時間跳躍のエクスタシー
診療所を荒ただしく出て、住宅街へと連なる道を直進する。道には小さな畑などがあって、そこは決まって無人だ。
足に入れる力を強くする。
今は、今だけは人間に備わったリミッターを解除するような、そんな大きな力を入れた。
もしかしたら家につく頃には足がつってるかもなぁ。まぁ、いっか。
もうすぐで夏だというのに向こう側ではイルミネーションが街を照らしている。見える色だけでも赤、青、紫、緑とそれぞれの色を光らせて行く。
その道を超えたすぐ先に見える俺の家。
勢い余った力でドアを引くと横の壁にドアが勢い良くたたきつけられ大きな音を発した。だがそれも気にせずひたすら駆け寄る自室のパソコン。
パソコンの前に立ってから大きく深呼吸する。
指先に神経を集中させ、電源ボタンを押すとおなじみの起動音を発してパソコンのディスプレイには青い画面が点灯した。パスワードはつけてない。
メールの通知が一件。恐らくコレが蒼井の残した『伝えたいこと』だろう。
画面に映し出されている矢印をうまく操作してメールを開いた。
――こんなことになってしまってごめんなさい。お母さんに預けた手紙の通り私はもう少しで死んでしまうと思う。正直あなたといる時も吐き気が止まらなかった。二重の意味でね。でも私はあなたと過ごす時間を一時も無駄にしたくなかったの。黙っててごめんなさいね。
私が次に意識を失った時はもう既に手遅れだと思って頂戴。今ベッドで寝ている蒼井葵はもう死ぬわ、残念だけどね。
でもあなたが私のことをもし救ってくれるヒーローだったら、あのメールを開いて。そして5年前の私を助けて。
あなたならきっと出来るわ。
私はその日学校から帰ってきて家の扉を開けたの。すると中から物音がしたからほとんど会社に泊まりっぱなしのお父さんが帰ってきたのかと思った。でも違ったのよ。そこにいた人物はお父さんじゃなくて当時起こっていた誘拐事件の犯人だったの。
私は連れて行かれた、どこに連れて行かれたかは覚えていないわ。
そこには私と同じく誘拐された子供が沢山いたわ。数は5人、全員が10代で女の子。
しばらくすると私を拐った犯人が戻ってきてこう言ったの。
「今から十分ごとにお前らを一人ずつ殺していく。それまでに金が用意されなかったら悲しいがお陀仏だな、ハーッハッハハハ!!!」
私達は恐怖したわ。そのうち失禁してしまう娘も現れた。
当然と言えば当然、お金がすぐに用意されるわけもなく、10分後。早速一人目の被害者が出たの。
髪は後ろでまとめていてきれいな顔をした女の子だったわ。その娘は犯人に不幸にも激しく痛みつけられ、犯され、最終的には額の真ん中に銃弾を食らって絶命してしまった。
それから一人、二人、三人と殺されて最後は私と一人の女の子だけになった。歳は10歳だったわ。
しばらくしても目的のお金が届けられないために犯人はひどく苛ついていてまだ時間でもないのにもう一人の女の子を殺そうとした。私は勇気を振り絞って近くにあった鉄の棒で犯人に殴りかかったわ。でも所詮は小娘。30代後半に見える大男にかないっこないじゃない。
私は男に投げ飛ばされ脳にダメージを負ってしまった。それが今の私の病気の理由。
結局目の前にいた女の子はただの肉の塊になってしまって、いつ助けられたかは覚えてないけど私は病室のベッドの上にいたわ。
ここまでが私の過去よ。変えられない過去。
でもあなたなら変えられるかもしれない。詳しい事情は私にもわからないけどあなた宛に最近来ているメールは本物よ。
あなたなら私を救ってくれるかもしれない。虫のいい話とはわかってるけどそれしかないのよ。お願い、私を助けて。
PS、私よりも自分を優先させるならそれでいいわ。その時はおとなしく死ぬから
「なにがPSだ、こんなこと書かれたらやるしかないじゃないかよ・・」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
アイコンを操作し、いつぞやのメールをタップする。
力を使う使わないなどが書かれた謎のメール。それと添付してあるURL。
咄嗟にそのURLに指を伸ばす。が、メール本文に書かれた文を見返した。
釘を刺すように書かれた「間に合わなくなるぞ」の文。
間に合わなくなる――きっとこの『力』とやらは恐らく時間を巻き戻す力の一種だろう。漫画やアニメでしかお目にかかれないタイムスリップというやつだ。今の状況からすればお誂え向き。そんな能力を使っても間に合わなくなる、とはなんなのか。この能力には限界がある?
迷っている暇はなかった。俺はすぐにそのメールの差出人へと返信をする画面に切り替え、文を書き記す。
『俺は力とやらを使うことにしたが、間に合わなくなるってどういうことだ?それとお前は誰だ?』
とりあえずこの文面で書き記した。今自分が知り得ない最重要の情報。それを問いただすための文。
返信はすぐに来た。まるでこの時を待っていたかのような速度で。
内容はこう記されていた。
『まず最初に、俺はお前だ。信じても信じなくてもいいが出来れば理解してくれれば助かる。
間に合わなくなるというのはその力は飛べる時間が決まっているからだ。蒼井が襲われたのが5年前、5月の今日と同じ日だ。だが今のままではその時間まで飛べるかは五分五分、そしてここが重要だ。時間を巻き戻すことは2回しか出来ない。これはお前のせいではない。力の本来の性質だ。
2回――つまりは行きと帰りの2回分をどう使うか。お前にはもうわかっているはずだ。
力の説明などについては以上だ。このメールアドレスには2回以上は送れない、最後に力の使い方だが・・私が以前から送っているメールのURLを開き、そこに日付を入力するだけだ。場所はその時の場所に立っている。くれぐれも注意してくれ。
幸運を祈る。」
差出人が自分。そんなわけの分からなさに俺は謎の興奮を覚えた。
「ったく、なんでこういきなりSF展開な話になるのかねぇ・・俺その辺は疎いんだけど・・まぁ、これはこれで」
URLを開き、日付を入力するためのダイアルと下にGOと書かれたボタンのみが貼り付けられたページが映し出される。
ダイアルを5年前。今日と同じ日付を入力した。
「・・・・主人公っぽくて、いいかもな」
俺はスマートフォンに映しだされたGOの文字をタップした。