届きますように「偶像の鳥かご」①
━━闘技場1階、管理室。
既に大会の体裁が崩れた会場内を映し続ける液晶へ、言葉を失い目を奪われている二人の男性。
不意に、ばたん。と背後の扉が勢いよく開かれた。いや、蹴り飛ばされていた。
「うがぁ!!やっと見つけたです!!今すぐ転送輪を強制切断しやがれです!!」
管理室へ飛び込むや否や、傍に立っていた男性の胸倉を掴み、首を上げ訴えかけているのは〈ハンプティ・ダンプティ〉お転婆菓子職人こと雨頃仔百だ。
「も、もうやっています」
仔百に胸倉を掴まれていない方。後輩と思わしき、初々しさを覗かせている青年が慌てて弁明した。
「こちらの干渉が拒絶されているんだ。だから我々もお手上げ状態なんだよ。と、とにかく離してくれ」
首を絞められる勢いで仔百に掴まれている男性も、眉をしかめつつ補足した。
「どういう事です?転送輪は個々の意識と情報だけを転送してる筈です」
「あぁ、これは我々の推測でしかないのだが、どうやら転送の逆流が起きたらしい」
「逆流?まさかベリルの〈反転〉の影響ですか。それとも……」
男性の首元から手を離し、仔百は呆然と液晶へ瞳を向けた。
結界の砕かれた会場内。メンテナンスなどの雑務時に開放される二ヶ所の通路がそれぞれ隅にぽつりと映り込んでいる。
その片側へ、乱入者の腕を引いて飛び込んでいく長宗我部元親の姿。
「あっちで何が起きてるですか……」
仔百は液晶の向こう側へ不安を募らせていた。
━━闘技場1階、非常通路。
普段、その通路を利用する人はほとんど居ない。
大会が開催されていた会場の隅に出入り口を見つけた元親は、当てもなくその先へ進んでいた。
そして、大会管理側が利用している通路内を幸村の腕を引いて走り抜けていく最中、通路脇に非常用らしき四角い扉を見つけると、彼は咄嗟に方向を変えたのだった。
正面とも裏口とも別で、闘技場外へ直通している非常通路。
通路内はやや狭く、一貫した静寂に包まれていた。
灯りに乏しく、ぽつぽつと明暗が滲んでいる
鉄の床が、元親、幸村の足音をトントンと反響させている。
「ハ、ハナセッ!!」
抵抗しようと、元親の腕を振り払う幸村。
「ニューエイジャーヲコロサナケレバ、ミトメラレナイ」
「お前っ!!あのまま戦って勝てると思ってたのか?」
「ミトメラレナイ。コロサレル。ダカラコロサナイト」
合成された声はあくまで無感情だが、元親はその中に焦燥を感じ取っていた。
ぼやけた視界では、幸村がどんな表情を浮かべているのか。それすらもはっきりしない。
立ち止まる幸村へ目線を合わせ、元親は優しい声を出した。
「なぁ幸村。俺を覚えてないのか?」
「ユキムラ?シラナイ。オマエシラナイ」
「ったくよぉ、忘れないって言ってたのはどこのどいつだったよ」
軽く額を叩こうとした。
しかし、彼女は異常な怯えを見せ、機械的な声で警告する。
「ヤメロ!!オマエモコロスゾ!!」
胸が痛んだ。
うまく言葉にできない痛みだ。
「なんでだろうな……」
まるで独り言の様に、ぽつりと零す元親。
「なんで、こうなっちまうんだろうな」
「オマエ、ナクナ。ナクノハカナシイ」
「なく?あぁ、そういう意味か。余計な心配すんな、俺が泣くわきゃねーだろ」
嫌な想像だったが……元親は初め、変わり果てた幸村がもっと暴力的で理性を失った獣みたいなものだと思っていた。
しかし、どうやら今の時点で敵意は無いらしい。
エルが遭遇した〈移人狩〉らしき人物とは食い違う面があるようにも思えたが、元親は既に正常な判断力など捨てていた。
もしかしたら自分の事を思い出しかけているのかも。などと都合的な解釈へ走ってしまうのは、それほど彼が〈家族〉を大切にしたいと願う心情の裏返しでもある。
「俺とお前は家族だったんだぞ、さっさと思い出せよ」
「カゾク?カゾクッテナンダ?」
「幸せ。って事だよ」
「シアワセ?」
「あぁ、幸せだ。どんな世界だろうと、たとえ誰であろうと、幸せになる権利は等しくあるんだぜ。家族が居れば、それは幸せな事なんだ」
「ヨクワカラナイ」
「すぐにわかるさ。それにな、お前が理想郷の先駆者 (ニューエイジャー)を殺さなきゃいけないなら、俺も〈家族〉の為に理想郷の先駆者と戦おう。困った時に助けてくれるのも家族なんだ」
「オマエ、ニューエイジャーコロセルノカ?」
「それが家族の為ならな」
果たして半兵衛やなおえが許してくれるだろうか。
唯一の懸念はそれだけだ。
「だから、今は大人しくついてこい」
「ワカッタ」
再び走り出す二人。
「大丈夫だ。なんとかなる」
まるで根拠のない自信。
眼帯に覆い隠された魔眼を指でなぞり、彼は心中、呼び掛けた。
━━頼むぜ。呪い(お前)だけが頼りなんだ。
走り続けていると、ひゅうと隙間風が耳元を過った。
出口の気配を察し唾を呑む元親。
背後を横目に確認する。
黒衣を被る幸村が蠢く影となって映り込んでいる。
「もうすぐ外だ」
いつまでも返事はなかった。
片開きの無骨な鉄扉を押し開けると、外は既に薄暗さを纏っていた。
行き交う人々は僅かで、二人にちらりと視線が集まったが、すぐにそれも薄れた。
「とりあえず、第四層へ逃げるぞ」
大会初日の予定は夜遅くまで計画されていた。
夕方からの開始とされていたのは、その方が人の集まりが期待されていたからだ。
準決勝以降の白熱した試合を週末へ組み込む為に、初戦などは平日へ回されていたのだ。
元がゲームだったとは言え、この世界にはこの世界としての確かな生活が存在しており、奇しくも曜日感覚などは現実世界と酷似していた。
第三層闘技場付近は平日の夜とは思えぬ集客を見せている筈だ。
二人が抜け出た先は闘技場の裏口方面だったらしく、活気とは程遠く……寂れていた。
「確か、奥には第四層へ降りられる支柱があった筈だ」
曖昧な記憶を辿り、細い路地へ紛れ込んでいく元親と幸村。
幸村は無言で、元親の判断に大人しく従っている。
家族の為になら戦おう。などとカッコつけておきながら、その実、元親は戸惑っていた。
可能なら刃を交えずに事を収めたい。
などと、どっちつかずの思考を繰り返し、妙案が浮かばないかと最も重要な選択を先送りしている。
しかし、諺として語り継がれるように、何でもかんでもと欲張った結果、それが最悪へ繋がる事も有り得るのだ。むしろ珍しくない。
そして、そうなってしまってから後悔しても手遅れなのだ。
階層を貫いて伸びる支柱の根元。
岩の柱を削って造られた螺旋階段まで辿り着き、下の層へ降りようとした。
その眼下、階段の奥からゆっくりと姿を表す黒衣の青年。
右手には異様に長い黒塗りの太刀が握られていた。
さらりと風になびく黒髪の両脇からねじれた赤褐色の角が突き出ており、猫の様に尖った金色の瞳を薄闇に光らせている。
「……あれ、あっさり見つけた」
「カラス……」
青年と幸村が交互に声を上げた。
「知り合いか?」
元親の問いに対して、幸村ではなく青年が答えた。
「それ、失敗作」
「はっ?なんだ失敗作って」
「鷹、あのね。紫苑がもうお前は要らないって」
「ウソダ」
「だって、鷲殺しちゃうし、自分勝手に暴れるし、正直迷惑って」
状況についていけず、元親は口を挟んだ。
「さっきから鷲とか鷹とか、お前、幸村がどうしてこうなったのか知ってるのか?」
会話を中断され、頬を膨らませて不貞腐れる青年。
「……えー。めんどい」
「ニゲテ」
幸村が元親の手を引いた。
重なり込む過去と今、その景色。
また逃げろと言うのか?そんなの……。
「逃げねーよ。俺はもう二度とお前を手放したりはしない」
「……まぁいっか。それの名は鷹。俺は烏。上界の鳥の名前をしてるのは紫苑の趣味。たぶん、幸村ってのは、鷹の原型でしょ?」
「原型?」
「そっ、原型。鷹には有望な死体を原型にしたって紫苑が話してたから、そういう事だと思うよ。失敗したけどね。だから処分しないと」
もう一度、幸村の素顔を確かめたかった。
しかし、今の二人の距離感がそれを許さない。
衰えた視力に映る幸村は、手を伸ばせば触れられる距離の筈なのに……それなのに随分と遠く感じられた。
ニゲロと呪文の様に繰り返している幸村。
引く手を払い、元親は〈一夜己刀〉を抜刀した。
「……邪魔しない方がいいよ。俺と戦えば、たぶん死ぬから」
「邪魔をしてるのはお前だろうが」
「……馬鹿ばっかり」
見上げる烏と見下ろす元親。
ぼやけた黒ずみがゆらりと脈打つ。
反射的に、元親は刃を立てた。
耳元で甲高い金属音が嘶く。
「……ぐ、うぅ!!」
と、元親は唸りかけて、声を押し殺した。
勢いに耐え切れず、立ち位置がずれる。
かろうじて踏ん張れたが、たった一度の衝戟が腕に痺れを残す。
まるで視えなかった。
動体視力の優劣などの問題ではない。
そもそも烏が太刀を振ったのか、それすらも曖昧な程に。烏の太刀は認識の外だった。
奇跡的に直感が冴え、先手をいなせたが、同じまぐれが続くとは到底思えない。
故に元親は鞘部分である唐傘を開き、線ではなく面での見切りを試みた。
再度、鼓膜を震わせる衝撃。
唐傘が切り裂かれ、竹骨が幾つも弾け飛んだ。
傘の裏で垂直に構えていた〈一夜己刀〉が高鳴る。
切れ目から覗くは、長尺太刀を水平に伸ばし、独楽の如く翻る烏の姿。
けれど次瞬。
━━見失う。
元親に構えを正す暇を与えまいと、烏はくるりと全身で回転し、そのまま段上目掛けて黒塗りの太刀を薙ぎ払った。
蒼い粒子が元親の視界にちらついた。
彼の背後より伸びる漆黒の鞭。
蒼い焔纏う鞭が、太刀と交錯し、お互いの勢いを相殺していた。
「幸村……」
「……ニゲテ」
お互いの声がすれ違う。
「カゾク。ウシナウハカナシイコト。ワタシイヤダ。ダカラニゲテ」
「だから!!俺は逃げねぇって言ってるだろうが!!もう二度と、家族を死なせたりするかっ!!」
「……くだらない。それはもう元には戻らないよ」
「お前が決める事じゃねーだろ」
「……たしかに」
すんなりと納得する烏。
「でも、処分するから」
烏は黒塗りの太刀〈酒呑童子〉を真っ直ぐ突き出した。
太刀の先に蒼い粒子が灯る。
元親は……根は怠け者だが、それでも〈New Age〉での鍛錬に励んできた。
意識混濁性消失障害になってから20以上もLvを上げ、結果、現実世界では決して得られない。必要としない感覚をも鋭くさせていた。
蒼い灯りを見止めた瞬間。彼の中で既に躊躇いは消えていた。
足元に舞い落ちる眼帯。
極彩色の魔眼が、烏を捉える。
しかし、烏もまた、自ら成功作を名乗るだけあり、その分野における嗅覚には突出していた。
元親の眼が何を意味するのか。潜む危険性を直観的に悟り、〈酒呑童子〉の固有スキル〈死角〉へ逃れる。
黒塗りの刃を映す対象者へ、作為的な死角を与える。
強制的に油断を引き出す。と言えば理解しやすいだろうか。
見えているのに視えていない。
たとえ魔眼であれ、結果は変わらなかった。
そして、異様に長い太刀が元親ではなく、背後の幸村を襲う。
「ガガッ」
合成された声が乱れ、雑音を奔らせる。
深く脇腹を抉られ、あばら骨ごと筋が断ち切られていた。
そして━━。
両眼を大きく見開き、瞳孔を忙しなく上下左右へ振っている元親。
半開きの口からうわ言の様に、ぽつりと悲観が漏れた。
「……みえ、ない」
微かな木漏れ日すらも、もう二度と眺める事は叶わないだろう。
元親の視界は何処までも深く、闇が占めていた。
〈一夜己刀〉が弱々しく、虚空を切った。
残像もおぼろげに、的外れな方角へ遠のいていく。
たった二回。それが呪いに託された希望の数だった。
「幸村、大丈夫か!?」
幸村が上げる雑音を耳にし、元親は振り返る。
家族を求め、彷徨う左腕。
触れる事すらもままならず、決して縮まらない二人の距離。
烏はしばらく、その様子をぼーっと眺めていた。
「……ばいばい」
さよならの挨拶をたむけに━━烏は〈酒呑童子〉を水平に引こうとした。
動作に入りかけた間際。
黒塗りの刃が阻まれる。
「私の大事な家族を虐めないでくれますか?」
肘から先を垂直に立て、手首の背で刃を受け止めていたのは━━。
課金衣装であるメイド服を愛着せし拳闘士。
〈戦国華憐家〉所属。
竹中半兵衛だった。
※11月4日、タイトルを『ヒューマンエラー』から『届きますように』へ変更致しました。




