーンは鼻を鳴らしながら言った。


ニコラスは興味深げに鞄の中を覗きこむ。

「貧乏子爵にしてはずいぶんかき集めたねぇ。やっぱり、奥さんからのご融資?」

「な……」

アルテーンが絶句する。

「ピンポーン。大正解。あひゃひゃひゃ」

ニコラスの奇声が室内に響き渡る。


「お前には関係ない!!」

アルテーンが真っ赤になって怒鳴った。

「怒っちゃやーよ。うひひ」

ニコラスは口をとがらし、変な顔をしてみせる。

アルテーンは目を真っ赤に染め、歯を食いしばっている。


「残念だけど、こんなはした金じゃ、オイラの足代あしだいにもならないよ……」

ニコラスは眉間にしわを寄せ、悲しそうな表情をつくる。

「なんだと」

アルテーンは怒りに震えながら、低い声で言った。


「あれ? もしかして、オイラのこと知らないの?」

ニコラスは相変わらず軽い調子で尋ねる。

「ふん。お前のような乞食など知るものか」

アルテーンはゴミでも見るようなまなざしで吐き捨てた。

ニコラスは「ウヒャヒャヒャ」と笑い出した。

しばらく笑い続けた後、「ふぅ」と大きなため息をつく。


「オイラ飽きちゃった。セーラ。帰ろう」

ニコラスはセーラに手をさしのべる。

セーラはニコラスの手をとり立ち上がった。


「おい、何をしている。早くこいつを取り押さえろ」

アルテーンは居並ぶ屈強そうな男たちに命令する。

男たちははっとした様子で、一斉に動きだす。


その瞬間、ニコラスから魔力が立ち昇る。

素人しろうとにもハッキリとわかる魔力の気配に、男たちはたじろいだ。


「オイラ、今、ものすごくご機嫌ナナメなんだ」

半眼になったニコラスはゾッとするような冷たい声で続けた。

「三つ数える間だけ待ってやるよ。いぃちぃ。にぃいぃ」


魔術師風の男が一目散に出口へと向かった。

他の男たちも、堰を切ったように我先にと後に続く。

「さぁぁぁん」

部屋は静まりかえった。


ニコラスは呆然と立ち尽くすアルテーンの方を向いた。

「ひっ」

アルテーンは恐怖に息をのむ。

ニコラスはアルテーンのすぐ目の前に立つと、アルテーンのおとがいを掴み、上向かせる。

「うーん。いい男ってのは、怯えた顔も(じつ)に絵になるねぇ」

ニコラスは「クックック」と低く笑うと、アルテーンから手を離した。

アルテーンはホッと息をつき、顔を上げた。


ニコラスは表情を消し、右手をアルテーンに向かって(かざ)す。


バン


アルテーンの身体(からだ)が吹っ飛び、背中から壁に激突した。

「うぐっ……」

アルテーンは壁の前に崩れ落ち、うめき声を漏らす。

ニコラスはそれを一瞥すると、くるりと向きを変えた。


「あ、そだ」

ニコラスは足元を見る。

床には札束が転がっていた。

「忘れちゃうとこだったぁ」

ニコラスはいつもの調子で言いながら、手をクイクイと引き寄せるように動かす。

札束は宙に浮くとニコラスの手に収まった。

「オイラのポッケにはなんでも入るのさ」

ニコラスは歌うように言いながら、札束をローブのポケットに突っ込むと、今度は鞄に向かっておいでおいでをする。


「もー。これ忘れちゃ、オイラがわざわざ来た意味、無くなっちゃうよねぇ」

札束のぎっしり詰まった旅行鞄のフタが閉まり、ニコラスの目の前に浮かぶ。

ニコラスは鞄の持ち手を掴んだ。

「んー。これじゃオイラの出張費には足りないんだよねぇ。まぁ、いいや。初回限定割引ってことにしたげるよ」

ニコラスは鞄をセーラに押し付ける。

セーラは思わず鞄を受け取った。


「おも……」

鞄の重さにセーラはよろけそうになる。

「じゃ。帰るよ」

ニコラスはそう言うと術を完成させた。

辺りの景色が一変し、見慣れた小部屋の魔法陣の上に立っていた。


ニコラスは背負ったジョンを見る。

「身分なんてくっだらないけど、ジョンが子爵になりたいって言うんなら、オイラ、協力するよ」

「ニコラス……」

セーラは驚いてニコラスの顔をじっと見た。


セーラはいつも、ニコラスが何を考えているのか、よく分からない。

ジョンが生まれたとき、ニコラスはジョンを自分の子供だと言い張った。

あの時、セーラはニコラスが何を考えているか、さっぱり分からなかった。

正直なところ、単なる思いつきでジョンを自分の子供にしてしまったのではないか、と少し疑っていた。

でも、今の言葉でよくわかった。

ニコラスはジョンのことをちゃんと考えてくれている。

ジョンの将来のことまで見据えてくれている。

もしかしたら、母親であるセーラよりも真剣に考えてくれているのかもしれない。


「ジョンには真実を知る権利があるし、選ぶ権利もある。今はまだ時期じゃないけどね」

ニコラスは扉の前に進んだ。

「血のつながりなどなくても、ジョンは大切な我が子だ」

ニコラスは扉の方を向いたまま静かに言うと、手をかざし扉を開けた。


「ダニエルぅぅぅ」

ニコラスは大声で叫んだ。

「師匠。お帰りなさいませ」

ダニエルが猛スピードでエントランスに駆け込んできた。

「ジョンをよろしく」

ニコラスはダニエルにジョンを渡す。


「30分もすれば、目を覚ますからね」

ニコラスはセーラに向かってニッコリした。


「じゃ、オイラ戻るね。トイレ行くって抜けてきちゃったんだ。みんなオイラのトイレの長さに驚いてるよ、きっと。きひひひ」

ニコラスは嬉しそうな笑い声を残し、その場から消えた。

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