9 鏡面
前回:九条栄は崩れ、そして見えざる何かの招待を受けたようですが?
夢なのを自覚しているのも変な気分だ。銀と楓はしっかりと手をつないで、暗闇の中を歩いていた。目的なんか知らない。ただ歩いていた。そして壁にぶつかる。壁? そうじゃない────
「鏡だ」
目をこらす。その鏡はかすかに淡い紫の光をはなっていた。と、鏡の中の銀が二人にむかって手をあげる。同じく楓もニッコリと笑った。二人は夢と知りながらも、目をパチクリさせた。
「そうビックリしないでほしいな。夢なんだから」
「いや、それは分かってるけど……」
訳の分からない返事をして、銀は突然戦慄に似た衝動を感じた。あの記憶にも似た畏怖と恐怖。鏡の銀はニコリと笑う。そう脅えるなよ、と鏡の銀はクスクス笑う。
鏡の楓もこれ以上ないほど、ニッコリと微笑みをたたえている。銀は見とれた。楓って笑うとこんなに可愛いんだ、と呟き一人赤面する。その呟きがしっかりと楓にも聞こえていて、楓もまた赤面してしまっている。鏡の銀はやれやれと、ニヤニヤを止めない。
「今回はお疲れ」
と鏡の銀は言った。
「ようやく出会ってくれて、僕らとしては一安心だね」
「は?」
疑問符。彼の言っている意味がよく分からない。
「君達は出会うべくして出会ったんだ。なんたって僕達の子供達だからね」
「僕達の子供たち?」
ますます分からない。
「わざと謎を含めて言わないの」
と鏡の楓は注意する。
「単刀直入に言うと、私達は貴方達の言う所の【暗黒流星】と【十字の満月】よ。はるか闇の夜空に浮かぶね」
緊張が二人の背中に走るのが分かる。それほ解きほぐすかのように、鏡の二人はニコニコして言葉を投げかける。
「そんな脅えなくてもいいんじゃない? 仮にも生みの親だよ」
「別に害を加えようなんて思っていないわよ」
「しかし人間てのは馬鹿だね、どうして攻撃的にしか力を使えないものか」
と嘆く。が、たいして気にしている風でもない。
「貴方がたが、人間に力を与えたんですね?」
「そうだよ」
楓の質問に鏡の銀はうなずく。
「と言うよりも、心という概念を産み出し、プラスサイドとマイナスサイドを合わせ持つ位置に人間という生物を立たせたから、君達があるんだ。【暗黒流星】と【十字の満月】は両極端のバランスをとるためなの、天秤にすぎない」
「何のためにこんな事を!」
楓の質問に鏡の銀は、にこっと即答した。
「戯れだよ」
「戯れ?」
「そう。僕達は愛し合っている。でもね、この普遍的な宇宙は限りなく暇なんだ。ま、君達のトコで言う倦怠期ってヤツだね。だから、君ら二人の子供たちの姿を見て、僕らの愛を確信して戯れていたわけさ。ご理解いただけたかな?」
「理解なんか、理解なんか────」
楓の手を銀がそっと握り締める。楓の気持は痛いほど銀が分かっている。醜く溶けていく父を目の当たりにして、楓は初めて父の気持ちを理解した。それにまだ明確な答えを出せているわけでもなく、楓の心は混乱を極めている。銀は心でそっと語りかける。今は何も考えなくていいよ。と。
「否定するのは、貴方達の勝手だけど」
鏡の楓は優しく言った。
「貴方達は私達の子供。出会うべくして出会った。それを忘れない事ね。貴方達がこれから、何をどうしていくのか、とても楽しみなのよ」
「楽しみ?」
「そう」
鏡の銀が答える。
「この惑星をこれから君達はどうしていくのかをね?」
「でも、忘れない事よ」
「君達は出会うべくして出会った」
「貴方達は私達の子供」
「出会うべくして出会った」
「貴方達は出会うべくして出会った」
「大切な子供たち」
「これからどうするのか、とても楽しみだよ」
パリンと鏡が割れた。鏡の中の銀と楓は消えている。面会時間終了。
パリン。パリン。パリン。
パリン。
鏡と一緒に夢も割れて、二人は目を覚ました。