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期限10日の彼女  作者: イヤホン
7/8

ごめんなさい

 夕方の診療所。白い長方体の部屋で騒々しい機械に囲まれて蒼井は目を閉じて寝ていた。まだ心拍数はバウンドをしていたけどそれはとても弱く、穏やかだった。

 夕日が蒼井の顔を照らしているのと対照的に日陰になっているところに座っている俺は体全身が暗く染められており、不安が募る。

 ベットの反対に座っている美心が言うには「寿命と言っても正確ではない。それはあくまで私が決めた目測の死へのカウントダウン。あくまで予報だ。健二のせいではないよ」との事だった。

 本当にそうだったのか?

 俺が蒼井を家になんか連れていかなければ未来は少しでも変わっていたんじゃないか?

 俺が買い物なんかに出かけなければ――。

「健二」

「――なに」

「これから蒼井の母親が来るんだが、どうする」

 言っている意味は分かった。つまり今この状況で蒼井の母親と対面して話すことができるのかということだった。でも答えは決まっている。それも随分と前に。

「会うよ、会ってちゃんと蒼井についての話をする」

「そうか・・」

 そういうと美心さんは椅子から立ち上がり、「二人だけのほうがいいだろう」と言って部屋から出て行った。


「蒼井・・・・」

 返事はない。

「なんか、ごめんな。ほんとはもっと・・いや、なんでもない」

 返事はない。

「きれいな顔してんのに――もったいねぇよっ・・」

 返事はない。

「蒼井っ!!」

 返事はない。

 俺は蒼井の血の気が引いた手を取り、胸に手繰り寄せた。

「うっ・・!・・・・・・」

 今までに、死ぬ直前の人というのと接した事がなかったが俺は直感的にわかってしまった。

 

 蒼井は死ぬ。


 美心さんもとっくにわかっているんだろう。この冷たさは死というものに直列だ。それをわかるということは悔しく、悲しく、死んでしまいたいくらいに腹立たしいことだった。 

 きっと美心さんはずっとこんな感情を抱いていたのだろう。 

 強い人だ。

 本当に。


「信じられねぇよ・・ちくしょう・・」

 俺がそう呟くと病室のドアがコンコンと音をたてた。きっと蒼井の母が来てドアをノックしているんだろう。

「どうぞ」

 そこにいたのは初めて蒼井に出会った時にすれ違った、蒼井と同じように綺麗な髪を持った女性だった。女性はベッドに寝ている蒼井の顔を見ると俺に向き合った。

「あなたが、宇城健二さんですね?」

 きっと美心さんが教えたのだろう。すぐに理解すると俺も口を開いた。

「はい、あなたは葵・・さんのお母さんです――よね?」

「はい」

「これ、どうぞ」

 俺が丸椅子を差し出すと蒼井のお母さんはその丸椅子へと腰を掛けて座った。雰囲気は蒼井と似たところがあるが少し違うな。顔立ちからしておっとりしているように見える。今はこんな状態なので話し方は普段の蒼井と似たような感じになっているが普段はもっと話すスピードはゆっくりなのだろう。

「今まで葵を楽しませてくれてありがとうございました・・この子も幸せだったと思います」

「生きてますよ、まだ」

「え、ええ、そうですね・・」

「まだわからないんです。きっとまた元気になります」

「健二くん・・」

「まだ・・・・大丈夫です・・」

「もういいのよ」

「は?」

「この子も頑張ったわ」

「何言って・・!」

「もう苦しまないで済むわ」

「苦し・・?」

 そうだ。蒼井は今まで俺といた時は全く苦しむような素振りを見せなかった。寿命があと10日間だというのに平然として。いつも普通な顔してベットに腰掛けていた。

 まさか――。

「蒼井は苦しんでいたんですか?」

「ええ・・私といるときは激しい頭痛を訴えて何回も嘔吐したわ、声を張り上げて・・」

「そんな・・・・」

 まさか、そんな激しい苦しみを俺といるときだけ我慢していたのか。心配させないように普通だという顔をして。

「馬鹿だろ・・・・言ってくれなきゃ・・・かんない・・だろ・・」

 顔がひきつっている事がわかる。両の目から涙が溢れて制服のズボンを濡らした。

「いつもあなたの話を聞いていたのよ。一緒に話した事とかゲームしたり海行ったりしたこと。あとは――目が死んでるって」

「んなっ」

 蒼井のお母さんは軽く微笑み、話を続けた。

「いつも感謝してたわ。こんなに楽しいのは生まれて初めてだって。この子小さい時からずっと病院生活だったから何にも楽しいことなかったのよね。そんな時に現れたのがあなた。この子ったらそれは笑顔で話したのよ――」

 いつの間にか蒼井のお母さんの口調は穏やかなそれになっていて目をうるませていた。

「俺も、楽しかったです。本人を目の前に言うのもなんて言うかアレなんですけど・・俺も友達とか全然いなかったんで癒やされたというか・・蒼井にはほんと助けられました」

「――そう、よかったわ」

「――はい」

「そうだ・・これ」

 蒼井のお母さんは持っていたバックから封筒を取り出して俺に手渡した。

「この子があなたにって」

「蒼井が・・」

「この子もわかってたみたい。自分の体のこと。もし、自分が次に倒れたらこれを健二に・・って」

「・・・・・・」

「開けても、いいですか」

「ええ」


――健二へ

 私は多分そろそろ死にます。ずっと隠していてごめんなさい。でもあなたといるあの時間を壊したくなかった。私の体のことを言ったら健二が遊んでくれる時に憐れむようにして遊んでくれていると思ってしまう。私はそれが耐えられなかった。ごめんなさい。

 この手紙はお母さんに渡したのでもしかしたら見られてしまうかもしれなかったからあなたに伝えたい本当の気持ちはあなたの家のパソコンに残しておきます。

 

 今までありがとう。



「これ・・・・・・」

 俺は立ち上がりながら手紙を折りたたんで制服のポケットに入れた。

「少し、席を外してもいいですか」

 蒼井のお母さんは優しく微笑んで顔を縦に振った。

「・・・・・・行ってきます」

 俺は駈け出した。蒼井の最後に伝えようとしたことを知るために。


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