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暗黒流星と十字の満月  作者: 尾岡れき
第1部 暗黒流星と十字の満月
4/12

4 燻る衝動

前回:銀が十字の満月と誓約した過去でした。



「おい、銀、銀! 起きろ、こら! 何、呑気に寝てんだよ!?」


 と乱暴にたたき起こされて、銀は目を覚ます。背中がぐっしょりと汗ばんでいた。またあの夢を見ていた……。いい加減、もういいよ、とため息をつく。いつもながら乱暴だが、現実に引き戻してくれた玄には感謝した。


「何って花の高校生だよ? 昨日の疲れもあったし、ゆっくりと休息を」


 と悟られないように、減らず口をを叩く。今だ鼓動の静まらない心臓が、体の中をかきむしる。大分楽になったが、それでも苦痛だった。それほど、あの時の恐怖が五臓六腑に染み込んでいる。力を得ても、無力な人間に毛が生えた程度。心が狂うほどの衝撃に出会えば、十字の満月の祝福を受けたものでさえ、暴走は止められない。あの月は、それを凌駕する衝撃だった。例え過去の記憶でも────。


 それは、相反する暗黒流星にも言える事かもしれない。

 玄は誓約の時はどうだんだろうか? そんな弱気が零れそうになるのをぐっと飲み込んだ。


「昨日の疲れ? あの後、こっちは徹夜だぞ。朝も昼も食べてないってのに」


「今、食べれば? 今、昼休みだけど」


「そんな事は言われなくても分かってる」


 憮然とした顔で


「ただお前の寝顔にむかついた」


「何だ、ソレ」


 と銀はクスクス笑った。玄は不機嫌な顔で、銀の隣に座る。


「で、あの子は?」


「苦労したぞ。あの子自身、生きる活力を完全に失くしていたからな」


 と自分で買ってきた焼きそばパンを頬張る。


「食いながら喋るなよ、汚い」


「うるさい、人の気も知らないで寝てたヤツが」


「玄が欠席した授業のノート、とっててやったんだけど?」


 ニッと銀は笑う。


「いらない?」


「こ、この卑怯者、そういう事を言うか!?」


「だから食べながら喋るなってば」


「うるせぇ。こっちは腹へってんだ。黙って、人の話し聞いてろ」


「はいはい」


 と銀は苦笑する。


 玄はその後の事を早口で解説しだした。が、実際の所、銀はそんな事には興味なかった。はっきり言うと、救った人の末路なんかに銀は関心はない。別に誰かを助けたいとも救いたいとも思わない。ただ暗黒流星に力をふるっている時、銀は満たされる。


 自分は何なのか、何をしたいのか、何をしようとしているのか、それすら理解できない。


 使命…と十字の満月の同胞は言う。が、銀は盲信的に十字の満月の力を信じれるほど純粋ではなかった。そう言い切る事ができれば楽かもしれないが、銀の日常はいつもぽっかりと穴が空いている。眠れば、月に一回はあの夢を見る。唯一の至福の時が、暗黒流星を駆逐している時だ。


 その時は何も考えなくていい。ただ、力をふるう。それだけで、銀の存在が証明されている気がした。そこが玄とは違う。


 玄は十字の満月の使命に心酔している。己の力に誇りに思っている。唯一のコンプレックスは、力が弱いことだけだが、それは銀と比べた場合だ。玄が弱いのではなく、銀の力が強すぎるのだ。そして彼の頭脳にいつも助けられている自分もいる。力だけではままならない情報戦がある事を、銀は自覚していた。


 銀は玄がうらやましい。学校でも十字の満月としても、いつも生き生きした表情をしている。


 この校庭でお弁当を食べたり、サッカーしたりしている同級生や他学年の生徒を見ながら思う。力なんかなければ、彼らのように笑えるんだろうか……?


「おい、聞いているのか?」


 と玄がに肩をゆすられて我にかえる。玄はすっかりパンは食べつくしていた。


「え? うん、ああ」


「その様子だと聞いてないな…。ったく人の苦労をそうも簡単に踏みにじってくれるとは。まったく相棒甲斐のないヤツだ」


「玄はもう少し苦労した方がいいよ」


「お前に充分、苦労している」


 その一言に、二人は弾けるように笑った。


「という事は、本当に何も聞いてなかったんだな」


「いや、ちょっとは」


「ちょっとは?」


「聞いていたような」


「ような?」


「気がしないでもない気がするような────」


「つまり聞いていないんだろ。まったく」


 とため息をつく。


「肝心な事は聞いとけ」


「肝心なこと?」


「俺の苦労話はとっくの昔に終ってんの、ハッピーエンドで。今はあの人からの伝令」


「あの人から?」


 銀は表情が強張りそうになるのを何とかこらえた。あの夢を思い出す。十字の満月と直面しても臆すどころか、ニヤニヤと楽しげに傍観していたあの人の顔。契約。そう、あれは十字の満月になめための儀式だった。玄もそれは通過してきた。


 だが、恐怖したのはお前だけだよ、とその人は語る。畏怖はするが、恐れはしない。普通の奴らは、何も考えずに心酔する。恐怖するのは、強い力をもって生れたからだ。本当の意味での十字の満月の恐ろしさが、お前には分かったんだ。利口だよ、銀は。


 また、そう言ってくしゃくしゃと銀の髪を撫でる。それすら不快で背筋の凍りそうな記憶。できればあの人には関りたくないが、【十字の満月】である以上、そういう訳にはいかない。あの人の伝令で十字の満月は、暗黒流星を駆逐する。無論、発見しだい駆逐するのは鉄則だが、お互い自分達の正体を隠しながら牽制している。そう簡単に、敵の居場所を発見するのは不可能だ。


 不愉快だが、あの人の命令を待つしかなかった。


「で、あの人はなんて?」


「もちろん、暗黒流星の消滅さ。すぐ動けるな」


「玄は?」


「昨日はたいした活躍ができなかったからな。今度は本気をだす」


 とニヤリと笑った。


「じゃ、今日は全面的に玄に任せるよ」


 と銀はわざと寝る。が、すぐに玄は銀を叩き起こした。


「お前なぁ、俺に死ねとでも言うのか!?」


「そんな、大袈裟な」


 と銀は欠伸をして


「玄は殺しても死なないって」


 銀は笑ってみせたが、もう玄の表情は笑っていなかった。


「ん? どうしたの?」


「銀、今度のはヤバい。正直、銀がいてもヤバいかもしれない」


「え?」


 銀は耳を疑った。玄がそんな弱気な発言をすのが信じられない。


「九条家を知っているか?」


「九条家……? って経済界の重鎮だろ。ループエレクトロニクスとかいう電気産業の親元だよね、たしか」


「半分は当たっている。江戸幕府からの名門家で、しぶとく生きてきた権力の亡者屋敷さ。どうやらそこが、今の【暗黒流星】の巣窟になっているらしい」


「ふーん」


 と銀は髪をかきあげる。


「そこを玄と二人で潰せと?」


「ああ、今回は限りなくやばい。どうやら九条家に出入りしている八割が、【暗黒流星】のようだ。まさに巣窟だよ。偵察にでた【十字の満月】も全員、消されている」


「ふーん……」


 銀はサッカーを楽しんでいる男子生徒に目をやった。ああやってのびのびと体を動かすって、気持ちいいのだろうか? 友達と笑い合うのは楽しいのだろうか? 応援している女の子は何を応援しているのだろうか? 彼らは何を笑っているのか? 分からない。理解できない。


 僕は彼らと明らかに違う。


 この銀色の髪のように色の消えた無気力を癒す事ができるのは、ただ【暗黒流星】の駆逐だけ。そこに恐怖はない。ただ、彼らを消して…ケシテ…消してしまいたい────。


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


「銀?」


 自分でも気付かないうちに、その唇がニヤリと笑みをこぼしていた。


「玄、何人いても────八割でも、一割でも同じたよ。僕らは【暗黒流星】を駆逐する。そうだろ?」


 玄もまた、ニヤリと笑みをこぼす。その笑みが近寄りがたいほど、残忍に輝いた。


「ああ。もちろんだ。最後まで駆逐する。それが任務だからな」


「休息はしっかりと取りな。疲労は戦力を鈍らせるからね」


「足は引っ張らないから、安心しろ」


 と玄は笑いながら、言った。


 本当は一人でもいい、と銀は、のそりと立ち上がりながら呟いた。誰とやっても同じだし、誰がいなくても同じ。僕は【暗黒流星】を駆逐できればそれでいい。


 ただ力を振るう時、銀は癒される。暗黒を消滅させる時、快楽が体中を駆け巡る。くすぶる感情を爆発させるために力をふるっているのかもしれない。


 夜が待ち遠しいと思った。


 全てを消してあげたい。その時、僕は癒される。

 全てを駆逐したい。全てを消したい。全てを壊したい。


 そうでないと、僕は癒されない。


 全てを駆逐したい。

 そうすれば、僕は安らげる。


「今夜、いつもの所で」


 と玄が囁いた。銀はニコリとうなずき、急ぎもせず教室へと戻る。

 そんなつまらない現実が、二人の秘密をカモフラージュしてくれる。


「今夜────。」


 と銀も楽しげに囁いた。夜までは、まだ長い。

 

 

さて?

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