プロローグ
ゴールデンウィーク初日、オタクで友達ゼロで顔のスペックもそこまでよろしくない俺は真夜中のコンビニにカップラーメンを買いに来た。昼間は思春期で発情期でガキなリア充どもがうろちょろしてる可能性があったからな。できればそんな公害には出会いたくはない。当然のことだと思う。あいつらは周りの人間がおまえらを見て傷つき、妬み、ムカついていることに気づいていない。いや、気づいている部類の公害もいるのだろうがそういうやつらは決まってすぐカップル契約の終焉に向かう。これは単なる憎しみによって安易に決めつけている法則ではなく俺の今までの学生生活においての人間観察の結果だ。決して嘘偽りはない。
コンビニまではそう遠くない、家からほんの2分。あせらずに行けば店で湯を注いでから歩きで家まで歩いて帰り、少しの間部屋の椅子に座って湯を入れてから3分立つまで待つことも可能だ。知っての通りカップラーメンの所要時間は3分。早くても遅くてもだめだ。3分という的確な時間に麺をすすることが真のカップラーメンの食べ方だ。ついでに言うと湯は店で入れたほうが美味しい気がするので俺はいつも店で湯を入れている。
コンビニで湯を入れて3分以内に自室に到着する。簡単なミッションだ。
なんの妨害もなかったらそんなミッションこなすのは誰でもできるだろう。家からはそう離れていないので誰かに接触したとしてもすぐに家に帰れる。素晴らしい立地条件だ。
店内の様子はいつもと同じで、しんとした店内、店員はいつもの青年。店内を流れる音も少なく、とても心地良い空間だった。真夜中というだけあって客はいない。俺はいつものカップラーメンを手に取りレジに持っていく。実にいつもどおり。内職レベルで同じ動きだ。
レジに辿り着いた俺を店員は笑顔で迎える。が、俺の性格上のことなのかしらないがこの笑顔がとても苦手というか好きになれない。作り笑いも甚だしいというか、心の奥では真顔でこっちを見つめている用な感じでとても目線に困る。
会計が終わるとレシートも受け取らずにポッドの場所に行く。考えたこともなかったのだがレシートを受けたらずに行ってしまう客を店員はどう思っているのだろうか。バイト経験がないので分からないがもしかしたら悪い事をしているのではないかと思うのである。わざわざ物を差し出しているのに無視して行ってしまう客の後ろ姿を見て客はどう思うのだろう。それによって憎しみなんてものを抱かせていたら大ピンチだ。精神的に。
ポッドのロックを解除して湯を注ぐ。容器から立ち込める湯気とその匂い。これが腹をまた一段と刺激する。早く家に帰ってこのカップラーメンを食いたい。3分が遅すぎるとまで思っていた。
この時の俺は本当に愚かだった。なんでそんなことを考えてしまったのだろうとも思う。
店を出るとやはり周りは真っ暗で誰も居ない。遠くのほうで車のタイヤが軋む音が聞こえるがそれもすぐに消えて無音の世界に移る。家はもう見えている。本当に近いのだ、俺の家は。
(少し遠回りして帰るか)
5月の夜の風が気持ち良い。少しでも長くこの風に身を包まれていたいと思った俺はそんなことを思った。どうせモンスターなんかがいるわけでもない。夜中に歩いて襲われて食われて家には帰れないなんていう事態もないはずだ。ならばこの風を体全体で感じ、いい気分で3分手前で帰宅してもいいはずだ。
ケータイの時計を確認すると湯を入れてからまだ20秒。時間は山のようにある。
いつもは一直線になっている我が家とコンビニとの道で、時間を持て余すシンプルかつ最短のベストな道を歩いて帰宅するが今日はコンビニを出た後右に曲がり迂回して帰ることにした。耳に繋いだイヤホンから流れる音楽はサビで、口笛を吹いて歩いた。
だがそれもつかぬ間、道を曲がったところでそいつらは道にいた。今とても会いたくなかった人種。リア充よりは目に止まらないものの、一度正面で対峙してみると食物連鎖のようなものを感じさせる。
そこに居たのは3人の不良だった。三人共似通った服装で、金と黒のどこかで見たようなジャージと紫のジャージを着ていた。髪型は典型的な横が刈り上げられた不良ならこの髪型だろうと思うテンプレートなやつだった。俺は密かにスタイリッシュタラちゃんなどと呼んでいるがちゃんとした名称もあるのだろう。
道は一本道でかなり狭かったために通してもそこを通らなければ行けなかった。第一、今引き返したところでカップラーメンが間に合わなくなってしまう。親愛なるカップラーメンのためにもここは後には引けなかった。
見ていないふりをしてその三人の中央を通り抜ける。が――。
「よお兄ちゃん、こんな遅くに何やってんだ?」
後ろからかけられるやけに低い声。
「いや、あの、こ、コンビニに・・・・」
「だめだぞー?こんな夜中に出かけちゃあ。悪い人たちだっていっぱいいるんだから」
そういうと男はニヤッと口を歪ませた。3人のうちの一人が俺の正面に立ちはだかる。後ろにも2人。完全に囲まれてしまった。
「・・・・・・・・」
「おい、ちょっと俺たち金に困っててよぉ――ちょっと財布みせてくんね?」
「え・・いや・・ちょ、やめ」
男の太い腕が俺の腕をつかむ。あ、そっちはカップラーメン握ってる方じゃねぇか。ふざけんな。
「いうこと聞いておいたほうがいいぜ?」
「その人前に柔道の大会でかなり上の方まで行ったからな、下手したら死んじまうぜ?おとなしく金置いてお家に帰んな」
残り二人がそれぞれ言葉を発した。帰りたいのは山々なんだよこの野郎!何だこの状況、ふざけんなよ。マジでカップラーメン買いに行っただけで死ぬのか?バカじゃねぇの?俺。
男のもう一つの手が俺のポケットに伸びた。あっけなく取られる俺の財布(中身は3000円くらい)。
「んだよ、しけてんなコイツ。これだけかよ」
「何円?」
「3000ちょい」
「うわー、少なっ。一発シメとけば?」
「は!?」
「『は!?』じゃねぇだろ!オラ!」
後のことはあまり覚えていない(と、いうことにしておきたい)。腹と顔面に蹴りとパンチを食らわされた俺はなんとなくカップラーメンを死守し、家に帰宅した。もちろん、カップラーメンは伸びきっているわけで――。
俺はその日、大切なモノを失った。尊厳と金とカップラーメンの旨味だった・・・・。