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暗黒流星と十字の満月  作者: 尾岡れき
第1部 暗黒流星と十字の満月
8/12

8 崩壊


「銀、何でだ?」


 玄が二人を追い詰めた。力を無意味に爆発させる玄とは逆に、銀は彼女を守りながら脱出ルートを探していた。楓と力を合わせれば玄を倒す事も可能だが、それは玄の消滅を意味する。銀がそれを望んでいないのを楓は一番、理解していた。捨てると言った同胞意識。楓はそんなものを感じた事はなかったが、銀にとっては無二の親友。捨てれるはずがなかった。


「何で裏切る?」


 玄は乱暴に力を開放する。焦点はまるであってない。銀はただ力をわずかに出して、盾を作ればいい。だが、それが玄の怒りを増長させる。


「何でだ? 相棒。その女はそんなに俺より大事か? 全てを捨ていいほどに大切か?」


「そんな事は分からない」


 その目は悲しげ。


「でも、この子を失いたくないんだ」


「恋したなんて言うなよ、笑えるぜ」


「恋とかそんなのじゃない。彼女は僕を理解してくれた。僕も彼女を理解できた。いや、理解したつもりなだけなのかもしれないけど……。でも、理解できたんだ。彼女の苦しみも。彼女の痛みも。彼女も僕の空虚を理解してくれた」


「俺じゃ理解できないと……?」


 憎悪だけじゃない。嫉妬の色も楓は感じた。そしてもう一つ別の色に、彼は魅入られている。楓は橋本玄を魅入らせた本人を探した。ドコ? いない? いや、そんなはずはない。彼の瞳を彩る憎悪とは別の色の漆黒は、楓がいつも見ていた黒宴の杯だ。その杯で、血の宴は始まり、狂気は発動していく。あの忌々しい宴の祝杯。それをかざす者はドコかにいるはずなのだ。


「そういう意味じゃない!」


 いらいらして、つい大声になる。


「玄、お前がどうでもいいなんて僕は言っていないよ。ただ────」


「ただ? 彼女の方が大事なんだろ? そういう事だろ? 【十字の満月】の全てを捨てて、彼女と一緒に生きるって言いたいんだろ? 今まで俺とやってきた事は全て演技なんだろ? はっきり言えよ。俺は役たたずなんだろ? 銀に比べればたいした力も保有していない。落ちこぼれさ。いつもお前の足を引っ張る。彼女の力はたしかに強大だ。お前が力に魅入られたのなら、俺のだせる力全てで、銀を燃やすよ。お前の大切なその子形もないくらいも切り刻んでやるよ。それで、それで、いいんだろ銀? 俺の力が弱いだけじゃないって分かれば、また俺の所に戻ってきてくれるな?」


 そうだ。


 背筋を凍らせるような呟き。銀は、そして楓もたしかに聞いた。


 彼は君から逃げていく。君が弱いから。


 彼は君から逃げていく。君が怖いから。


 彼は彼女と逃げていく。陳腐な愛に君とのつながりを消したから。


「俺は弱くはない! 俺は強いっ!」


 そう強い。それを教えてあげればいいんだよ。簡単だろ?


「ああ、簡単だ」


 力任せに、【十字の満月】の力を開放する玄。光は壁を貫き、柱を薙ぎ倒す。


 君は強い。


「当然だ、俺は選ばれし【十字の満月】崇高なる月夜の使者。闇を駆逐し、人の不安定な心を光の名の下に導く、栄えある十字に選ばれし者。俺は強い」


 そうだ、強い。誰よりも、誰よりも。君の強さに彼は目を覚ますだろう。くだらない愛よりも崇高なる任務の貫徹なる素晴らしさに。教えてあげればいい。君になら教えれる。君だから教えれる。君にしか教えれない。君にこそ、教える事ができる。さぁ、玄。壊しに行くぞ?


「お前を壊すぞ、銀」


 ニッと今まで見せたことのない嫌らしい笑みを浮かべる。だが、その表情はかつての銀の知る玄の顔じゃない。石像のように凍りつき、ぎこちなく、ただ怒りと憎悪と嫉妬の色だけで、銀と楓を追い詰める。むやみに乱射する力を防御しながら、銀は楓と目を合わせた。


「【暗黒流星】に魅入られてる?」


 楓はこくりとうなずく。が、その姿が見えない。楓はキョロキョロと当たりを見渡す。


「と言うことは、君の父親か?」


 それ以外に相手はいない。上山もあの炎に消滅しただろう。


「それはないのよ」


 楓は否定する。


「父は【暗黒流星】じゃないの。ただの人間だから」


「な!?」


 それは想像を越えた事実だ。銀は思わず、楓を見る。楓は悲しそうに笑った。


「全ては私。私を利用して、力を集めたの。九条家は【暗黒流星】の生れる血は濃いけど、それは遺伝的なものじゃない。そちらもそうでしょ?」


 そちら────【十字の満月】も、遺伝によっては誕生しない。銀の父と母もごく一般人。何の特質もなく、何の秀でたものもない平々凡々とした……。


「だが、だとしたら?」


「だから変なの。それに少なくとも【十字の満月】を魅入らせるほどなんて、そこらへんの雑魚のできる芸当じゃないわ。それこそ上山ぐらいじゃないと────」


「上山が生きている? そんな馬鹿な。それこそないよ。あの炎は命が尽きるまで、宿主を食いつくす。もし無事だとしても、玄を魅入るほどの芸当なんて……」


 銀は口を閉じた。玄の力が、予想以上に強い。魅入られて、力が上昇している? そう考えるのが妥当だ。その【暗黒流星】が玄に力を貸している事になるのか。こんなケースは初めてなだけに、厄介極りない。銀は十字を切り、力を強める。


「どうした銀? いつもの力を出せよ」


 出せるかよ、そんな事したら玄は消えちゃうぞ? 歯をくいしばり、呟く。楓の事は何が何でも守る。だが、玄も守りたい。ワガママか? そうなのか? そうか? それでもいい。楓はついさっき会ったばかりだが、僕の空虚を埋めてくれる大切な人。玄はこんな僕を見続けてくれた最高の相棒。どっちも守る。それじゃダメかよ!!!?


 と、楓が手の平に黒珠をただよわせた。


「楓、何を……」


「ごめんね、銀君。前までの私なら死はいつでも受け入れたけど、今はそう簡単に受け入れられないの。貴方のせいよ。私は死にたくない。貴方も死なせたくない。例え、その玄って人が死んでも」


 黒珠は黒い弧を描く。空気を漆黒に染め、銀の作り出した盾を突き破り、玄の足元に突き刺さる。


 黒い風が、暴れだした。


 それは玄の足元から、風を触手のようにはらみながら、まるで湧き出るように顔をだす。にやり、と笑みを嫌らしく浮かべて。


「分からないわけだな、影になっていては」


「お父様? そんなだってお父様は…?」


 敵意の塊で、睨みつける銀。混乱する自分の娘。そして中途半端に術が破れて昏睡する玄。九条栄は玄を抱き寄せて、愛しげに撫でた。それが二人の背筋を凍らせる。


 九条栄は、演技な微笑をたたえ、二人に拍手した。


「たいしたものだ、三浦銀君。君は私が取り戻せなかったものを取り返したよ」


「何の話しだ?」


「楓の表情さ。私はいくら実力行使してもダメだったのにね」


 実力行使。血の宴。狂っている余興。楓のイメージの津波を思い出して、銀は唾を飲み込む。


「楓、不思議そうな顔をしているね」


 玄の髪を掻き上げて


「どうして私が、【暗黒流星】の力で、玄君を操ったか知りたいのだね?」


 知りたくない! 心の底で楓は絶叫していた。銀もその声を聞いた。だが、彼女はコクリとうなずく。その顔は無表情を装いつつも、汗が流れ出していた。


「随分と素直になったじゃないか。それだけ素直だったら死ぬことのなかった人がたくさんいただろうに。残念なことだ」


 楓は表情を崩さないようにむ努めた。だが、銀は感じる。楓の中の【暗黒流星】が憎悪に黒く濁る感触を。それを必死に押さえてるの銀は感じた。そっと楓の手を握ってあげる。黒く濁った流星は、静かにしぼんでいった。


 満足げに九条栄はうなずいた。


「二人は心についてどう思う?」


 予想外な質問に銀は目を丸くした。楓は表情を変えず父を睨んでいる。


「心?」


「そうだ、銀君。人間の心についてだ。薄弱で不安定で脆く崩れやすく流れやすい。これが心の一面だな。だが、それと対をなすように強く強固で絆を信じて、愛が奇跡を呼ぶ事もある。私は大学でこの『心』について研究していてね。今のテーマが[心はドコからくるのか]ということだ」


「心はドコから……?」


「そうだ。心はドコにある。その明確な位置だよ。心臓かい、脳かい、神経かい? 脳が分泌する一情報という考え方もあるが、私はそれでは納得できん。これほどあやふやで力強いものが、そんな不確かな説では証明できない」


「それは学者さんの仕事でしょ。今のところ、僕には関係ない」


「そう急かすな、これから関係してくる」


 ニッとまた笑みをただよわせ


「ところがだ、人間の持つプラスサイドの感情とマイナスサイドの感情を高純度に保持し、それを力に変換して行使している生物がいる」


「え?」


「ご存じ【暗黒流星】と【十字の満月】だ。私はね、もしも彼らの生体を解明できたら、その心の問題が驚異的に飛躍すると確信している。事実、私の理論の中ではここ数年で確信に近づいた。私の結論はこうだよ、その高純度の感情を抽出し、人間の中に消化できたらば揺るぎない、確固たる意志をもった────それでいて、完全に心をコントロールし、かつ自分のもてる能力を最大限に発揮できる。プラスでもマイナスでもない、その中心点。素晴らしいと思わないかい?」


 九条栄の手から、臭気を発する触手が、漆黒に空気を染めた。


「【暗黒流星】の力…?」


 楓が驚きに目を見張る。


「でも、それは上山の…」


 と言って楓の言葉は止まる。手で口を押さえた。銀もその意味を理解して凍りつく。九条栄はさも楽しげに笑い声をあげた。その目は狂気で黒ずみ、理性のかけらもない。


「そうだよ、楓。私は上山を食べた」


 ニヤニヤして玄を愛しげに────舌でペロリと舐める。


「強すぎるお前達は、肉片を食すだけで心を消化できるらしい。これは実に嬉しい収穫であり、頼もしい研究成果だったよ」


「玄!」


 銀は出せる声全てを振り絞り叫ぶ。


「そいつから離れろ!」


「無駄だよ、銀君。彼は私の手の中だ。彼は目を覚ます事はない」


「なら、覚ましてやる!」


 銀が十字を切ろうとして、その腕を黒の触手が捕らえる。そのまま振り回され、銀は壁にたたきつけられた。九条栄は侮蔑の表情を浮かべる。


「無駄だ。そこで見ていたまえ」


 九条栄の唇が、玄に噛りつく。


 肉を引き裂き、臓器を貪り、血をすすり、貪欲にかぶりつく。


 血が、銀と楓に飛んだ。止めようと思えば止めれたのかもしれない。だが、銀も楓も動けなかった。ただ金縛りにあったように、その行為を見ているのみ。骨まで食べつくした九条栄は、体を怪しく光らせたり、濁らせたりといった発光作用を繰り返していた。


「すばらしい」


 うっとりとして言う。


「不安はない」


「恐れもない」


 恍惚とした表情。


「穏やかだ。私は、ついに心を手にした」


 にんまりと、した笑み。その目は、もう色をなくしていた。


「どうだ、素晴らしいだろ? この力を味わってみるか」


 手をかざす。光と闇が交錯して、目の前の壁を塵も残さず消滅させた。


 笑いつづける九条栄。


 勝利を確信した九条栄。その表情は、全てに開放されたかのように爽やかだ。そして嫌らしく、銀と楓に目をむけた。もう怖いものはない。そう、笑みは語る。私はもうお前を恐れないよ、楓。親としてお前を愛す。ほら、こんなに愛しているんだ。もう、不安なんか感じない。おいで楓。望むなら銀君も一緒に、私の一部にしてあげよう。安らごう。一つになって。こんなたおやかな気分は久しぶりだよ。ほら、楓? さぁ、銀君?


 と手を二人に伸ばす。二つの手の平からは、牙を剥き出しにした唇が、にたりと笑い、銀と楓を手招く。銀と楓は闘争本能を失い、ただ後ずさった。


 と、突然異変がおきる。

 九条栄の体が崩れる。


「な?」


 九条栄は苦悶の表情を初めて浮かべた。


 体が、どろりどろりと溶けていく。その皮膚の一枚一枚が、その筋肉の一片一片が、その骨の一本一本が、その血の一滴一滴が、どろりどろりどろりどろりとどろりどろりと。


 銀と楓に流れ出す無数のイメージの津波。


 私の娘が【暗黒流星】?

 そんなの信じない。


 私は娘を愛せない。愛したいのに。

 娘から表情が消えたよ。いつか呼び戻せるかな?


 この子は本当に私の娘なのか?

 愛したい。愛したい。愛したい。


 怖い。怖い。怖い。


 あの子は全てを壊すだろ。いつか私を殺すだろ。

 力を手に入れれば、あの子と対等になれるかもしれんな。


 殺さないでくれ。

 殺そう。お前の表情を取り戻すためなら。


 血はいくらでもある。

 助けてくれ、私は死にたくない。


 助けなくてもいい。殺してもいい。そのかわり私を愛してくれ。

 愛さなくてもいい。だから私を殺さないでおくれ。


 愛しておくれ。それだけでいい。

 愛してくれ。愛してくれ。


 愛してくれ。


 お前が怖い。


 どろどろと溶ける九条栄を前に、やっと銀は立ち上がった。楓は吐いては口を押さえ、涙を流し、目をそらし、体を震わせている。銀はそっと十字を切った。銀色の火炎を投げ放つ。炎は音もなく燃えた。九条栄を、橋本玄を、そして上山を、灰も残さずに燃やしつくす。


 悲哀も悲痛も何も感じなかった。


 ただ心って何だろ? と思った。強固である必要があるのか? コントロールする必要があるのか? 不確かじゃダメなのか? 分からない。


 銀はただ泣く楓を抱き寄せる。


 跡形もなく消えたこの屋敷の主人を見つめていた事で、隙を作ってしまったのか。

 何者かの意識が、銀と楓を絡めとり有無を言わさず拘束してきた。疑問すら浮かぶ猶予もなく、銀と楓は圧倒的な速度で昏睡してしまった。


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