疾走する二人の心拍数
5月6日、ゴールデンウィ―ク最終日である。それと同時に蒼井の寿命残り8日でもある。そんな日でも俺は診療所におとずれていた。地球温暖化の影響だろうか、5月の最初だというのに超暑い。これ7月になったら死ぬんじゃないの?とついつい不安になってしまう。いつもと同じように二階への階段を昇る。一段一段と昇るたびに高鳴る鼓動を抑えながら部屋の前に到着する。ドアの横には(蒼井葵)と書かれたプレートがいつものようにくっついている。一呼吸入れた後、唾液を飲み込んでからドアを開いた。
「健二――こんにちわ」
「おう、こんにちわ」
昨日の人生ゲーム以来俺と蒼井の仲は激変し、今では普通の会話ができるようになっていていた。蒼井が俺に対する警戒心を取り除いてくれたとしたら昨日の人生ゲームは大成功だった。
「今日は何するよ」
「そうね・・・・」
以前とは違い、俺は丸椅子ではなく蒼井が寝ているベッドに座っている。蒼井は考える仕草をした後すぐに思いついたように顔を明るくさせてこういった。
「海に――海に行きたい」
「わぁ!綺麗!」
蒼井の望み通り、海にやってきた俺達は海岸でパラソルを立てて海を眺めていた。俺達の住んでいるこの街は海と接していて、かなり近所に海があったために海に来ることは楽だった。が、立つことができない蒼井を車いすで海につれてくることができてよかった。
「そういえば、まだあなたのことを名前で呼んだことはなかったわね」
「・・なんだよ急に」
「健二」
一瞬、時間が止まったような感覚に襲わて目を大きく開いたことがわかった。柄にもなくドキッとしてしまった。静かに右にいる蒼井の方に首だけを動かして見る。
「なんてね」
一瞬ではあったが悲しい顔をしていたような気がする。まるで明日にはいなくなっていそうな気がするほど切なく、悲しい顔。
「あなたとここに来たことは忘れないわ、ありがとう」
「何最終回みたいなこと言ってやがる」
「・・・・健二、私ね・・」
「さて、海に来たことだし、水の中はいらないと意味ねぇよな!」
「え・・?」
「よっ・・と!」
「わっ!」
俺は自然と蒼井をお姫様抱っこして海に浸かっていた。お互い服を着たままだがこの気温だったら大丈夫だろう。外の熱気と反比例した温度の海の水は心地よかった。蒼井は話の途中で中断されたことであっけにとられていたがすぐに口を噤んで微笑んで健二に聞こえない小さな声で言った。
「ありがとう・・」
海から帰ってきて再び蒼井をベッドに寝かせる。(濡れた服は先ほど自分で着替えていた)時刻は17:36。5時半だった。帰ろうかと思ったが明日から学校なので会える時間が少なくなると思い、もう少しだけ居座る。
「そういえば、お母さんってちゃんと来てるのか?」
「ええ、健二が帰ってから1時間後くらいに入れ違いでいつも来るかしらね、日中は仕事をしているから」
「ふーん」
蒼井のお母さんとはまだ一回も話していない。仕事があるのはしょうがないけど蒼井の余命が刻々と迫っている今くらいはそばに居てやってもいいと思ったのだ。でもそのための俺なのだと改めて確信する。
「先生ってまだ帰ってこない?」
まるで帰ってこないで欲しいような言い方で蒼井は言う。
「出張って言ってたし、まだ当分かかるかもね」
本当は日本の数々の脳に詳しい医者にあたって蒼井を救おうとしているのだ。一日に一回、報告書のように美心さんにメールで連絡をとっているからこの前話された。そしていまだ該当する医者は見つかっていないらしい。