王の末裔「冠を負う少女」②
「キャメロット様!!何処にいらっしゃいますか!?キャメロット様ぁぁぁ!!」
思わず苦虫を噛んだ様な表情をしてしまう。
深々とした墓地の静寂を打ち破る不謹慎な叫び声。
男の情けない声がメルティの名を響かせ、点々と墓石に佇む人々の目を大きく見張らせていく。
メイジの反応も同様で「あの人、どうしたんだろ……」と、呆然とした様子でその男を眺めていた。
恥ずかしさが込み上げ、頬が紅潮していくの感じたメルティは怒りを伏せて男の名を呼んだ。
「ケヴェル!!止めなさい!!」
「おぉキャメロット様!!そちらでしたかっ!!」
メルティの抑止も虚しく、ケヴェル・コッコは声を荒げたまま彼女とメイジの元へ駆け寄ってくる。
「貴方はもう少し場を弁えなさい」
「ははっ!!申し訳ございません!!」
短めな髪は真っ赤に染まっており、黒塗りの鉄鎧は大きめ。歪曲した刃を描く剣は腰に括り付けられている。
「それで……そんなに慌ててどうしたの?」
両肩を激しく縦に揺らしながら、ケヴェルは唾を飛ばし答えた。
「はっ!!先程、パーシバル砦からの煙報を確認。どうやらバンブリオの先遣隊が星屑の壁を越えて進軍を開始した模様」
距離を開けて唾をかわしながら、メルティは状況を追及していく。
「まさか!?星道の防壁が突破されたと言うのですか?」
「詳細は不明ですが、そうとしか考えられません」
星屑の壁と呼ばれる山塊の裂け目にはウェルズニールと旧ナノケリアとの国境を跨ぐ星道が伸びている。
バンブリオが旧ナノケリアを制圧したとの報を受け、ウェルズニールは即座に星道へ頑丈な防壁を築き、これを封鎖していた。
防壁を監視、維持する為。付近には同時にパーシバル砦が建造され、バンブリオからの襲撃に備えていた。
そのパーシバル砦から敵兵補足の煙報よりも先に防壁突破の煙報が届いたという事は、即時突破を許したか、或いはこちら側へ気取られぬ様、巧妙な策を弄したか。どちらかである。
「黎明の騎士団は!?」
「第一部隊はウェルズニールにて待機しておりますので今しばらく時間が必要かと、第二部隊は円卓の騎士団の迎撃に赴いており援軍すらままなりません。我々、第三部隊のみが先んじて動ける状態にあります」
元々、メルティが休暇を取りヲーニカ墓地へ足を運べたのは、彼女率いる第三部隊が現在、ウェルズニールより東に築かれたケイ砦に布陣している為だった。
ケイ砦と、星屑の壁もしくはパーシバル砦との距離は馬を奔らせれば半日も掛からない位置にある。
「それよりも……」とケヴェルは突然、きっと表情を険しくさせてメイジを睨んだ。
「なんですか、この子供は」
「こらっ!!失礼です!!」
「しかし、この子供、先程からキャメロット様の素足を嫌らしく眺めておりました」
「えぇっ!?」いきなりの言い掛かりにメイジも驚いて声を上げてしまう。
「貴様!!今すぐキャメロット様から離れろ!!半径1km以内に近付くなっ!!あわよくば消えろっ!!」
無茶苦茶だ……。言葉を失うメイジを横目に、メルティが怒鳴る。
「もうっ!!止めなさい!!彼はティアメルの知人であり、私の客人です」
「なっ!?キャメロット様。ご冗談は程々にしてくだされ。こやつはきっとティアメル様の名をだしにしてキャメロット様に近付く魂胆です!!なんと薄汚い……貴様っ!!身の程を弁えろ!!」
「ケヴェル!!いい加減にしなさい!!」
「わ、私はただ一心にキャメロット様の身を案じて……」
「その気持ちは嬉しいです。でも、いつも貴方の暴走で恥をかいているのは誰ですか?私ですよ?その事実を貴方はしっかりと理解していますか?」
メルティに叱咤され、途端にしょんぼりとうな垂れてしまうケヴェル。
メイジは傷心した様子のケヴェルを見かね声を掛けた。
「そんなに落ち込まないで。僕なら気にしてないから」
「黙れっ!!貴様に慰められたくなどないわ!!この!!貴様なんか……スライムに負けてしまえ!!あわよくば酸化しろっ!!」
逆効果だった。
「メイジさん。私の配下の無礼の数々、どうかお許しください」
深く頭を下げられ、メイジは焦って言葉を口にした。
「やっ、やめてよメルティ。僕は気にしてないってば」
「優しきお言葉。感謝致します」
花が咲いたように、ぱぁっと表情をほころばせ微笑むメルティと、阿修羅の如き憤怒を顔面に顕現させているケヴェル。
視界に映り込む二人の顔を見比べ、メイジはただ苦笑する他なかった。
「その、もしよかったら僕も連れて行って貰えないかな」
今度は二人が揃って目を見開く。メイジは狼狽を除こうと急いで付け加えた。
「邪魔にはならないようにするから」
「貴様っ!!わかっているのか!?これは戦争なんだぞ!?」
「だからだよ」
ケヴェルの反論に短く切り返すメイジ。
その穏やかな表情から、憤りや恨みといった負の感情は見られない。
思案していたメルティが、やがて小さく口を開いた。
「死なないと約束してください」
「うん、約束する」
旅人を名乗る者やギルドに在籍する者など、多くの移人は小人よりも優れた戦闘力と、彼等にのみ与えられる恩恵を有している。
その事実は小人間にも広く浸透していた。
この時既に。騎士団として数多くの騎士を垣間見て、秘めたる才を見抜く眼を鍛えてきたメルティには、メイジが意図的に伏せている潜在の断片が嗅ぎ覚れていた。
「おい貴様っ!!キャメロット様に変な事をしてみろっ!!即座にその手足を切り落としてくれるからな!!」
ケヴェルが痺れを切らし、喚き立てている。
「こらっ!!ケヴェル!!何度言えばわかるのですか?彼は私の客人です。彼への無礼はそのまま私に対するものと思いなさい!!」
「し、しかし!!」
「口答えは無用です!!」
「ぐぅ……」
ケヴェルの恨めしそうな視線を受け、メイジは再度提案した。
「やっぱり僕、他の人の馬に……」
「今はその時間すらも惜しいので。申し訳ありませんがどうかこのままご辛抱を」
「う、うん。僕は全然大丈夫なんだけど」
ケヴェルさんが今にも発狂しそうで怖いんですが。と言い掛けて、メイジはその言葉すらもケヴェルの憤怒に拍車を掛けてしまう様な気がしてそっと胸中に留めた。
メルティとメイジ。それにケヴェルは黎明の騎士団第三部隊を率いパーシバル砦を目指してひたすら馬を東へ奔らせていた。
第三騎士団の総数は百を優に超えている。しかし、それはバンブリオとの戦争に向けた場合、非常に心許無い数字だ。
元来、ウェルズニールは自然豊かで温厚な民の国として知られていた。
争い事の滅多に起きないウェルズニールでは、騎士団の存在は抑止力の意が強かったのだ。或いは象徴か。
一方のバンブリオは首都に闘技場を置く、積極的に未開領域へ踏み入るなど、近年、好戦的な国として有名だった。
ネットゲーム「New Age」の頃に実装されたシステム上の副作用と言うべきか。
ナノケリア、ウェルズニールと続いて次に到達する国バンブリオ。その先にプレイヤーが進むのが闘技場であり、未開領域だった。
自然の成り行きで、密接したクエストはバンブリオに集中する。結果、バンブリオは国王メルギリウスを筆頭に軍国、冒険主義の体制を保っていた。
流麗なたてがみがさらりと伸びる白馬に跨るメルティとメイジの二人。
パーシバル砦へ急ぐメルティ達に追従する騎士達の姿は決して多くなかった。
メルティは白銀の鎧を纏い、腰元には「黎明の騎士団」隊長としての象徴、幻想剣「肖像」を携えている。
彼女の細い腹周りに腕を回して、背中で揺れているのがメイジだ。
隣で馬を奔らせているケヴェルが、先程からメイジへ血走った眼を向けていた。
「それにしても、驚いたよ。まさか、メルティがお姫様だったなんて」
ケヴェルがメルティに接する時の態度一つ取ってみても、彼女が何か特別な存在である事は明らかだった。
メイジに疑問をぶつけられたメルティは戸惑いながらも、改めて自身の正体を吐露したのだ。
現国王ベティリア・ティ・フロウウェンの一人娘であり黎明の騎士団第三部隊隊長。
キャメロット・ティ・フロウウェン。
其れがメルティを証明する肩書きであり、少女が背負う冠だった。
「お姫様だなんて、その様な呼び方はどうかお止め下さい。……私は剣を掲げ戦場へ立つ一人の騎士です」
断固とした意思を見せ、騎士である事を主張するメルティ。
その口ぶりに、メイジは返す言葉が見つからず質問を変えた。
「黎明の騎士団って、ウェルズニールの国王直属正規軍なんだよね?」
「そうなります」
「メルティ以外の隊長って、今は誰が担っているの?」
「騎士団全体を取りまとめているのがブラム団長です。そして、第二部隊の隊長は、現在、アークという方が取っています」
「ブラムにアークか」
メイジの沈んだ声色が聞こえ、メルティは前方を見据えたまま訊ねかけた。
「ご存知でしたか?」
「ううん……知らないよ」
メルティには彼が嘘を吐いている様に思えた。
しかし、その真偽、真意を問い質してまで確かめる事はしなかった。
━━パーシバル砦が防壁突破を煙報で告げるより数十分前。
場所は旧ナノケリア領土西の果て〈星屑の壁〉
平原を均して幅広い砂色の線「星道」が果てなく伸びている。
見晴らしの利く平原を線引きする星道を目で追っていくと、遥か遠くに霞んで聳える山塊が浮かび上がる。
星屑の壁と名付けられた山塊は、旧ナノケリアとウェルズニールの国境を成しており、山とは名ばかりの絶壁が一面を憚っている。
どういった経緯を辿れば、そのような異観を呈するのか想像も尽かないが、とにかく星屑の壁は直立した岩壁を真っ直ぐに天まで突き伸ばしているのだ。
直立した壁面には幾つかの亀裂が入っており、取り分けて巨大な裂け目を潜る様にして星道は両国を結んでいた。
その星道を黒く塗り潰す列が蟻の如く続いている。
正体はバンブリオがウェルズニールを目指し進軍させている先遣隊だった。
バンブリオとウェルズニールの国境には城壁都市ゴゴ・チャッカが築かれている。
二国間で和平条約が結ばれるよりも昔からゴゴ・チャッカは両国の侵攻を拒んできた。
中立を貫く城壁都市へ兵を引き連れ踏み込む事は困難、もとい不可能であり、その為バンブリオは旧ナノケリア領土を迂回しての進路を選択せざる得なかった。
小人、移人混在の軍隊を率いるのはバンブリオが誇るギルド〈ゾディアーク教団〉と〈ハンプティ・ダンプティ〉より選抜された有実者。
〈ゾディアーク教団〉死霊師紫苑と肩を並べて語られる魔術師カラメルと〈ハンプティ・ダンプティ〉姫の片翼を司る槍闘士ギルフォート・シュヴァリエの両名であった。
「あの防壁、厄介だな」
ギルフォート・シュヴァリエは、傍らに立つ……星屑の壁を見上げ感嘆の息を洩らしているカラメルへ話し掛けた。
「うわー高いですねぇー。あれ、登れるんですかねぇ。ギルフォート、貴方の空鈴で飛び越えれたりしないんですかぁ?」
「あのな……」
呆れた様子でギルフォートは再度、状況を説明する。
「裂け目の奥で網を張る様に防壁が張り巡らされている。あれでは、防壁を崩そうにも、接近すれば一方的に遠距離から集中砲火だ。しかも、避け目という閉塞的な空間がより状況を悪化させている」
補足を述べるなら、星屑の裂け目下は各地の関門や関所と同じく、不可侵点を形成している。
不可侵点は〈変革〉後も残存しており、今もなお意識混濁性消失障害達の自由を縛っていた。
スキルの使用を封じられれば、移人と云えど戦力は低減。死の危険性を考慮すれば、彼等が迂闊に踏み出せないのも納得がいく。
「うーん、そうですねぇーアヌビス。なんとかできそうですかぁ?」
ギルフォート、カラメルの両名からやや離れた位置に控えている狗とも狐とも言い難い仮面を付けた男アヌビス。
彼はカラメルの問い掛けに短く答えた。
「無論」
「ちょっと派手に壊してきちゃってくださいよぉ」
「承諾」
頷くや否や、アヌビスは単独で裂け目へ接近していく。
「お、おい!!大丈夫なのか!?」
「大丈夫ですよぉ、なんたってアヌビスは……人じゃありませんからぁ」
後方に控えている兵達も、アヌビスの無謀としか思えない前進に気付き、方々からどよめきを上げていた。
淡々とした足取りで、裂け目へ接近していくアヌビス。
不意に、彼は両手を一杯に広げて見せた。
足を止めず、腕を横へ広げたまま近付く人影を視認したウェルズニールの騎士が警告する。
「そこの者!!止まれ!!それ以上の接近は侵略と判断し、迎撃行動に移るぞっ!!」
警告を無視し、アヌビスは更に裂け目へ踏み込んでいく。
離れて見守るカラメルは斜に伸びた前髪の隙間から覗く目を細め、僅かに口の端を吊り上げた。
立ち止まったアヌビスの腕が不自然な方角へ折れ曲がり、腹部が扉の如く左右へと開く。
折れ曲がった手首を正面で合わせると、それが丁度、砲筒の様な形状となった。
腹部から伸びる太い鉄の筒、その先端と両手首の筒とが密着する。
続けて背中の拘束具を突き破り、細長い筒が姿を見せた。
アヌビスが肉体で表現する形状に似た兵器を移人はよく知っている。
New Ageの文明は幻想要素に偏る分、現代に似た科学的な発展を遅らせていた。
星屑の壁の裂け目下で防壁を築き、アヌビスの行動を静観していた騎士達。
彼等がその威力を事前に察知し対応できなかったのは、彼等が小人であり、New Ageの世界には、そのような兵器が存在していなかったからだ。
無反動砲と呼ばれる仕組みを己が身で体現するアヌビス。
一瞬。
空気が震え圧となり、アヌビスを見つめていた全ての人間の鼓膜を打ち、皮膚を叩いた。
彼の腹部から凄まじい速度で撃ち出された砲弾。同時に背中から伸びる砲尾が爆風を吐く。
「なっ……」その瞬間を瞳に映していた騎士が、何かを叫ぶよりも早く、着弾点の周りが木端微塵と散り、残された防壁も瞬く間に爆炎へ包まれた。
「さぁ、行きましょうかぁ」
率先して飄々と歩き出すカラメル。
こうして星屑の壁の裂け目下に築かれた防壁はたった一撃で脆く打破されていたのだ。
国境を蹂躙したバンブリオの先遣隊はそのままパーシバル砦を包囲。
防壁突破を意味する煙報を上げて後、砦に常駐していた騎士達の抵抗も虚しく、パーシバル砦は呆気なく制圧されていた。
パーシバル砦へ急行するメルティ率いる黎明の騎士団第三部隊と、次なる目的地ケイ砦を見据え息を整えているカラメル、ギルフォートを筆頭としたバンブリオ先遣隊。
両軍の衝突は目前に迫りつつあった。