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行こう
魔法があったり、愛されたり、ぼーっとしたり、弟の世話したり、のんびりしたり、焦ったり……
ゆっくりでも書き進めていこうと思います。
誰も何も聞かなかった。
誰も何も言わなかった。
誰も彼も関心がなかった。
「志智、行こう」
姉の陽佳は弟の志智の手を取って軽く引いた。
「ん」
志智は引かれるがまま陽佳に着いていく。
荷物は少し大きな肩掛けのボストンと、ポシェット。志智の背には熊のリュック。
最小限の荷物と持てるだけのお金。
それしか持っていけなかった。いや、持っていなかったんだ。
「どこいくの?」
「新しいお家だよ」
二人が向かうのは陽佳の通う学校の敷地にある寮。今まで住んでいたところから電車を二回乗り換え、二時間弱。
陽佳は中学三年生、志智は六歳。
これから陽佳が高校を卒業するまでの四年弱の間、二人は陽佳の通う学校の学生寮で暮らすことになる。
「結樹は?」
「向こうにいるよ」
陽佳は前を向いたまま答える。「ずっと一緒だよ」志智の方は見なかった。
中学三年生の夏、陽佳は志智と二人、新しい生活を始めることになる。