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暗黒流星と十字の満月  作者: 尾岡れき
第1部 暗黒流星と十字の満月
2/12

2 銀と玄

前回:謎の人が月と星の運行を見ていたのは…?


 闇が地面を這うように蠢く。その速さは肉眼で捕らえる事ができれば『漆黒の流星』と評す事もできたかもしれないが、残念ながら人の微弱な眼球如きでは、捕らえる事など不可能だった。


 それは圧倒的なまでの、闇。そのものだったから。


(私なんか死んだほうがいいのよ)


 悲痛な女の叫び。闇は喜んだ。


(あの人は私を見捨てた)


 そうとも、君は彼にとって価値の無い人間だったんだ。だから、彼は去った。


(どうして? どうして? 私はこんなに好きなのに)


 彼は君に飽きたんだ。だから捨てた。それだけの事だよ。


(それだけの・・・?)


 そう、それだけの。それだけの存在。なんて、つまらない────


(私はつまらなくなんかない!)


 いや、つまらないね。君は満たされた事があるかい? その心が。いつも失敗ばかり繰り返して、挫折を常に味わって、満足だったかい? この世なんて欲求の絵画で装飾されているけど、それを幸せと認識できたかい? 気付くべきだ、本当の幸せを得れるなんて、一握りの特権階級だ。後の人間は思うようにいかない自分の人生に、唇を噛み締めながら這いつくばっていくのみ。


(どうすれば…?)


 心が闇に傾いた。あんなに抵抗して、否定していたのに。


 にんまりと、闇は笑みを浮かべた。いいぞ、いいぞ。キミハシアワセニナレルヨ。


(どうしたら、苦しまなくてすむの?)

(どうしたら、悲しまなくてすむの?)


(どうしたら、泣かなくてすむの?)

(いつ、私は幸せになれるの?)


 闇は歓喜する。美しい台詞だ。美しい声だ。美しい響きだ。闇は膨張し、彼女の無気力な体を包み込む。彼女の暗黒な心の面が、吸いつくように闇に抱擁した。


 闇は知っている。彼が去った理由を。


 彼女の両親は彼を認めなかった。彼女は粘る。だが、彼は諦めていた。格が違いすぎた。かたや社長令嬢、かたや夢見る詩人の卵。彼は少しずつ売れてきたが、それでも彼女の未来を彩ってあげるには非力すぎた。少なくとも、彼はそう思っていた。


 いずれ彼じゃない誰かが彼女を幸せにしてくれるから、潔く消えよう。それが彼の身を切る想いでの決心だった。そして消えた。彼は彼女の傍から、何も言わずいなくなった。


 彼女の両親も喜んだ。邪魔な虫は死んだわけだ。これで後は娘の幸福のために────。


 だが彼女は幸せじゃなかった。そんな事を望んでいなかった。


 裏切られた、と思った。


 嫌いになったんだ、と思った。


(ワタシハ、ステラレタ?)


 彼女の心の暗黒面は、彼の笑顔の記憶を燃やし去った。幸せなんかいらない、誰も信じない、ぬくもりなんか凍らせてしまえ。私は誰も信じない。もう誰も好きになんかならない。誰の言葉もいらない。誰の存在も必要としない。私は私。それだけで私はいい……。


(もう、誰もいらない!)


 そうだ…それでいい。暗黒は囁く。彼女は放心したかのように、その心に染み渡る言葉の一つ一つを噛み締めていた。


 人なんて所詮は、それだけの生物。たかがそれだけのために、心を痛めるのは馬鹿馬鹿しい。さぁ、おいで。闇は甘く囁く。私のいる所へ。私のいる場所へ。落ちればいい、クルクル回って。黒く染まった色でクルクルと。落ちて沈めばいい。クルクル、クルクルと----。

(落ちる? ドコへ)

 完全な深遠さ。そこなら、誰も傷つかない。そこなら誰もやってこない。ただ、重力に身を任せて落ちればいい。君は何も選択しなくてもいい。君は何も考えなくてもいい。君はただ沈んでいけばいいだけだから。そこには誰もいないし、裏切られる事もない。そう、誰もいないから。


(落ちたら楽になれるの、私は? 私は幸せになれるの?)


 暗黒は微笑む。もちろんだ。そこは、全ての平和の場所。私がそばにいれば、平穏が破られる事はない。だから、安心しておいで。ほら、さぁ、おそれずに。


 闇はそっと手を差し伸べる。


 彼女は、引きつけられるかのように、闇色の手に腕をさしだす。


 手と手が触れようとした瞬間、パンと一瞬光が弾けた。


「え?」


 彼女はその光が視界に飛び込んだ瞬間、意識を失った。


「……邪魔しにきたのか、【十字の満月】よ。性懲りもなく、闇にされたいのか?」


 闇は吠えた。形のなかった闇が、少しずつ少しずつ手・足・体・背・胴・顔・表情を形成していく。そしてやがて、サラリーマン姿の若者の姿になった。が、その目は淀んで、表情には生気が感じられない。憎々しげに、唇から闇を吐き出す。


「玄、その子はお前に任す」


「元からそのつもりだけどな、銀」


 そこに佇むのは、少年と言っていい年ごろの二人だ。その少年の一人が前に足を踏み入れた。


「たいした度胸だ、【十字の満月】その微弱な光など、すぐにかき消してやる」


「いちいち吠えないでくれないか。お喋りは、そんなに趣味じゃないんだ」


 と少年は言った。少年の体から発光するかすかな銀光は、そこに漂っていた闇を霧散させる。街中の街灯の明かりが、やっと差し込んだ。


 ちょうど街灯の下で、少年は立ち止まった。銀髪にやや紅の双眸。背は低く、体は華奢だが闇を消してしまいかねない圧倒的な存在感。闇は震えた。これは本能的な恐怖だ。この少年は強い。この少年の光は、あくまで種火にしか過ぎない。さっきまでの威勢は、嘘のように消えた。圧倒的な恐怖が闇を押し潰す。コイツは…コイツは…コイツは……まさか……。


「理解が速くて助かる。【暗黒流星】のお兄さん。コイツは貴方がたがもっとも恐れている能力者の一人さ。レベルの違いが分かるのは、頭の良い証拠だぜ?」


 と後ろに下がって、彼女を抱きかかえている少年が楽しげに言った。


「傍観者は黙ってろ」


 と面倒くさげに紅い双眸の少年────銀は振り向きもせずに言う。


 闇は計算した。この少年とまともに戦うのは、明らかに不利。勝算の無い戦いは、命を失うだけだ。ならば、不本意だがあの女もろとも消し去ってしまおう。せっかくの糧だが、どうしようもない。ここで消されれば、存在そのものの意味がなくなる。それはつまり死だ。だが、このまま引き下がる事はプライドが許さない。


 突然、【暗黒流星】が、体そのものを霧散させた。


「往生際が悪い」


 玄は呟く。銀は無言で視線を動かさない。


「残念だな、俺はココだ」


 淀んだ闇の瞳が、玄の背後に沸いた。霧散していた闇が、玄と彼女ごと捕らえる。


「残念賞はそちらだよ」


 玄は可笑しそうに笑った。


「あれが見えないのか?」


 と銀を指差す。銀の小さな細い指が、宙に十字を描いた。何もない空中に、淡い光が十字を彩り、それがやがて銀色の火炎になった。


 驚愕。【暗黒流星】は言葉を失った。


 玄はクスクスと笑った。


「裏をかくなら、もっとマシなかきかたを勉強すべきだぜ。そんな三流の行動では、俺達には勝てないぞ」


「囮が偉そうな事を言うな。見捨てるよ」


 と銀はクスリと笑みをこぼす。


「この野郎、そういう事を言うか! 絶交するぞ」


「見捨てるけど?」


「お、お前なぁ!」


「態度デカいなぁ」


「すいません、ごめんなさい。調子に乗りました、お願いですから。助けてください。────と言うか、助けろ、こら! さっさとしろ、この女、結構重いんだ!」


「女性の体重には触れちゃいいけないな」


 と銀は唇に人差し指を当てる。銀色の炎は、銀を取り巻くように音も無く燃えている。


「貴様ら、人をこけにするのもいい加減に────」

 

 言葉は続かなかった。銀は人差し指をそっと、【暗黒流星】へと向ける。そのまま、銀色の炎は闇だけをめがけて飛来し、包み込む。闇の粒子は蒸発し、かき消え、苦悶の表情すら残さずに闇を葬り去った。後に残るのは、静寂のみ。


 その場所を包み込んでいた闇は、嘘のように消えた。夜空に、宝珠のような星が微かににきらめく。


「相変わらず、すげーな」


 玄の言葉に、銀は肩をすくめるのみ。


 いささか無茶な遠隔操作で、疲労はあるがそれを顔にはださない。


「後始末はまかせたよ、玄」


 そう言うや、銀は人差し指で十字を切り、姿を消した。


「分かってるよ、俺は雑用専門だからな」


 彼もまた十字を宙に切る。銀の冷たい銀炎とは対局の、真紅と言うべき烈火を発火させ、玄も彼女もろとも姿を消した。


 その場にはまるで何もなかったかのように、時間が流れた。

メインキャラクター、銀と玄の登場です。

銀→突出した能力者

玄→頭脳担当で銀をサポート、といった関係でしょうか。それでは次話で!

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