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3 驚きの生徒会室

 報酬は現物支給で即座に渡そう。これからはゼッタイそうしよう。

 心に固く誓いながら俺は和敏の後ろを歩く。奴の目を盗んで逃走することも考えたが、俺は結局和敏について行くことに決めていた。何だかんだ言っても興味はある。あの悠久先輩にまた逢えるかもしれないという誘惑には勝てなかった。

 それにしても、広い校舎内を迷うそぶりも見せずに歩き続ける和敏はさすがというか何というか。


「確かこの先が生徒会室のはずだぜ」

「あらかじめ生徒会室の位置まで調べているなんて、どこまで情報収集すれば気が済むんだ、和敏」

「別に調べてたわけじゃないぞ。ただ建物の構造と生徒や先生の挙動から推測しているだけだ。もしくは勘だな」

「どっちだよ」

 お気楽に言い放つ悪友の背を叩いてやる。


 そうこうしているうちに、生徒会室とプレート表示がある扉の前にたどり着いた。それを見た俺の感想はただ一言。

「でけぇ」

 隣で和敏も感心していた。

「国会中継で見たぞ、なんかこんな扉。重厚ってのはこういうのを言うんだなあ」

 このフロアは他と違って天井が高く、扉も三メートル近い巨大なものだった。廊下に他の部屋の入り口は見当たらず、生徒会室のばかでかさが簡単に想像できる。廊下を挟んで反対側の窓は頭の上までガラス張りで、天井付近がビニールハウスのように丸まっていた。そのおかげで、雲一つない青空を廊下から見ることができた。


 がちゃがちゃと音がするので振り返ると、和敏が乱暴にドアノブをいじっていた。

「な、何やってんだよお前は!」

「むう。おかしいな。開かないぞ。鍵がかかっている感じではないんだが」

 和敏が俺を見る。何かを訴えかけてくる瞳にため息をつき、レバー型のドアノブを握った。

 ゆっくりと動かすと、扉は滑らかに室内に向かって開く。泥棒になった気分で顔だけを室内に入れつつ声をかける。


「失礼しま――」

「ん?」

「え?」

「あ」


 固まる。目も足も手も凍り付いたのに俺の口だけが勢い余った。


「黒」


 ――下着の色()を口走った俺は健全なのか救いようのない馬鹿なのか。いや多分後者だ。漢字通りの意味で粉骨砕身したい。というか死にてえ。


 室内にいたのは女の人が二人で、ひとりは悠久先輩だった。もうひとりは開正館高校の制服姿じゃなくて、つかメイド服で、悠久先輩の傍らで先輩の制服(ブラウス)を手にとっているということだからすなわち正しく先輩の生着替え――

「きゃああああああああっ!」

「うわあああっ!? す、すみませんっ!?」

 メイド服の人に大声を上げられ、俺はものすごくうろたえた。混乱のあまりその場から動けず首も動かせず、結果的に先輩の着替えをガン見することになる。

 やっぱり、先輩のプロポーションはそこらの一般人とは桁が違った。雑誌のグラビアアイドルしか比較対象がない俺だけれど、単に胸が大きかったり腰がくびれていたりするだけじゃなくて、何というか、反則なほど全体的に完璧なのだ。黒のブラ、もとい下着が白い素肌を強烈に印象づけさせる。

「そそ、そんなじっくり見てないで、出てってくださいぃ」

 メイド服の人が声を震わせる。すかさず和敏がフォローする。

「はーいはいはい。失礼しました。ほら走夜、いい加減戻ってこい。あ、先輩方。お着替え終わりましたら声かけてくださいね」

 がちゃん、という音とともに扉が閉まり、俺は我に返る。横に並んで扉に背を預けた和敏が尋ねてきた。

「どうだった?」

「……すごかった」

 ツッコミを返す余裕もなく、俺は感じたままをつぶやく。顔に手を当て、変な表情が表に出ないようにさすった。だが数分が過ぎて少し落ちついてくると、今度は猛烈な後悔がわき上がってきた。

 いや。普通にさ。これ、絶対に嫌われるパターンだろ。

「俺、教室に帰る」

「何を言ってる。これからが肝心なんじゃないか」

 敵前逃亡を図ろうとした俺を和敏がつかんだ。どの面下げて会えって言うんだよ、という訴えを目に込めると、和敏は笑って「その顔」と言った。


 やがて靴音が近づき、扉がゆっくりと開かれる。おずおずと顔を出してきたのはあのメイドさんだった。

「あの。終わりましたので、どうぞ」

「へ? どうぞって、中に入っていいんですか?」

「はい。嶺花様がそのようにおっしゃられていますので」

「嶺花、『様』?」

 俺と和敏は顔を見合わせた。


 メイドさんに促され、俺たちは改めて生徒会室に入った。そして再び言葉を失う。

 革張りのソファーに、マホガニーっぽい重厚な机、天板がオールガラスのローテーブル。高い天井には小ぶりのシャンデリアが下がっていて、金細工で縁取られた鏡が壁にかけられている。

 金かけたどっかの社長室みたいな光景が広がっていた。

 いくら想像を膨らませたところで、『私立高校の生徒会室』というイメージに繋がってくれない。というか、そもそも校内にメイドさんがいること自体が異常であることにはたと気づく。先輩の着替えシーンが強烈すぎて、その他のことがすっかり頭からはじき出されていた。


 悠久先輩は上座のソファーにゆったりと座っていた。もちろん着替え終わっている。俺たちを見る目は、入学式のあのときと同じように優しい。

「さきほどは見苦しいところを見せてしまったね。生徒会の関係者以外は入ってこないから、気が緩んでいたのかな」

「いえ。眼福でした。ありがとうございます」

 臆面もなく言い切る和敏。こういうところは正直すげえと思う。だが奴のセクハラ発言を笑ってスルーできる悠久先輩はそれ以上に大物感が漂っていた。むしろ横のメイドさんの方が困った顔をしている。

「ようこそ生徒会室に。数十分ぶりだね、田原君。それから隣の彼は、確か高崎君だったかな」

「はいっ。覚えていただき光栄です! 先輩!」

「他の役員は入学式の後片付けで出払っていてね。今は私たち二人が留守番だ。そうだ、紹介しよう。生徒会の事務を補佐しているひろなだ」

季城院(きじょういん)ひろな、と申します。よろしくお願いいたします」

 メイドさんが楚々とした動作でおじぎをする。改めて見るとこの人も美人だ。緩くウェーブがかかった髪と丸っこい顔で全体的におっとりした感じ。ただし胸はない。失礼だな俺。

「ひろなは本校の生徒ではないが、君たちと同じ年齢だ。ま、仲良くしてやってくれ」

「は、はあ」

 俺は曖昧に返事をする。すっかり先輩のペースだった。

 聞きたいことや言うべきことはたくさんあるはずなのに、俺の頭はまったく働いてくれない。本気で異世界に迷い込んだ気分になってきた。


 目を回しそうな俺を尻目に、和敏はあくまでも通常運転だった。

「先輩、質問です! どうして俺たちのことをこんなに快く迎えてくれるんですか? 先輩からすれば俺たちは無名のヒラでしょ。先輩が寛容になる理由って皆無のような気がするんですよ」

「そうか? 上級生、しかも生徒を束ねる立場の役員として不思議ではないと思うが」

「うっそだあ。何か裏があるんじゃないですか」

「こ、こら和敏! お前なに失礼なこと言ってるんだよ!?」

「お前こそなに言ってるんだよ。一介の私立高校でこんな内装やらメイドさんやら見せられたら、普通じゃないって言う方がおかしいだろ」

 反論できなかった。


 和敏は悠久先輩に向き直る。

「例えばですね。あの机の後ろにある日本刀が俺たちを呼んでいた、とか」

 一瞬、この男が何を言ったのか俺は理解できなかった。「なに言ってんだよバカ!」とツッコむにしても内容が突飛すぎる。

 だが、対する悠久先輩はとても冷静だった。

 おもむろにソファーから立ち上がると、マホガニーっぽい机の後ろから木刀を取り上げた。よく見るとそれは白木の鞘に収まったままの刀。

 ……マジですか。


「これのこと?」

「ええ、そう。それですそれ」

「待て待て待てッ」

 和敏の腕を引っ張る。混乱する頭のまま、俺は悪友を問い詰めた。

「和敏! 何なんだ今のやりとりはっ。お前どこまで知ってるんだよ!?」

「どこまでって、単なる情報の積み上げによる推測じゃないか」

「どこをどうすればそういう推測になる!?」

「そりゃあ……あれ?」

 そう言って和敏は困惑した様子で首をひねる。こいつが心底困った顔をするなんて、俺に言わせればひどく珍しい絵だった。

「そういや何でだろうな。いや、確かに情報を積み重ねての推測っていう感覚だったんだけど。何でって言われると、何でだろ」

「お、おいおい」

 俺は背筋に軽く寒気を感じながらつぶやいた。和敏がとても頭がキレる奴だってことはよく知ってるつもりだ。情報収集に励む姿は時として無差別パパラッチと化すほどであることも承知している。

 けど今のは、何か、悪い意味でこいつらしくない。地に足がついていなかったというか。

 憧れの先輩が目の前で銃刀法違反をしている事実は、とりあえず思考から消した。


 日本刀を季城院さんに手渡し、悠久先輩は俺たちに近づいてきた。

「話は変わるが、君たち。一応今が短縮授業中ということは知っているかい」

 隣で和敏が「そういや黒板の張り紙にそんなことが書いてあったな」とつぶやく。いつ見たんだよキサマ。

「入学早々サボりとはあまりよろしくない。けど、せっかく訪ねてきてくれた後輩をこのまま帰すのも味気ないだろ?」

 事情が飲み込めない俺たちに向かって、悠久先輩は名前通り高嶺に咲く花のような笑みを見せた。

「授業の代わりに、私が勉強を教えよう。どうだい?」




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