一発ネタ:「異世界転移してください」
「宇宙パネエwwwwwww」
「宇宙パネエwじゃないですよっ!どうするんですかサーバーの一時移動!!」
だらしなくスーツを着崩した、三十代前半の男がにやつきながらモニターにへばりつき、素早い動きで「なにか」を打ち込んでいる。その後ろで、対照的に
きっちりとスーツを着込んだ青年が、青黒い顔色で男のチェアをガクガクと前後に揺らす。
「えー代羽君やっといてよ。俺宇宙パネエしてるから」
「こ、っこのクソ上司ィィィ!!!」
その光景を、同じくモニターを見つめながらチラチラと眺めている頭髪が少々寂しそうな中年男性はため息を付いて「二人ともしごとしてくれない?」と
呟いた。
場所は新宿、どこかの雑居ビル。申し訳程度のエレベーターが付いたぐらいのボロい事務所がそこにはあった。ただし、誰が見てもそのまま目を滑らせる
ような簡単な看板だけが、ビルの看板に刻まれている。
『ワールド・サーバー・マネジメントカンパニー アカシック社』
「で、砂端君。その君の宇宙なんだがね?」
「おおっ吾門課長も宇宙のすばらしさに目覚めました!?」
少し時は過ぎ、大騒ぎしていた後輩の代羽は自分のデスクで必死に何やら紙とモニターでにらめっこをし。スーツを着崩した「砂端」の側に、先程の登頂
に寂しさ漂う中年男性が立っていた。
テンションが上がり続ける砂端に中年男性がどこか疲れた顔で否定する。
「いいや、そうじゃないよ」
「え、そうなんですか…じゃあ何の話しですか?」
今にもキーボードに張り付きたそうにうずうずし始める砂端に、吾門は何度目か判らぬため息をついて口を開いた。
「それ以上、今の業務に支障を来すくらい宇宙に業務をつぎ込んだら…宇宙のキャップ。しばらく外さないよ?」
「!?!?!?!?っそんなっ!俺の仕事を待ってくれている世界一億の天文学者さんたちは!?」
「しばらく、国家予算を食いつぶす学者さん達になるんだろうね、それにそんなに居るの?」
砂端は思わず立ち上がり、わなわなと震える手を吾門へ伸ばすが、見た目と違う素早さで吾門は振り払った。
振り払われた手はぶらさがり、俯く砂端はぎゅっと手を握りしめて吾門へ詰め寄る。
「のおおおおおおおおおおおおお!!! やります!やりますっ!男・砂端、サーバー移動業務はじめまっす!」
「そうかいそうかい、やる気が出て良かったね。でもそっちの移転が終わるまでキャップは付けるからね?」
「えっ…」
「ふひっ」
顔色を未だ青黒く染めたままの後輩が、肩を揺らして笑い声を漏らす。絶望に呆然としていた砂端は、目をつり上げて叫びを上げた。
「てめぇ代羽!」
「…普段から仕事しないからですよ」
「うぐっ」
まさに正論を言われ、砂端はうめき声を上げるとがっくりと背中を丸め、肩を落としてしまった。
「うぇい、そのとーりです」
代羽と呼ばれた青年は、少し顔色を良くしながら紙の束とロムを添えて砂端の机の上に置く。
「それじゃあ、そっちのチェックお願いします。出来るだけ性格的に良さそうな人をお願いしますよ。下位サーバーの処理だって洒落にならなくなったり
するんですからねっ」
「うぇーい」
そして、砂端と代羽の会話は終わり、吾門は安堵のため息を吐いて自分のデスクへと戻っていった。
パラリ、カタカタ、カチカチと紙とパソコンの音だけが響くオフィス。デスクは吾門、砂端、代羽だけではなく、あと四人ほどのデスクブースが配置されている。
デスクには可愛らしいマスコットが置かれているものや、アニメキャラクターのボトルキャップが飾られている物もある。
【我分】【由舵】【馬有】【瀬等】とブースにシールが貼られていた。
「と、言うわけで。貴方がサーバー移動対象者に選ばれたんですよ」
「何というかくかくしかじか」
黒い髪をきゅっと縛り上げ、後頭部でお団子にした女性が真顔で呟いた。とある巨大スーパーの休憩室。白い長机を挟んで、代羽と女性が向き合って座っている。
女性の返答に、少し目を大きく見開いた代羽が小さく囁く。
「あ、先輩と同じタイプだ」
「はい?」
「いえ、ちょっと受け答えが上司に似ていたもので」
何という○○、だとかJKとか返してくるんです。と笑うと、女性も目を細めて笑った。
「同じシュミなんでしょうかねぇ。私インターネット好きですし」
「ああ、上司も好きですよ。最近は…」
数分雑談を続けた代羽は、上司よりも常識的な「似た人」との会話に少々リラックスし、居住まいを正して再び女性へと視線を向けた。
「川崎雪子さん。川崎さんはご存じではないでしょうが、この世界は「アカシックサーバー」と呼ばれる物でできております」
「…は?」
なにいってんのこいつ。といった表情を浮かべる川崎に、代羽は苦笑いを浮かべてボールペンの尻で長机を小突いた。
-コーン-
軽やかに打ち付けられ、高い音を立てた机は瞬く間に「何かの文字」によって、打ち付けられた所から分解されていく。
代羽はボールペンを回し、人差し指と中指で挟んだ後、ヒラヒラと左右の端を上下に揺らした。再び「何かの文字」によって、長机が再構築されていく。
「まあ、こんな感じなんですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、十年くらい前はこんなんじゃなかったんですけどね、やっぱり「こっち」もある程度IT化が進んでるんですよ。管理もしやすいですし」
「・・・・・・・・・・え?」
「それでですね、サーバー移動っていうのは、このアカシックサーバー。通称「ゲンジツセカイ」の増強が終わるまで、一定数の人間を別のサーバーに移動
してもらおうってものなんですよ」
「…ってそれって他の世界にイケってこと!?」
思わず川崎が立ち上がると、代羽は軽く頷いて続ける。
「ちゃんと期限もありますし、アフターサポートもばっちりですよ。戻ってくるときはしっかり同じ西暦同じ月日同じ時間…じゃなくてちょっと過ぎた時間。
まあ最長で三時間ほどですね、そのくらいの誤差で戻せますから安心して下さい。すでに第四陣は出発済みでして、一昨年の第二陣はすでに帰宅されて
らっしゃいますよ」
「…はぁ…」
「ちなみに何故日本人が多いかと申しますと…寛容さですね。ある程度の悪意もなぁなぁで済ませることができる寛容さと、ある程度の辛抱強さ。それと…
『利便』への欲求です」
「利便?」
「日本人は何かと便利な物に包まれてますからね、ドン引きするくらいの知能レベルの方でなければ、何かしらその世界でなにか便利な物を再現しようと
されるんですよ。あるサーバーは何人かの移転協力者のおかげで安定しましたし」
川崎が圧倒されるのを見て、代羽はちょっと心が痛むのを押してさらに続けた。
「アフターサポートは、サーバー移動中はもちろん、アカシックサーバーに戻ってきたときもある程度与えられます。もちろんサーバー移動中とは比べものに
ならないくらい少なくなりますが…。地味なサポートで成功した例として、…ほら、最近注目度の高い建築家さんいらっしゃるじゃないですか。テレビとか
に出てる…山科さん」
「…ああ、何度か見ましたね。随分すてきな家を建てる方だと…」
「あの人のアフターサポート、ご職業である建築関係で『三次元思考と最近の若者のセンス』のサポートなんですよ」
「ええええええええええええええええええ!」
『どうしたことでしょう』の柔らかいナレーションが特徴的な、家建築番組で一番人気を誇る、初老の巧がサーバー移動者であると告げられた川崎は、再び
立ち上がって声を上げた。
そんな川崎に、代羽は笑顔を浮かべて小首をかしげた。
「それで、どうです?移転。してみませんか?」
判りやすい図解入りのパンフレット、その他諸々の注意事項が書かれた冊子が収められた封筒を抱きしめ、帰って行く川崎を代羽は見送っていた。
夕焼けがあかく照り、黒い影が落ちる時間。表情もなく細い後ろ姿を見つめる代羽に、近付く者が居た。
「ホームシックはどうあってもかかりやすいもんな。まあ…サポートはばっちりするって決まってるけど、やっぱお願いすんのは心苦しいよなぁ」
「…先輩…」
禁煙パイポを口にくわえた砂端が、代羽が立つ歩道へと車を流していた。
「俺の方もお願いは終了。乗ってけよ」
「はい…」
特徴のない社用車に乗り込んだ代羽は、黙り込む砂端と同様黙り込んでいた。何個目かの青信号を過ぎたところで、砂端が口を開く。
「なあ、ヨハネ、早くサーバー増強しような」
「そうですね、サタン」
二人の襟に留められた社員証が、きらりと太陽の光を跳ね返した。
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現実世界が、マトリックスみたいにデジタルだったら面白いじゃない。と思いついたから、思いついたが吉日だったから書き込んでみた。